第6章6
ローレライが馬屋から離れて行くのを確認すると、フリードルが慌ててゼロに問い正した。
「ゼロ様、あの者と随分打ち解けていらしたようですが、何処まで詳細をお話になられたのですか?」
「別に、エルの友人とかし言ってないぞ。ああ、イクタシオが兄弟馬で私の馬だとは話したがな」
「それだけですか?」
「勝手な事を私が言っては、お前たちを困らせるだろう?」
「恐れ入ります」
それにしても不思議なものだとフリードルは思っていた。
フリードルは12歳の年から3年間見習いから入り15歳の若さで騎士の称号を賜った。
18歳の時には異例のスピードで近衛の騎士総隊長の任に就き、将来を有望視されていたが、19歳の時に主であるゼロが我王の所業にもう耐え切れないからと、王宮を去ると言い出したことがきっかけとなり、自らも一緒に付いて来たのだ。
あれから2年、9年間ゼロの側にあり続け、ずっと長い間彼を見て来た訳だが、性別的に女と分類される者と、このように対話が成り立っている姿を見た事が無かったのだ。
王城に居た時もこの風貌で家柄も良く、地位も高い事から言い寄って来る女は多々いたが『目障りだ』『散れ』と言う二言以外に放たれる言葉を聞いたことが無かった。
母であるザビーネ様は唯一の例外ではあったが、それでも多くを語っている姿は見たことが無かった。
「今のが例の仔馬を探していると言うお前の幼馴染か?」
「そうです」
「何か変わった娘だな。仏頂面のゼロの言葉に怯える事も無く普通に対応しているよな。それ所か、今なんか笑顔を振りまきながら去って行ったぞ。如何言う娘なのだ?」
シドがそう言うと、ゼロが一瞬訝しげに見つめ、そして口を開いた。
「……娘?!……。あれは、女……、なのか?」
「……おまえ、あれが男……、に見えたのか?」
ローレライは既に普通に女の口調で話していたし、どう見ても女にしか見えなだろうとそこに居る全員がそう思っていた。
「見えないな。だが男のナリをしている。その手の趣味の者かと思っていた」
「はぁ?…………」
シドは頭を抱えた。
『そう来たか!』
普段から女の存在に対して否定的な分、出来るだけ女と考えたくないと言う思考がそう言う方向性の見方をしてしまったのかもしれないが、あのどう見ても女にしか見えない彼女をそう捉えるとは、かなり事は重傷だと思った。
由緒正しき家柄で、国でも3本の指に入る名家の跡取りがこれで良いのかと思いたくもなる。
『あの子何処か冷めていて、どの縁談も門前払いなのよ。公爵家の跡取りがこれでは、本当は困るのだけれど、こう言う事を強制したくは無いし困ったわね。昔何かあったようなのだけど、何も話してはくれないし……。あの子には幸せになって貰いたいのだけれど、それって難しい事なのかしら?』
まだ城勤めをしている頃、シドはザビーネより相談を受けた事があった。
ゼロが何故女に対し、こう言う認識を持つようになってしまったのかは、はっきり言ってシドには思い当たる節があった。
だがその事はゼロからも口止めされていたし、今のこの年で親に相談すべき問題でも無いと思っている。
「お前、いい加減、女に対する認識を、少し改めた方がいいぞ」
「問題無い。別に何の不自由も感じない」
「そう言う問題か?」
「それ以外に何がある?」
「……もう、いい……」
シドは深いため息をつくと、フリードルを見て合図する。
この事については彼も如何やら今の所、お手上げのようだ。
「ゼロ様らしいですね。でも、あの者が嫌ではありませんでしたか?」
「別に問題ない。私は自らの役割を認識している人間を、個人的主観で差別などしない」
確かに騎士の中にもそのような噂を耳にする者が幾人か居た。だが、ゼロはその者等をそう言う事で咎めた事は一度も無かった。
「しかし女は嫌いなんだ」
「目障りだからな」
矛盾していると思うが、敢てその事は口にはしなかった。
「ザビーネ様だけは特別か」
「あれは女ではない。母だ」
母も性別的には女になるのだが……。
「……他の者は?」
「論外」
「では、彼女はどうだ?」
「彼女とは、今の者の事か?」
「そうだ」
そう言われて、ゼロは少し考え込んでいるようだった。
「……今は……必然……だな」
「女なのにか?」
「イクタシオの兄弟馬の主だ。居なくてはあのジュリアスが困るだろう? 別に良い」
「お前にしては随分と寛大な配慮だな」
「今は役に立っているからな」
これは驚いた!
女と認識したのにこのブレる事の無い態度は、ある意味何かのきっかけになるかもしれないとシドは感じた。
ゼロの女に対する感覚はこの10年、年を重ねる毎に更に歪んで来ているとずっとシドは思ってきた。
他の者に自分の主観を押し付けたりは決してしないが、傍から見れば迷惑な話である。
若い男だらけのこの集団で、主の女嫌いのせいで誰もそう言う話題を口に出来ないでいるのだ。
主がこれだと下の者はどうしてもそう言う話しに段々と疎くなってしまうものだ。
その証拠に自分も決して女が嫌いな訳では無いが、王城を去って2年、以前ほど女に目が向かなくなって来たのは事実だ。
「エル、あの娘を何とかできないか?」
「えっ?」
シドから耳元である提案事を囁かれ、フリードルはまさかの話に戸惑いを隠せずにいた。




