装備を整えよう(ちょい修正)
頭が激しく痛い。や、別にローランさんの術をまた食らった訳じゃない。目の前の光景が、あたしに頭痛をもたらしているから……。
「勇者殿」
これが正しいとばかりに、にっこり笑うローランさん。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」
おいでおいでと手を振りながら、非常ぉ~に楽しそうなファビオさん。あのナンパなおっさん。
「これ」
言葉少ないっていうのは戦法?で、圧をかけてくるフレデリクさん。あの不機嫌なおっさん。
ローランさんは、やけにフリフリ、大量のリボンの付いた、非常に旅に向かわなげなピンハ風味の服をあたしに掲げる。これは旅する格好じゃない!
ファビオさんは、ボン・キュッ・ボンのおねーさんが着たら似合いそうな露出の多いエッチィ服を掲る。しかも、さりげにあたしに合うようなサイズを持ってくるあたりがむかつく!
フレデリクさんは、戦士必須のライトアーマーらしきもの一式を掲げている。うん…防御力皆無のあたしには、必須かもしれないけど…これさえも、重そうなんですが。
現在、あたしの旅用の服を物色中。決して、コスプレ衣装を買おうとしている訳ではない。うん、初コスプレすんなら、せめてあたしの好き方面にしてくれと言いたい。ので、三人を無視して、その背後にある大量の服を物色する事にした。長旅に合うような、好みの服。実はちょっといいなと思っているものがある。ローランさんが着ている服。結構、ああいうのが好きなんだ。
イメージとしては、だらだらしたゆったり服。少し高い襟、前が少々開いていて、すっとーんと下まで落ちている。両脇の腰から足元までスリットが入っていて、動きやすさは保障あり。決してチャイナ服じゃないのが、ゆったり風味って所。腰には、帯状の布を巻いて垂らす。これがまた綺麗な刺繍入り。下半身には、ゆったりげのスボン。踝で、締まっている。服の要所要所に細かい模様が入っていて、とっても綺麗。
「これっ!」
同じ風味を発見!
「えーーーーーー」
速攻で、ファビオさんの不服な声。あんなもん、着れるか!スタイルのいい人に贈って!
声には出さないが、不服そうなのがローランさん。あれで、旅が出来ると真剣に思っていたのだろうか?怖いぞ、それ。
「剣は使えるのか?」
フレデリクさんが、眉間に皺を寄せて言う。速攻、首を横に振った。
「刺されたら、死ぬぞ」
服を指差す。なるほど、アーマーと違って、防御力は最低の布の服。
「あの~…旅に出る前に、訓練した方がいいですか?えーーと、運動神経並み程度で頑張れそうな、逃げ技ありますか?」
「勇者殿、勇者殿をお守りするのが我々の仕事。そんな必要はありません。
ディック、その為に俺達が居るのだぞ」
「四六時中付くのか?」
「当然だ」
「野宿も予定に入ってるな?小用の時もか?」
「ばっ……」
なるほど、一人で行動せざるえない場合、流石に不安だという事か。
「えー、盗賊とか、山賊とか、強そうな動物とか、出てきますか?」
「出てくるな」
当然とばかりの声音。
「移動は、徒歩ですか?」
「途中までヒヨだが、山道は徒歩だ」
ヒヨ…やけに可愛い名前だけど、さっぱり分からない。馬の種類か?ま、いいや。途中まで何かに乗って、途中から徒歩になるという事だな。その時が、危ないって事か…。
「その山までは、どれぐらいかかる予定ですか?」
「勇者殿は、ヒヨに乗ったご経験はありますか?」
「えー、ヒヨが何だか分からないんですけど、動物ですよね?動物には、乗った事無いです」
「あ~なら、二ヶ月強かぁ?」
二ヶ月…えーヒヨが馬だとして、自転車よりは早いんだろうか?まさか、車並みとは言わないよ…ね?なら、自転車で旅をするって考えて……二ヶ月で、どの辺まで行くんだろう?自転車って、平均時速いくつ?…だめじゃん、基礎知識なくて計算出来ないじゃん。えー一般市民で生きてきた女子高生にとって、これって常識?自転車の時速って、知ってるもん?あーーーっ、距離が分からないじゃん!!横浜まで約何km?時速が分かっても、どこまで行ったら何キロだって、分かってなきゃ意味ないじゃんっ!
