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木曜日


 今日は俺の18歳の誕生日だ。もう何年も前から父親に18歳の誕生日に話したいことがあると言われていた。内容は“母親”についてだ。俺に母親はいない。俺がまだ物心つく前に死んでしまったらしい。この18年間父と共に生きてきた。


「誕生日おめでとう。……今まで母さんについて話さなかったのは、お前がこの話をちゃんと受け止められる年齢になってからと思っていたからなんだ」


 やけに改まった態度で父親は話し始めた。いつもの父親らしくない。


「まぁ、実際のところ別に大した話じゃないだよ。おまえが重荷を感じたら嫌だなーって思っただけだ。ほら、俺も母さんもお前にはのびのびと生きてほしいと思ってたから」


 少しはずかしかったのか、急にいつもの父親の口調に戻った。


「実は、母さんが死んだ理由はお前のためだったんだ」


 俺のため? 俺のために何故母さんが死ななければいけなかったのだろう? 俺には想像できない。他人のために死を選ぶなんて……無理だろ?


「おまえを出産するとき、医者の口をかりて悪魔が残酷な宣告をしてきたんだ」


 俺は黙って聞いていた。母さんのぬくもりを想像してみたが、うまく表現できない。


「『このまま出産をすれば奥さんは死にます。出産をやめれば子供が死にます。どうします?』だってさ。どっちもほしい! なんて我ままは通用しなかった。絶対にどちらかを選ばなければいけなかった」


 父親は下を向きしばしの間うなだれた。そんな姿を見て、俺はどうやら母親の話をしたくなかったのは、思い出すのが嫌だったという理由もあるのだろうと思った。


「悩んでいた俺に母さんはキッパリ言った、『産むよ。私、産む』母さんの口調はとても強くて鋭かった。母さんはどんなに説得してもこの考えを変えるつもりはないのだと理解した。それでも俺は母さんに死んでほしくなかったから考え直せって言ったんだ。そしたら『私、死んだあともこの子を愛し続けるから、別にいいの』だって。…………以上で話は終わりだ」


 そう言うと父さんは目元を抑えながら足早に書斎へと駆けて行った。


 俺は一人、どうすることもできずに初めて聞く事実を噛みしめていた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「死とは何だ?」


 いつものように変なじいさんは尋ねてきた。


「死とは人生における数ある選択肢の一つであり、愛情表現の一つです」


「そうか、そうか」


 そう言うとじいさんは髭を何度もかまいながら微えんだ。


「『生者は死者を愛することができるが、死者は生者を愛することはできない』という言葉を知っているかのぉ? とある文学者が残した言葉だそうだ」


 その言葉を聞いて、自分は本当に死んだ母親に今なお愛されているのか考えてみた。

 父親の言うことが正しければ、心の中にあるはずであろう死んだ母親からの愛情を探してみたが…………見つからない。


 死んだ後も愛し続けるって言ってたんじゃないのか?


「うそつき!!」


 俺は一人、夜空に向かって叫んだ。その怒号に驚いた星たちが次々と地面に落ち、世界は崩壊した。そこで目が覚めた。


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