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史的な夜話 おまけ三

作者: 戸倉谷一活
掲載日:2026/03/16

 当初、文字数千字ぐらいの至って普通の文章を書く予定でしたが、三日ぐらい前へ進まなく、結局はいつものような会話っぽい文章となってしまいました。

 読みづらいかもしれませんが、主旨だけでも伝われば嬉しいです。

ヨ:あのぉ。

ト:はいはい。

ヨ:何日か前なんやけど、別件でさ、Wikipedia読んどったんですよ。

ト:明日、雨やな。

ヨ:わしがWikipedia読んどっただけで、明日雨とか言われたら、それこそ明日から読まれへんやんか。

ト:それで、Wikipedia読んどって、なんか新発見でもあったんですか。

ヨ:ありましたよ。前にツシマジカの話を話さはったやないですか。

ト:ありましたねぇ、そないなことも……

ヨ:話しとった本人が遠い目ぇしてどないすんねん。

ト:それで、何があったんよ。

ヨ:ぃゃ、ツシマジカの遺伝子情報がわかってたらしいてさ、山口県とか大分県の鹿の子孫とか、そないなことらしいで。

ト:山口県とか、大分県の鹿ってことか?

ヨ:誰かが運んだんやろうな。

ト:ほな、なにかいな、()(やま)訥庵(とつあん)さんが折角絶滅させたのに、誰かが持ち込んだってことかいな。それとも元々居ったんが、山口県や大分県から運ばれとった奴の子孫やったんかいな。

ヨ:何日か前にYouTube観とったら、大学の偉い先生が言うとったけど、どうにも誰かが持ち込んだらしいで。そやから陶山訥庵さんは根絶やしにしたんやろうけど、その後に誰かが持ち込んだって言うんが、正解らしいよ。

ト:そうなんや。陶山訥庵さんが聞いたら、悲しむような結果やろうよ。

ヨ:悲しまはるやろうなぁ。

ト:それだけか?

ヨ:なにが?

ト:新発見よ?

ヨ:他にも有るで。富山県ではさ、長らく鹿の目撃情報も無かったのに、近年、鹿が目撃されて駆除もされとるんやって。問題はその富山県で駆除されとる鹿の遺伝子情報にヤクシカの血が混じってるとか、そないな話があったんですよ。

ト:ヤクシカって屋久島のヤクシカ?

ヨ:そうなんやって。誰かがヤクシカを富山県かどこかで逃してもうたんやろうけど、その辺の事情までは調べたけど、出てこうへんかったよ。そもそも、富山県やヤクシカで検索してもほとんど出てこうへんかって、どこかで見たんやけど、富山県西部で採取した鹿の遺伝子情報からヤクシカの血が混じっとるってわかったらしいんよ。

ト:誰がヤクシカを野に放ったんよ。

ヨ:それがわかれば苦労せんよ。富山県西部ってことやから、石川県かもしれへんし、岐阜県の飛騨地方かもしれへんけど、どこからヤクシカが来たのか、それはさっぱりよ。

ト:誰か無責任な人が居ったんやろうなぁ、でも、日本人もこう言う動物に関する意識が低なったんやろうか。それとも、元々こないな感じなんやろうか。

ヨ:関心無い人からしてみれば、トナカイもヘラジカも一緒にしか見えへんのとちゃうけ。

ト:それは困るよ。

ヨ:対馬の鹿が大分県と山口県の血筋やから、猪も誰かが持ち込んだとか、そういう感じらしいよ。

ト:ほんまに困った話やなぁ。

ヨ:それはそうと、本題はここからで、二〇二四年の十月二十一日にさ、(くに)(がみ)(そん)で鹿が見付かったやないですか。

ト:そないなことも有りましたねぇ。その後、続報を聞かんですけど、どないなったんやろか。

ヨ:こちらも遺伝子情報の解析が終わったそうで、宮城県の金華山って知ってます?

