第7話:石の価格とヒトの価値
ある日の宿。
机の上には金属製の箱が置かれていた。小型の電気炉のような器具。魔導炉だ。
今日はこれで新たな錬成を試みる。
精製したコランダム、すなわち酸化アルミニウムの粉末に、鉄とチタンの微粉を規定比で混合する。乳鉢で十分にすり合わせ、組成を均一化したのち、白金製の坩堝へと移した。
魔導炉に据え、温度を二千度域に設定。過熱を開始。
温度制御は補助魔法陣が担ってくれる。
融液が澄み、表面の揺らぎが収まった時点で、支柱の先端に取り付けた種結晶を接触させる。引き上げ速度は機械式の送り機構で一定に保たれる。
炉内では温度差や微細な振動が抑えられ、結晶は歪みなく、ゆっくりと成長していった。
数刻後、炉から取り出されたのは、大粒の宝石。深い青を湛えた結晶は内部まで均質。
人工サファイア、その原石である。
これだけでも、それなりの価格で売れるだろう。
この人工宝石の製法自体は、錬金術師であれば知識として知っている者も少なくない。文献にも載っているし、理論も確立されている。
だが、それで儲けようなどと本気で考える者はいない。理由は単純、まるで割に合わないのだ。
問題は炉の燃費だ。高温を維持するだけでも魔石を食い潰すうえ、結晶成長を安定させるための制御にも、常時魔力を流し続けなければならない。
仮に市場価格で百万ホルスの人工宝石を作ろうとすれば、消費する魔石の価値は五百万ホルスを超える。赤字もいいところだ。
実際、今回の俺も相当な量の魔石を使っている。それなりのサイズの魔石を、しかも大量に
人工魔石の錬成が可能な俺だからこそ可能なのだ。
俺だからこそ、金策になりうる。
だが今回は、それ以上を目指す。
同じ工程を繰り返す。ただし一点だけ条件を変えた。
今回は酸化アルミナに魔王水を加える。魔石化直前の状態で飽和させたものを。
本来であれば、水溶液を炉に入れてもすぐに蒸発、分解してしまうだろう。
だが魔王水は物質というより、魔力を安定保持した霊体に近い物質。
酸化アルミニウムと混ざり合ったまま、炉の中で結晶化していく。
やがて、内部から光を放つ一つの塊が形成される。
小指の先程のサイズでありながら、自ら輝きを放つ。
蒼い輝きを自ら湛えた石。これは魔宝石と呼ばれる物質。
通常の宝石は、地中深くで長い時間をかけ、圧力と熱によって形成される。
魔宝石の生成には、それに加えて条件が必要。
地下には魔力の流れ、龍脈と呼ばれるものが存在する。
宝石の鉱脈と龍脈が重なった場所でのみ、魔力を含有した宝石が生まれるとされている。それが魔宝石だ。
魔宝石は自律的に微弱な発光を続ける性質を持つ。
魔力的性質は魔石と大きく変わらないが、その美しい外観から装飾品としての価値が高く、特に貴族層に好まれている。
このサイズと魔力量であれば、市場価格は一千万ホルスに届くかもしれない。
その気になれば、さらに大きなものを生み出すことも容易。
だが今回はこれで十分だ。これ以上のサイズでは、売却先を探すのが難しくなるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
交易都市では、定期的に大規模なオークションが開催される。
各地から商品が持ち寄られ、富と情報が交差する場だ。
今回の目的は、教養ある奴隷の購入。
通常であれば、読み書きや専門技能を持つ者は商会や貴族に優先的に回され、市場に出ることは少ないという。
だがオークションであれば話は別だ。金さえ出せば、そうした「商品」を落札することも可能だ。
加えて、錬金術用の希少素材や、研究対象になり得る珍品が出品される可能性もある。
一度は覗いておいて損はない。
俺は会場となる建物へ向かった。
外観からして、並の商館とは格が違う。石造りの重厚な造りで、正面には都市の紋章が掲げられている。
入口で市民証を提示し、問題なく通過。
ついでに出品の意思を伝えてみたが、首を横に振られた。出品には数日前からの登録が必要だったらしい。
仕方ない。魔宝石の出品は次回に持ち越しだ。残念。
今回は購入側として参加する。
開会。
ホールには多くの人。参加者は商人が大半だが、明らかに身分の高そうな者も目立つ。貴族だろう。
競りにかけられる品は実に多彩だった。
貴金属、芸術品、武具、魔道具。
中には産地も用途も曖昧な、いかにも胡散臭い品もある。
そして、魔宝石も出品された。
俺が生成したものよりも小さく、含有魔力量も明らかに劣る。
それでも最終的な落札額は八百万ホルス。
やはり。
俺の魔王水を使った錬金術であれば、容易に大金を稼ぐことができる。それが確認できただけでも、参加した意義はあったと言える。
その後も順調にオークションは進む。
特に心を引かれる品はない。まあ、錬金術師が欲しがるような代物が、一般向けオークションに並ぶことはそう無いか。
だが中盤、商品の毛色が変わってきた。
人間、つまりは奴隷が出され始めたのだ。
