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第24話:新生活と新たな出会い

 朝の光が街の石畳に差し込む。

 先日までの騒動が嘘のように、通りには人々の生活が戻っていた。行き交う商人の呼び声、店先に並ぶ品物、子どもたちの笑い声。

 戦いの爪痕は確かに残っているが、それでも街は前を向いて動き出している。


 そんな光景を横目に、俺はシャーリニィと並んで歩いている。

 今日の目的は一つ。

 本格的な拠点となる、アトリエ探しだ。


「新しい家、ですか」

「ああ。いい加減、落ち着いて過ごせる環境が欲しい」


 宿暮らしは気楽だ。寝床も食事も揃っているし、掃除の心配もない。

 だが、研究をするには致命的に向いていない。

 薬品の保管場所。器具の設置。実験時の音や匂い。

 どれも周囲への配慮が必要で、どうしても制限が多くなる。


 それに何より……俺たちを目当てに来る、厄介な客が多すぎる。

 宿の主人からも、遠回しにだが何度か苦言を呈されている。

 そろそろ、腰を据えられる自分の家を持ってもいい頃合いだろう。


「おうち、ご主人様と私の……」


 ぽつりと、シャーリニィが呟いた。

 気づけば頬がわずかに赤い。長い銀髪が、朝の風に揺れる。

 何を期待してるのやら。


 俺たちが向かった先は錬金術協会。

 錬金術師たちのための組合だ。

 仕事の斡旋、素材の融通、研究情報の共有。そして、アトリエの紹介も行っている。

 以前も一度、アトリエに関して相談したことがあった。

 その時は「現在、使える物件はない」との回答だった。そうそう頻繁に市場へ出るものではない。


 だが、あの大騒動の後だ。状況が変わっていても不思議ではない。

 そう考えて再度訪れたのだ。

 重厚な石造りの建物に入り、受付の女性職員に用件を告げる。


「それでしたら確か、最近売りに出された物件が」


 職員は一瞬考えてから、書類を取り出す。


「ただし、かなり高額ですよ?

「かまわない。取り敢えず見せてください」

「こちらです」


 受け取った資料に目を通し、思わず眉が上がる。

 街外れではあるが、敷地は広く、建物の造りも申し分ない。

 作業用区画と居住区画が明確に分かれた間取り。天井は高く、大型の炉や設備を設置する前提で設計されているのが一目で分かる。採光も良好。換気経路も考えられている。

 しかも築一年未満。


「……随分と条件がいいな」


 不動産に詳しいわけではないが、これは明らかに良物件だ。

 にもかかわらず、売りに出されている理由は?


「前の所有者が、借金を返済できなかったようです」


 職員は肩をすくめる。

 アトリエを建てるために借金をしたはいいが、返済できず差し押さえられたといった感じか。ありがち。

 細かい事情は不明だが、ともかく俺にとっては都合が良い。


 そして金額は……一億ホルス、か。


「良いですね。購入する場合、期限などは?」

「いえ、特には。ただ……まさか、これを?」


 職員は目を丸くして俺を見る。

 一級錬金術師とはいえ、個人で即金購入できる額ではない。

 普通であれば。


「ええ。問題ありません」


 即答すると、職員はしばらく言葉を失っていた。

 金額は確かに高額だ。だが、俺には各種金策手段がある。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 宿に帰り、金策を考える。

