第8話:灰エルフの少女
オークションに出品された、灰色髪のエルフの少女。
競り合っていた商人の男が、最終的に落札。
俺は少女を手に入れることができなかった。
彼は気づいているのだろうか。あのエルフの少女の正体に。
ただのエルフの奴隷としては、明らかに高すぎる金額だ。
何も知らずに出せる額ではない。あの男も、俺と同じ考えに辿り着いている可能性が高い。
だが、まだだ。
まだ手段は残されているはず。こんなチャンス、逃してよいはずがない。
商人は淡々と席を立ち、ホールを後にした。
俺もそれに続く。
オークション自体はまだ続くが、もう興味はない。
彼女以上の品は期待できないだろう。
俺が向かったのは、参加者用の控室。
上級参加者向けの区画で、いくつかの個室が並んでいる。
入口には警備員が立っていた。
「そちらの旦那様に合わせていただきたい」
「失礼ですが、ご約束は?」
「ありません。ただ、先ほど競り合っていた者が商談に来た、と伝えてもらえれば分かってもらえるかと」
俺は言葉を切り、懐から小さな箱を取り出す。
蓋を開くと、内部で青い光が脈打つように瞬いた。
「これは、宝石でしょうか」
「魔宝石です。これのサイズと色を伝えていただければ、そちらの旦那様なら価値を理解して頂けるかと」
俺はそう言ってコインを一枚、警備の手に握らせた。
警備の男が息を呑む。金貨だ。彼への手数料としては十分なはず。
「……少々お待ちを」
警備を見送り、暫し待つ。
やがて、俺は中へと通された。
「どうぞ。こちらへ」
通された先は、狭くとも質の良い応接室。
そこにいたのは、先ほど競り落とした商人の男。
「やはり君か」
俺を見て、彼は小さく呟いた。
競り合った相手として、俺のことを覚えていたらしい。
そして、その背後。
壁際に立たされるようにして、灰色髪のエルフの少女がいた。
虚ろな視線が、俺を見つめていた。
――いや、違う。
何も見ていないのだ。何も期待していない。希望も、救いも、すでに諦めきった目。
あの時、市場で見かけた時と同じだ。
その視線は、俺を通り越し、どこか遠くを向いている。
俺の視線は、少女の額へと吸い寄せられていた。
縦に長く、丸みを帯びた菱形。
近くで見て確信する。
やはり、この娘――
「君は? 商人ではなさそうだが」
俺が少女を観察していると語りかける男。
警戒を含んだ、探るような視線。
「錬金術師です」
「なるほど。それで、彼女を研究対象に?」
「ええ。仮に彼女が『そう』であるとしたら、研究者として放っておくわけには行きません」
俺は説明する。嘘は言っていない。
「なるほどな。しかし、彼女に見合うだけのものを君は提示できるというのか? いくら魔宝石とはいえ」
魔法石とは言え、市場に流通するのは高くても500万ホルス程度。先ほどのオークションでも800万でしかなかった。
一千万の少女に釣り合うものはそうそう出回らない。そう言っているのだ。
「こちらです」
俺は懐から小箱を取り出し、静かに蓋を開いた。
青い光が、箱の内側を満たす。脈打つように揺らめく光量と、凝縮された魔力。
「なっ……これは!?」
商人は息を呑む。
見る者が見れば、一瞬で分かる。
市場に流れる魔宝石とは、格が違うことに。
「ご照査ください」
コランダムに魔王水を加えた魔法石、魔力を持つサファイアだ。
大きさ、純度、含有魔力量。どれを取っても、通常の流通では見かけないだろう。
仮にオークションに出品していれば、軽く一千万オーラムは超えるだろう。二千万に届くかもしれない。
それほどの輝きに、商人は小箱から目を離せずにいた。
「どうでしょう。これであれば、彼女に見合う対価になるかと」
「ああ、これほどの品なら……だが、もし彼女が伝承の存在だとすれば……」
やはりこの男は、少女の正体に気づいている。俺と同じ考えに至っている。
だが、その用途は俺とは違うはず。何を目的にして少女を求めた?
単に物珍しさから収集しただけの好事家か?
付き合いのある錬金術師に研究させるつもりか?
