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第33話:白土の街

 規則正しい振動が座席越しに伝わる。馬車の車輪が石畳を刻む音。

 伯爵家の馬車はさすがの造りで、揺れは最小限に抑えられている。乗り心地は上々だ。


 窓の外には、緩やかな丘陵と低い森が続いている。街と街の間の道。人影はまばらで、時折荷車とすれ違う程度だ。あとは風に波打つ草原が広がるばかり。


 人里のない道を走るが、旅路は実に平穏。

 馬車の前後を固めるのは辺境伯家の兵士たち。鎧の隙間から覗く視線は鋭く、馬の歩調も乱れない。

 賊も魔物も、この布陣を見れば近寄ろうとは思わないだろう。


 向かいに座るカリミナが、窓の外を指さす。


「この先にございますのが、今回向かう街、メルザですわ。交易都市アンプラの南に位置しておりますの」


 膝の上には地図。几帳面に書き込まれた注釈が、彼女の真面目さを物語っている。


「我が領の経営状況は順調ですわ。ただそれは、近隣諸国との交易あってのこと。情勢が変われば、どうなるか……」


 柔らかな声音の奥に、かすかな不安が混じる。


「交易頼みの現状から脱したい、ということですね」

「ええ。独立した産業を育てる必要がございますわ。父も、そこを気にしておりますの」


 状況を把握し、打開策を考える。それもまたお嬢様の勉強の一環というわけだ。

 そして俺に求められているのは、恐らく助言役か。


 そんな話をしていると、ふいにナトが声を上げた。


「え? 雪!?」


 少女のオレンジ色のポニーテールが跳ねる。


 まさか、と思い俺も外を見る。

 丘陵の斜面、川岸の露頭、崖の断面。視界に入るその地肌はどれも白い。初夏の陽光を受け、眩しく反射している。

 この季節、この高度で雪が残るはずはない。


「いえ、アレは石の色です」

「石ですか? あんなに真っ白なのに?」

「この地方では白い石や土がよく見られるのです」


 ナトが目を丸くする。


「綺麗ですねー」

「真っ白……」


 シャーリニィも珍しそうに、じっと外を見つめている。彼女の銀の髪が、差し込む光を受けて淡く輝く。


 やがて馬車は小川のそばで小休止となった。

 護衛が周囲を確認する中、俺たちは馬車を降りる。


 白い地肌がむき出しになった崖へ近づき、しゃがみ込む。指で土をすくい上げる。

 さらりと崩れ、指先が粉をまぶしたように白く染まった。


「へえ……」


 粒子は細かく、不純物が少ない。

 感触は滑らかだ。


「その白い土は、あまり歓迎されておりませんの」


 隣に立つカリミナが、少し困ったように微笑む。


「栄養が乏しく、農作物が育ちにくいのです。畑にすると収穫量が落ちてしまいますの」

「なるほど」


 長石や白色花崗岩を多く含む地質だろう。確かに農業には不向きだ。


「けれど、陶磁器には適していそうですよ?」


 カリミナの目がわずかに開かれる。


「ええ。実際、陶器や色付き磁器の原料としては用いられておりますわ」

「色付き、ということは」

「灰色や、やや黄色がかったものが限界ですの。純白にはなりませんわ」


 この国では、真っ白な磁器は作られていない。作れないのだ。

 遠国からの輸入品に頼るしかないと聞く。しかも製造国は、製法を厳重に秘匿しているという。技術の囲い込み。よくある話だ。


「真っ白な磁器が作れれば、交易に頼らずとも産業になりますわ」


 風が吹き、彼女の金髪が揺れる。


「父も、その可能性を模索しておりますの。でも……」


 肩を落とす。


「現状では、品質で敵いません」


 この領の技術者も努力はしているのだろう。それでも叶わない。歯がゆい思いをしているのだ。


 俺は改めて白土を指で擦り合わせる。


 真っ白な磁器を作れば産業になる。現状は色付きにしかならない。

 問題はどこにある?