ざわめきが一段階大きくなる。興味を持つ参加者が多いらしい。
出てくる奴隷は、筋骨隆々な戦闘奴隷などが多い。
時折、若い女が出てくることもある。
だがアピールされるのは容姿や体形ばかりで、技能や教養に触れられることはない。
つまり、そういう用途だ。愛人などを想定しているのだろう。
やはり、教養ある奴隷は簡単には出てこないか。
そう思っていた、その時だった。
「次の商品は、エルフの娘でございます!」
その声に、俺は思わず目を見開く。
係員に連れられて現れたのは、灰色の髪の少女だった。
人間よりも長い耳。整った顔立ちに、均整の取れた体躯。
確かにエルフの特徴を備えている。
幼さを残した顔立ちは、綺麗というよりは可愛いという印象を与える。それでも間違いなく、美人といえる容姿だ。
そして俺は、彼女に見覚えがあった。
この街に来た初日、馬車乗り場で見かけた奴隷の少女。
灰色の髪という珍しさもあって、印象に残っていた。
間違いない。同一人物だ。
本来であれば宝石のように澄んでいるはずの蒼い瞳は、今もなお曇っている。
生気が感じられない。まるで、この世のすべてに絶望し切ったかのような目だ。
奴隷に落とされた境遇を考えれば、不思議ではないか。
だが――
俺の視線は、自然と彼女の額に吸い寄せられた。
彼女の額の中央には、縦長で角の丸い菱形の痕が存在した。
先日はフードに隠れて見えなかった部分だ。
傷跡、だろうか?
だが、どうにもおかしい。
あまりにも形が整いすぎている。まるで、そこに何かが嵌め込まれていた跡のようだ。
周囲の参加者たちも、同じ違和感を覚えたらしい。
会場にざわめきが広がる。
「額のあれは、傷跡か?」
「髪が灰色だぞ」
「エルフは皆、金髪じゃないのか?」
疑問と困惑の声が飛び交う。
「申し訳ございません」
オークショニアが一度咳払いをし、説明を続けた。
「こちらの商品、額の痕だけは治療が叶わなかったのでございます」
治療が、できない?
それはつまり――
「ポーションで治せないなんて、まさか呪い?」
誰かがそう呟いた瞬間、会場の空気が不穏なものになる。
周囲の参加者たちも戸惑い、訝しんでいる。仮に呪いだとすれば、周囲に悪影響を及ぼす恐れもある。
「ご安心ください! 決して呪いなどではございません!」
すかさずオークショニアが否定する。
「鑑定にてその点は確認済みでございます。ですので、この傷は彼女生来のものと判断されております」
それなら筋は通る。
生来の欠損であれば、ポーションによる治癒は不可能。不自然ではない。
しかし、引っかかる。
だが、俺の違和感は消えない。
位置と形状が、あまりにも――
俺の思考をよそに、オークショニアの説明は続く。
「なお、この娘はエルフでありながら、魔術を一切使用できません」
その一言に、会場がどよめいた。
エルフといえば、魔術の申し子。
魔石の欠片一つで、人族の魔術師が複数人がかりで行使するような大魔術を放つとも言われている。
そんなエルフのくせに、魔術が使えない?
「見た目だけエルフ、というわけか」
「愛人や娼婦にするには、あの額の傷が気になりますな」
「そこは化粧や装飾で誤魔化せるでしょう」
品定めするような声が無遠慮に飛び交う。
それは彼女の価値を低く見積もるもの。
だがむしろ、都合がいい。
エルフでありながら魔術が使えない。
それは、俺の仮説を補強する情報でもあったから。
彼女は本来、魔術を使う必要のない存在だったのではないか。
魔術ではなく、別の形の力を持つ存在。
だからこそ、その『力』を失った今、魔術が使えないのではないか。
競りが始まる。
100万ホルスからのスタート
300万、500万。価格は跳ねるように上がっていく。
傷物とは言えエルフの奴隷だ。その外見から需要は多い。
俺も入札に加わった。
仮にただのエルフだったとしても構わない。
もし推測が当たっていたとしたら――
この娘を逃す方が、よほどの損失だ。
600万、700万。
次第に他の参加者が降りていく。
残ったのは、俺と、向かいの席にいる商人風の男。
相手は降りる気配がない。
800万。
相手も、気づいているのかもしれない。
エルフの娘の正体に。その可能性に。
ただのエルフの奴隷としては、すでに高額すぎる。
何も知らずに出せる金額ではない。
一千万。
資金を超えた。これ以上は出せない。
換金可能な品ならあるが、後払いを認めてくれるだろうか? 無理だろうな。
「一千万! 他にいらっしゃいませんか?」
沈黙。
そして、槌の音。
控えめな拍手がホールに広がる。
多くの客が戸惑っているのが、空気から伝わってきた。
傷物のエルフの娘に、ここまでの値が付いたのだから無理もない。
競り合っていた商人の男が、最終的に落札。
俺は、少女を落札することができなかった。
だが、まだだ。
まだ手段は残されているはず。こんなチャンス、逃してよいはずがない。




