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第4話:未来への投資

 宿での調合が可能となった俺は、その後の数日間を準備と調合に費やした。

 まずは錬金術協会で必要な薬品や器材を揃える。ビーカー、蒸留器、濾紙、魔導コンロ、そしていくつかの魔力安定剤。


 それに加えて、安物のポーションを数本購入。

 下級ポーションだ。おそらく見習い錬金術師が作成したもの。


 協会の職員は首を傾げていた。

 錬金術師はポーションを作る側。購入するのは違和感があって当然。


 だが、研究のためと告げれば、それ以上は詮索されない。

 錬金術師はお互いの研究内容を探らない。それがマナー。


 宿に戻り、厨房の一角で調合を行う。

 ビーカーに安物ポーションを注ぎ、ガラス管を接続。魔導コンロに着火。火力を調整してゆっくりと加熱する。


 温度計の針が徐々に上がっていく。

 目標温度は沸点直前。薬効成分のみが揮発し、水分が気化しない臨界点を維持する必要がある。

 ガラス管は水で冷却、その中を通る蒸気を凝縮させる。


 やがて、受け瓶に無色透明の液体が一滴ずつ落ちはじめた。

 これはポーション中の薬効成分を分離・回収したものだ。

 残液には水分と夾雑物が沈殿し、蒸留液には有効成分のみが高濃度で含まれている。

 原理としては、アルコール蒸留と同様の分留作業である。


 知識のない冒険者たちは、ポーションは熱に弱いと認識している。


 一方の錬金術師たちはもう少し高度な知識を持っていた。

 加熱するとポーション内の薬効成分が揮発してしまう、と。

 彼らは薬効は水と同じ温度で成分が揮発すると考えている。よって加熱による分離、精製は不可能とされてきた。


 しかし俺は前世の知識から、成分ごとに沸点が異なる可能性を思いつく。

 もしそれを調整できれば、薬効のみを選択的に抽出できる。そう考えたのだ。


 この理論を立証するために帝立研究所で実験を重ねていた。

 だが、ボンボン貴族に妨害され、未発表に終わる。そして世に出ることはなくなった。

 そうなってしまった以上、俺が個人的に稼ぐために使わせてもらおう。


 小一時間ほどで蒸留が完了する。

 得られた液体はおよそ元の一割ほど。ほんのりと緑色に光る。

 不純物どころか水分すら含まれない、純粋なポーション。エリクサーとさえ呼んで良いかもしれない。


 もちろん、これをそのまま表には出せない。市場に出せばどれほどの価格になるか。そして話題になるか。

 せっかく帝都から逃げ出したのだ。余計なトラブルは避けたい。

 蒸留水で薄め、一般的な濃度に調整する。


 市場に出しても問題ない程度の性能になった。それでも、上級ポーションと呼べるだけの効果はある。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 翌日、俺は街の通りを歩いていた。

 朝の陽光が石畳を照らし、行き交う人々の活気が心地よい。


 中心街を離れるにつれ、街の雰囲気が徐々に変わっていく。

 剣などの武器、鎧などを売る店が増えてきた。


 きちんとした服を着た商人、町民の姿は減り、代わって革鎧や作業着姿の者が目立ちはじめる。

 洒落た料理屋などは消え、量を求める食堂などが増える。

 路地の奥では、荷運びの奴隷が無言で作業を続けている。

 活気はそのままだに、商人街の上品さが、庶民的な雑多な熱気へと移る。


 やがて、目の前に石組みの立派な建物が現れた。

 入口の上には剣と弓矢を交差させた意匠の看板。扉の前を出入りするのは、剣や槍を携えた屈強な男たちばかり。

 ここは、冒険者ギルドだ。


 中へ入ると、朝のギルドはすでに活気に満ちていた。

 併設された酒場では中堅と思しき冒険者たちが打ち合わせをしている。

 壁際の掲示板には依頼票がぎっしりと貼られ、若い冒険者たちが真剣な表情で内容を吟味していた。


 俺は一瞬視線を集める。

 冒険者に見えない人間はこの場では珍しいのだろう。だがすぐに興味は失われ、視線は逸らされる。


 ここは冒険者が集まる場所だが、もちろん、俺は冒険者になるつもりは無い。

 冒険者にならないために錬金術師を目指したのだから。

 俺の目当ては、この場に居る冒険者たち自体だ。


 さて、俺の目的に丁度良いのは居るだろうか……?

