表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/33

第30話:金の悪意と白い罠

 ある日、アトリエに一通の手紙が届いた。

 差出人はロディーム辺境伯。用件は簡潔で、屋敷へ来てほしいというものだった。


 何の用件だろう。

 心当たりとしてはやはり、ドワーフの鍛冶師ジルバが患っていた冒険者病を治療した件か。治療法の存在しないとされていた病気だ。

 名匠として有名なジルバの作品は、冒険者だけでなく騎士や貴族たちの間でも人気だという。

 であれば、領主の耳に入っても不思議ではない。


 なるべく早く来て欲しい、という事だったので、翌日すぐに領主館へと出向く。

 応接室で出迎えたロディーム伯。しかしその表情は、以前会った時よりも心労の色が濃い。


「よく来てくれた、ハイド殿」


 形式的な挨拶を交わした後、雑談のように話題を振った。


「冒険者病の治療が実現したそうだな」

「ええ。ただし、誰にでも勧められるものではありません。治療費も高額になります」

「そうか。それはまあいい」


 本題ではないらしい。

 辺境伯の回りの人間なら質の良いポーションを使うだろう、そもそもポーションを何度も使うような機会は無い。冒険者病の可能性は低い。


「君は、治療不可能と言われている病も治せるのだな」

「特別な事は何もしていませんよ。薬の効能も、既知のものです」

「それでも、他の医師や錬金術師が成し得なかった結果を出した」

「それは、そうですね」


 それは否定しない。

 この世界においては、少しばかり珍しい発想を用いたのは確かだ。


「頼みがある」

「はい」


 来た。本題だ。


「娘を診てほしい」

「娘さん、ですか」

「そうだ。ここ半年、体調がすぐれなくてな。医者にも錬金術師にも診せたが、原因が分からん。日に日に衰えていく」


 娘? 辺境伯令嬢か。

 冒険者病ではないだろう。


「なぜ私に?」

「他の者に治せなかった病を癒した。その力を買っている」


 ジルバの件を知り、最後の望みとして俺を呼んだらしい。

 他にすがれそうな綱は尽きたという事か。


「お役に立てるかは」

「構わん」


 症状を聞く。

 食欲不振、慢性的な倦怠感、手足の痺れ、肌のくすみ、時折の吐き気。魔力的な異常は確認されていない。

 上級ポーションを飲ませれば一時的に症状は治まるが、またすぐに悪化するという。


 話を聞きながら、いくつかの単語が頭に浮かぶ。

 微量の毒性物質が、長期間体内に蓄積したときの症状だ。


「それだけではなんとも……直接診させてもらっても?」

「もちろんだ」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 伯爵に案内され、屋敷の奥へと進む。

 広い廊下を歩く伯爵の背中は、わずかに丸まっていた。領地経営の重圧とは別種の不安と苦労が、隠しきれずに滲んでいる。


 通されたのは患者の寝室。

 大きな窓から柔らかな光が差し込み、白いカーテンが静かに揺れている。調度は高価だが、嫌味のない落ち着きがある。


 ベッドに上体を起こして座る金髪の少女。

 白磁のような肌、淡い瞳。薄化粧の下でも血色の乏しさは隠せない。それでも、こちらを見て柔らかく微笑んだ。

 この少女が患者か。


 そしてベッドの傍らには、少女よりはお年を召した女性が椅子に腰かけていた。

 少女とよく似た金髪。目元に刻まれた皺には、ここ最近の心労が見受けられる。おそらく患者の母、伯爵夫人だろう。


「ハイド殿、妻のイリジナ、そして娘のカリミナだ」


 伯爵の紹介に、夫人は小さく会釈をし、少女はにこやかに微笑んだ。


「あら、あなたが新しいお医者様?」


 対照的に夫人は警戒の視線。


「はじめまして。錬金術師のハイドと申します」

「今さら錬金術師など……それよりあなた、知り合いが、よく当たる祈祷師を紹介できると」