 アトリエの購入費用は高額だ。手持ちの資金だけでは足りない。


「お金、あるんですか?」


 首をかしげるシャーリニィ。


「これから調達する。協力してくれるか?」

「もちろんです! 私の身も力も、すべてはご主人様のために!」


 相変わらず忠誠心が重い。

 だが、心強い。

 彼女がいるからこそ、俺は今回の選択肢を選べる。


 錬成の準備に入る。

 今回作るのは、魔宝石。それも、今までとは次元が異なるものだ。

 これまで俺が作れたのは、コランダムを加熱するだけで生成可能なルビーやサファイア程度。

 だが、今回は違う。

 今の俺には、シャーリニィがいる。


 まず源となる炭を用意。それに魔王水を加え、魔力構造を再構築する。

 理論上は、前世で知っていた合成ダイヤモンドと同じ工程だ。

 地球では機械の力を使い、熱と圧力をかける。

 それを俺は、彼女の力で持って再現するのだ。


「熱と圧力をかければいいんですね」

「ああ、やってくれ」


 炭素と魔王水を混ぜた粘土状の塊。それを彼女が両手で包んだ。

 ふわり。と、周囲の空気が震えた。

 目に見えない圧力が一点に集中していく。


 周囲への影響はない。熱も光も発していない。

 しかし小さな変化が。

 塊を包む彼女の手が閉じられていく。

 塊が圧縮されている。小さくなる。


 熱、そして圧。

 大地の奥深くに匹敵する程のそれが、少女の手のひらの中で再現されている。

 ハイエルフでなければ不可能な力技だ。


 しばらくして、シャーリニィがそっと力を抜く。


「このくらいで、どうでしょうか」


 彼女が手を開いた瞬間、室内に光が満ちた。


「よし!」

「きれい……」


 俺は思わずガッツポーズ。

 シャーリニィは、息を呑んで見つめる。


 そこにあったのは、透明な八面体の結晶。

 濁りは一切なく、寸分の歪みも見当たらない。


 それだけではない。

 外光を反射するだけでなく、それ自体が淡く光を放っている。

 魔力を宿した、人造ダイヤモンドの原石。

 魔宝石として、これ以上のものは存在しないだろう。


 上出来だ。

 この品質と大きさであれば、アトリエの購入費用に届く。むしろ、余裕すら生まれる。

 これで道は開けた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 後日、俺はとある商会を訪れていた。以前取引のあった商人のところだ。

 街の商業区画に構えられた店は繁盛しており、客や使用人が慌ただしく出入り

している。


 入口で名を告げると、待たされることもなく奥へ通された。

 応接室に入れば、恰幅の良い中年の男が椅子から立ち上がり出迎えてくれる。


「よく来てくれた」


 彼がこの商会の長、バルトだ。


「こんなすぐに対応してくれるとは思いませんでした」


 アポを取ったその翌日に会ってくれるのだから。

 この規模の商会の長だ。その時間は限られているだろうに。


「いやなに、君とは良い取引が期待できるからね」


 彼と出会ったのはオークション会場。

 競りにかけられていたのは、当時ただの傷物エルフとして扱われていたシャーリニィ。

 俺と彼とで競り合い、最終的に彼が落札した。


 その後、俺から交渉を持ちかけ、バルトから彼女を買い取ったのだ。そのときの取引材料が、魔宝石のサファイアだった。

 商人としても印象に残る取引だったのだろう。


 バルトの視線が、俺からシャーリニィへと移る。その瞬間、彼の表情が固まった。

 彼の視線の先にあるのは、シャーリニィの額。そこに埋め込まれた、紅く輝く宝玉、神石。


「まさか、あの時の娘!?」


 思わず、といった様子で目を見開く。


「ええ」


 以前のシャーリニィには、それは存在しなかった。

 石を失い、抉られた痕だけが残っていた額。


「それは……宝石を嵌めただけ? いや、しかし……」


 言葉を失い、喉の奥で唸るような声を漏らす。

 彼には理解の及ばない状況だろう。


 俺は彼女を手に入れた後、魔王水の力を使い、彼女の額の宝石、神石を再生させたのだ。

 俺以外の誰にも出来なかったことだ。


 彼も、シャーリニィがただのエルフではない可能性については、薄々勘づいていたはずだ。だが、ハイエルフとしての力が完全に復活するなど、夢にも思っていなかったに違いない。


