エールの町に来た
「城下町と変わらないぐらい、大きな町だねぇ」
言葉は元気だが、少々どころか、かなり腰が引けていて、足がガクガク言っていて、情けない風情。座り込まないだけマシ?ものすごぉく杖希望っ!言えないけどね。
「ここはまだ、それほど城から離れていませんから」
活気のある町、エール。あちこちで人が行き交い、物を売っている人の声が響いている。
「あれは?」
まるで天秤のように、肩に置いた棒が、両端に布の入れ物をぶら下げていた。
「パン売りですよ」
なるほど。袋の中はパンなのか。あ、いい匂い!
「一つ、買っていい?」
「どうぞ」
お財布なローランさんと一緒に、パン売りに近づく。う~ん、すっごくいい匂い。
「…っ?!」
「きゃぁ!」
突然体に小さな子供が、ぶつかってきた。それはパン売りのおばさんにまで当たって、走り去ろうとしている。振り向きもしやがらない。
「ちょっと待てぇっ!」
いくら運動神経並みだと言っても、小学生っぽい子供に負ける予定は……よしっ!なかったぞ。相手が自分と同程度で良かった……はは…低レベルだ。
「何すんだよっ!」
「謝れっ!拾えっ!」
子供を無理やり、おばさんの方に向ける。
「何するんだって言ってんだよ!お前、術無しだろ?」
「あぁ~?何ぃ?その術無しって。あぁ、術が使えないって事?
そうですねぇ~そうですけど、それが何?」
「術無しのクセに、俺に触るなよっ!」
「はぁ~ん。あんた馬鹿だ。馬鹿で決定だね。
術が使えようが使えまいが、関係ない!君は、あたしと同じ人間でしょ!違うとは言わせないヨ!
あぁ、馬鹿だから分からないんだ。馬鹿には、分かりやすいように言わないと理解できないか。
人にぶつかったら、『ごめんなさい』。そして、あんたのせいなんだから、そのせいで落ちてしまったものは、拾え!
常識だよっ!」
「そんな常識なんか、ないっ!」
「あ"~?」
あたしの目は、どんどん険悪になっていく。
「俺は、術士になるんだ!術士の才能は稀なんだぞっ!!大切に扱えっ!!」
「はぁ?」
誰だ?この馬鹿の親は?こういう間違った考えを植えつけるなっ!!
勝手に動いた手は、馬鹿な子供の頭をグーで殴っていた。
「ひゅぅ~。お嬢ちゃん、いかすぅ~」
「だな」
外野の言葉は、無視。あんたら、大人が言うべきだろうがっ!睨んだ。
「な、何すんだ!この馬鹿女!」
「あ~?術士がなんだってぇの?あんた、パンを焼ける?美味しいパンを作るのだって、才能がいるの。普通じゃないの!」
既にローランさんが、道に落ちたパンを拾っていた。その手からパンを一つ取り上げ、ちぎって、馬鹿の口につっこむ。
「っ……み、道に落ちたやつ…」
「あんたが、落としたの!あんたが、おばさんの今日の商売をダメにしたんだ!あんたが、全部落としたパンを買って、食べるのが筋でしょ!」
「こ、こんなパン」
「美味しいでしょ?」
美味しいみたい。睨んでいるだけ。答えが返ってこない。
「あんた、美味しいパン作れるの?」
「………作れない。でもっ!そんな事する必要なんかないんだ!」
「そうだね。必要がないのは、そうかもしれないね…でも、作れないんでしょ?
敬え!尊敬しろ!」
「術無しにっ?!」
「あんた、パン作る才能無しでしょ?他にも色々あるよねぇ。礼儀無し。常識無し。無し尽くしじゃん」
未だ睨みつけてくる子供。どういう教育をしたら、こんなに大馬鹿になりやがる?
「ローランさん」
「は、はぃ……」
どうした?なんか返事が小さいと思ったら、ローランさんは、おっさん二人の後ろで、しゃがみ込み頭を抱えていた。そして、フレデリクさんは、口の端をあげて楽しそうにローランを見ている。珍しい光景だ。
「ローランさんは、術士長なんですよね?」
「は、い、そう、です……ね……」
「なんとか、言って欲しいんですけど?」
突然、子供の目がキラキラと輝いた。
あぁ~、術士目指している子供にとっては、すっごい憧れの人ってやつ?その憧れの人ってのが、なぜか真っ赤になっているんですけど。どうした?ローランさん。
「ほら、ローラン」
「……あぁ」
「自業自得だ」
「うっ………」
「諦めて、正して来い。俺達は、食事だ。後で探せ」
「………………分かった」
のろのろと、子供の傍にローランさんが行く。
「…まずは、謝りなさい」
馬鹿は、ローランさんの言葉に躊躇う。納得が、いかない目。でも、ローランさんの肩書きの威力は絶大だった。
渋々ながらも、子供はパン屋のおばさんに謝った。
「学校に行こう。用がある」
「は、はい!」
馬鹿は、子犬になった。尻尾が見えるヨ。
嬉しそうに、ローランさんに懐いて、後をついて行ったよ。…あぁ、術有りって、わんこ体質?