ト:急に言われてもわからんよ。

ヨ:牡鹿半島の沖に有る島なんですよ。金華サバで有名でさ、島自体が神域というか、神社の敷地なんですよ。金華山黄金山神社って言う名前で、三年続けて参拝したら、一生財布の中身に困らへんと言われてますよ。

ト:それこそ行きたいけど、遠すぎるよなぁ。

ヨ:まぁ、遠いですよね。で、話を戻しますけど、二〇二四年の十月に山原(やんばる)で見付かった鹿は、運良く糞が近くにあったとかで、その糞を回収して分析した結果、金華山の鹿の血が入っている、直系の子孫みたいな鹿やったんやって。

ト:とりあえず出身地がわかったのはええけど、誰が持ち込んでん。

ヨ:それも今から話すけど、まず、鹿って言うのは、近親交配が可能なんですって。それが証拠に北海道に洞爺湖ってあるやないですか。

ト:ありますねぇ、洞爺湖。個人的には摩周湖の方が好きですけど。

ヨ:行ったことも無いのに好きやのなんやの言い無いや。

ト:それで洞爺湖がどないしたんよ。

ヨ:洞爺湖の真ん中に中島という島がありまして、Wikipediaによるんやけど、一九五七年にエゾシカの雄一頭、一九五八年に雌一頭、一九六五年に妊娠中の雌一頭が中島に観光用として持ち込まれたんよ。だから雄一頭、雌二頭、妊娠中の雌から生まれた性別不明の一頭、合わせて四頭の子孫が今、中島に居るんやけど、特に健康上の問題は無いらしいよ。四百頭以上になった時もあったらしいけど、餌が不足して百頭以上が飢えて亡くなった年もあったとかで、狭い空間に閉じ込めると、大変らしいよ。

ト:そりゃぁ人間でも大変やんか。限られた空間で団体さんに暮らせとか言うたら。

ヨ:話戻すけどさ、金華山の鹿でも、僅かな数でも交配を繰り返して今に至るって言うことが可能なわけで、だから山原で発見された鹿も金華山の血筋ってわかったんやけど、誰がどういう経緯で持ち込んだのか、それが謎なんよね。

ト:金華山から直接ってわけやないんかいな。

ヨ:そうなんよ。金華山の鹿って一九二〇年代から一九七〇年代までは譲渡、他の神社とか動物園とかに贈ってた時があって、最後に譲渡したのは一九八二年の台湾などへ二十五頭贈ったって言うのが、最後らしいね。

ト:そうなんや。

ヨ:だから、金華山の鹿が直接山原へ持ち込まれるって言うのはまず有り得なくて、一九七〇年代までに持ち出されてどこぞの施設で飼育されとった鹿の子孫が、沖縄に来たんやないかって言うのが、今の時点での推測というか、わかっているのはここまでなんよ。

ト:ほな、ここで話は終わりかいな。

ヨ:少なくとも、明確にわかっているのはここまでやな。読売新聞オンラインが上手い具合にまとめてくれてるから、読んでみるのもええんやろうけど、一つだけ気になる箇所が有るんよ。読むけど「金華山のシカは1920年代から70年代にかけ、地域振興などを目的に全国の神社や動物園に一部が導入された。国頭村にもニホンジカの飼育施設があったという。」って書いてあるねんけど、この「ニホンジカの飼育施設」って言うのが、何を指しているのかがわからんのよ。

ト:沖縄タイムスとか、琉球新報はどない報じてるんよ。

ヨ:それが……、ログインして下さいって、表示されるだけで、前へ進めへんかったんよ。まぁ、同じ内容なんやろうけど。

ト:読売新聞の方がええやんか。

ヨ:そうなんよ。まぁ、琉球放送の動画もあるし、新報やタイムス頼らんでも、どないにかなるんですけどね。

ト:なんでログインが必要なんやろな。

ヨ:考えたらあかんって。

ト:そないでっか。

ヨ:まぁ、ええねんけど、今疑われてはるんが、やんばるライオンって言う動物園なんやな。

ト:そないな動物園ってありましたっけ。

ヨ:二〇一七年から開業に向けて準備を始めはって、二〇二五年のいつやったかに開業しはったんよ。

ト:えらい長い準備期間やなぁ。

ヨ:間にコロナが入ったんと、運営会社自体が小さいとか、そないなんが理由やったと思うで。

ト:そんで、なんで疑われとるんよ。

ヨ:それこそ琉球放送が取材した映像がYouTubeにありますよ。観てみ。

ト:観なあかんのかい!

