表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王水の錬金術師 -追放された転生者は合成魔石で無双する-  作者: 迷田走助
第一章:錬金術師とハイエルフの少女
22/29

第22話:紅眼の魔王

 かつて魔王を討ち、世界を救った英雄の一人、ハイエルフのヴァルナ。

 その偉業は、彼自らの身に魔王を封じ込めるという、彼の犠牲によって成し遂げられていた。


 そして永い年月が流れた。


 英雄の精神は、少しずつ、だが確実に、魔王の意志に侵食されていった。

 今まで彼が犯してきた数々の凶行。それらは、彼自身の意思と、魔王の残滓が溶け合った結果だったのだ。


「そんな……大おじい様……」


 シャーリニィの長い銀髪が、彼女の悲しみを表すかのように揺れる。

 血縁の記憶、敬愛、恐怖、怒り、悲しみ――それらが絡み合い、彼女の胸を締めつけている。


「あなたは……世界を救った方のはずなのに……」


 三つの紅い光が、静かに瞬いた。

 額の神石。そして両目に埋め込まれた、無数の神石の複眼。それらが、彼女を見つめている。


「……確かに、私は世界を救った」


 ヴァルナの声は穏やかだが、その奥には冷たく濁った感情。


『そして、世界に裏切られた』


 別の声が重なった。

 明らかに、ヴァルナのものではない。闇を感じさせる響き。


「今の私は魔王。人柱として封じられ、消耗し、忘れ去られた存在」

「違います!」


 シャーリニィが叫ぶ。


「たとえ今のあなたがどうであろうと、あなたは英雄です!」

「違わない」


 ヴァルナの声に迷いはない。


「私はもう、過去の私ではない」

『そうだ。もはや我とこの者は一つ』


 三つの紅い光が、強く輝く。


「続けよう。我が血の後継者よ。君が私を止めると言うなら……力で証明するがいい」


 その瞬間、空気が裂けた。

 空間が爆ぜ、大地が軋み、森が悲鳴を上げる。

 シャーリニィは反射的に杖を構え、障壁を展開する。


 ヴァルナの魔法は、空間そのものを叩き潰すような圧力。衝撃波が波紋のように広がり、周囲の地面が爆ぜる。

 シャーリニィの結界に守られた一画、俺たちの足元だけが残る。


 彼女は歯を食いしばりながら防御を維持し、同時に杖を振る。

 光が走り、刃のように圧縮された魔力がヴァルナへと撃ち込まれる。


 だが彼は、それを障壁で受け止め、さらに圧力を増幅させて押し返した。

 衝突点で、空間がひしゃげ、視界が白く染まる。


 互いの攻撃がぶつかるたび、森の地形が書き換えられていく。

 樹木は根元からへし折れ、岩は粉砕され、地面は波打つように隆起と陥没を繰り返す。


 俺も、ただ見ているだけ、というわけにはいかない。


 魔道具を起動する。

 風防結界を展開し、ヴァルナ周囲の気流を制御。

 次いで、脱酸素剤を散布。さらに、二酸化酸素発生剤を重ねて投入。


 彼の周囲は、通常の生物であれば数秒で意識を失う、致死的環境へと変化した。


「無駄だ」


 だが、ヴァルナは全く意に介した様子がない。

 その声は、どこか楽しげですらあった。


『何の毒か知らぬが、この器は生命を超越している』


 効かないか。

 歯噛みする。


 直接的な火力はシャーリニィ頼り。俺が使えるのは搦め手しかない。

 薬品類が使えないとなると、選択肢は大幅に削られる。


 ヴァルナの放った大魔法が、空間そのものを押し潰す。

 重圧が降り注ぎ、視界が歪み、耳鳴りが走る。


 少女は歯を食いしばり、それを正面から受け止めていた。


 白磁のようだった杖の表面に、細かな亀裂が走る。

 ひび割れは蜘蛛の巣のように広がり、淡い白が鈍い音を立てて軋んだ。


 それを見て、ヴァルナの両目が細くなる。

 嘲笑うような、そして勝利を確信したかのような表情だった。


「もう、限界だろう」


 その声と同時に、次の衝撃が叩きつけられた。

 ぱきぱき、と乾いた音が連続して響く。

 白い塗装が、外殻が、剥がれ落ちた。

 砕け散る破片が宙を舞い、光を反射しながら地面に落ちる。


「――何!?」


 露わになったのは、紅い光を放つ杖の本体。

 血のように紅い宝石で構成され、それでいて清涼感さえ感じさせる、神々しい杖。


「……まさか」


 ヴァルナが、眼を見開く。


「その杖、すべてが……神石だと言うのか!?」


 俺は、無言で頷いた。

 そのまさかだ。


 通常、神石は小指の先ほどの大きさにしかならない。

 だが、彼女の杖は違う。

 一本丸ごとが神石。


 しかもそれらは、シャーリニィの血液から錬成されたもの。彼女自身の魂の欠片、彼女自身の分身と言ってもいい存在だ。


 寄せ集めではない。無理やり束ねたものでもない。