「お嬢さんは、初めてこの町へ来たんだね」
「あの…、大丈夫でしたか?あ~すいません…出過ぎたな~って、反省はしています」
あたしの言葉に、パン屋のおばさんは楽しそうに笑う。
「久々に、楽しかったねぇ。誰もが思っていて言えなかった事を、お嬢さんが全部言ってくれたんだもの」
「あはは……や、でも、事情を知らないのに……ほんと、あたしって考えなしだから…」
「そんな事は、気にしないの。初めてこんな光景を見たら、おかしいと思うのは、当たり前だと思うしねぇ。
それより、宿は決まってる?うちは、宿屋もしてるんだよ。おいで、格安にしてあげる」
二人のおっさんの方を向く。
「いいんじゃねぇの」
「そうだな」
「ったく…」
見学してただけのおっさん達にも、少々腹がたっていた。
「よろしくお願いします」
パン屋のおばさん、いや、宿屋のおばさんに一礼して、ぞろぞろと歩き始めた。
「……えっとね、この国の術士学校?の生徒って、みんな、あれ?」
「あれだな」
「へ~そうなんだぁ~」
「ファビオさんも、知らないの?」
「知らねぇ。だって俺、この国のもんじゃねぇし、城の奴等って、あんなんじゃねぇもん」
「その、『もん』っての、や~め~て」
「お嬢ちゃんは、言葉に厳しいなぁ」
「や、あたし、非常~に汚い言葉使ってるって、分かっているヨ。
ただ、おっさんが、『もん』って……可愛くないどころか、不気味だヨ!」
仲間という言葉に甘えて、こんな言葉使いをしているあたしも、子供の事は言えないなぁ。
「大丈夫だ」
「は?」
フレデリクさんが、頭をぽんぽんと叩いた。げぇ~っ、も、もしかして、思ってる事だだ漏れ?
「う~~と、何でフレデリクさんは、笑ってたの?」
目の前に、非常に美味しげなご飯。ゆげ、たっぷり。パン屋で、宿屋で、一階は定食屋のおばさんの腕は、確かだった。
「あの子供は、一時のローランにそっくりだった」
「はぁ~?」
「何だ、そりゃぁ?」
フレデリクさんが、下を向いて肩を震わせている。
「学校卒の術士は、城にあがってすぐ、周囲からとことん叩きのめされる。あれだからな」
「もしかして術士って、『君らは、選ばれた人間なんだよぉ~ん』とか、言われて育てられてる?」
「正解」
フレデリクさんの口元が、笑ってる。爆笑寸前?
「ローランと俺は幼馴染なんだが、学校から初めて帰ってきた時、ああなっていてな。一方的に、殴り倒した」
あ~友達が、あんなになってたら、そりゃぁ~殴りたくもなるよねぇ。
「あれ?ローランさんって、強いよね?」
「大剣部門の優勝者だ」
「ちなみに俺は、片手剣部門の優勝者ぁ~」
「俺は、槍だ」
「ついでに姫さんが、片手剣の2位だぜ」
……なんつーか、ゴージャスな面子に囲まれてたんだな。
「…凄いね…じゃなくて、術士って、強くなきゃいけないの?」
ファビオさんが、違うと手を横に振る。
「諸事情があってな。学校在籍中にあいつは、棒を習い始めた。剣を持ったのは、術士が狙われやすいのに嫌気がさしたせいだろ」
「だがよぉ、他の術士って、みんなへなちょこじゃねぇか。
なんで、ローランを真似ねぇの?あいつ長だろ?あいつらが強ければ、戦闘しやすいのによぉ~」
「無理。あいつの才能は、変態レベルだぞ。普通は、術士をやっていくのに精一杯だ」
変態なんだ。変態とか、言われちゃうようなレベルなんだ。凄いな、ローランさん。
「お客さん、お酒もどう?」
「げっ!あ、ま、まままままままだ日も、高いからよぉ~、よよよ、夜になってから、飲みに来るねぇ~」
挙動不審なおっさんが、ウェイトレスのおねぇさんに手を振って、さよならしている。激しく怪しい。
「別に、一杯ぐらいなら、いいんじゃない?」
「だぁめぇだっ!ローランが、いねぇだろ。飲んだなんてバレたら、すねちゃうじゃねぇか」
「大丈夫だ」
「おめぇが、一番大丈夫じゃねぇんだよっ!とにかくダメだ!夜まで待ちやがれっ!」
「そん時、あたしも同席するね」
さっきまで慌てていたファビオさんが、ニンマリ笑った。何でだ?
