ラジオ体操第一
一応、少々の寝坊で済んだかもしれない……嘘です。ごめんなさい、ごめんなさい。んで、今は昼近くで、ヒヨの上。
「なぁ、お嬢ちゃん、もう筋肉痛は、落ち着いたかい?」
「ぐっ…そ、そこそこ大丈夫です」
そこそこも、大丈夫じゃない。筋肉痛に筋肉痛を重ねていって、体が復調してんだか悪化してんだか、さっぱり分からない。
「あのよー、次の町を出た後辺りが、やべぇんだと。そろそろ訓練を始めといた方方がいいと思うぜ」
「その情報は、どこからだ?」
「そりゃぁ~、ひ・み・つ」
おっさん、人差し指を口元につけて、首を傾げるな!
「どうせ、昨日の女からだろ。分かってて聞くな」
あぁ、なるほど。流石だ、エッチぃ事だけじゃなく、情報までゲット!まるで映画に出てくる某諜報部のおっさんみたいだ…って言うと、カッコよさげだが、首を傾げてひ・み・つと来ると……やっぱり、カッコいい人というのは、映画の中だけなんだろうかと思ってしまう…嫌だなぁ。
「サミ殿、体が楽になってからで、十分ですから」
「ローラン、魔法使いの所為で、山から山賊達が各地に引越しやがったらしい。少しでもやっとかねぇと、マジやべぇって」
ローランさんが何か言う前に、あたしは頷いた。また、筋肉痛が増えるんだろうなぁ。頑張れ、あたしっ!
本日の野宿は、結構広い空き地。他の旅人さん達も、そこかしこに、自分の場所を作っている。
「さぁて、食後の運動を始めるぜぇ」
「体を解しておけ」
フレデリクさんの言葉に一つ頷いて、ラジオ体操を始める。日本の学生の基本だね。小学生の夏休みに洗脳される、あれ。未だ、第二体操まで、しっかり体が覚えているヨ。
「…それ、何だ?」
「ん~?あたしの国では、誰でも知ってる体操」
腕を回す運動。
「へぇ~」
げっ、マネすんなっ!!ファンタジーな格好したおっさん達が、ラジオ体操をしているとこなんか見たくないっ!
「街で、流行っているのですか?」
あぁっ!旅商人風味のおっさんまでっ!
「僕もまぜてぇ~」
「あたしもぉ~」
はうっ!!家族旅行者までっ!!
夏休みのラジオ体操に、どんどん近づいて……、ファンタジーから、どんどん遠ざかっていく。頭の中には、綺麗な発音の●HKアナウンサーの声と例の曲。あ~、カードとスタンプは、用意しなくちゃいけませんか?
「お嬢ちゃん、これいいな」
前に三回、後ろに大きくぅ~。
「毎日やるか」
腕を上下に伸ばす運動…もう、ファンタジーは消えたヨ。
「サミ殿、城の者に教えても構いませんか?」
腕を振って、足を曲げ伸ばす運動…城ん中でラジオ体操?
「曲……付いてるよ……これ…」
大きく深呼吸。せめて、お姫様だけはやめて下さい。
「歌えるか?」
「歌詞は…ないです…」
「鼻歌でいいんじゃねぇの?あいつらなら、それでなんとかすっだろ」
ファンタジー世界に、ラジオ体操進出。しくしく、考えなしの行動は、ろくな事が無い…って、これだ。絶対これだ。自分で、好きな世界観壊してどうする?
これで、終わりだと告げると、ラジオ体操参加者は、ばらばらと自分達の場所に戻って行った。なかなか好評なのが、かなり悲しい。準備運動で精神力を根こそぎ奪われて、この後大丈夫だろうか?
