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キノコの星

作者: 榛原水城

 野菜炒めをに限らず、盲目的に肉を先に入れると硬くなるぞ!

「賛成1、反対多数で否決されましたー」

「なんでや!」


 星にかかる程大きなキノコの傘、その上に雑多に集まる一つの集団があった。数は70を越える程度だろうか、言っておくべきは影の全てがキノコとヒトをニコイチしたかのようなそれであるということだろうか。

 先程叫びを上げた――キノ娘。とでも言っておこうか。キノ娘が疑問の声を挙げる。


「とりあえずファーストコンタクトしておけば良いじゃん?」


 そう音にしながら、本来のコミュニケーション方法である。精神共有、キノ娘の菌糸や胞子を利用した思考転写を行う。ノンタイムで帰ってきたであろうリアクションの殆どが拒否を示す類のものであり、同意を求め辺りを見渡していたキノ娘はうな垂れた。


「ブーマーちゃん。一先ず落ち着かれては?いずれは邂逅を果たすにしても、現段階では不確定要素が多いですしー」

「ムスカリアも!みんなもどうかしてるよ!初めての知的生命体だよ?ファーストコンタクトしなきゃ!」


 ブーマー、そう呼ばれたキノ娘が手を広げキノ娘の輪の中心に躍り出た。再度呼びかけるがキノ娘達の答えは変わらず、大仰に突き出し人差し指を付き合わせるあの仕草に答えたのはムスカリアと呼ばれ、会議を仕切っているキノ娘の人差し指であった。


「はい、ファーストコンタクト」

「ムスカリアじゃなくてヒトとピッ!ってしたいの!」


 駄々を捏ねる赤子を嗜めるようにムスカリアは、持っていた傘。これはキノコの傘では無く、ヒト文化の傘であるが。その傘で優しくキノコの傘、これは今キノ娘達が集っている星を半分程覆うキノコのものだ。それを叩くとブーマーの頭を撫でる。


「いいもん!他の――ハエ星人とかに先越されても知らないからね!」

「あらあら、ハエ星人なんていませんよ?最初から」


 手を跳ね除け、キノ娘の輪の中心からその外円へ。駆け出したブーマーはイジケル子供のようでとても褒められたものではないが、その選択は正しかった。何故ならハエと聞いた瞬間、傘が軋むような音を立てたからだ。ヒト用の傘であれば破砕し圧縮され、構成原子が崩壊していただろう。とだけ申しておく。


「あー、ほら!ヒトってキノコ食べるらしいし」

「うんうん!それに寿命短すぎるよね」

「わかるー。同種族で殺し合いしてるのはちょっと……」


 輪の中で思案顔をしていた複数のキノ娘が顔を引きつらせ、ぽつりと零した。話題を逸らすための方便ではある。だがこの一つ一つが解決出来ない疑問点であり、同時にファーストコンタクトを躊躇っている理由でもあった。


「ダメですよー。この会議はヒトと我々の可能性を模索するものです。ヒトに対しての批評は構いませんが批判や誹謗中傷は避けてくださいねー」


 キノ娘達の思惑は概ね成功したと言って言いだろう。ムスカリアが傘を半回転させ開くと、それをビーチパラソルに見立て座って見せた。

 そもそもである。発端は外宇宙探査の為漂わせた胞子や菌糸が遥か彼方の地で芽吹いた事にある。彼らの言葉で地球と呼ばれるその星はやや清浄とは言い難いも大気と水、そしてキノ娘に必要不可欠な木々に恵まれていた。さらにはキノ娘達が捜し求めていた異種の知的生命体も存在している宝の山であった。


「はーい。ゆっくりで良いから仲良くしたいでーす」

「だよね。色々と腑に落ちないけど何かそこが可愛いっていうか」

「わかる!」


 エゴシードと呼ばれる中枢機関を持ち、体を脱ぎ捨てることで不死性を獲得した種族。最初から不必要だった種を保持する為の繁殖も、精神共有も、余裕から生まれるその精神性も、全てがヒトには無いものだ。ここに集まったキノ娘達が種族の全てである。そう言えば種族の差を表象出来るだろうか。


