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火曜日


 今日俺は学校を忌引きした。4日前に父方のじいちゃんが死んだのだ。今日はじいちゃんの葬式。俺は慣れない喪服に戸惑いながら袖を通すとき、いろんなことを思い出した。



 俺にはじいちゃんとの思い出はあまりない。寡黙で頑固、そんなじいちゃんのことを子供の頃の俺は畏怖の対象として認識していた。

 唯一の思い出といえば小2の夏休みに一度釣りに連れて行ってもらったことぐらいだ。そのとき俺はビギナーズラックで大きくて立派な鯛を釣った。嬉しかった俺はほめてもらおうとその鯛をじいちゃんに自慢げに見せた。じいちゃんはそれをみてほめるどころか敵対心を燃やしていた。

 その当時はじいちゃんに対する畏怖をさらに強めたが、今こうして思い返してみると孫に対して大人気ないじいちゃんの仕草はとても滑稽であったなと思い、思わず笑った。そんなじいちゃんは今から一年ほど前から癌を患っていた。何度か父親と一緒にじいちゃんのお見舞いに行ったことがある。正直、狭いベッドの中で暴れ狂うじいちゃんの姿はあまりにもいたたまれなくて見るに耐えなかった。


「痛い!痛い!頼む、先生、早く、早くワシを殺してくれ。安楽死させてくれ!」


 医者の話によると末期の癌はかなりの疼痛を伴うらしい。死んだほうがまし、そう思うほどの痛みらしい。俺には理解することの出来ない痛みを、苦しみをじいちゃんはやせ細った小さな体で受け止めていたのだ。


「これでやっと楽になれる」


 これがじいちゃんの最期の言葉だった。




「南無阿弥陀仏……」


 葬式が始まった。じいちゃんの友人や親戚、家族が次々と冷たくなったじいちゃんに別れの言葉を告げていった。中には涙を浮かべる人もいた。

 死人に口なし。そんな言葉が思い浮かんだ。口はなくてもいい、口はなくてもいいからせめて耳は、別れの言葉を聞くための耳だけは死人にもつけてあげて欲しい。俺は喪服姿の悲しい背中を見るたびにそう思った。


「何妙法連……」


 俺の番が来た。俺は見よう見まねでお焼香をたてた。何故こんなことをするのか意味もわからずにただかっこうだけをまねた。

 

 俺はじいちゃんにどんな別れの言葉を告げようか昨日から考えていた。いざ、その言葉を告げようと思ってじいちゃんの顔を見たとき、俺は戸惑った。

 冷たいじいちゃんの顔は俺の知る怖い顔ではなく、とても満ち足りたやすらかな表情をした顔だった。その顔を見たとき、出てきたのは言葉ではなく止まらない涙だけだった。


 何で生きているうちにもっと大切に出来なかったんだろう?

 

 今からでも間に合うなら、俺の声が届くなら、じいちゃんに伝えたい、


「ありがとう」

 

 人に伝えられない気持ちほど、空しいものはない。俺はそう思いながらじいちゃんの亡骸に背を向けた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「死とは何だ」


 いつものように変なじいさんは尋ねてきた。


「死とは、やすらぎです」


「そうか、そうか。やすらぎか」


 そう言うとじいさんは髭を何度もかまいながら微えんだ。


「死がやすらぎだとしたら、生きるものにやすらぎはないのかのぉ?」


 じいさんは独り言のように呟いた。


「…………」


 俺は答えなかった。答えたくなかった。肯定も否定もしたくなかった。可能性をなくしたくなかったし、可能性があることを知りたくもなかった。俺は沈黙し続けた。


「沈黙とは便利なものだな。すべてのことを後回しにできる」


 その言葉を聞いて俺ははっとした。そうやって俺は否定することも肯定することもない沈黙の人生を歩んできた。すべてを後回しにしてきた。だからじいちゃんが生きているうちに「ありがとう」の一言も言うことが出来なかったんだ。


 そのことに気づいたとたん、俺の目から涙が落ちた。涙は止まることなく流れ続けた。数分もしない間に白黒の世界は涙で埋め尽くされた。涙の中を漂いながら俺は瞼の裏にじいちゃんを思い浮かべながら静かに目を閉じた。そこで目が覚めた。


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