「持て」
手に渡されたのは、結構長めの棒。両端に、金属なモチーフ付き。
「持ち方は、こうだ」
「えー、何でディックぅ~?どう考えても、お嬢ちゃんのタイプは、俺方面だろうがぁ~」
「ローラン」
駄々こねている、そうとしか見えないファビオさんを無視して、フレデリクさんはローランさんを見る。
「確かにそうだが…」
「俺達が、監視すればいい」
「……仕方が無い。
ファビ、サミ殿に失礼な事をしたら、即座に切り捨てる」
「へーへー、安心しろ~」
「出来ん」
ファビオさんの言葉を、無条件で切って捨てたよ。うん、まぁ、普段の行いが悪すぎるんだろうなぁ。
「じゃぁ、適当にやるぞ~」
気合なんか、一切入らない台詞。
「お願いします」
でも、一礼。
「最初に、持ち方な」
ニンマリ笑った笑みに、覚悟を決めるべきだった。えぇ、片手剣部門優勝者という肩書きは、戦いに気合の入った愛があるという事だと気づかなかった、あたしはお馬鹿です。はい…。
持ち方から始まり、各種構え、基本動作、そして、それを繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、……。
それだけで、すっげぇ時間が過ぎた…と思う。こっちの時間の流れは分からないけど、あたしの腕時計は、3時間近くの経過を示していた。
「生きているかぁ~?」
声が出ない。手を横に辛うじて振った。
「サミ殿」
目の前に出された水に、のろのろと手を伸ばし、ゆっくりと飲む。誰か、酸素下さい………。
「腕力を付けろ」
あー、確かに。ないよねぇ、あたしの腕に筋肉…。
「当分、毎日これだけな」
一瞬恨みがましい視線を上げそうになったけど、うん、それは出来ない。とりあえずコクコク頷いた。
「……読める…か…な…」
キャンプみたいに、真ん中に明かり用の火が焚かれていて、野宿にしては、結構明るい環境。
ここは、一応野外。物騒なんで、こういう人が集まる場所には、一晩中火が絶えないんだそうだ。使った木は、ちゃんと使った人が集めて端っこに集めておく。いい感じの習慣だと思った。
ついでに、本ぐらいは読めそうな所が、もっといい。普通の野宿じゃ、暗くて読めないからね。
あたしは、間違いなく活字中毒患者で、物凄い愛が本にあったりする。だから、ローランさんに我侭を言いまして、文字も読めるようにしてもらってしまった。そして、城にあった図書室で本を漁った。すっごい楽しかったぁ~。そして、そして、一冊だけ本を借りてきました。
「サミ殿、本を読まれるのは、宿に泊まった時だけにした方がいいと思いますよ」
「続きが…気になって…」
「何だ?本って?」
「お城から、小説を借りたの」
「タイトルは?」
「パームルのティジェ!」
すっごく美人でカッコいいおねぇさんが、主人公。城の騎士様の筆頭で、なんくせ付けて攻めてくる敵をばったばった!今日もらった武器が、主人公ティジェさんと同じ棒だったのが、すっげく嬉しい。
「あー、俺もそれ読んだ。あれよぉ~、ぐっとくるよな~。最後の…」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!黙れぇぇぇぇぇぇっ!
あんたは、図書館の推理小説本の中扉に犯人の名前を書く、嫌がらせ小僧かっ!」
ボカスカ叩きたいのに、棒をひょいひょい避けやがる。
「逃ぃげるなっ!」
「当たったら、いてぇじゃねぇか」
「当てたいのっ!」
「俺、痛いのやだもん」
「もんじゃないっ!
むぅ~、ローランさんだって、酔ったフレデリクさんだって、親切に殴られてくれたよっ!」
うん、こんなへっぽこ初心者に、いくら喧嘩最中だからといって殴られる訳が無い。今日あたしがやった地味な基本訓練を毎日毎日、何十年もやってきた人に、それは失礼ってもんだ。
「親切だろぉがぁ~」
「どこがっ!」
「いい訓練じゃねぇか」
「むかつくぅ~~っ!!」
「げっ!ローランっ!」
親切なローランさんは、なんとファビオさんを拘束してくれた。ありがとうございます。一礼。
「ずっりぃ~」
「大丈夫!あたし、腕力ないから、全然痛くなぁい!」
棒を持った手を振り上げる。基本動作には、忠実に。
「んで、続きを絶対言わないと誓えば殴らないけど、どうする?」
「ん~~52点」
拘束されたまま、手首だけ捻って、あたしを指差す
「手首ぐらついてる」
「今、持ってるだけで精一杯!それ、考慮して」
立ってるのも、しんどいぞ。
「仕方ねぇなぁ。じゃぁ、読み終わったらな」
「うん」
体の力が抜けた。膝が抜けた。あぁ~っ、お風呂にゆっくり浸かりた…い。そうすれば、筋肉痛も、少しは和らぐのになぁ。
パムールのティジェ。昔あたしが書いた、オリジの話を読んだという稀有な方は、ニヤニヤして下さい。
ラジオ体操って、今、学校でやらない所多いようです。
ううむ(´・ω・`)でも日本人なら知ってるよね?だめ?