 俺は周囲を見回す。


 そして、二人の若い男に注目した。

 少年と言っても良い年齢。革鎧は擦り切れ、縫い目も粗い。腰のベルトもくたびれている。

 おそらく彼らは駆け出し冒険者。資金も経験も浅い新人冒険者は、装備の手入れにまで気が回らないのだ。

 うん、彼らで良いだろう。


 やがて依頼を選び終えたのか、受付で職員と短く言葉を交わし、外へ向かおうとする。

 俺はそこで声をかけた。


「君たち、ちょっといいか」

「ん? 何だアンタ」


 俺の姿を見て訝しむ。

 無理もない。俺の姿は冒険者には見えないだろう。服も、体格も。この場、冒険者ギルドには不自然な人間だ。


「俺は錬金術師だ。もしよければ、このポーションを試してもらいたい」

「ポーション? そんな高価なもん買う金なんてねぇよ」

「金はいらない」

「は?」

「使ってみて効果に納得できたら宣伝してくれればいい」

「つまりタダ?」

「そうだ」


 熟練の冒険者はこの手の話には乗らないと考えた。

 俺のような者からポーションを買うことはない。店を選ぶ余裕がある。信用のおける店でなければ買わないだろう。タダでも使うのはためらうはず。


 一方、彼らのような駆け出しでは、多少不審であっても、ただでポーションが手に入るなら飛びつくと考えたのだ。

 俺は軽く頷き、瓶を手渡した。


「もし使うことがあれば、感想を聞かせてくれ。気に入ったら、仲間にも勧めてほしい」


 彼らはためらいながらも瓶を受け取り、冒険へと出発した。

 今の俺には店舗も知名度もない。信用を得るためには、こうして地道に実績を積むしかないのだ。


 一級錬金術師の資格を示せば、大商会への納入も可能かもしれない。

 だが、そうした商会にはすでにお抱えの錬金術師がいる。彼らを押しのけて席を奪うのは現実的ではない。

 この世界はコネ社会。ツテはない。

 先日の錬金術協会でのこともある。帝都の研究所を追放された俺を受け入れるのに躊躇する可能性も高い。


 それならば、冒険者と直接つながる方がはるかに得策だ。

 錬金術師協会でも錬金素材の購入はできる。

 しかし俺が必要としている素材は、一般の錬金術師が使用しないものもある。

 市場には流通していないものも。


 冒険者に直接依頼すれば、市場を探すより確実に入手できるだろう。

 彼らは魔物の部位、薬草など、俺が必要としている素材を用意してくれる。

 冒険者との縁をつくること、それがこの街での仕事の一つとなる。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 その後の数日間、俺は同じ行動を繰り返した。

 駆け出しや下級の冒険者に、ポーションを渡す……あるいは押し付ける。


 もちろん、警戒して受け取らない者も多い。

 見知らぬ錬金術師が、いきなりタダでポーションを差し出すのだ。疑われて当然だ。

 だが、それでいい。

 時間をかければ、いずれ俺の力は嫌でも知れ渡る。


 そうしてある日、ギルドに足を踏み入れた瞬間、二人の少年が駆け寄ってきた。

 最初にポーションを渡した、あの若い冒険者たちだ。


「錬金術師のおっちゃん!」

「助かったよ、マジで命拾いした!」


 口々に叫ぶ二人に、周囲の冒険者たちの視線が集まる。

 どうやらポーションを使う機会があったらしい。

 冒険の際、深手を負ったのだという。死を覚悟するほどの傷だったが、あのポーションで瞬時に回復したらしい。


 目論見どおりだ。

 ただ、俺はおっちゃんとか呼ばれる歳ではない。


「なあ、また一本くれよ。今度はちゃんと金も払うから!」

「買ってくれるのはありがたいが、払えるのか」

「もちろんだって! 昨日依頼を成功させて、結構な報酬が入ったんだ!」


 なるほど、怪我の理由もそれか。

 どうやら難しい依頼をこなしたらしい。負傷したのもそれで無理をしたせいか。

 しかしそのおかげもあって懐は温かい様子。


 しかし、いくら懐が温かいとはいえ、彼らに払えるだろうか?