 粒子の均一さ。鉄分の少なさ。焼成温度の問題か。配合比か。釉薬か。

 可能性はある。


「面白い土地ですね」

「……面白い、ですの?」


 カリミナが首を傾げる。


「ハイド様、ひょっとして……?」

「いえ、まだ何とも」


 一旦断ってから続ける。


「ですが、街に着いたら、窯場を見せていただけますか」

「もちろんですわ!」


 少女の声が弾む。


 白い丘陵が陽光の中で静かに輝いている。この土地に眠る可能性。それを掘り起こせるかどうか。

 今回の視察は、単なるお嬢様の勉強で終わらないかもしれない。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 目的地である街、メルザに到着した。

 交易都市アンプラほどの規模はない。だが往来には十分な活気がある。荷を積んだ馬車が軋みを上げて行き交い、商人たちが声を張り上げ、通りの両脇では焼き物が山のように積まれている。

 皿、壺、甕、建材用の煉瓦。だがどれも灰色がかり、白とは言い難い色合いだ。


「煙が多いですねぇ」


 ナトが鼻をひくつかせながら周囲を見回す。


 空気に混じるのは、焼けた土と薪の匂い。

 石造りの家々の合間から、幾筋もの煙が空へ伸びている。灰色の煙柱が、この街の主産業が窯業であることを雄弁に物語っていた。


「窯場が街のあちこちにございますの。古くからの産業ですわ」


 カリミナが穏やかに説明する。


 馬車は街の中央へと進み、やがて代官の屋敷へ停まる。

 周囲の建物より一回り大きく、威容を誇示しているかのようだ。

 玄関ホールに飾られた壺や花瓶は、どれも真っ白。透き通るような白磁で、光を浴びて、柔らかく輝いている。この街で作れない白さ、高級な輸入品だ。


 そこで出迎えたのは、でっぷりと太った男。頭髪は後退気味で、頬は赤らみ、常ににこやかな表情を浮かべている。だが、その笑みにはどこか歪さを感じさせる。


「カリミナ様! またお目にかかれて光栄でございます! 病に見舞われたと聞いておりましたが、はは、お元気になられたようでなによりですぞ!」


 肥満体型に脂ぎったその外見。

 ナトは思わず身を縮め、俺の服の裾をつまむ。

 シャーリニィはあからさまに視線を逸らす。

 一方のカリミナは大したもの。一片の不快感さえ表情に出さず、微笑みを絶やさない。


「久しいですね、グイヤン。本日は急な視察となりましたが、対応に感謝いたします」

「とんでもございませんとも。カリミナ様のためならば、なんなりと。ぐへへ」


 あからさまに媚びた態度。


 挨拶がひと段落すると、男の視線は俺に向いた。


「それで……そちらは?」

「こちらはハイド様。今回の視察に同行していただいておりますの」

「錬金術師のハイドです。よろしくお願いします」


 グイヤンの目が値踏みするように細まった。


「錬金術師殿、でございますか。これはこれは。ですが、何故お嬢様に同行を?」

「ハイド様には、領地の現状を知っていただきたいのです」


 丁度よいので、俺はそのまま切り出す。


「窯場を見せていただけますか。磁器の原料と品質を確認したい」


 グイヤンの細い目が、こちらへ向く。


「ほう? 陶芸などにお詳しいので?」

「少しばかり興味がありまして」


 値踏みするような視線が一瞬。だが、すぐに作り笑いへ戻る。


「窯場、ですか。ははあ、もちろんでございますとも。ですが、まずは屋敷でお茶など――」

「いえ、時間が惜しいのです。先に窯場へと行かせてくださいまし」


 カリミナの声は柔らかいが、有無を言わせぬ力がある。


「承知いたしました! でしたらすぐに……!」


 カリミナの言葉にグイヤンは慌てて頷いた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 屋敷を出て、再び馬車に乗り込んだ。