「ローランが居るなら、いいぜぇ。俺は、離れた席で、のんびり眺めさせてもらうな」
「一緒じゃないの?」
「当然だ。俺は、色っぽい夜を過ごしてぇんだよ」
「ふぅ~ん…」
さっぱり分からん。
数時間後の今、ニンマリ笑みの意味をしっかり理解しました。
ファビオさんが、「ぜってぇ、ローランが来るまで酒を飲ますなよ」という、とーても立派なご指示を下さったのにも関わらず、ローランさんが帰ってくるのが少々遅れまして…、あたしがトイレ行っている少しの間に、酒を飲みやがりましたおっさんが一人。
そして、その少し後に帰ってきたローランさんの第一声が、「何杯飲みましたっ?!!」。はい…トイレ行ってる間は、知りませんが、あたしが気づいて止めるまで、テーブルの上には、空きグラスが5つ……。
「おねぇーさぁーん、俺と夜明けの酒飲もぉ~」
夜明けはコーヒーだ。酒を飲むなって…じゃないっ!これ、何?誰?今までの、無口っぽい、落ち着いた、無表情は、どこに行った?
「すっげぇ可っ愛いーなー」
ウェイトレスさんを片手で拘束して、膝に乗せている。ついでに、おっさんの手が、スカートの裾をめくっていませんかぁぁぁっ!おいおい、ここは、キャバクラか?って、キャバクラが、どんな所か、知らないけど。
「お口がお上手ね。でも、だ・め・よ。今日は、一晩中ここでお仕事なの」
うわぁん。おねぇさんったら、お上手。あしらい慣れているなぁ。ウィンク一つ、悪戯していた手にをしっかり抓って、ひらりと抜け出し仕事に復帰だよ。
対角線上、一番離れた席を見ると、ファビオさんが、自称カッコいい会話をしているらしい。聞こえないけど。逃げたんだ。この、ファビオさん曰く変態さんから、逃げたんだ。
あっちへ行きたいけど、……邪魔だろうしなぁ……。
「さぁ~み」
「ぐっ…は、はひ?」
なんかの肉が、喉に詰まった。
「俺、振られちゃったぁ~」
ちゃったって……、似合わない。激しく似合わない。昼間のあんたは、どこ行った?
「慰めて~」
肘をついて、こっちを向いている顔は、普段と違って、なんつーか、情けないけど、カッコよさげ?いや、間違ってるぞ、あたしの脳みそ画像解析部分!
「ディック」
「んだよ、ローラン。邪魔すんなよな~」
「サミ殿に、手を出したら斬るぞ」
「そんな事言っちゃうんだぁー。暴露話しちゃうぞ~」
ファビオさんより、たちの悪いおっさんが、ここに居た。ローランさんったら、青筋増殖していますよぉ~。
「構わん」
あぁっ、ここは昼間定食屋さんで、今は、たぶん、飲み屋兼定食屋さんで、だめでしょぉ~剣抜いちゃぁ~っ!!
「二人共、座る!ここは、公共の場っ!」
『困った事になったら、使ってみ』って言って、あたしに短い棒を渡したファビオさん。どうもありがとうございました。でもね、ファビオさんが居て、自分でやればいいじゃないかっ、って思っちゃうヨ。
あたしを無視して剣と槍の柄を持っていた二人を、気合入れてぶっ叩きました。あたしの精一杯の力で、です。まったく効いていない雰囲気が、少々悲しいけど、一応座ったんで、よしっ!
ったく、おっさんって、どういう人種?大人になっても、男ってみんなこれ?同級生と変わらないじゃん!酔っ払ってる分、もっとたちが悪い!
「お腹いっぱいになったよね?」
「……はい、サミ殿」
「痛い~」
変態は無視。痛い訳がない。
「おねぇさぁん、これって、お持ち帰り出来ますか?」
出された食べ物は、残さず食べる。未だ、この指針に沿って生活させられているあたしは、母さんの指導通り、パック詰め希望。
「はぁ~い。宿泊のお客さんよね。後で、部屋に持って行ってあげるわ」
「ありがとうございます」
「ううん、ダメな男どもを静かにさせてくれて、ありがとうね。
気をつけるのよ。男ってね、そう、武器持ってる男って、護衛以外役立つ事なんて、いぃ~切ないからね」
うわぁ~、あたしの夢を、全破壊?あたしの世界の男って、剣持ってないんですよ~。って事は、一切役立たず?例外…無し?
