ある日の夕方
夕陽に煌めく山茶花。僕は靴を遠くまで蹴飛ばしてみる。どうせあっても役に立たない。それなら翼を授けて宙を舞える方が、靴だってよほど幸せだと思う。だけど、落ちる。結局落ちてしまった。僕は意味もなく歩いて、靴を拾い上げる。スーツケースはかび臭い部屋に置いてきた。僕の両手は自由。僕は空を見上げる。天気予報士は言っていた。明日は晴れるでしょう、と。しかし本当にそうだろうか。試しに僕は手をかざす。確かに感じる。この手に伝わるのは温もり。温度という概念を超越した、不確かな感覚。けれど、受け止められない。全てを受け止めることなど出来なかった。指先の隙間から赤い日差しは零れ落ちる。顔を顰めた僕。耳に入る笑い声。顔を顰めざるを得なかった僕。耳に入る子供の大きな笑い声。
僕は左右に視線を泳がせる。いったいどこのクソガキが僕を馬鹿にしているのか。僕だって不器用な生き方を望んでなどいない。神様が助けてくれると信じたい。このままでは、歩みを止めてしまいそうだ。
僕の目玉は都会チックな公園を捉えた。駆ける子供たち。しかしみんな揃って走り回っているわけではない。片隅に設置されたベンチに腰をおろす一人の少女。何をするわけでもなく、ただ座って空を見上げている。少女の近くでは、出来もしない逆上がりをしようと躍起になっている少年。
停止と躍動。不思議だと僕は思った。あの二人はお互いのことなど見ていない。もはや興味もないのだろう。自分から見える世界だけを、見ている。
少年は地面に落下。少年は錆び臭くなった手の平を眺めている。そして――重なった。少年もあの真っ赤な空を見上げたのだ。少女と少年の視線は一つになる。
目を合わせているわけでもないのに。肩を並べて寄り添っているわけでもないのに。それでも僕には重なったように見えた。少年は立ち上がる。夕日を背に受け、拳を強く握りしめた。僕は思わず目を背けたくなる。眩しい。眩しいのだ。だけれど――僕にもああいう時期があったのではないだろうか。夜が迫りくる恐怖にも負けず、太陽は最後の輝きを放つ。それは赤く赤く燃え上がり、僕らの心に希望の種を蒔く。
少年は歯を食い縛り、鉄の棒にしがみつく。僕の足は自然と動いていた。視界から少女と少年は消える。ネクタイのように揺れるブランコ。僕はそのブランコ目がけて一直線に歩く。僕は不器用な生き方を望んでなどいない――僕は縛られた生き方なんかも望んでいない。そしてまた、神様は僕を助けてはくれないのかもしれない。けれど、だからと言ってそれが、諦める理由にはならない。あともう少しで何かが出来そうな気がする。あのブランコに乗れば世界が、変わるような気がした。
そうだ――いつだってそうだ。赤い夕日は僕らに語りかけてくれる。何度だってやり直せばいいのだと、そう言ってくれているのだ。