ヨ:観やんでも、話したるけどさ。動物園の園長さんに取材しとるんですよ。そしたら最初は鹿は五頭って言うとったのに、二頭になってて、老衰かなんかで死んだって言うんよ。書類みたいなんも無いとか言うてはるし、それはあかんのとちゃうけって思たんよね。

ト:書類?

ヨ:なんて言うの、例えば業務日報、動物園って園内で飼育している動物の飼育日誌、獣医の診断書、亡くなった動物のお墓とか、監督官庁に提出した書類の控えとか、そう言うのも出さへんかったから、疑われてしゃぁない思うねんけど、出さへんのよね。

ト:ほな、墓でも掘り返そうか。

ヨ:ぃゃ、さすがにそれは亡くなった鹿さんに失礼やろうし。

ト:わしかて、腐敗した鹿なんざ、見とう無いよ。

ヨ:それやったら口に出さんでよ。

ト:すんまへんなぁ。

ヨ:でも、疑われとるんはその動物園なんやから、気持ちだけでもそれぐらいで対応して欲しいよな。

ト:そう言えば、対馬列島の鹿も猪も陶山訥庵さんが根絶やしにしたやん。生き残ってたら、やっぱし、学者さんらが遺伝子を採取して、調査して、日本の他の鹿との違いを確かめて喜ばはる処なんやろうな。

ヨ:学者さんらはほんまにショックやったと思うで。

ト:なんやこいつ、山口県から来た観光中の鹿か、みたいな感じやろうな。

ヨ:さすがにそれは無いやろうけど、学者さんらも陶山訥庵さんの気持ちになってショックやったんやないやろか。何一つ変化のない調査結果なんて、面白くないやん。あんたかて普段、あれこれ調べとってさ、ありふれた答えしか出てこうへんかったら、嫌やん。

ト:そりゃぁそうだ。

ヨ:確か、一万年前ぐらいまでは対馬列島も地続きやったらしいから、その一万年で遺伝子がどない変わるんか、素人なりにちょっと知りたかったよ。

ト:それはあるなぁ。

ヨ:話が飛び飛びで申し訳ないんやけど、二〇二五年の四月に山原の鹿は国頭村の奥で見られたんが最後で、その後、姿を見た人が居ないんよ。

ト:それこそ寿命が尽きたんか、野犬にでも襲われたんか、他になんかあるかなぁ。

ヨ:山原は野犬も多いからねぇ。

ト:中南部の人が捨てに来るっていう、飼い犬の墓場みたいな……、沖縄の人が山原の自然の貴重な面を理解していないというか、なんて言うねやろうね。

ヨ:それは言うたらあかんよ。

ト:はいはい。

ヨ:でも、犬もグループで行動するんが好きやから、二匹三匹って集まって、鹿襲う可能性はあるやろうね。

ト:猪と犬って、どっちが強いんやろうか。沖縄にも猪居るやないですか。

ヨ:リュウキュウイノシシですね。

ト:どっちが強いんやろか。

ヨ:猪と犬やったら猪の方が強いイメージあるよね。

ト:そうかね。

ヨ:ほれ、猪はしゃくるやないですか。あれやられたら犬もたまらんやろうし、剛毛やから噛み付いても、効果無いやろうなぁ。

ト:鹿の方が柔らかそうやもんな。でも、うり坊やったら噛み付いたらなんとかなりそうやな。

ヨ:沖縄県庁の前にある百貨店と言えば?

ト:リウボウ!