 石畳の通りを進み、商店や宿が立ち並ぶ区画を抜ける。威勢のいい呼び声や、人々の足音が遠ざかっていく。

 そして景色が変わった。街の外縁、低い丘に沿うように巨大な登り窯がいくつも並んでいる。薪を担ぐ男たちが汗だくで走り回り、火を扱う者の怒号が飛び交う。


 やがて馬車が止まる。御者が扉を開けた瞬間、熱気が流れ込んできた。

 貴族御用達の豪華な馬車で、そんなところに赴いたわけだ。当然、注目を集める。


「お貴族様?」

「カリミナ様だ」

「誰?」

「領主様の娘さんだよ!」


 職人たちのざわめきが広がる。疑問、緊張、好奇心が入り混じった視線が、馬車に向けられる。


 グイヤンが腹を揺らしながら前へ出て、大声で張り上げる。


「おい! 伯爵家のお嬢様がいらっしゃったぞ。頭領を呼べ!」


 グイヤンが声を上げると、何人かが慌てて走る。

 しばらくして、作業場の奥から荒い足音が近づく。


「お前ら邪魔だ、どけ!」


 怒鳴り声と共に人垣が割れた。汗に濡れた額を腕で拭いながら、肩幅の広い中年の男が出てくる。

 カリミナの姿を認めると、慌てて頭を下げる。


「お、お嬢様……このような場所へ」


 彼がこの場の代表、頭領らしい。


「視察に参りました。白磁の現状を拝見したく思います」


 カリミナは熱気の中でも涼しい顔で微笑む。


「も、申し訳ありませんが……以前、伯爵家にお見せした品以上の物は……」

「まあまあ頭領。お嬢様はご確認に来られただけだ。なあに、いつもの物を見せればよいのだ」


 グイヤンが気持ち悪い笑みを浮かべながら割って入る。


「ですよね? カリミナ様」

「ええ。それを、彼に確認してもらいたいのです」


 頭領はそこで初めて俺に視線を向ける。


「失礼ですが」

「錬金術師のハイドだ。今回、お嬢様の視察に同行させてもらっている」


 名乗ると、男は再びカリミナへ視線を送る。確認を求める視線。


「ええ、わたくしがお願いしておりますの。ハイド様に見てもらうのが今回の目的ですわ」

「承知いたしました。ではこちらへ」


 案内されたのは保管庫。棚に数多くの器が積まれている。

 しかしその品質は、灰色がかった白や、黄味を帯びたものが多い。


 俺はそのなかの一枚を手に取る。指先に伝わるざらつき。窓からの光にかざすが、透過はしない。

 輸入品の真っ白な磁器には遠く及ばない。前世の工業製品は言わずもがな。


「これが、一番の白さ?」

「……ああ、この地方で焼くものとしては、それが限界だ」


 頭領はムッとした様子。プライドを傷つけてしまったか。

 しかしこれは確認しておく必要がある。


「白さを上げるために、どんな手を打った?」

「白い土を選ぶ。砕いてふるう。焼きは限界まで温度を上げる。釉薬も何度も配合を変えた。それでも変わらん」


 自負と苛立ちが混じる。

 背後の職人たちも頷く。努力は重ねてきたという自負があるのだろう。


「お嬢様、これ以上温度を上げれば窯が傷みます。修繕費は莫大です。失敗すれば職人が責を負うことにもなりかねません」


 グイヤンが口を挟んだ。どうにも好きに調査をさせたくないらしい。


 俺は考える。

 土と焼成。そこに問題がないなら、他に何が残るか?