「では予定通り、とりあえず1000年程度観察を続けるということでー」


 とりあえず1000年、1000年が10000年になろうとどうってこと無さそうに告げるムスカリア。このゆったりとした主観を持った種族が個性や自己連続性を保ち続けて来たのには秘訣がある。永劫の時を生きる中で自我を失い、泥のように沈むことのないように、インプットされた習性であり絶対の優先順位。


「次の議題は……みなさんお待ちかね!にーんげんってなーあーに?のコーナーです!」

「いえーい!」

「やったぜ!」


 ムスカリアの合図に狂乱したキノ娘の輪が指し示す通り、たったひとつのパーツは好奇心。外宇宙まで探索を続けついにはヒトという種を発見するに至ったのも、友好的な関係を模索し二の足を踏んでいるのも、キノ娘達が口で、音で、コミュニケーションしているのも全て好奇心故に。


「前回までのおさらいです。ヒトは死ぬらしい」

「いやーあれはびっくりしたよね、あっ死ぬんだ?って感じ」


 キノ娘がヒトという種を発見してから僅かな時間。探査用菌糸から送信される僅かな情報を頼りにキノ娘達は自身の時間全てをヒトの種の理解へと捧げた。始めは声を出すことすら叶わなかったが舌や咽の働き、更には声だけで無く表情筋さえコントロールし、果ては己に無かった死の概念まで理解せしめた。その理解の速さはその手法にある。


「いやー気づくのが遅すぎましたね。猛省します」

「だってエゴシードが無いんだもんねー。普通あると思うじゃん」

「まぁ予備固体なんて減ってもそんな困るもんじゃないし?ムスカリアちゃん。そんな落ち込まないで!」


 難航を極めたヒトの生態、それを解決したのがエゴシード無しの予備固体である。キノ娘が現固体を脱ぎ捨てエゴシードとなり。新しい体を紡ぐ過程において種の本能として当たり前のことだが保険が働く。光り輝くエゴシードからは無数のキノコがにょきにょきと、ともすれば星がキノコで埋もれる程の数が新しい体候補として生まれるのだ。

 だがエゴシードが宿るのはその内の一本だけであり、キノ娘として完成するのもまた一体だけである。永遠に使われない予備固体として保管されていたそれらをヒトの似姿へと切り貼りする。後は簡単、反応しなくなるまで強度を測れば良い。ようは足りない論理を試行回数で補ったのだ。

 幸いにして地球にはヒトがキノコを食す文化があり、地球のキノコというのもキノ娘の興味を大いにそそったがそれはそれ。ヒトの上から入り下から出るキノコから送られてくる環境情報を統合することで人体を再現するのは難しいことでは無かったのだろう。


「結局一体も自我を持たなかったんですよねー」

「一応自律稼動も可能でしたけど。何かねぇ」


 それもそのはず、成長過程を省かれ継ぎ接ぎされたソレは脳の再現をしたとしても、至るまでの過程とおつむに詰め込む情報がなければ自我と呼べるまでの反応を示さないだろう。そこでキノ娘達が、ヒトの理解と再現を最終目標に掲げ今現在も行っているのが『にーんげんってなーあーに?』のコーナーである。


「今回のテーマとしてはヒトと我々の違いですね。先ほど同種同士の争いや殺生行為という話もでましたし」

「捕食目的でもないのにね、そもそも70億以上いるのが。絶対識別出来ないよ」

「ではヒトの多さと争い。ということで」


 傘を手放したムスカリアがパンと手を叩き、テーマが決まった。そこからは静かなものだ、と言っても静かなままおびただしい量の情報通信が行われているのだがそれを見る事は叶わないし、聞くことも出来ない。好奇心故に会話という手段をラーニングしたキノ娘だが、やはり慣れた精神共有の方が十全に思考できるのだろう。


「わッか!わかったった!」

「はい、ブーマーちゃんどうぞ」


 いつの間にか輪の中心近くに戻り直立不動で手を挙げるブーマー。発言を促したムスカリアも、周りのキノ娘もその目は多少、ほんの少しだけ冷ややかであり、俗に言う腫れ物に触るようにというヤツだ。


