第6章2
フリードルは配下の者を一人連れて宿へ急いで戻っていた。
今回の件で主が何らかの反応を示すであろう事は予測していたが、まさか先日自分がアシュド伯から頼まれて書状を手渡した主の側近であるシド自ら来るとは思ってもいなかったからだ。
シドは常に自分たちの主の傍で付かず離れずの位置を保ちながら主を守り行動をしている。
それ程主に近い存在のシドが来ていると言うのはどう言う事なのか?
本来考えられない出来事だった。
「シド、貴方が何故このような所に?」
シドは苦虫でも噛み潰したような表情でこちらを見つめている。
「実は……ゼロも一緒なんだ」
「ゼロ様も!?」
シドが来た理由は当然で、彼が来ていると聞いて、少しはその事が頭を過らなかった訳ではなかった。
だが、主自身がこの様な場所に姿を見せるなど有り得ないと、頭を過ったその事を頭の中から打ち消したのだ。
それが、まさか本当に主自らが出て来たとは……。
フリードルも驚きを隠せないでいた。
「今は、どちらに?!」
慌てた様子でフリードルが問う。
「馬屋だ……。盗まれたと言う仔馬の父馬に会いに行っている」
「ジュリアスに!?」
フリードルは聞くや否や馬屋に向って走り出した。
「ゼロ様!」
宿屋の裏にある馬屋の一番奥にフリードルと同じ重厚な作りの黒衣に身を包んだ男の姿。
振り向きひるがえしたマントの裏地は紫色だ。
「久しぶりだな、エル」
そこには何時もは見られない、柔らかな眼差しでジュリアスを撫ぜる主ゼロの姿があった。
「はい、お久し振りです。ゼロ様も御壮健そうで何よりです」
「お前もな。イシュラルからの書状と一緒に休暇願が添えられていたお前と、まさかこんな形で再会する事になるとは夢にも思わなかったからな」
「私もです」
主ゼロとは定例の幹部会では顔を合わせているが、それ以外は中々忙しく顔を合わせる機会も少ない。
加えて今回は長期の休暇願を申請中だった為、次は何時会えるか全く分らない状況だったのだ。
それがまさかこの様な形で会うことになろうとは……。
二人で会話をしていると、その間を割るように顔を挟んで来るジュリアス。
まるでヤキモチでも焼いているかのようにも感じられる。
撫ぜられ気持ちよさそうに主に擦り寄っているジュリアスの姿は、自分が世話した時には向けられるものではなかった。
「もしかして、以前よりジュリアスを御存知でいらっしゃるのですか?」
「知っている」
フリードルはその言葉に『やはり』と思った。
「このジュリアスは私の幼馴染が10歳の誕生祝いに占い師のザビーネなる人物から譲り受けたと昨夜聞きました」
「そうだ。7年前、『母の後を継ぐ者に』と言う事で、こいつを手放す事になった。こいつは私のイクタシオと同じ母の愛馬の子だ。私が名を付け、生まれて半年間世話して育てた」
「そうでしたか……、そんな経緯が……」
ゼロの愛馬イクタシオは黒毛だがジュリアスと同じ額に三日月の白斑の風貌を持つ。
「本来、私が出向くべき事で無いのは分かっている。しかし、手伝わせては貰えないか? 盗まれた仔馬がこのジュリアスの息子なら、私にとってもそれは大切な存在なのだ」
普段から口数の少ない主の熱意の籠ったその喋りは、フリードルを納得させるに十分だった。
言葉の端々にジュリアスに対する想いの深さが感じられる。
「分かりました。シドからは嫌がられるかもしれませんが、私からも口添えさせて頂きます。ご協力、宜しくお願い致します」
「頼む」
「しかし、私の連れの者達にはどのように説明を致しましょうか? 名前は字名のままで良いと致しましても、素性は明かせませんし……」
「その者は母が先王の姉だと言う事は知っているのか?」
「如何でしょう? ですが、おそらくは存知ないかと。ザビーネ様は家名も告げておられないご様子で、占い師とだけしかお話になられておられなかったようですので」
「では、とりあえず詳しい素性は伏せ、ザビーネの甥と言う事にしておけ。イクタシオとの件もあるしこの外見だ。血縁者にしておかなくては後々不味いだろう」
柔らかな微笑を浮かべると、鼻で小さく笑いそう告げた。
「承知致しました。では少しシドと話を詰めて参りますので失礼致します」
フリードルはそう告げ一礼すると、再びシドの許へと戻って行った。
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