初めての野宿
空は晴れわたり。春を抜け出そうとしている朝特有の清々しい空気は、公害が無い事もあって、気持ちよさ倍増。むき出しの地面の上を、とてとてと走るヒヨ。とーても可愛い。その中で、唯一で、最大の欠点、あたしのお尻が悲鳴をあげている。両足がガクガクいって、もう力が入らない。
「サミ殿、大丈夫ですか?」
「お嬢ちゃ~ん、動きがずれてっぜぇ~」
「そのうち、嫌でも慣れる」
返答不可。とりあえず、小さく頷くだけ。声を出したら、言っちゃいけない事を言いそうで出せない。足手まといにならないと言った以上、弱音はだめだろ?ヒヨのふわふわを体験出来ただけで幸せなんだと自分に思い込ませ、脳内で苦痛と幸せを無理やり変換する。現在、変換ミスがうなぎ登り中だけど。
突然、ヒヨが止まった。
「少し、休みましょう」
「あ、だ、大丈夫…」
下から伸びてきた手が、あたしを無理やりヒヨから引き摺り下ろす。
えーーーと、抱っこ?抱っこですか??ってか、あたしのお尻の下にあるのって腕っ?!片腕であたしの体重を、こともなげに支えてますのこと?
「頑張ったな」
頭を、いい子いい子された。
「ディック、そーゆのって、俺の役目だろうがぁ~、ずりぃぞ」
ファビオさんからも、いい子いい子された。
「頭を持ってろ」
「は、はい」
持ってろと言われても、前が見えなかったら困るだろうから、てっぺんを両手で押さえる風味。あぁっなんつー間抜けな状態。
「あの木の下あたりが、いいだろう」
ローランさんが二匹のヒヨを従え、歩いて行く。それに遅れず重量を腕に乗せたフレデリクさんも歩き出す。どんだけ訓練したら、こうなるんだ?
「お嬢ちゃん、少し寝とけや」
にかっと笑ったファビオさんが、あたしを毛布に包み地面に横たえた。
「休む事も大切ですよ」
「うん…」
「安心して寝てろ。時間がきたら、優ぁ~しく起こしてあげるよぉ~ん」
返事はしない。あげるよぉ~んって…そんな事言う大人ってどうよ?
どれぐらいヒヨに乗っていたんだか、さっぱり分からない。黄色いふわふわしか見てなかったもんなぁ。一応太陽が頭の上を過ぎていった気がするんで、結構乗ったのかな?
「あと…どれぐらい…?」
瞼が重い。
「少しだ」
少しって?田舎人の『距離感覚・少し』は信用すると痛い目にあうとか……だいたい人を片手で持つような腕力の人の少しって……絶対…いっぱい……だ………。だめだ、頭が霞の中。寝る。
寝る事をこよなく愛するあたしとしては、三人の声を子守唄代わりに、現実と夢の境をゆらゆらし始めた。
「お前なぁ、もっと手前で休憩だったんじゃねぇの?」
「あぁ」
「なぁ~に、笑ってやがる」
「あまりにも、一生懸命だったものだから、な」
「今日は、ここで野宿か」
え~…起き…ます………よ…。
すみません、起きれませんでした。
「お嬢ちゃん」
「ふぁ?」
「お~い」
頭を叩いているもんを抱き込んで、寝返りをうつ。あったかい。
「おいおいおいおい、俺としちゃぁ嬉しいけどよぉ。お嬢ちゃんとしては、だめじゃねぇか?」
「おひゃすい~」
暖かくて、気持ちがいい。
「ファビっ!」
「だってよぉ~」
ファビ?誰だそれ?
「俺は、無実だぁ~」
「そうだな」
「お前なら、逃げられるだろっ!」
「そうするとだなぁ、お嬢ちゃんの色~んな所を触っちゃうなんつ~、素敵な事になっちまうんだが、いいか?」
楽しそうな声。色んなところって?
「ファ・ビ・オ!」
「へぇへぇ、しゃぁねぇなぁ」
何が、しゃぁねぇんだ?
「サ~ミ、俺と一緒に寝るか?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
耳を押さえて、寝起きの体力の限り、後づさった。なんつー声。背筋がぞわぞわしたぞ。
「ぎゃぁは、ねぇんじゃねぇの?ったく、色気ねぇなぁ」
「ふぁふぁファビオささささん、あ、あ、あ、みみみ皆さん、おおおおおおはようございますっ!」
あたしにしては、最高速の目覚め。心臓がばくばく言ってるけど、ばっちり目が覚めた。なんてったって、寝起きが悪いあたし。こんなに瞬間的に起きたなんつーのは、目覚ましの電池が切れていて鳴らなかった、出かける5分前に匹敵する。
「サミ殿」
「は、はい」
「お腹は、すいていますか?」
「………はい」
なんつーか。すいません。焚き火が煌々と辺りを照らし、そこからいい匂いがしてくる。つまり、すっかり夜。夕食が目の前に出来上がっていた。
あたしって、どこまで寝たら気が済むんだ?
「お嬢ちゃん」
ファビオさんが、おいでおいでをしている。
「使え」
フレデリクさんから、濡れたタオルを渡された。
それで、手と顔を拭きながら、ローランさんの横に座る。
「体は、どうですか?」
「あ、大丈夫です」
体中が筋肉痛だと言っているけど、それは当然の事。
痛みを無視して、手に渡された椀の中を覗く。不明の肉と、不明の野菜が浮かんでいる。でも、いい匂いだし、既に皆が食べていたので、気にせず口を付けた。
「美味しい!」
「だろぉ~、取立てのブランで作ったんだぜぇ~」
「俺がな」
ブランって、何ですか?どんな、動物ですか?