「全員集合させ、後々困るから、やめろと言ってきただけ…です…」
「後々、困ったんですね?」
「いえ……私は……フレデリクが、居た…ので…」
あぁ、殴ったってやつか。友達の声を、って、暴力だけど、聞いただけ、ローランさんは偉いと思うヨ。あの子供だと、聞きそうにないもんねぇ。
「サミ~、たぶん考えている事ちょっとぉ間違ってる~」
現在、酔っ払いは、ベッドに拘束されています。
あたしは、ローランさんと、フレデリクさんの部屋で、残りを食べながら、お話を聞いている所。フレデリクさんは、危険物故、ローランさんがテキパキと、ベッドに括り付けました。体力が必要な、友達付き合いだねぇ。
「何が?」
「とことん、俺が殴ったぁ~。偉そうな事ほざく度に、グーで殴った~。泣かした~」
へらへら笑いながら、言う台詞?とにかく希望は、早く元に戻って下さいの一つ。へらへらしたフレデリクさんなんか、フレデリクさんじゃなぁいっ!
「その頃のローランさんって、弱かった?」
「は…い」
「でも、良かったねぇ~、とことん付き合ってくれるお友達が居て。あんな子供のまんまじゃ、将来真っ暗だよ」
「は…い、確かに……城にあがった当初、珍しいと言われました」
全員が全員あれのまま、城に就職かぁ…最悪だな術士。
「学校の教師は、城を知らぬ者が務めているので、あぁなってしまったようで……」
うわぁぁぁぁんっ、誰だよ、最初の馬鹿はっ!
「ローラ~ン、ちゃんと指導したぁ~?」
「…した」
「サミの意見もぉ~?」
「加えたっ!」
「それで、変わりそう?」
真っ赤になって、ぼそぼそ語ってくれていたローランさんが、ここに来て初めて顔をあげ、ニンマリと笑った。
「あの術を逃れる力量の者は、あそこにいませんから」
「えっと……どんな術?」
「新人の術士が、城にあがってすぐ、最初に受ける教育があるのです。
その担当は、あの城を長く勤めている女官長殿で…」
「げえっ……あのばーさん関係ぇ~?!」
あ、ちょっとだけ言葉が戻った。凄い威力だぞ、あのばーさんって人。
「組んだ」
フレデリクさんが、いやぁ~んな顔をしている。
「どんな人?」
「常識と真面目と礼儀を合わせて出来てる~」
それは……適任者だわ。
「ついでに、非常に怖い。あの方に怒られた新米の術士は、大抵半年は使い物になりません」
あはは…素敵だ…けど、あたし会わなくて良かった。絶対、怒られる。
「どんな術ー?」
「最初に彼女から受けた教育を、一部始終頭に叩き込ませ、ついでに彼女の規定に違反したものは、無条件で彼女の幻影に怒られるよう、脳内に語りかけました」
「あそこの、上のやつらにもー?」
「当然。なにせ、あいつらは、俺の言葉なんか、聞く耳持たんからな」
術士長の言う事を聞かないって…、どこまで洗脳が進んでるんだ?うっわぁ~、絶対行きたくないぞ術士学校。
目の前の美味しい食事は、全部ローランさんとあたしの胃の中に消えました。
「ごちそうさまでした」
手を揃えて、会釈。純和風。うんうん、こういうのって、周りの環境がものを言うんだねぇ。あたしだって、あの、物凄い、ある部分だけ激しく厳しいかーさんが居なかったら、どうなった事やらだよねぇ。
「戻るね」
「どうぞ、ごゆっくりお休みなさい」
「うん。……あ、のさ…、明日元に戻ってる?」
へらへら笑いながら、手を振っているおっさんを見る。
「あぁ、大丈夫です。いつもの事ですから」
「記憶は?」
ローランさんが笑う。
「残っていると思いますが…、普段のあいつは、教えてくれないんですよ」
あぁ、そこら辺は、フレデリクさんらしい気がする。まぁ、ローランさんの顔を見る限り、覚えているとみた!
「じゃぁ、また明日。……あの…、起きてこなかったら、すみませんが叩き起こしてくれますか?」
うん、頑張りが睡眠に勝ったためしがない…。
「サミ~、だめだよー。ローランに襲われちゃうよ~」
「へ?……あぁっ!…すいません!すいませんっ!頑張ります。一人でなんとかしますっ!」
男の人に、そんな頼み事をしちゃぁいけないんだ。うん、お父さんじゃないんだからね。考え無しの発言は、いけません。はー、どうしてあたしって……。
「おやすみなさーい」
呪文を20回ぐらい唱えれば、起きれるか?「明日、明るくなったら起きる。起きる。起きる…」
うん、枕を三回叩きながら、唱えるといいって聞いた事がある。それを実行だ。
フレデリクさんは、すっごい楽しい。書いていて楽しい。<酔った時
ちなみに、サイトに上がっているものとは、少々違います。まぁ、ほとんど変わりませんが、地味ぃに今後の話と齟齬発生発見w
そういう部分は、微妙に書き直しています。