どちらにしても、俺ほどに有用な使い道は持たないはずだ。
男は逡巡している。もう一押し必要か。
「取引に応じて頂けるのであれば、もし次回の機会があったとき、優先的に貴方に取引を持ちかけることをお約束します」
「次……? これほどの魔宝石を、また用意できるというのか?」
「必ず、とまでは言えませんが」
だが、可能であることは否定しない。
俺がその気になれば、この程度の魔宝石はいくらでも作れる。
商人は長く黙り込み、やがて深く息を吐いた。
「……分かった。応じよう」
取引は成立。内心でガッツポーズ。
鎖の擦れる音。
少女が、ゆっくりと俺の側へと引き寄せられる。
灰色の髪の奥で、彼女の虚ろな瞳が一瞬だけ揺れた。
だがそこに、まだ光はない。
それでも構わない。俺の考えが正しければ、光を取り戻すことも出来るかもしれない。
こうして俺は、エルフの少女を手に入れることに成功したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エルフの少女を連れて、宿へと戻った。
少女は抵抗することなく、静かに俺の後を歩く。
彼女の首には金属製の枷、隷属の首輪が嵌められていた。逆らう奴隷に苦痛を与えることのできる魔道具だ。
だがそんな物に頼らずとも、彼女は素直に従った。
反抗する気は全くなさそうだ。
それどころか、生きる気力さえなさそうな様子さえ見える。
「俺の名はハイド。君は?」
「……シャーリニィ」
ぽつりと答える。
言語能力には問題なさそうだ。
「率直に聞くが……君は、ハイエルフだな?」
「……」
その問いかけに、シャーリニィは視線を伏せ、顔を背けた。
一瞬だけ、感情が揺らぐ。
屈辱、悔しさ、恥辱、絶望。
そして、諦め。複雑なものが入り混じった表情。
やはり、か。
ハイエルフ。
エルフを統べるとされる、伝説上の存在。その力は神話の域にあるとも言われる。
しかし目撃例はほとんどない。
ドラゴンより珍しい存在かもしれない。
少なくとも俺は今まで見たことはないし、見たという話も聞いたことはない。
通常のエルフは金髪に整った容姿、長い耳を持つ。
対してハイエルフは、美貌や耳はそのままに、光り輝く銀髪を持つという。
しかし何より特徴的なのは額。
彼ら彼女らの額には、赤く光り輝く宝石があると言われている。
神石と呼ばれるそれこそが、彼らの力の源と伝えられている。
その神石の力で、彼ら彼女らは魔法を使うと言われている。
『魔法』だ。『魔術』ではない。
人間が使う魔術に対し、神の使う魔法。という使い分けがされている。
人間やエルフは、魔石を用いて魔術を使う。
それに対し、ハイエルフは自身の力で魔法を発動するという。彼らが神に近い存在と言われる所以だ。
その力の源が、神石。
改めてシャーリニィの額を見る。
そこには、縦に長い菱形の孔。
まるで、そこにあるはずの何かが抜け落ちたかのように、穴がぽっかりと空いている。
オークションでは、どれほど高位のポーションを用いても治らなかったと説明されていた。
つまり、後天的な傷ではない。
生来の特徴か、あるいはポーションで再生できないほどの器官が失われた跡。
俺は、この孔が彼女がハイエルフである証だと判断した。
彼女を落札した商人もそう考えたのだろう。
今の彼女の髪は、輝きを失い灰色だ。本来は銀色だったのではないか。
何らかの事情で額の宝石を失い、それと共に力も失ったのではないか。
ポーションごときで、ハイエルフの力の源を再生できるはずもない。
結果、彼女はただの傷物のエルフとして出品された。
それが俺の推測だ。
彼女は何も答えない。
首輪を使えば、無理やり聞き出すこともできるだろう。
しかしそんな乱暴な手段は取りたくない。彼女とは有効的な関係を築きたい。
将来の、可能性を考えて。
宿に戻り、女将に連れが増えたことを伝える。
「あらあら。あんたも隅に置けないねぇ」
含みのある笑みを向けられたが、軽く受け流す。
ちなみにこの世界では、奴隷を愛人目的で買うことは珍しくはない。
夕食は二人分。同じものを出してもらう。
その後、寝室に戻り、俺は彼女の首元に手を伸ばした。
カチリ、と音を立てて、首輪が外れる。
「……?」
疑問と戸惑いの混じった視線が、俺を見上げる。
購入した初日に首輪を外すなど、理解できないだろう。
「酷い扱いをするつもりは無い。だから、逃げたりしないでくれると助かる」
「……」
問題にはならないと思いたい。
逃げる当ては、彼女にはないはず。
それに俺の計画が進めば、この首輪など意味を失う。むしろ「外していた」という過去が何よりの価値となる。
広さに余裕のある客室だが、ベッドは一つだけ。
寝床を共にするのは流石にまだ早いだろう。
彼女はソファーで寝させることにした。小柄な少女には十分なサイズだった。
将来的にアトリエを得るまでは、このままでも問題ないだろう。
こうして俺と、推定ハイエルフの少女との共同生活が、始まった。




