旅立ちの朝
昨日の夜は、荷造りに、旅程の確認に、様々な約束と──危険な時は必ず背後に隠れているようにと、ローランさんのご指導──最後に王様とお姫様との会食をして寝た。
あ、お姫様は、ローランさん達と一緒に居た時と違って、お姫様だったヨ。数時間前の記憶を疑っちゃうほど優雅で、気品があって、綺麗で、ちゃんとしたふわふわキラキラドレスを着て。正真正銘のお姫様だった。
「勇者殿に危険がせまった場合には、すぐさま元の世界に戻って頂けるよう、術士長には頼んであります」
その言葉で、王様の優しそうな笑みが消えたっけねぇ……お姫様の視線も、きつかったなぁ……やっぱり、腹黒の件を聞いておいた方がいい?戦争をしないっていう選択をしただけで、即効高得点にしちゃったあたしは、浅はかだった?…でも、そうしたら全員いい人だって判断している現状さえも、不安になってくる訳で…人を見る目って、どうやって養われるんだ?
「サミ殿」
「は、はいぃ~?」
目の前にヒヨコが居た。うん、ヒヨコ。これがヒヨ?確かに、可愛い名前にあった外見だけど…激しく巨大。乗れるように、鞍らしきものも付いているけど…外見ヒヨコ。なんつーか、小動物虐待風味?いや、巨大だから虐待イメージが微妙に薄れるけど…。
「お嬢ちゃ~ん」
ヒヨコの上に乗ったおっさんが、ひらひらと手を振る。なんつーか、眩暈に襲われる光景。どんなカッコいい騎士様がのっても、へっぽこ風味に成り下がる乗り物。あぁっ、フレデリクさんが乗ってる光景がっ……へっぽこなんだけど果てしなく…怖っ。
「サミ殿、どうなされましたか?」
「や…あの、これ……ヒヨ…ですか?」
「そうです。戦場にも出る、強いヒヨを選びました故、どうか安心してお乗り下さい」
安心って、言われても。なんつーか。馬って、安心感のある立派な生き物だったんだねぇとか、思ってる最中なんですが。
「うわっ」
突然、目の前のヒヨが、あたしの顔を覗き込んできた。
「……り、凛々しい…で、ですね~」
目つきは、戦に使われているだけあって、鋭い気が…する?
「ピーーーーーーーーーーっ」
「サミ殿が、好きなようですね」
ピヨピヨと、鳴くんじゃないんだねぇ。目の前で揺れている、黄色いフワフワを撫でてみる。ヒヨコを触った事はないが、たぶん同じだと思う。これに乗って、本当にいいの?
「おら、お嬢ちゃん」
目の前に出されたファビオさんの手は、ローランさんによって瞬時に払われた。
「あ~ん?何だよ」
「お前じゃ、不安だ」
「あのなぁ、俺って、傭兵から将軍にまで上り詰めちゃった、兵じゃなかったっけかぁ?
ヒヨに、何十年乗ってると思ってんだよ」
「そんな事を、心配してるんじゃない!サミ殿に悪さをしそうな輩からは、引き離す。それだけだ」
「妥当だな」
「お前ら……あのなぁ、素人のお嬢ちゃんに、即効手ぇ出す訳ねぇだろうがっ!
ちゃんと、手順は踏むぜ」
や、そこで胸はられてもね。なんだそりゃ?
「サミ殿」
「あ~、はい」
出されたローランさんの手を掴む。どう手順を踏むか気になる所だけど、とりあえず確実に安全な場所を選んでおこう。
ファビオさんの、「お嬢ちゃ~ん」つぅ、声も聞こえるけど無視。なにせ、目の前のヒヨは大きいのだ。鐙らしきものに足を乗せ、よじ登る風味。当然素人なあたしは、『ひらり』なんつー音付きで乗れるような勇者じゃない。
「癒し系だねぇ~」
目の前全部が、黄色もふもふ。
「あの…怖くは、ありませんか?」
「は?こんなに可愛いのに?」
「可愛い…ですか?」
「黄色い丸いフォルム。手触りふわふわ。とてとてと音をたてそうな足。本当に、ヒヨコみたいですよね」
「ヒヨコ?」
「あ、ここには居ないんですか?私の世界には、このヒヨさんが手乗りサイズになったものをヒヨコって言うんで………あ…ニワトリ?…いや、ニワ?ってもっと巨大?」
「ニ…ワ?」
「あのー、この子の親ってどれだけ大きいんですか?」
「このヒヨは立派な大人です。子供も作らせたはずですが…、サミ殿?」
固まった。こ、こんな、こんなに可愛いのに、子供作ったって…、『ここは異世界、ここは異世界、ここは異世界…』とりあえず十回唱えた。
さて、出発だと、お城を背にしようととしたら、大量の叫び声が背中をド突いた。おっさん達は嫌そうに顔を顰め、のろのろとヒヨの向きを声の方へと変えた。
「将ぉ~軍~~」
威勢のいい、元気なダミ声の集団。兵士やら、騎士やらに見えるご一行。
「早く、帰ってきて下さい~」
あ、部下さん達なんだ。遠くにローランさんと同じような服装の人達も居て、静かに会釈している。でも、全員の顔が豪雨注意報状態。
「酒場ばっかり、寄ってちゃダメですよ~」
「ナンパは、ほどほどにして下さいね~」
「帰ってきたら、仕事して下さいよ~」
……ファビオさん……なんつー懇願を……皆さんの涙が、これは事実だと語っている。
「てめぇら、うっせぇよっ!」
「気長に待て」
……え~と、フレデリクさんも答えているって事は……。
「本当にですよぉ~」
「明日には、帰ってきて欲しいんですからぁ~」
そんな可哀想な光景に目を奪われていたら、突然私の手が暖かい手に包まれた。
「勇者殿」
「あ、お、お姫様」
「ナデージュと、お呼び下さい」
なんつーか、このお姫様の態度より、その背後の背後の方~に居る、『きゃぁ~Vv』なんつー、ハートマーク入りの声の方が気になる。
「ナ、ナデージュさん」
にっこり笑う笑顔が、麗しい。こんなに綺麗なお姫様なのに、笑顔が凛々しい。なぜだか王子様に見えてくる。間違いなくファンタジーな世界の住人様だ。
「くれぐれも、お気をつけて。どうか、これを」
渡されたのは、小さな首飾り。
「貴方に、ご加護を」
首飾りごと、手を握り締められ、口付けなんつーもんを手の甲に……まるで騎士様。『きゃぁ~っ』なんつー外野の甲高い悲鳴が、頭に響く。
そして……
「てめぇ……勇者殿に手ぇ出してみろぉ~、殺すっ!地の果てまで追いかけて、殺すっ!!」
素晴らしい変わり身だ。
「へぇ~、返り討ちに合いてぇと。いいぜぇ~」
なんつーか、仲の悪そうな会話なのに、ファビオさんとの会話、楽しそうに見える。
「俺は、手を出していいのか?」
「ダメに決まってるだろうがっ!」
フレデリクさんが、手を出す。想像外。という事は、お姫様をからかっているのか?いや、他人をからかっているフレデリクさんも、なんつーか、イメージに合わないんですけど。
「姫、くれぐれも、後をお願い致します。決して、ついて来ないよう」
「あぁ、分かった、分かった。うっせぇよ」
「じゃぁなぁ~」
悲壮なお見送りと、静かなお見送りと、麗しいお見送りと、黄色い声を背後に、ヒヨが走り出した。
なんつーか…こんな旅立ちで、いいのか?背後の人達のほとんどが、泣いてるぞ!
まだおっさんは、増えませんw←