第6話:富と孤独の等価交換
魔王水作成に必要な素材採取のため、街の外へ繰り出した。
チンピラ冒険者に襲われる等のトラブルもあったが。
ともかく、俺は今回のフィールドワークにてスライムの体液を入手した。
魔王水の材料を確保したわけだ。
宿に帰った俺は女将に言付ける。
「私の部屋の薬品には触らないように。下手に触れると、肌が荒れますよ」
実際のところ、錬金素材には劇薬も多い。最悪の場合は、肌荒れ程度で済むはずもない。
しかし馬鹿正直にそんな事を言ってしまえば最後、宿を追い出されることになる。
そんな事態は避けたい。
知らぬが仏、というやつだ。
もっとも、この世界に仏はいないのだが。
部屋に戻り、卓上に器具を並べる。さっそく調合だ。
最初は王水の作成。
濃塩酸と濃硝酸を用意する。比率は三対一。
ビーカーの中で混合すると、液体はゆっくりと橙色へと変化した。
これで王水は完成だ。
金を溶かすことのできる数少ない液体。これだけでも、この世界では大発明と言っていい。
だが、俺の目的はその先にある。
続いて、スライムの体液を加える。
反応を見ながら、少量ずつ慎重に。
攪拌にはミスリル製の攪拌棒を使う。
魔法金属であるミスリルは、魔力を均一に伝導する性質があり、溶液全体の反応を安定させる。
金属が液体に触れた瞬間、橙色だった溶液は嘘のように色を失った。
攪拌を続けるうち、完全な無色透明へと変わる。
これで王水は、別物へと変質した。
これが、魔王水。
この世界では未発見、あるいは秘匿されている叡智の液体。
次に、砕いた魔石粉を投入していく。
魔石とは、魔術を行使するための動力源だ。
魔術師は杖や触媒に魔石を組み込み、その内部に蓄えられた力を引き出す。
一般人が使う魔道具も同様で、イメージとしては電池に近い。
魔物から産出された魔石は、用途に応じて加工される。
その過程で必ず削り屑が出る。
それが魔石粉だ。
加工の現場では大量に排出されるが、粒が小さすぎるため再利用は難しい。
魔力は確かに含まれているものの、安定して取り出す手段がない。
結果として価値は極端に低く、二束三文。店によっては廃棄物扱いで、無料で持ち帰れることさえある。
小さな魔石は、どんな手を尽くしても大きな魔石には戻らない。
それがこの世界の常識だった。
どれほどの高温に晒しても、どんな強酸に浸しても。
魔石という物質は、再構成できない素材として扱われてきた。
だが魔王水は、その常識を打ち破る。
魔石粉を液中に落とすと、表面から反応が始まる。
泡が立ち、粒子が徐々に崩れ、溶液の中へと溶け込んでいく。
魔石が、溶けている。
この世界の錬金術において、ありえないとされていた現象。
それが起きている。
反応を確認しながら、さらに粉を加え続ける。
用意していた魔石粉の大半を溶かしたところで、変化が訪れた。
ビーカーの底に魔石粉が溶け残り始めた。
溶融限界。魔力が飽和状態に達したのだ。透明だった溶液は、淡く白い光を放ち始めていた。
ここからが本番となる。
溶液をゆっくり冷却する。急げば結晶は歪んでしまう。時間をかける。
核として微小な魔石粒を投入すると、溶液中の成分が核へと集まり、徐々に結晶が成長していく。
拡散していた魔力が秩序を取り戻し、核の表面に配列していく。
やがて核は膨らみ、輪郭を持つ。
角ばることなく、滑らかに。魔石は最も安定する形、球体へと自らを整えていく。
最終的に、直径3センチほどの大きさに達したところで、反応を止め、ピンセットで取り出す。
表面の液体をふき取る。淡く白く輝く、滑らかな球体。
見た目は白い光を放つ真珠の様。
手のひらに乗せた瞬間、ずっしりとした重量感が伝わった。
思わず、息をのむ。
やった! とうとう成功したのだ。
不可能とされていた偉業を、俺は成し遂げた。
これは間違いなく魔石だ。魔力が結晶化したもの。
魔術の源。地球には存在しない、この世界特有の神秘が形を成した物質だ。
小躍りしたくなる気持ちを必死に抑える。
この輝きは俺の幸福を保証するものではない。扱いを誤れば、足元をすくわれる。
この一粒は財産にもなるし、破滅への一歩になりうる。
このサイズの魔石を落とす魔物となれば、オーク級だろうか。
一人前の冒険者でも単独では危険。中級冒険者がパーティーを組んでようやく討伐する相手だ。
市場での売値は三万から四万ホルス程度。
買取価格はもう少し低いだろうが。それでも十分に高額と言える。
元を辿れば、価値の付かない魔石粉だ。
加工の過程で出る削り屑。廃棄物同然のものから、ここまでの価値を引き出したことになる。
そして重要なのは、この工程に特別な制限が存在しない点だ。
