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水曜日


「私は他人の死によって、今こうして生きることができています」


 車いすに座る少女が壇上から語る。半分以上の生徒は聞いていない。


「私に臓器をくださったかたを私は知りませんでした。どうやら“脳死”状態だったらしいということだけは伺っていたのですが」


 生徒が聞いていようが聞いてなかろうが関係ないという様に少女は淡々と強い口調でしゃべり続ける。まるでそうすることが自分の使命であると言わんばかりに。


「そんな折、私に臓器をくださったかたの親族からお手紙が届きました。一部抜粋ですがその手紙を読みたいと思います」


 俺もたいして興味はなかったがなんとなく聞いていた。


「『息子は一人暮らしをしておりました。普段いっしょにいなくても全然平気でした。時々、「会いたいな」とか「声聞きたいな」なんて思うこともありましたが心に思うだけで耐えることができました。不思議なものですね。息子が生きていたころも、今も、息子に会えないという状況は同じなのに今は心に思い浮かべても耐えることができないんです。ほんと、なんででしょうね?今までは息子を思い浮かべると笑顔になれたのに、今、同じように思い浮かべているのにもかかわらず涙が出てくるんです』」


 そんなお涙ちょうだいの話を聞いたところで俺にはその1パーセントの苦しみも理解することはできないのだな、と思いながら俺は聞いていた。


「『無意識のうちに息子の名前を呼び、返事がないのでおかしいなと思って数分、「そうだ、もう息子はいないんだった」と思い、途方に暮れることもありました。そんなある日私は思ったんです。あなたの体に息子の一部が息づいているのではないかと。あなたの体の一部として息子はまだ生きている、そう思えることができれば実際にあえなくても、心に思うだけで耐えることができるのではないかと。だからあなたに一言、たった一言だけ問いたいのです』」


 車いすに座る少女は瞳にうっすらと涙を浮かべ、少し間を空けて続けた。


「『息子は生きていますか?』」


 沈黙が体育館を包んだ。


「私は答えました。『生きています。確かに、私の中で』……でも、この答えは私の本心ではありませんでした。こう答えることで、親族のかたを救えると思い、そう答えたのです。臓器をくださったかたの死はあくまで私の生を支えるものであり、そのかたの死なくしては私の生はなかったわけで、そのかたの死を認めなければ、私の生を認めることができない。本心ではそう思えてなりませんでした」


 少女の声はその後も誰の耳に届くとも知れずに体育館の戸張に響いた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「死とは何だ?」


 いつものように変なじいさんは尋ねてきた。


「死とは生を続けるために必要不可欠なものであり、次につながるものです」


「そうか、そうか」


 そう言うとじいさんは髭を何度もかまいながら微えんだ。


「じゃあ、あの母親は? 息子の死を受け入れたら彼女の人生は崩壊し、まともな生を続けることはできないじゃろう。死を否定することで保たれる生もあるんじゃないのかのぉ?」


 俺は必死で考えた。理解しようとした。でも、子供もいない、近親者の死に触れたこともない俺には到底理解し得なかった。そんな自分が無性に腹立たしくなった。


「ぐぅー」


 腹立たしくなった腹が鳴った。それと同時に俺に対してあきれ果てた世界は滑稽な音と共に静かに弾幕を閉じた。

そこで目が覚めた。


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