第42話 嫉妬と光のはざまで
社交界の華やかな灯りの下、キャサリン・フラン男爵令嬢は静かに立ち尽くしていた。淡いピンクのドレスは優雅に揺れ、周囲の視線を集める。だが、キャサリンの胸の内は、華やかな装いとは裏腹に、暗い渦に満ちていた。
「……どうして、あのマリアンヌ・フォン・ルーベルの隣ばかり王太子はいるの?」
そう呟き、キャサリンは自らの手元に視線を落とす。王太子の目は確かに自分に向けられるべきだと、彼女は信じていた。しかし、現実は違った。王太子の視線と関心は、すべてマリアンヌに注がれている。社交界での輝きも、知恵も、流行を操る力も、すべてがマリアンヌの手中にあるように思えるのだ。
キャサリンは、王太子に認められたい、彼を惹きつけたいという欲求に突き動かされていた。だからこそ、彼女は自らの容姿や振る舞いを完璧に演出し、男性令嬢や貴族を侍らせる隠れビッチとしての策略も忘れなかった。だが、それでも王太子は動かない。
「私がどれだけ努力しても……どうして、あの令嬢の隣ばかり……?」
キャサリンは悔しさと苛立ちを胸に秘めつつ、マリアンヌを観察する。マリアンヌはいつも通りの穏やかな微笑みで、王太子と自然に会話を交わしている。その姿は、社交界での完璧な立ち振る舞い以上に、王太子にとっての「安心」と「信頼」の象徴のように見える。
「どうして……こんなに自然に……王太子と……」
キャサリンは自らの不器用さを痛感する。努力や策略は形としては目立つが、心の絆や信頼、知恵と戦略に裏打ちされた存在感には到底敵わない。マリアンヌは笑顔一つで社交界を掌握し、王太子の心を確実に自分に向けている。その光景は、キャサリンにとって嫉妬というより、絶望に近い感覚をもたらした。
「……でも、あの令嬢、本当に私に敵意はあるのかしら」
キャサリンはふと考える。マリアンヌは社交界での派手な策略や流行の操縦をしているが、自分に対して露骨な妨害や攻撃を仕掛けているわけではない。それどころか、必要な礼儀や配慮は忘れず、周囲の令嬢や貴族たちを自然に導いている。
「……なんだか、ずるいくらいに自然……」
悔しさとともに、キャサリンの心に疑問が芽生える。なぜ、マリアンヌはあれほどまでに自然に王太子と親しくできるのか。なぜ、自分の努力は報われないのか。嫉妬と羨望の入り混じった感情が、胸を締め付ける。
舞踏会が進み、王太子はマリアンヌと共にデビュタント令嬢たちの世話をしている。王太子は笑顔を絶やさず、指示や助言を与えながらも、時折マリアンヌに目を向ける。その視線の中には、信頼と尊敬、そして微かな愛情の光が宿っている。
「……やっぱり、あの令嬢……ただの令嬢じゃない……」
キャサリンは心の中で呟く。マリアンヌの戦略と才能は、計算された策略や派手な魅力とは違い、深く、確かなものだった。王太子が心から信頼し、近くに置きたいと思う理由も、今なら理解できる。
悔しさと羨望、そして薄らとした畏怖――キャサリンの心は複雑な感情で揺れる。しかし、その一方で、彼女は自分の野心を再確認する。王太子の視線を奪うことは簡単ではない。だが、社交界での地位を確保し、自らの魅力と策略を極限まで磨くことで、マリアンヌに匹敵する存在となる可能性はある。
「……私も、まだ諦めるわけにはいかない……」
キャサリンはピンクのドレスを揺らし、深く息を吸い込む。嫉妬や悔しさに押しつぶされるのではなく、それを力に変えて、社交界で自らの存在を際立たせるのだ。王太子の視線は今、マリアンヌにある。しかし、キャサリンは諦めず、影のように彼の周囲を巡りながら、策略を練り続ける。
その夜、社交界の広間では、マリアンヌの穏やかな笑顔と王太子の落ち着いた振る舞いが光を放ち、キャサリンの複雑な感情は影としてその光に溶け込む。嫉妬と羨望、悔しさと疑問、そして野心――それらすべてが、社交界という舞台で交錯し、次の戦いの序章を静かに告げていた。
王太子とマリアンヌの絆は揺るがず、社交界は新たな波に包まれる。キャサリン・フラン男爵令嬢は、王太子を巡る光の中心に立てぬもどかしさを抱えながらも、次なる策略と自らの野望を胸に秘め、夜の広間を見つめるのだった。




