目指せ執務官!ペンは剣よりも強し!命は大切に!
「お待ちしておりました、術士長御一行様っ!」
新しい町の入り口には、ほとんど平伏していると言っていい状態の人々。術士長御一行様って…、この旅…お忍びだったんじゃぁ……。
「…あの…だ…な…」
「どうぞ、こちらへ。領主様が皆様方をお待ちしております」
この状態になった瞬間、ローランさんを生贄にして、あたしをその後ろに設置し、背後で二人がぼそぼそ討議中。
『…ここって、デュカス卿ん所だったよなぁ?』
『だからだろ』
『しゃぇねぇなぁ…ったく、情報ダダ漏れは、腹黒おやぢのせいかぁ?』
『ありえるな』
……さっぱり分からないけど、腹黒おやじって王様の事だよねぇ?
大量の先導者の後を、一応外見だけは取り繕って歩いている。なんつーか、大名行列風味。町の人全員が、ものすごーーく歓迎ムード。何、これ?
「お久しぶりです」
ここでも、話役をローランさんに押し付けて、その背後でおっさん二人とあたしは、のんびりと領主さんことデュカス卿とその横に居る青年さんを見物中。
『どんな人?』
『ものすごぉ~く頭脳明晰』
『城の文官のトップだ』
凄いね。叔父様という言葉が非常に似合う優雅な外見の叔父様は、東大一直線、大臣様になって国をブイブイ運営しちゃうぜってな感じの、エリートコースな人なんだねぇ。
『横に居るのは?』
『息子だ』
『へぇ~』
お姫様ぐらいの年齢の若い男の人。うわぁ~城関係者で、おっさん達の部下以外に初めて若者を見たヨ!うわうわぁ~若いよ~!……いや、待て。若いけど、20は軽く超えているよね?……あたし、おっさん達に囲まれすぎて、若い条件が緩くなってる?ダメじゃん、あたしっ!
じゃなくて、その息子さんは、非常に生真面目そうな外見なんだけど、眉間に皺が寄ってる。その下の瞳が非常~に冷ややか。あたし達をまったく歓迎していない風情。
親子して細いなーとか思っちゃうのも、おっさん達を見慣れちゃったせい?すっごく細身。というか華奢に見える。腰にレイピアを装備。うんうん、片手剣も持てそうにないもんなぁ。あ…だとすると、お姫様って実は隠れた筋肉とかあるんだ。だって、片手剣の第2位様だもんね。
「えぇ、お久しぶりですね、術士長殿。まさか、ここでお会い出来るととは思っていませんでした。
そちらの、可愛いお嬢さんは?」
はぁ?可愛い?なんだそれ?そんな肩書き、生まれて初めてもらったぞ。
「私達を呼び止めたのであれば、ある程度事情を知っていらっしゃると思っているのですが?デュカス卿」
「えぇ、知っていますが、ご紹介下さってもよろしいのではないですか?」
えっと、仲が悪いのですか?この二人…。
「山賊を退治する事の方が、先なのでは?それとも、兵士を訓練する方法を伝授致しましょうか?」
デュカス卿が、苦笑を浮かべている。なるほど、術士長御一行って、山賊退治用の肩書きだったのか。
「山賊退治に行かせた者達は、全員不首尾に終わりましたので、本当であれば訓練と言わざるえないのですが、それも言えない状況です。今や山賊は、その勢いのまま大活躍。
ブーシュから物資が途絶えました。
おかげで私は、毎日領民に怒られている所です」
『ブーシュって?』
『穀倉地域だ』
『魔法使いが、居る場ぁ所』
『ふぅ~ん…あのさ、山賊ってものすご~く強いの?』
ファビオさんもフレデリクさんも違うと、首を振る。ついでに呆れている様子。何だ?
「お嬢さん、うちの兵士が弱いのですよ」
き、聞かれていた…。
「分かってんなら、さっさと対処しやがれ。お隣さんは、ラグエル卿なんだから、どうにでもなんだろ」
「彼とは、話しにならないので」
「ならなくしているのは、貴方もではないのですか?」
ローランさんと、ファビオさんの口調が厳しい。
『この領地の標語がな、目指せ執務官!ペンは剣よりも強し!命は大切に!だ』
頭が痛くなってきた。目の前の素敵叔父様は、間違いなく文官さんだ。なるほど、こんな戦いが主な世界で頑張ってきた結果の標語かもしれない……。しっかし…、暴力で何でも解決するのは大嫌いだけど、せめて悪い人を逮捕出来るぐらいの腕は欲しい。や、必須だ。お巡りさんだって、武道やってるって聞いたヨ!