ヨ:ありがとう。

ト:ぃゃぃゃ。

ヨ:話を戻しますけど、やんばるライオンって言う動物園が国頭村の(しや)(しき)にありまして、初めて鹿が目撃されたんも謝敷なんですよね。

ト:そうなんや。

ヨ:その後、隣の佐手(さて)で映像が撮られたんかな。それから安田(あだ)、奥やったかな。兎に角、二〇二五年の四月を最後に目撃情報が無いんよね。

ト:これ、南へ下ってたらどないなっとったんやろうな。

ヨ:逆に捕らえ易うて便利やったかもしれへんよな。

ト:車運転しとったらいきなり鹿が飛び出してくるとか、そないなことが起きるんやろうか。

ヨ:まぁ、街ん中歩いとったら、捕らえやすいって言うんはあるやろうけど、それでも簡単や無いやろ。

ト:想像でけへんけど、なぁ。

ヨ:二〇二四年の六月やったか、沖縄市にある沖縄こどもの国からニホンジカの雌二頭が逃げ出して、結局、自分らで戻ってきたという話があったやん。

ト:それは知らんやったよ。

ヨ:これが雄で行方不明になっとったら、今頃大騒ぎなんやろうけど、まぁ、何事も無く済んで良かったって言う話な。

ト:あぁ、はいはい。

ヨ:一つだけ気になることがあってさ、さっき、読売新聞オンラインの記事を紹介したけど、最後の一行、「ニホンジカの飼育施設」って言うのがありましたやん。

ト:あったねぇ。

ヨ:仮にさ、この施設がやんばるライオンって言う動物園や無うて、過去に全く別の飼育施設が有ったとしたらどないなるんやろうって、思たんよ。

ト:あんまし考えん方がええんちゃうけ。

ヨ:そない思うねんけど、例えばさ、戦前にニホンジカを沖縄で飼いましょうとか、戦後の復帰した後とかに縁起の良い神鹿は如何ですかって、譲渡してたら、そこから何十年か山原の深い深い森の中でひっそり命を繋いできてたんやったら、それはそれで凄いねんけど、でも、そこに居てはならぬ物が居たわけやから、問題ではあるんやけどね。

ト:さすがに無いやろうけど、なぁ、この仮説は。

ヨ:わしの仮説が成り立ったら、困るよ。

ト:困るねぇ。

ヨ:話は飛びますが、慶良間諸島に鹿居ますやん。

ト:ケラマジカでしたよね。

ヨ:あれは十七世紀に琉球王国の王子様かなんかが薩摩藩に居って、首里に帰ってくる時に何頭か譲って貰て、久場島に放したのが始まりらしいて、遺伝子的にも九州の鹿の系統って言うのはわかってるんやって。今、久場島には一頭も居らんで、渡嘉敷島とかに移って農作物に被害出してるから、これから先、どないするか問題になっとるんやな。

ト:獲って食うわけにもいかんねやろ。

ヨ:確か天然記念物かなんかに指定されてなかったか。鹿もよりも猪の方が問題やろ。

ト:居ましたよね。誰ぞが持ち込んで被害に遭うてるんですよね。

ヨ:二〇〇三年やったか、個人が繁殖させるって言うて持ち込んで、それが増えて、猪も泳いで畑を荒らし回ってるとか、そないな話やん。

ト:持ち込んだ本人ってどないすんねん。

ヨ:知らんよ。

ト:その慶良間諸島の猪って言うんは、どっから持って来たんやろうか。

ヨ:わしの記憶では、リュウキュウイノシシでは無くて、本土の鹿や無かったか?