「あのぉ~、あれは?」
木にひっかけてある、白いふわふわ。
「ブランの皮。町で売ろうと思ってさ~」
「服を作るんですか?でも、あの量じゃ足りない…ですよね?」
「あーお嬢ちゃん。それ、やめねぇ?」
それって何だ?
「お嬢ちゃんは、普段、そんな言葉使いしてねぇだろ?」
「あ……でもですねー、目上の人には、ちゃんとした言葉使いで話せって……あの、すっごい目……あぁっ、何でもないですっ!」
やばいやばい、とりあえず全部言わなかったから、大丈夫?…じゃないな。視線が痛いヨ。
「嬢ちゃん、ファビ叔父様だ」
「や、あたしの普段に、そんな言葉ありませんから」
唇にファビオさんの人差し指。自分のでやりやがれっ!何で、あたしのっ!
「俺達は、仲間だな?」
一つ頷く。
「サミ殿は、我々と一緒に旅をするのですよね?」
そう言ったローランさんを、黙って指差す。人を指差しちゃいけないって知ってるけど、でも指さずにはいられない。
「あーーー、ローランはなぁ、仕方がねぇから。でも、お嬢ちゃんは、普段そんな話し方しねぇだろ?」
仕方がないで、終わりかいっ!唇にある指をどかす。
「あのですねぇ。ファビオさん達は、目上っ!あたしは、約半分っ!だから、仕方がないんです」
「うっせぇ!」
デコピンてっ!しかも、痛いっ!
「仲間に敬語なんて使ったら、失礼だって覚えろよなぁ」
う~~~。
「ローランは、あれが個性だ」
「分かった…おっさん達に合わせる」
嫌味を加えてみた。だって、言いづらいよ。融通の利かない、あたしのチープな脳で、自分の世界に戻った時が心配じゃないか。
「しゃぁねぇなぁ。おっさんは、我慢してやる」
「偉そう…」
「そりゃぁ、俺だもん」
無視、無視。目の前のあったかいスープを堪能する。
「んで、あれって、何になるの?」
ブランの皮。もふもふの皮。でもちょびっと。
「10匹で、コートが一つだ」
「冬の厳しい地域では、重宝されてるんだぜぇ」
なるほど。裁縫の才能皆無のあたしにとっては、良く分からないけど、きっと腕利きさんにとっては、ざくざくっと作ってしまうんだろう。
「あ…」
腕にぐるぐる巻いていたペンダントが落ちた。ちゃんと着けてないと失くす。
「それ…」
「お姫様に貰ったやつ」
「つけるのか?」
「え?この世界って、これ、首につけるもんじゃないの?」
「いや、…そうなのですが…」
三人の歯切れが悪い。
「なんつーか、あの姫さんの事だからなぁ…」
「惚れ薬を、仕込んでいるかもな」
「まじっ?!」
周りを見る。真剣な顔で頷かれた。
「えーーっと、あのお姫様って、……お姫様なんですよねぇ?」
「それは、間違いねぇぜ。お嬢ちゃんは、一緒に食事したんだろ?」
「すっごく、お姫様だった!」
「姫君は、不幸な事に、十年前にこの馬鹿と出会ってしまいまして…」
「それまでも剣士だったが、普通だったな」
「ファビオさん、なんつー事しやがりました!」
「や、俺は、なぁ~んもしてねぇぜ」
目の前で手を横に振られても、ローランさんもフレデリクさんも、首を横に振っている。真実味皆無。
「女の取り合いだったな」
「決闘を鼻歌まじりに受けて、楽勝しただろうが…」
あーうー…なんつーか、理由がまともじゃないよ。お姫様が決闘しちゃぁだめだろ?
「あの……お姫様の恋愛対象…って?」
「通常、女だ」
「可愛いお嬢さんが好み…です…」
ローランさんは、こめかみを揉んでいる。
「えっと、通常って言うって事は、通常じゃない時があるんですよね?」
二人とも、目を逸らしている。こっちを向いてくれない。
「あの姫さんの通常外?あれか?おっさん趣味?」
ファビオさんは、首を傾げている。二人は、とことん視線を泳がせて。
「どっかの素敵貴族の叔父様に、惚れてんだっけ?」
ローランさんが「違う…」と力無く答えて、フレデリクさんは、ファビオさんと視線を一切合わせず、ため息をついた。って事は、大はずれだな。
なるほど…好きな人には、似てくるってやつ?あたしは、知らないし、経験も無いけど、世間の恋愛小説を読んでいれば、なんとなく分かる。
「ローランさん、フレデリクさん、いっぱい食べて、がんがん街へ行きましょう!休みすぎだもんねぇ…あはは…」
少々、棒読み。話題転換だ。
「あ、いえ、サミ殿、今日は、ここで野宿に致しましょう」
「何か質問はあるか?ここは、異世界だろ?」
「あー、あ、ヒヨの赤ちゃんって、どんなサイズ?」
く、苦しい……。
ファビオさんは、全然状況が掴めなくて、不審げな顔。すっごく鋭そうなのに、何で気づかないんだ?
お姫様と、どんな出来事があったんだろう?きっと、このファビオさんが、まぁ~ったく気づかないぐらいの、諍いがあったんだろうなぁ………聞かないでおこう。きっと、破天荒な事だ。一般市民には、絶対ありえない様な……。
野宿は楽しいVv
いっぱい野宿させたいものです。