 一方、当のシャーリニィは、そんな視線など意にも介さず、窓の外を眺めていた。

 興味がない、どうでもいいという態度だ。


「細かいことはお話できません」


俺がそう告げると、商人は口を開きかけて、そして閉じた。


「そうか。いや、そうだろうな。ううむ」


 疑問と好奇心が顔にありありと浮かんでいるが、深追いはしない。そのあたりの嗅覚が、彼を一流の商人たらしめているのだろう。


 俺は話題を切り替えるように、持ってきた小箱を取り出した。


「では、本題に入りましょう。これが、今回の品です」


 蓋を開けた瞬間、男の瞳が一気に輝く。


「おお、これは……!」


 中に収められているのは、人造ダイヤモンド。その魔宝石。

 親指の先ほどの大きさがあり、透明度は完璧。光を受けて反射するだけでなく、内部から淡く魔力光を放っている。


「見事だ。いや、見事すぎる。こんなものが存在するとは……信じられん」


 彼はすぐさま鑑定器具を取り出す。用意していたらしい。

 角度を変え、器具を取り替え、魔力の流れを読み取る。


「素晴らしいな。前回のも十分に良い品だったが、これは別格だ」


 指先で結晶の縁をなぞりながら、感嘆の色を隠そうともしない。


「それで、だ。君としては、いくらほどの値を考えている」


 来た。空気が変わる。

 ここからだ。


「二億でどうでしょう」


 アトリエの価格の倍を提示する。


「むっ……ううむ」


 思わず唸るバルト。

 ダメ元での提示額だが、この魔法石の希少価値を考えれば、法外と言うほどではないだろう。


「確かに希少だ。加工せずとも一級品。いや、魔宝石としては間違いなく特級品だ」


 視線が再び魔宝石へ戻る。


「帝都に持ち込めば、貴族どもが我先にと欲しがるだろうな。しかし二億は」


 しばらく沈黙が続く。

 俺は急かさない。


「一億五千万」


 やがて、バルトが口を開いた。


「即金で動かせる上限が、そのあたりだ。これ以上となると、商会全体の資金繰りに影響が出る」

「分かりました。ではその価格で」


 即座に返すと、バルトは小さく目を見開き、それから笑った。

 十分だ。

 もとより、俺は商人ではない。あまり面倒な交渉を続ける気もなかった。


 結局、一億五千万ホルスで成立。

 ちなみに前回のオークション、シャーリニィの落札価格が一千万。

 15シャーリニィで売れたわけだ。

 これなら、アトリエの購入費用に加え、家財道具や調合器具類も用意できる。

 ただし、問題が一つあった。


「すまないが、この額を即金で用意するのは、さすがに厳しい」

「でしょうね」


 商人は申し訳なさそうに言った。

 想定内ではある。


「分割払いにするか、あるいは商会が扱っている品で相殺する手も――」

「いえ、その点に関して相談が」


 俺は首を振る。


「ちょうど欲しいものがありまして」

「それは?」

「アトリエです」


 一瞬、バルトの動きが止まる。

 次いで、状況を理解したように口元が緩んだ。


「……なるほど。話が見えてきた」


 商会がアトリエの代金を立て替え、その分を今回の取引額から差し引く。

 双方にとって、無理のない形だ。


「悪くない。いや、むしろ都合がいい」


 立ち上がったバルトが、手を差し出してくる。

 俺もそれを受け、がっしりと握手を交わした。

 商会長という立場に似合わず、彼の手は硬く、細かい傷がいくつも残っているものだった。

 一代でこの交易都市に商会を築いた男の人生が現れているようだ。


「ところで……」


 握手を解さぬまま、バルトがふと思い出したように言う。


「最近、領主殿が気にかけている錬金術師がいると、風の噂で聞いてね」

「……いるらしいですね」


 当然、俺のことだろう。

 さすが、耳が早い。


「私としても、ぜひ良い関係を続けたい」

「そうですね。そうありたいものです」


 その後の手続きは滞りなく進んだ。

 必要な書類を揃え、商会の紹介状を受け取り、俺は役所へ向かう。

 売りに出されていたアトリエは、正式に俺のものとなった。

 これで、ようやく腰を据えられる拠点が手に入ったわけだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 さらに数日が過ぎ、いよいよ引っ越し作業の日を迎えた。


