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第4章2

どれ位の時間が過ぎたのだろうか?

時間にしてみればおそらく10分にも満たない時間なのだろうが、待つと言う時間をこれ程長く感じる事はローレライにとって初めての体験だった。


馬や山羊達の鳴き声が止み、辺りが静かになったことを確認した執事のレムキンスは素早く立ち上がった。


「私が様子を見て参りますからお嬢様はこちらにいらして下さい。メイテル、お嬢さまを頼みましたよ」


そう侍女に告げると護身用に用意してあった猟銃を手にし、そっと玄関の扉を開けた。



ローレライにとって馬達は勿論、他の動物たちも心を癒してくれる大切な家族の一員だ。だがそれはレムキンスも同様、いやそれ以上の存在で、ローレライが生まれた時から既に邸に仕えてくれている優しい初老の彼は、祖父的感情を抱いているといっても過言では無い程の大切な存在だ。

様子が気になりそっと窓ごしに外を伺う。

レムキンスの手にしたランプの明かりが厩舎の中へと消えて行くと、再び動物たちの鳴き声が聞こえて来るが、明らかに先程のような興奮状態では無く、それはやがて静まりをみせた。

少しまだ落ち着きのない様子だが、どうやら最大の危険は脱したらしい様子に、ホッと胸を撫ぜ下ろした。


被害はどれぐらいなのだろうか?

まだ動物たちの鳴き声が聞こえている事から、全滅は免れたらしいが……。


暫くすると厩舎から暗がりの中をゆっくりとこちらへ向かって来る人影が目に映った。

ランプも持っていない様子で、はっきりとは分らなかったが、目を凝らせてみるとどうやらそれは誰か人を背負っているような人影だった。


「ん? レム……キンス?」


「レムキンス様が戻って来られたのですか?」


「……たぶん……。でも、誰かを背負っている……みたいなんだけれど……」


「怪我人かッ?!」


ローレライの言葉に傍で様子を見守っていた父アシュド伯が声を荒げた。


「私、見て来るわ!」


「あっ、お嬢様ッ!!」


「待ちなさいローレライッ、下手に出ては危険だぞ!」


静止しようとする侍女と父の声も耳に入っていない様子で、ローレライは扉を開け放つと外へ飛び出した。アシュド伯と侍女のメイテルも慌ててその後へと続いている。


「ソっ、ソレントッ!?」


そこには執事の背に力なく擡げられる厩舎人の姿があった。


「医師だッ、医術師を早く!!」


「はっ、はいッ!!」


アシュド伯の荒げる声に、ローレライの侍女メイテルは慌てて部屋で待機している筈の御者の部屋へと向かった。


「だっ、大丈夫なの?!」


「はい。大きな外傷もありませんし脈もしっかりしています。頭部に打たれた痕はあるようですが、おそらく軽い脳震盪を起こしただけだと思います」


「そう……、良かったわ」


話しを聞いて少し胸を撫ぜ下ろしたローレライだったが、続く言葉に言葉を失った。


「ただ動物たちの方は……、仔馬と仔山羊の姿が見当たりません。それに鶏ッ、あっ、お嬢様ッ!!」


ローレライは執事の言葉を最後まで聞く耳を持たず、そのまま厩舎へ向かって走り出した!


「お嬢様!」


「ローレライ!!」


戻って来た侍女メイテルや両親等も後に続く。


そして激しく開け放たれた厩舎の扉の左には落ち着かない馬達の荒ぶる姿と、対側には隅に身を寄せ合い震える山羊たちの姿、一番奥の鶏舎には夥しい数の鶏の羽が散乱しているだけだった。


「ッ……酷い!!……」


愕然と立ちすくむローレライの瞳の奥からは、はらはらと涙が溢れて出していた。



「ギヒィーン……、ブルブル……」


悲し気な愛馬の鳴き声にハッとして顔をあげると、ローレライは涙を手で拭いながら傍へと駆け寄った。


「ジュリアス!! アドレアッ……」


抱き絞めるだけで、かける言葉が見つからない……。

始めての我が子を失った二頭の心を思うと、今にも胸が張り裂けそうだった。




その夜、ローレライは周囲の心配を余所に厩舎から離れようとはしなかった。

頑なに誰の忠告も拒否し、だだ子を失った愛馬の側にじっと腰を下ろし腕を組んで座っていた。

側に居るだけで何が出来ると言うものでも無いけれど、子を失った愛馬ジュリアスとアドレアの傍にどうしてもいてあげたかったのだ。そしてそれは落ち着かずに震える他の馬や山羊達においても同じ気持ちだった。


普段は弱い一面も持っているが、ローレライは心優しい娘だ。一度こうと決めてしまえばその思いは強く、一度言い出したらテコでもきかないと言う強い面も持っていた。

伯爵は娘を心配して何度も厩舎から連れ出そうとしたがその説得は堂々巡りで、結局は妻である夫人が『気持ちが分かるから一緒に居ましょう』と申し出た。

アドレアはローレライの母である伯爵夫人の愛馬だったアディの子供で、いなくなったドレアスはその孫馬にあたる。

夫人のドレアスに対する思い入れも、きっと他の馬に対するものより強いものがあるに違いない。


結局、夫人の説得でしぶしぶ厩舎に留まる事を認めた伯爵は、執事に警護を頼むと自らは従者を連れて領地の偵察へと出かけて行った。

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