「土は洗っているか?」

「水に溶かして、石や砂を取り除く作業だろう? もちろんやっているが、白さに影響はないぞ」

「それだ」

「え?」


 石や砂を取り除くのを目的とするレベルでは足りないのだ。


 地球でも、過去のヨーロッパでは白磁器の作成が困難だった。

 中国からの輸入に頼っていた。

 質の良い土が採取できなかったのも大きいが、その製法を秘匿され、知ることができなかったのもある。

 この地方においては、土の質は足りている。足りないのは知識。


「土の中には、鉄が混じっている」

「鉄?」


 頭領が眉をひそめる。


「目に見えないほど細かい物だ。だが焼けば、それが灰色や黄味の原因になる」

「そんな馬鹿な。鉄なんて、鉱山の話だろう」


 即座に否定の声が上がる。


「俺たちは何十年もこの土を触ってきた。そんな話は聞いたことがない」


 反発されるのも当然か。俺は彼らの経験を否定しているのだから。


「仮にそれが本当だとして、鉄の含まれていない土を探す必要があるのか」

「土を水に溶かし、徹底的に攪拌する。重さの違いで層が分かれるまで待つ。沈殿差を使う。上の澄んだ泥だけを取り、また溶かす。それを何度も繰り返す」


 俺の説明に、頭領が渋い顔をする。


「……その間、窯は止まる。そんな手間をかけて、白くなる保証はあるのか」

「頭領」


 ぴりついた空気を裂くように、凛とした声が響く。

 職人たちの視線が一斉に彼女へ向く。


「わたくしは、この街に可能性があると信じております。その可能性を確かめるために、ハイド様に同行していただきました」


 柔らかな口調だが、反論を許さぬ力を感じさせる。


「これまでのやり方を否定するつもりはありません。けれど停滞もまた、許されません」


 やがて、グイヤンが深く息を吐いた。

 頭領に視線で示す。


「……承知しました」


 渋々と言った様子で、頭を下げる頭領。さっそく、職人たちに指示を始める。

 桶が並び、水が張られ、白土が放り込まれる。

 泥が渦を巻く。


 俺は横目でグイヤンを見る。

 額の汗を拭う手が震えている。


 この胡散臭い男は新しい挑戦に否定的だった。

 カリミナ嬢の権力には逆らえず、最終的には従ったが。


 こいつの狙いは分からない。

 それでも、しばらくすれば結果が出るだろう。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺たちは数日の間、代官が用意した宿で過ごすことになった。

 窓からは白い丘陵と、絶えず立ちのぼる煙が見える。朝は薪の匂いで目が覚め、夜は遠くの窯の赤い灯が揺れていた。


 街も歩いた。市場を覗き、並ぶ器を一つ一つ手に取り、色味と質感を確かめる。釉の溜まり方、焼き締まりの甘さ、土の選別の癖。


 夜は宿のロビーでカリミナに推理小説のネタを披露する。

 密室に見せかけた窯場殺人事件、灰に残る足跡、温度差による時間偽装。


 彼女は真剣に聞き入り、ときに鋭い指摘を返してくる。ナトは途中で眠り、シャーリニィは静かに紅茶を啜っていた。


 そして、三日目の昼。使いの者が息を切らせて現れた。


「焼き上がりました」


 俺の教えた沈降分離の手法で精製した土。何度も攪拌し、上澄みを取り、繰り返した泥。あれで成形し、焼いた磁器だという。

 窯場へ向かう。

 登り窯の前には職人たちが集まり、緊張した空気が漂っている。頭領は腕を組み、

 グイヤンは額の汗を拭いながら落ち着きなく立っていた。


 板の上に並べられた皿が、布を払われて姿を現す。

 白い。

 これまでの灰色や黄味は確かに薄れている。澄んだ色合いだ。光を受けて、柔らかく反射する。

 ざわめきが広がる。


「白い……」

「こんなの初めてだぞ!」


 頭領の目にも、わずかな高揚が浮かぶ。


「これなら、十分に製品として使えますわ!」


 カリミナが微笑む。

 確かに、商品としては成立する。輸入品より安価に出せば競争力もあるだろう。街の産業としては大きな前進だ。

 皆が喜びの表情。

 そんな中、俺は一枚を手に取る。光にかざせば、うっすらと陽の光が透過している。


 だが。縁にわずかな色味が残る。光には完全な透過には至らない。釉の下に、ほんの僅かだが濁りがある。

 輸入品には及んでいない。俺の目から見ても分かる差異。商人であれば、なおさらその評価は厳しいだろう。


 失敗だ。

 皆が成功だと言っても、俺は認めるわけにはいかない。


 何を見落とした?

 沈降は足りていたか。攪拌が甘かったか。焼成温度の上昇曲線か。釉薬に微量の鉄が混じったか。水に不純物があった可能性もある。


 歓声の中で、俺だけが皿を睨み続ける。

 白は、まだ遠い。


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焼き物職人の朝は早い
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