条件さえ整えれば、さらに大きな魔石を育てることも容易。
魔石に含まれる魔力量は、基本的に体積に比例する。
体積が二倍になれば、内包する魔力もおおむね二倍。
だが、価格はそうではない。
魔石の価値は、含まれる魔力量だけで決まるものではないのだ。
弱い魔物が落とす小さな魔石は、数が多い。
誰でも狩れる魔物から安定して供給されるうえ、サイズが小さく用途も限られる。
加工の自由度が低く、使い道は限られ、代替も効く。
一方で、強い魔物が落とす大きな魔石は違う。
討伐そのものが困難で、供給は極端に少ない。
そのうえ体積があるため加工の自由度が高く、杖にも魔道具にも、あらゆる用途に使える。
つまり――
小さな魔石は「余っていて使いにくい素材」
大きな魔石は「希少で、何にでも使える素材」だ。
この差が、そのまま価格に反映される。
魔力量は体積に比例して増える。
だが価格は、体積に比例しては増えない。
供給は急激に減り、需要は一気に広がる。
その結果、魔石の価格はサイズに対して指数関数的に上昇する。
結果、オークの魔石が持つ魔力量はスライムのそれの数十倍程度に過ぎないが、価格は数万倍に跳ね上がるわけだ。
対して俺は、こうしてクズ魔石を溶かし、巨大化させることでいくらでも金が稼げるのだ。
まさに、錬金術。
次に考えるべきは、これをどう売るかだ。
俺は手の中で魔石を転がしながら、頭の中で選択肢を並べていく。
まず思い浮かぶのは、錬金術師協会への売却。
協会は錬金術師の生み出したものは基本的に買い取ってくれる。
だが、協会はあくまで錬金術師同士の共助組織だ。営利を目的とした場ではない。買い取り価格も、市場の相場を期待するのは難しい。
それに、出どころを問われる可能性が高い。
クズ魔石を定期的に購入し、その一方で大型の魔石を売却し続ける。冷静に考えれば不自然だ。
錬金術師は魔石の消費者であって、生産者ではないのだから。
帝都より緩いとはいえ、全てが無関心というわけでもない。
余計な詮索を受ける可能性は避けるべきか。
次に浮かんだのは、冒険者ギルドだ。
冒険者として登録し、魔物討伐の成果として魔石を納品する、という建前。
だが、これは論外か。
俺は冒険者ではない。錬金術師が危険な魔物を単独で狩ったなどと言えば、まず疑われる。
どうやって倒したのか、なぜ無傷なのか。説明を求められるのは目に見えている。
やめておこう。
残る選択肢は、一般の商会。
商会は基本的に、冒険者から直接物を買い取らない。
冒険者は身元が不確かで、盗品や不正品が混じる可能性があるからだ。
そのため、通常は冒険者ギルドや付き合いのある店を挟む。
だが、俺は錬金術師だ。
資格を持つ市民であり、身元も保証されている。問題なく買い取ってくれるはず。
そして魔石の出どころを探るようなこともしないだろう。彼らが重視するのは金と商品の質だけだ。
方針は決まった。
錬金術協会でクズ魔石を購入。建前上の利用目的は研究用、あるいは燃料として。それ自体は不自然な事ではない。
それを溶かし、合成した大型魔石を商店で売却。
この流れなら、不自然さは最小限に抑えられる。よほど異常なサイズや数を、一度に市場に出さない限り、出どころを追及されることもないだろう。
大きな魔石を所持していた理由など、いくらでも用意できる。
資産として保有していた。投資目的で買い集めていた。
サイズのわりに高価で、経年劣化もない魔石は、資産として扱われることも珍しくない。
加えて、ポーションや他の薬品の製作・販売も並行すれば、収入源は分散できる。
金に困ることはなく、不審な点もない。
悪くない。
これなら、金に縛られることなく、好きな研究を続けていけそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
商会を出ると、昼下がりの街の喧騒が耳に戻ってきた。
革袋の中で金貨が触れ合う感触が心地よい。
魔石は問題なく売却できた。
オーク級の魔石を三つ。相場通り、いや、わずかに上乗せされた価格だったかもしれない。
出所を問われることも、余計な視線を向けられることもない。狙い通りだ。
懐は十分に温かい。
今夜は少し良い食事でもしてみるか。宿の料理も悪くはないが、たまには外で食べるのもいい。
夜の街へ繰り出すのは……今はまだやめておこう。嫌なことを思い出しそうだ。
そんなことを考えながら、街路を歩く。
錬金術の研究そのものは楽しい。
仮説を立て、検証し、結果を得る。その過程は、前世の記憶も含めて、俺の性に合っている。
だが雑多な作業も多い。
器具の洗浄、材料の下処理、記録の整理。単調で非生産的な作業に時間を取られることも多い。