 郊外に建つ新しいアトリエは、街中の喧騒から少し距離を置いた場所にある。

 周囲には畑や空き地が広がり、風の通りも良い。建物は工房部と居住部が分かれており、小さな庭まで備わっている。

 表に面する部屋は簡易な店舗としても使えそうだ。いずれ薬品や錬成品を扱う拠点として十分に機能しそうだ。


 家具や錬金器具の類が運び込まれていく。

 これらの家具類は、商会長が紹介してくれた店で購入。搬入まで滞りなく行ってくれる。

 多少の費用はかかったが、それに見合うだけの働きをしてくれた。


「ここが、ご主人様と私のおうちなんですね」


 シャーリニィは目を輝かせ、居住棟を見上げた。長い銀髪が風に揺れ、耳がぴくりと動く。


「あ、あの、ご主人様。庭に花など植えても良いでしょうか?」


 少し控えめに、けれど期待を隠しきれない声音。

 振り返ると、シャーリニィが庭の一角を見つめている。まだ土がむき出しの、何もない場所だ。


「ああ、好きにして良い」


 俺に必要なのは自由に研究できる環境。

 家のことは彼女にまかせていいだろう。


「ありがとうございます!」


 返事を聞いた瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなった。

 そして軽く指を振る。


 次の瞬間、地面が微かに震える。柔らかな土を押し上げ、小さな双葉が顔を出した。

 一つだけではない。二つ、三つ、ぴょこぴょこと芽吹いていく。

 そのまま、あっという間に成長。

 茎が伸び、葉が開き、蕾がほころぶ。色とりどりの花が連なり、花壇が小さな花畑となってしまった。

 無機質だった庭先が一気に生命で満たされる。香りが風に乗り、空気まで柔らかく変わったように感じる。

 さすがハイエルフ。こんな魔法もあったのか。


「どうでしょうか」


 少し不安そうに尋ねる彼女に、俺は頷く。


「悪くない。いや、かなり良い」


 その言葉に、シャーリニィは嬉しそうに微笑んだ。


 研究設備の整った工房。

 生活のための住居。

 そして、こうして手を加えられていく庭。


 ここから、俺の生活が変わる。

 いや、俺たちの生活が始まる。

 胸の奥に、静かな高鳴りが生まれていた。


 ちなみに、俺が宿を引き払うと伝えると、宿の主人は安心した様子だった。

 一方の女将さんは惜しがった。

 彼女はシャーリニィをエルフのお姫様と認識してありがたがっていた。そして俺の提供するリンスを重宝していたからだ。

 結果、定期的に食事をごちそうになる代わりに、リンスを提供するということで話がついた。


 そんなこんなで荷の整理が一段落し、室内で休んでいた。そんな頃。

 ちりん、と澄んだ音が鳴った。

 玄関の呼び鈴だ。注文した家財や錬金器具はすべて届いている。来客に心当たりはない。


 疑問に思いながら扉を開く。

 そこに立っていたのは、一人の少女だった。


「あ、あのっ!」


 外見年齢はシャーリニィと同じくらいか。十代半ばといったところだろう。背丈はシャーリニィより気持ち小さい。

 オレンジ色の髪を短めのポニーテールにした、可愛らしい少女。

 どこかで見たような?


 少女は背筋を伸ばし、両手は強く握り締められていた。

 指先が白くなるほど力が入っている。

 視線は真っ直ぐこちらを捉えている。

 だが、その奥には怯えがある。追い詰められた子兎のような必死さ。


 この娘、どこかで見たような?

 俺の疑問をよそに、少女は大きく息を吸い、覚悟を決めた声で告げる。


「あたしを、弟子にしてください!」


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脳筋シャーリニィ「握撃!」ダイヤポロン
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