「ヒトってさぁ、70億もいるじゃん?で、母星もわりと狭いじゃん?だから――」

「あー、数が多いから争うという話ですか?星のリソース目的で」


 相槌を打ったムスカリアは勿論、全てのキノ娘が首を傾げた。ブーマーも含めである。


「それだと説明付かないよね」

「繁殖抑制してリソース配分した方が効率良いんじゃない?」


 ざわざわと言葉を返すキノ娘達は歯切れ悪く、まだ他に何かを探しているような、顔にしわを作ってみせるキノ娘もいた。それらを一薙ぎにしたのはブーマーの絶叫であった。


「ちがああああう!私が話すのにしゃべっちゃダメなの!」

「ごめんなさいブーマーちゃん。ささ、続きをどうぞ」


 口々に謝罪を示すキノ娘達、それは声であったり精神共有であったりしたがその行為に稚拙さや雑さは無く。尊重や敬愛、本来あるべきコミュニケーションの姿を垣間見せた。


「だから!70億いるから争うのは違くて、争う為に70億用意したんだよ!」

「……いや、いや?否定できない!?」

「行為自体がヒトに必要な、儀式的なもの!」


 驚愕は広がる。それもそのはず、必要な儀式とは言え種の個体数を自ら減らすのは生物としてどうなのか。70を越える程度しか存在しないキノ娘であれば考えられないことだが、70億以上いるヒトだからこそ可能なことであると。そうブーマーは思考したのだ、ある種逆転の発想と言えよう。そして否定出来ないということは、現段階での暫定解と言っても何の差し支えもない。


「ブーマーちゃん凄いですよ、凄い発見ですこれは!」

「でしょ?」

「えぇ、みなさんも納得されましたね?もう他に御座いませんね?」

「「ありません!」」


 異議なしと口を揃えるキノ娘達、ブーマーの手を握るムスカリアがその中心から一歩下がり微笑む。


「ブーマーちゃん。じゃあ次は何をしましょうか?」

「うーんとね……」


 ここでキノ娘会議の概要がやっと明らかになる。会話という手段を使う仕様上、何かしらの取りまとめ役は必要不可欠。その役割を担うのが今回はムスカリアであり、そして次は羨望の眼差しを浴びる我らがブーマーである。法則性は実に明快。会議において暫定解、もしくは新たなる智見を導いたものが次のまとめ役となるのだ。そして勿論形式は自由、会議である必要は無い。言ってしまえば遊びである。ムスタリカの予備固体が何個犠牲になったのかは本人しかしらない。


「戦争!戦争したい!」

「じゃあ小道具も懲りたいね」

「ロケーションどうしよっか」

「映像残しておいてヒトにダメだしして貰おうよ」

「イイネ!」


 次は戦争をするようだ。キノ娘達の頭の中を飛び交うカービン銃やグレネードに突入用ミュートチャージ、果てにはリキッドアーマーやウォードレスがキノコ仕様へと改変、整理されて行く。ヒトが行う戦争の記憶を読み解き、なぞる様に頼りなく、それでも真剣にキノ娘なりの戦争を構築して行く。

 参考にされるのは勿論、ヒトの記憶と創作物。キノ娘達の間を胞子がたゆたい、激しい情報交換を示す有彩色に輝く。


それから少しするとブーマーはこう会議を締めくくった。


「とりあえず70億からやってみよう!」

「「ウーラー!」」


 笑顔のキノ娘達が手を繋ぎ、輪になり踊るキノコの遥か下、森が広がるその星を覚醒の光が覆う。恒星よりも眩く輝くその星の地表には、音も無く目覚めるキノ娘達の予備固体。思うに炸薬の生成だとか、マガジンを括るためのガムテームだとか、防弾繊維だとかの再現から始めるのだろう。

 全ては遊びだ。キノ娘達が失うものなど何も無い。懸念としては唯一つ、ヒトを理解する前にヒトが死滅することだけだろう。だからこそ何事にも全力で行うのだ、全ては好奇心故に。


「待っててね、今理解してあげるから!」

 邂逅、未だ叶わず。

 地方都市の煙草屋と比べて、中途半端な田舎の裏路地にある個人商店の方が品揃えが良い。

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