一般の錬金術師たちであれば、弟子に押し付ける仕事だ。
以前の帝都での研究所はまだ良かった。
助手が居ないのは同じだが、それでも材料の手配は事務方がやってくれたし、器具の洗浄などは業者に任せることができた。
今は、全て自分で行わなければならない。
助手が欲しい。率直にそう思う。
しかし問題は、情報漏洩だ。
俺が扱っているのは王水、そして魔王水に関わる知識。
これが外に漏れれば、どうなってしまうか。俺の立場どころか、命まで危うくなる。
よほど信用できる人間でなければ、助手など任せられない。
だが、そんな都合のいい人材が、そう簡単に見つかるはずもない。
そんな事を考えながら街を歩いていると、ふと足が止まる。
視線の先には周囲とは明らかに雰囲気の異なる店。
大きく、がっしりとした外観。地味だが堅牢さを感じさせる。
看板にあしらわれているのは天秤。その皿に乗せられているのは貨幣と、鎖。
一見して何を扱うのか理解しづらい図柄だ。
だが俺は知っている。ここは人間を売る店。
そう、奴隷商だ。
鎖は言うまでもなく奴隷を縛るもの。天秤は奴隷制度が公正であること、店が合法な存在であることを表しているらしい。
考える。
そうか、奴隷か。
選択肢としては悪くない。
奴隷。元の世界の記憶がある俺にとって、若干の戸惑いはある。
だが、この世界では珍しいものではない。労働力として、あるいは財産として、当たり前に存在している。
奴隷に付ける装着させる魔道具として、隷属の首輪という物がある。
主人の命令に逆らう行動は取れず、場合によっては思考そのものが制限される。
それを用いれば、俺の情報が外に漏れる心配はない。
選択肢としては、悪くない。
隷属の首輪を用いて命令してしまえば、俺の情報が漏れる心配はない。
俺は店の中へ足を踏み入れた。
分厚い石壁に遮られ、外の喧騒が遠のいていく。
「いらっしゃいませ。本日はどのような『商品』をお探しでしょうか」
出迎えてくれたのは中年の店主だった。
人当たりの良さそうな笑顔を浮かべているが、その視線には鋭いものがある。
俺の人柄、そして財産を測っているのだろうか。
俺は要望を伝える。
錬金術の助手ができる者。手先が器用で、指示を理解できる人間。
店主は目を細め、困ったように笑った。
「……正直に申し上げますと、難しい注文ですな」
彼は指を折りながら説明する。
「奴隷というのは主に、借金を返せなくなった者、罪を犯した者、あるいは親に売られた子供。そういった人間がほとんどでして」
読み書きすら怪しい者も多い、と続ける。
錬金術のように、手順と理解力を要求される作業を任せられる人材は、極めて稀だという。
「では、器具を洗う、片づける、といった単純作業だけでも構いません」
「錬金術師の先生はご存じないかもしれませんが」
店主は申し訳なさそうに首を振った。
「それですら、奴隷に落ちるような者たちにとっては、高度な仕事なのです。順序を覚える、割らずに扱う、危険を理解する……どれも簡単ではありません」
そうなのか?
思い浮かべる。孤児院にいた同期の子供たちを、そして冒険者ギルドに居た冒険者たちを。
……そうかもしれない。
隷属の首輪によって命令することは可能だ。しかし本人の能力以上の作業は当然、無理。
「教養のある奴隷は希少です。仮に入荷されても、大商会や貴族の方に優先的にお渡ししております」
つまり、俺のような一個人の錬金術師のもとに回ってくる可能性は低い、ということだ。
「ああ、信用できる助手が欲しい、という話でしたら」
店主は少し考え、続けた。
「職人の方々が取られる、別の手段があります」
職人とな。
「彼らも自身の技術を秘匿を重視しております。ですが信用できる弟子などそうそうおりません。ですので秘密保持のため、弟子を奴隷にするのです」
なるほど?
「弟子として育て、技術や知識を授ける。そして自立させる段階に達したあたりで、奴隷の身分から解放させるのです」
なるほど、知識を受け取る対価として奴隷になるのか。
向上心のある者であれば、師事するために奴隷になることも厭わない、というわけだ。
「奴隷にする際の手続きなどは、当店で行えますよ」
当然、俺にそんな当てはない。だが、そういう手段が存在すること自体は、覚えておいても損は無さそうだ。
「参考になります。機会があれば、その時は頼みます」
「はい。いつでもお待ちしております。
俺は店主に礼を言い、店を後にした。
分厚い扉が閉じる。屋外の明るさと、街の喧騒が戻る。
奴隷という選択肢は消えたわけではない。ただ、まだその時ではない。
助手が必要なのは確かだ。
だが、答えはまだ見えていない。