「じゃあ、百万ホルスだ」

「百……」

「……万!?」


 流石に厳しそうだ。下級冒険者に出せる額ではないのだろう。

 市場に流通するポーションは下級で一万程度。

 中級で十万ほどか。百万というのは桁が違う。想定外だろう。


 だが俺のポーションにはそれだけの価値がある。安売りはしない。

 それに命の価格としては決して高くはない。


 もっとも、この世界では命の価値それ自体が安いのだが。


「だが、まあ……」


 俺は周囲を見回して言う。


 今の俺たちは注目の的だ。中には上級と思しき者の姿も。宣伝効果としては十分か。


「宣伝に協力してくれたからな、こいつは出世払いでもいい」


 ポーションが入った小瓶を手渡す。


「いつか返してくれ」


 青年の手は震えていた。こいつの価値を知って戸惑っている。

 だが、ここで尻込みするようでは……


「あ、ああ!」

「もちろんだ! 俺はアイン」

「俺はスティルだ。覚えててくれ」

「ぜってぇ返してやるよ 利子つけてな!」


 気迫のある目。大丈夫そうだ。


「ああ、期待してる」


 二人が去り、場の空気が少しざわつく中。

 新たに一人の男が歩み寄ってきた。


「おい、錬金術師さんよ。調子よさそうじゃねぇか」


 顎には無精髭。

 冒険者としては中堅だろうか。使い込まれた革鎧に、刃こぼれのある剣。装備自体は冒険者としてそれなりだが、手入れは行き届いていない。

 しかしその目は暗く、濁って見えた。


 冒険者は荒くれ者の多い人種だ。それにしても、この男は特に品を感じない。

 率直に言って、ガラの悪い男だ。


「さっきのポーションよ。俺にもよこせよ」


 軽薄に笑って見せる男。


「そうか。なら百万ホルスだ」

「ふざけてんのか? タダで配ってんだろ? 俺が宣伝してやるって言ってんだ」

「宣伝なら、もう十分だ」


 宣伝効果は足りている。こいつ自身が、それを証明している。


「ああん?」


 俺に対して凄む男。

 その時――


「やめておけ」


 静かに、それでいて力のある声が響いた。

 見れば体格の良い男が歩み寄ってくる。


 磨かれた鎧、鍛えられた肉体に落ち着きを感じさせる物腰。

 俺のような素人から見てもわかる。彼は上級冒険者だ。


「う……」


 明らかに気後れした様子のチンピラ冒険者。

 上級冒険者は、俺を視線で指して言う。


「彼は市民だろう」

「……っ!」


 沈黙するチンピラ。


 この国では、非市民からの市民への暴力は重罪。

 大半の冒険者は市民資格を持たない。おそらく、この冒険者も。

 非市民が市民に手を出した時点で、人生が終わる。仕事も、自由も、仲間も失う。

 それを知らない冒険者はいない。


 俺達の様子を、ギルド職員が見つめていた。特に口を挟む様子はない。しかしこちらを注視している。この男がなにかしでかさないか監視しているのだ。


「……覚えておけ」


 無精髭の男が、捨て台詞のように呟く。


「それは脅迫か?」


 俺はとぼけて見せる。

 もちろん、脅迫も十分に罪となる。


「ちっ……冗談に決まってんだろ!」


 そう吐き捨てると、男は仲間を連れて背を向けた。

 逃げるように、ギルドの奥へ消えていく。

 ようやく、ギルドに静けさが戻る。


「ありがとう、助かったよ」


 俺が礼を言うと、男は軽く肩をすくめた。

 その動作一つ取っても、場慣れした落ち着きがある。


「なに、馬鹿な連中が馬鹿なことをしでかさないよう抑えるのも、俺たちの仕事だ」


 荒々しい風貌の中に、確かな責任感がある。

 上級冒険者特有の、余裕のある目だった。


「買わせてもらおう」


 男は静かに言った。さっきとは違い、丁寧な声音で。


「95万ホルスだ」

「百じゃないのか」

「面倒なのを追い払ってくれたからサービスするよ」


 鋼鎧の男は、ふっと口元を緩めた。


「ありがたく頂こう。俺はゴルドだ」

「よろしく。俺はハイド」


 差し出された手は大きく、硬い。

 だが握手は強すぎず、相手を試すような力も込められていない。


 まともな冒険者、しかもこの男は上級だろう。

 彼のような人間との付き合いは、大事にしたい。


 こうして俺は、この街で少しずつ信用と縁を紡いでいくのだった。


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ゴルドさん……(トクン)
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