結論……、地理の知識皆無で、自転車の知識も皆無で、どんだけの距離を踏破するんだか、さっぱりです。
先生、あたしは反省しましたよ。今だけかもしれないけど、反省。こんな時の為に、色々勉強しなくちゃいけなかったんだぁねぇ…帰ったら、頑張る……ごめん…たぶん…頑張…る。
「ん~?お嬢ちゃん、どうしたぁ?」
「な、何でもないです…」
「そっかぁ?一人で変に考え込むじゃねぇよ。無駄だぞ。無駄。ここは、お嬢ちゃんの居た世界と違うんだろ?た・よ・れ」
見事なウィンク。おっさんのウィンクだけど。
なんつーか、ようやく、ちゃんと気づいた。おっさんってだけで、他に何も判断してなかったヨ、あたし。
三人は、あたしの様子を見て、感情の正負を分かってしまうぐらい大人で、それを意識させないようケアしてくれる凄くいい人達だった。ファビオさんだけじゃなく、ローランさんも、フレデリクさんも、ファビオさんの言う事に頷いているのから、そうなんだろうって分かる。
そんな顔を見上げていたら、十年前はさぞや女の人にもてただろうと思われる、整った顔立ちだって事まで分かってしまった。んでも、何で十年前じゃないんだ?とか…大変失礼な事を一瞬思ったあたしは、ダメダメだな…。
「よ~し、じゃぁ言ってみ」
頭をポンポンと叩かれた。
「頼れる、お父さんって感じ?」
あ、ダメだったか?ファビオさんの背後で、ローランさんが噴出し、無表情だったフレデリクさんが、口をおさえて肩を震わせヒーヒー言っている。そして、当のファビオさんは、情けない表情に顔が崩れちゃったヨ。
「お嬢ちゃん…」
右肩の上にがっくりと頭がきた。その瞬間、ローランさんが「馬鹿者っ!」と言って、引き剥がしたけど。
「えっと…うちの父さん39歳だけど…皆さんと、変わらないですよね?」
あぁっ!三人共、硬直してしまった。えっと、ちょい悪おやじとかって、最近流行っているけど、あれに出ているおっさん達って、子持ちだったよね?あ、違ったっけ?訳分かんなくなってきた。頼れるお父さんって褒め言葉じゃないの?またもや、ダメダメ?
「あ…えーーーと……そのぉ~、うちの父さんより、若く見えますし…あーーーそ、それに、ずっとカッコいいです……そ、それから………うーーーーーーなんか、ごめんなさいっ!!」
「い、いや……勇者殿、謝る必要は……」
ありそうですけど…皆さん、激しく残りHPが少なげで…。
「お嬢ちゃん、俺ら全員一人身だ!それになぁ、俺は、こいつらより2歳も若いっ!」
えっと、私から見れば誤差です。
「35だ」
35歳…それで一人身だと……。
「もてないんですか?」
「嬢ちゃん…」
『お』が抜けた。
「鈍いローランや、変質者のディックと違って、俺はもてる!」
「おっさんがぁ?」
「おっさんだぁ~?」
「あーーーつつつい、ごごごめんなさい。でででも、だだだって、あたしの倍以上生きているんですよね?父さんと同じぐらいの人を、おっさんって言うのは普通かなぁ~なんて…」
「他の言い方は、ねぇのかよ」
「……お父さんは……」
睨まれた。
「えっと……うーーーおやじは?ちょい悪おやじって肩書きが、あたしの世界で流行ってるけど」
「なんだそりゃぁ?ちょい悪ってあたりが、中途半端でカッコ悪ぃだろ。却下だ」
「えーー、贅沢っ!んーー、じゃぁ、叔父様?」
うげっ、叔父様って言葉の雰囲気に、合わない相手だったヨ…すっげく嫌っ!
「あ~?嬢ちゃん、今、何考えやがった?」
「内緒」
「じゃぁ、今から俺は、ファビ叔父様な」
「げっ!」
「お嬢ちゃんが、言ったんだろぉ~」
……お父さんってあたりから、世間は四面楚歌。ローランさんは、固まったまんまだし、フレデリクさんは微妙にファビオさんの味方をしている気が。うーーーでも叔父様…なんて似合わない相手なんだっ!こー叔父様ってのの響きに合う、紳士っぽい感じというか…あぁっもおいいっ。話題無理やり変換っ!
「えー、ところで、フレデリクさんが変質者ってのは、何でしょう?」
「叔父様って呼べよ。ま、この先に期待すっか。
んで、ローランは、分かりやすいよな。雰囲気そうだしよぉ」
一生、叔父様って言いません。それからローランさんのは、鵜呑みにしただけです。分かりやすいの?
「ディックのはなぁ………そのうち分かんだろ。こいつは、普通じゃねぇんだ、あ、このっ!俺は、嘘なんか言ってねぇだろっ!」
また、喧嘩が始まった。この人達を大人だと一瞬でも思った私は、本当に間違っていないか?