「イリジナ、そんな怪しげなものに頼るのはやめろ」


 伯爵にたしなめられて夫人は唇を噛み、視線を伏せる。その仕草だけで、彼女がどれほど追い詰められていたかが伝わった。

 祈祷師、ね。

 胡散臭い話ではあるが、そこまで追い詰められていたのだろう。医師にも錬金術師にも見放された末であれば、縋れるものに手を伸ばすのも無理はない。


 それに、と伯爵は続けた。


「彼は他の者とは違う視点を持っている」


 俺に期待しているのは、他の人間とは違う発想力か。


「……ハイド殿、妻が失礼した」

「いえ、構いません。それでは、診察を」


 空気を切り替え、俺はベッドの少女に向き直る。


「よろしくお願いしますね、ハイド様」


 カリミナはそう言って、小さく微笑む。その仕草ひとつにも、育ちの良さが滲んでいた。


 視診、問診を進める。息は浅く、脈は弱い。肌の色、唇の色、瞳の焦点。どれも微妙に異変を示しているが、決定的なものはない。

 次にナトに視線を向けた。


「ナト、触診を頼む」

「は、はいっ」


 ナトは緊張した面持ちでカリミナの傍に立つ。

 医療行為とはいえ、俺は医者ではないのだ。伯爵令嬢に触れるのは避けたい。女手があるのだから、任せる方が無難だ。


「失礼します……」


 ナトの手は少し震えていた。

 伯爵令嬢、本来であれば雲の上の人間だ。緊張しない方が無理だろう。それでも動きは丁寧で、教えた通りに腹部や腕を確認していく。

 その様子を、カリミナは興味深そうに眺めていた。


 一方で、シャーリニィは落ち着かない様子で、部屋の中を見回していた。調度品、壁、天井、そして人。

 まるで何かを探しているようだ。

 嫌な予感が、薄く胸をかすめた。

 しかし今は患者を診るのが先決。俺は診察を続ける。


「ご主人様。あの人、臭います」


 と、思っていた矢先、突拍子もない一言。

 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

 視線を辿ると、シャーリニィは伯爵夫人を真っ直ぐ見ている。


「な!?」


 伯爵夫人が息を呑み、目を見開く。


「シャーリニィ、なんてことを――」


 無礼にもほどがある。

 叱責しかけた俺の言葉を遮るように、彼女は夫人を真っ直ぐに指差した。


「違う。人じゃない……その首飾り」


 指先が示したのは、夫人の首元。

 金の鎖に大粒の宝石をあしらった、華美なネックレス。格式ある伯爵家の装いにしては、不釣り合いかもしれない。


「え……?」


 夫人が戸惑い、皆の意識が宝石へ向いた。その瞬間。

 シャーリニィの額の神石が、淡く光る。

 乾いた音が室内に響いた。宝石の表面に、細かな亀裂が走る。


「なっ!?」


 そのまま、首飾りは砕け、床に散乱した。

 エルフの少女の突然の凶行に、伯爵側の人間は色めき立つ。メイドが悲鳴を上げ、執事が夫人とカリミナを庇うように前に出る。

 緊張が爆発寸前まで高まった。


「シャーリニィ、何を!」


 俺も声を荒げるが、異変はそれだけでは終わらなかった。

 砕けた宝石の欠片から、黒い霧が立ち上る。空気を汚すような、不快で邪悪な気配だ。

 素人目にも、はっきりとわかる。あれは、良くないモノだ。


 だが、シャーリニィが指先を払うと、霧は薄れ、空気に溶けるように消えた。


 部屋に沈黙が満ちる。

 何が起きたのか理解できずにいた。


「……シャーリニィ、今のは?」

「呪いの一種です。身に着けた者の不安を煽り、判断を鈍らせるものと思われます」

「カリミナ嬢の病の原因か?」

「そこまでの力はありません」


 シャーリニィは俺の質問に淡々と答える。

 それがかえって、事態の深刻さを際立たせていた。


「セバス、どう思う?」

「今のを見る限り、そのエルフの少女の語る通りかと」


 伯爵は執事に確認。

 答えは、シャーリニィの言葉を肯定する物だった。


