始まりのファンファーレ
スーツケースを引き摺るのは僕。地下鉄の地図をポケットに入れて、僕は迷宮からの脱出を試みる。おろしたてのスニーカー。あれだけ高価なモノを買ったのに、早くも靴擦れを起こした。頼りない。やはり値段と実用性は必ずしもイコール関係にあるわけではない。
思い出す――積み重なった段ボール。この世には捨てがたいものが多すぎる。そしてまた、後には引けないことも同じようにたくさん。サヨナラをタダイマに変えたくはない。だからこそ僕は歩くのだ。蜂の巣のような街――それは東京。スーツ姿の彼らが働き蜂だとしたら、この僕はいったい何になるのだろう。いや――僕はまだ成虫ですらないのかもしれない。
柔らかで一人じゃ何も出来ない。それが僕。そうだ、幼虫とでも言っておこうか。甘くて美味しい餌に食らいつくことしか出来ない僕。何とも情けない。
けれどもう、僕は提供される側にはいない。自らの足でここまでやってきたのだ。しかしどうすればいい。荒れ狂う人の波。希望と絶望が同時に顔を出すおかしな世界。僕は右を見たつもりでもその実は左を見ていて、這い上がっても引き摺り下ろされる。矛盾が街中を闊歩している。そうだとしたら僕は、何をどうすればいいというのか。臭い物に蓋をする法則は通用しない。いや、もしかしたら臭い物はこの僕のことを指すのかもしれない。
ああ、困った。僕はどちらに行けばいい。夢が悪夢へと変わる東京。どこもかしこも美味しそうな匂いが漂っている。世間知らずを誘い、そして罠にかける。蜘蛛の巣よりも複雑で、けれども絡まった毛糸よりも単純。「そんなに甘くはない」と、どうして誰も言ってくれなかった。僕は僕に問いかける。もしそう言われたとしても、僕は恐らく「そんなに厳しくはない」と言い返していたはず。だとしたら悪いのは僕の方だ。
トウキョウ――僕は君を一生愛す。
トウキョウ――僕は君を一生恨む。
トウキョウ――僕は君を、一生羨むだろう。