『文官さんなんだよね?』
『あぁ』
『口は、お手の物じゃ…』
フレデリクさんが、小さく笑う。
『根本的に、相容れない』
『ラグ…なんとか卿って、目指せ武術大会一等賞、ペンなんか握りつぶしちゃえ!ゴーゴー命をはろうぜ?って感じ?』
フレデリクさんが、ブッと小さい音をたて、噴出した。慌てて背中を向け、一応あたしへの返事として、いっぱい頷いていくれている。
あー分かりました。一切相容れないんだ。共通点ゼロってやつ。お互い、お互いの言葉を一切聴く気にならないんじゃぁ~会話にはならないねぇ。
『大人なのに…』
あたしの一言を聞きつけた、フレデリクさんと、ファビオさんが笑い出した。もう止まりません状態な様子。
「失礼ではありませんか?」
お、息子さんが、見た目通りの冷ややかな声を出す。クールな秀才さんの印象を裏切らない。
「や、失礼だとか言われても……」
ファビオさん復帰できず。
「サミ殿の年齢の者に、『大人なのに…』と、ため息交じりに言われたら、笑いたくなるでしょう?」
「あ、わ、ロ、ローランさんっ!」
「いいのです。私も常々思っていますから」
その言葉に安心して、質問をしてみる。
「あの…会話術の本というか、人付き合いのような本を見かけた事があるんですけど…。大人の人って、主義主張が合わなくても、相手の良い点を見つけて、受け入れられるモノは受け入れるとか、お互い譲歩するとか、そんな感じの内容なんですが……そういう事が出来るから大人って言うんだなぁ~って、今まで思っていたんですけど……」
電車内広告で、見かけたような。
「痛いですね」
デュカス卿が、苦笑を浮かべている。
「大人って、凄いなぁ~って思ったんですけど……。違うんですか?」
あぁっ、おっさん達が爆笑だよ。どれだけ大人げないという会話をやらかしたんだ?
「頑張れよ~大人なデュカス卿。とりあえず、山賊退治はしてやるからよ」
「そうですね。このままでは、領民に迷惑絶大です」
「サミ」
「うん」
「待って下さい」
あ、冷ややか君に、呼び止められた。
「先日お渡しした、書類は見て頂けたのでしょうか?返事が一切返ってこないのですが」
「ディック?」
そんなのあったかいな?という風情のファビオさんが、フレデリクさんに振った。
「最初の10行を見て、捨てた」
「なっ…」
一刀両断だねぇ。
「もしかして、あれか?」
「あぁ」
「馬鹿でも分かる、お優しい説明が必要かぁ?頭でっかちのガキ」
「えぇ、お願いします」
うわぁ~、ものすごぉ~く絶対零度な声と視線。
「机上の論理を振りかざされるのは、迷惑なんだよ」
「ですが」
「お前に言われなくても、上を束ねるやつらは、経験でそんなもん知ってるぜ」
「しかし、それを順序だてた知識を早いうちから得る事は、大切だと思うのですが」
「あー、言いたい事は分かるんだけどよぉ。まずは、余分な知識無しで、上の言う事をしっかり聞く事と、腕を磨くのが先決だ。
戦場で、功を焦って部下が勝手に動いたら迷惑だろ?」
「しかしっ、それを、それを貴方は、実践されましたっ!」
「こいつは、知識もあって、腕もあって、肌で戦場を感じる事も知っていた。でなければ、誰もついていかない」
「ま、知りたければ、あんたも戦場で戦ってみるんだな。知らないってのは、悪なんだぜ」
「しかし…」
「リオネル」
デュカス卿の声で、冷ややか君が口を閉じる。リオネルさんって言うんだね。
「リオネルが何を送ったか、想像が付きます。一応、貴方方も大人なのですから、捨てずにご意見を返答して頂けたら嬉しかったのですが」
あぁっ逆手にっ。
「私も、大人なのでラグエル卿の事も合わせて、今後を考えていこうと思います」
優雅な礼。
「お嬢さん。目的地からお帰りになる際には、ぜひ、もう一度お会いする機会を下さい。次は、ゆっくりとお話を致しましょう」
落ち着いた笑み。なんつーか、頭が一般市民なあたしは、東大レベルの方とのお話なんつー機会は、ものすごぉ~く遠慮したいんですけど~。
「は、はい…」
否定文が出ませんでしたぁ~。あぁっ、一般小市民は、頷くしかないのですよぉ~。はう~。
「んじゃ、行くぞぉ~」
ファビオさんが、さっさと背を向ける。
「取り押さえておきますので、引取り人を用意しておいて下さい」
「取り押さえ?」
「ここには、ちゃんとした制度があんだろ?使え」
制度?領地ごとに、法律があるのかな?
「ありがとうございます。では、手配致しますので、明日朝でよろしいでしょうか?」
「おう、よろしくな」
ローランさんは、デュカス卿と同じく優雅な礼を。ファビオさんとフレデリクさんは、気の無い手を上にあげてヒラヒラと振った。あたしは、日本式一礼。こっちの、未成年の礼の仕方を教えてもらわなくちゃいけないなーと思いながら、部屋を出た。
おじさんというか、もう少し上の叔父様が一人増殖。だけど若者が一人。ちっ……<おいおい
現在:叔父様1人、おっさん3人、若者2人(姫様と冷ややか君)
ふふふ、これからも上二つの項目をバリバリ増やしたいものです。