「イリジナ。そのネックレスは、どこで手に入れたものだ?」


 伯爵の質問。動揺を抑え、状況を把握しようとしている。


「さ、先ほど言っていた知人から……身に着けていれば心が軽くなり、願いが叶うと……」


 夫人の声は震え、消えてしまいそうなほど。

 娘の病に悩む母の心ににつけ込み、悪質な者が近づいたのだろう。


 夫人は青ざめ、椅子の肘掛けに手をついて俯く。

 伯爵は一瞬だけ目を閉じ、すぐに顔を上げた。


「その出所を洗え。関係者は全員だ」


 短く、だが鋭く命令を下した。

 部下が即座に動き出す。カリミナ嬢の病気の原因ではないにせよ、伯爵家に悪意を持ってのことに間違いはない。徹底的に調査が行われるだろう。


 夫人はメイドに支えられ、部屋を退出した。背中は小さく、心労の深さが痛々しい。

 床に散らばった首飾りの残骸は、メイドたちが怯えた様子で片付けていく。


 再び、静寂が部屋に満ちる。


「……感謝する、ハイド殿」


 伯爵は深く頭を下げた。領主としてではなく、一人の父としての礼だった。


「大事に至らずに済んだのは、あなた方のおかげだ」

「いえ、お役に立てたようで何よりです。それに、診察はまだ終わっていません」


 診察を再開する。

 呪具の発覚と破壊。伯爵夫人の動揺と退室。

 部屋にはまだ、わずかな緊張の余韻が残っている。


 そんな中で、カリミナ嬢だけは不思議なほど穏やかだった。ナトに語りかける。


「あなたも錬金術師ですの?」


 問いかけは軽やかで、気負いがない。

 あんなことがあったのに、特に動揺した様子は見せない。

 むしろ周囲を気遣って、明るい調子でいるのかもしれない。強い娘だな。


「あ、あたしは、見習いです」


 ナトは慌てて答える。声はわずかに裏返り、指先がそわそわと落ち着かない。

 貴族の令嬢を前にするのは、さすがに緊張するらしい。


「そうですの。でも、私と同じくらいなのにちゃんと働いて、すごいですわ」

「そ、そうですか? えへへ……」


 ナトは頬を赤らめ、照れたように笑った。

 続いてシャーリニィに向く。


「それに、エルフさんの魔術って、すごいのですね」


 先ほどの光景を思い出しての言葉だろう。

 畏怖のようなものは感じられない。純粋に、驚きと憧れによる感情。


「……」


 シャーリニィが使うのは魔術ではなく、魔法だ。

 だがそれを言うことはできない。なのでシャーリニィは視線をそらしたまま、沈黙で答える。


 シャーリニィが返事をせずとも、気にした様子もなく話し続ける。

 育ちの良さだけでなく、天性の朗らかさを感じさせる娘だ。


 俺は診察を続けながら、渡された過去の診療記録に目を通す。

 紙の束はそれなりの厚みがあり、この半年間、何人かの医師や錬金術師が関わってきたことが分かる。


 医師たちは毒物の可能性を疑っていた。だが、どれも決め手に欠ける。

 そして違和感。どこか踏み込むのを避けているような記述が目立つ。


「私も妻も、娘と同じ食事をしている」


 伯爵が補足してくれる。


「食器も同じだ。最近は使用人にも同じものを食べさせてみている。にもかかわらず、症状が現れるのは、娘だけなのだ」


 となると、食事に毒を盛られた線は薄い。


 しかし、俺はこれに似た症状を知っている。

 特定の環境、特定の習慣、そして気づかれにくい慢性症状。即効性はない。だが、確実に身体を蝕む。


 俺は、カリミナの薄く化粧された顔を、改めて見つめた。

 その儚げな美しさの影に、何が潜んでいるのか。


 ようやく、輪郭が見え始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ペロッ……これは青酸カリ(違う)
異世界錬金物の定番ですね。
なるほどつまりはそういうことか!(わかってない)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