「あの~、これじゃまずいですか?」
未だ固まって、喧嘩に参加していないローランさんに、服を見せ聞く。喧嘩に割って入れる訳がない。
「だ、だ、大丈夫…で、です」
「二ヶ月半、時間があるんですよね?その間、少しでも逃げれるように訓練するってのは、あの…ダメですか?」
「そりゃぁいい。俺が、手取り足取り教えてやるぜぇ~」
「そうしろ」
喧嘩をしながら、返事をくれる。本当に器用な人達だ。
「ローランさん?」
眉間に皺。勇者は保護するもんだって、間違った知識を保有している様子のローランさん。勇者じゃないあたし的には、非常にまずい。
「あの~どう転んでも、あたしって勇者ってもんじゃないですし、出来れば普通の町娘その1扱いで、お願い出来ませんか?」
「勇者殿は、間違いなく勇者殿です」
「えーっと、竜と戦ったり、魔王と戦ったりするのが、普通の勇者だと思うんですけど。勇者って、一番危険な場所を闊歩する職業ですよね?
あたしが勇者なら、そっち方面で頑張らないと、ダメって事じゃないんですか?」
「勇者殿、最初に言ったように、勇者殿には気軽な旅行としてご同行して頂きたいのです。どうぞ、何もご負担に思わないで下さい。勇者殿は、私の命にかえてもお守り致します」
「馬鹿は、お前だ」
フレデリクさんが、グーでローランさんの頭をぶっ叩いた。軽く振ったみたいに見えても、威力は凄かったみたいで、ローランさん涙目。
「あれの依頼を受けたのは、こいつだ。なら、こいつの意思を聞くのが、お前の役目だろ」
「ディック」
「お前は、受けた仕事を他人任せにして守られたいのか?」
「しかし…」
「こいつも、お前と同じだ」
「…こんな…小さな女の子なんだぞ」
フレデリクさんが頭をかかえ、ファビオさんがそっぽを向いて、あたしは顔の前でそれは違うと手を横に振った。
「小さい……。この世界の女の人って、この背の高さは子供扱い?」
「お嬢ちゃんは、普通だろ」
「じゃぁ、17歳ってのが、小ささをかもし出してる?」
「結婚しても問題のない年齢だ」
「………体型で、子供だと思われたとか?」
むぅ~、確かに胸は控えめだけどね。
「あ~……、全体で大丈夫だ」
「その間は、何?」
自然目つきは険しく。ま、別にバイ~ンな胸が欲しい訳じゃないからいいけど…って、負け惜しみ?や、バイ~ンな友達の苦労を知ってるだけに、真剣にいらないんだけど…やっぱり、負け惜しみ?
「ま、いっか。
えー、3対1で、ローランさんの負けです。
という事で、あたしは普通の町娘その1で。2ヵ月半の間、訓練よろしくお願い致します」
深々と頭を下げてから、そのまま服を握り締めお会計へ。とにかく勢いだ。町娘その1は、勢いと、持ち前の中ぐらい根性で頑張る所存だ。うん、そうしよう。
「すげぇな、お嬢ちゃん」
ファビオさんが、あたしの頭をぽんぽんと叩いて、ずっと厳しい表情をしていたフレデリクさんが、少し表情を穏やか…にしているような気がする。たぶん。判別は、出会って数時間じゃ、少々不明。
「行くぞ」
フレデリクさんが、ローランさんの腕を掴んで引っ張ろうとしたのを、ローランさんは、ため息一つついて、振り払った。
「勇者殿」
「町娘その1」
「いいえ、勇者殿」
「だったら、沙美」
「分かりました、サミ殿。それでも、私は貴方を最後まで守り抜きます。だから、サミ殿は決して無理をなさらぬよう」
お姫様と同じように跪いたローランさんは、まっすぐにあたしを見ている。お姫様の時には、あまりの形式美に頭が硬直したけど、ローランさん…なんつーか、『お手』とか言いたく……折角いい言葉を聞いているはずなのに、どうしてあたしの頭って…変?
「サミ殿…」
「あ……は、はいっ、あ~『殿』無しはだめですか?」
「無理です」
ファビオさんとフレデリクさんが、ローランさんの背後で、うんうんと頷き諦めろという顔をしている。目の前には、わんこさん。
「あーーーえーーーー次の買い物に行きましょう。うん、次は何ですか?あ、靴擦れにならないような靴があると、嬉しいんですけど~」
わんこの手を持って、適当な事を言いながら歩く。ここは自分の知らない街。迷子になるなぁ~とか思いながら、きっと背後の二人がなんとかしてくれるだろうと思って適当に歩く。リールは無いけど、お散歩気分。おっさんをお散歩させるって……なんか……違う……。
今回増殖無し!
サブタイトルって、今まであまり付けてなかったから…非常に困るな(´・ω・`)