ト:今、猪の話しとるんやで。

ヨ:御免、素直に間違た。本土の猪やったはずやで。リュウキュウイノシシは本島と石垣島、西表島やったかな。奄美大島にも居たんやったかな。

ト:限定的に棲んではるんやな。

ヨ:猪の話を始めると長うなるからやめとくな。

ト:はいはい。

ヨ:まぁ、あれですよ。鹿一頭やと思てる人も居るんやろうけど、動物を動かす時には気ぃ付けて欲しいなぁ、そういう話やったと。

ト:でもさ、何の偶然か知らんですけど、史的な夜話の八回目で対馬列島の猪やら鹿を扱うたんが二年前の三月ですよ。二年経ってさ、鹿の話をするとか思ても無かったですよ。

ヨ:あん時は、対馬列島の鹿や猪って陶山訥庵さんが逃したんやないかって言うとったけど、確実に絶滅させた上での、誰かが持ち込んだってわかっただけでも良かったよ。

ト:なんか、また二年後に鹿や猪の話題を話してそうで。

ヨ:有り難い話やったらええねんけど、今回もそうやけど悪い話やったら、避けたいところやね。

ト:今回は遺伝子検査の結果、ニホンジカの出身地というか、血統がわかったって言うだけやけど、それでもここから持ち込んだ人がわかったりしていけば良いのでは無いでしょうか。

ヨ:今更やけど、犯人捜しみたいで嫌な締め方やないか。

ト:うちらがここで何言うたかて、誰も聞いとりゃぁせんよ。

ヨ:それはそうだけど……

ト:でわ、おしまいと言うことで。

 本文で書き忘れたのですが、やんばるライオンという動物園、園長とは別に園主が居るそうです。この園主は香川県東かがわ市にあるしろとり動物園の創業者さんだそうです。

 やんばるライオンで飼育されている動物たちも多くがしろとり動物園から移ってきたそうです。

 当然、ニホンジカもしろとり動物園から移ってきたと思われますが、しろとり動物園の開園は一九八五年ですから金華山の鹿を譲渡して貰えたのか、それとも他の動物園や地域から譲渡されているのか、その辺りはわかりませんでした。

 本文中にも書きましたが、金華山の鹿は一九八二年に台湾などへ譲渡されたのが最後です。

 今回、山原で発見された金華山血統のニホンジカは本当にどこから来たのでしょうか?


 具体的な年月日はわかりませんでしたが、明治天皇がフランス大統領へ奈良の鹿三頭を贈り、その子孫が今も生きているそうですが、フランス在来の鹿と交雑しているとか、そういう話もあるそうです。


 余談ですが、ニホンジカの跳躍力は二メートルぐらいはあるそうです。これから先、ニホンジカを飼育する人は必ず二メートル以上のフェンスなどを用意しましょう。

 何年か前ですが、イヌワシが子鹿をさらうという写真をインターネットで見た記憶があります。鹿の飼育施設には屋根も必要でしょう。

 イヌワシがどれぐらいの重量まで運ぶことができるのか、また子鹿も生後一週間なのか、三か月なのか、体重も随分と変わると思いますが、その点は不明のままです。


 金華山の鹿について調べていた時、米軍のウォーカー中将が二頭捕獲という記事が有りました。このウォーカー中将がどの様な人物か気になってWikipediaを頼ったのですが、幸いにして記事が有りまして第二次世界大戦中、ヨーロッパ戦線で活躍した後、日本には進駐軍の司令官として赴任してきてA級戦犯の処刑にも関わったとWikipediaに書いてありますが、処刑から丁度二年後の同じ日、同じ時間帯に交通事故で亡くなったそうです。

 処刑されたA級戦犯に崇られたとか、Wikipediaには書いてありましたが、本当にそうなのでしょうか。

 進駐軍は金華山の鹿を相当数撃ち殺し、鹿が半数になったとも言われています。他にも密猟があったとか、その様な話も残っています。なんにしても金華山の神鹿に危害を加えた神罰で交通事故に遭ったのでは無いか、その様にも考えてしまいます。

 最近、奈良県の春日大社周辺でも神鹿を蹴ったり、叩いたりする観光客が増えたとか、その様な話も増えています。忘れた頃に神罰が下っていたりするのでしょうか。


 山原と言えば米軍海兵隊の北部訓練場があります。海兵隊の隊員とかに「北部訓練場で鹿を見たことはありませんか?」と問い掛けて「見ました!」や「サバイバル訓練で食べました!」なんて回答が出てきたらビックリしますが、これ以上は憶測であれこれ語るのは控えるとしましょう。

 軽い気持ちで金華山の鹿について調べたつもりでしたが、思っていたよりも長くなってしまいました。

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