 ひとつの魂が、そのまま武器という形を取っている。


「そんな……そんなものが……!」


 ヴァルナの声に、震えが混じった。


「それは……そんなのは、まるで、神の御業ではないか!」


 畏怖。


 その言葉が、戦場に響く。

 シャーリニィは、杖を強く握りしめる。


「これが、ご主人様の力です」


 彼女の言葉は静かで、それでいて絶対の自信を感じさせる。


「奪ったものではない。支配したものでもない」


 彼女は、まっすぐにヴァルナを見据える。


「ご主人様が生ませてくれた、私の石です」


 次の瞬間、彼女は杖を振り抜いた。


 その一振りで、世界がきしんだ。

 空間が歪み、視界が引き裂かれ、重力が乱れ、大地が悲鳴を上げる。


 ヴァルナの障壁が、今度こそ耐えきれず、ひび割れていく。


「――っ!」


 彼が初めて、明確に後退した。

 足元の地面が砕け、身体が吹き飛ばされる。


 シャーリニィは間髪入れず、追撃に入る。


 杖を振るたびに、紅い光の濁流が迸り、衝撃波が幾重にも重なって襲いかかる。

 光は刃となり、奔流となり、空間そのものを抉るように走った。


 ヴァルナは防御を展開しながらも、明らかに押されていた。

 寄せ集めの神石では、彼女の完全同調型の力には及ばない。


 だが、こちらもただでは済まない。

 彼女の表情に、かすかな焦りが浮かぶ。

 空気が異常な振動を始め、視界が不安定に揺れ、耳鳴りが強まる。


 この力は、あまりにも強すぎる。

 長くは持たない。


「あと少し、もってくれ……!」


 俺は歯を食いしばり、呟いた。


 ヴァルナの障壁がついに崩れ、彼の身体が光の濁流に飲み込まれる。


 やったか?


 だが、その直後だった。

 ぱき、という音が、空気の奥から響いた。

 神石の杖に、今度は本体そのものに、亀裂が走った。


「……っ!」


 紅い宝石から走る光が、不安定に明滅し始める。

 脈打つように揺れ、呼吸を乱した心臓のように、リズムを失っていく。


 そして――


 砕けた。


 紅い宝石の一部が、光の粒子となって宙に散り、静かに消えていく。


「……!」


 シャーリニィの身体が、ぐらりと傾いた。

 俺は即座に駆け寄ろうとする。

 が、その直前、ヴァルナの姿が視界に割り込んだ。


「うっ、ぐうぅ……やはり、その力は、危険すぎる」


 やはり、まだ生きていたか。

 だが、奴も満身創痍。


 勝機は、まだある。


 俺は懐から一つの弾丸を取り出し、銃に装填。

 構えるが、ヴァルナの腕が振るわれた。俺は吹き飛ばされる。


 衝撃。

 視界が反転し、身体が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。


「ぐはっ」


 肺の空気が一気に押し出され、息が詰まる。


「邪魔をするな」


 冷たい声。


 全身を貫く激痛に歯を食いしばりながら、俺は転がるようにして体勢を立て直し、照準を合わせた。

 引き金を引く。


 弾丸は一直線にヴァルナへと飛翔する。しかし。


「無駄だ。神石を使ったとて、所詮は人族の武器」


 彼の言葉と共に、弾丸は彼の眼前で障壁に弾かれる。砕け、白い霧となって霧散した。


 ヴァルナは、俺を一顧だにせず、シャーリニィへと迫る。

 そして、少女の額、神石へと、ゆっくりと手を伸ばした。

 だが、その指先は、少女の額に触れる直前で止まった。


「……な……に?」


 ヴァルナの身体が、微かに震え始める。

 両目に埋め込まれた神石が、強く、激しく、明滅し始めた。


「……っ、ぐ!」


 彼は苦悶の声を漏らし、片膝を地面についた。


「さっきの弾丸の中身は……魔王水だ」


 俺は、息を整えながら、告げた。

 そう、俺は弾丸に魔王水を仕込んでいたのだ。


 魔王水は、魔石を溶かす。

 同様に、神石も。

 俺の魔王水は、ヴァルナの体内に取り込まれた神石同士の結合を、内側から緩めることに成功していたのだ。


『魔王水だと……何、なのだ、それは……』


 魔王の戸惑いの声。

 思わず笑ってしまう。自身の名を冠した液体。それが自分を苦しめているのだから。


 金までを溶かすことから名づけられた王水。

 そして王水から作られた、魔石を溶かす液体。だから魔王水。

 魔王とは関係ない魔王水が、まさか魔王への切り札になるとは。


「あ……」


 ヴァルナの口から、かすれた声が漏れる。

 その表情が、ゆっくりと変わっていく。

 狂気が薄れ、混濁が晴れ、代わりに、深い悲しみが浮かび上がった。


 ――シャーリニィ、今だ、やれ。


「……え?」


 声が、聞こえた。

 ヴァルナでも、魔王でもない。誰か、別の声。


「……お父、様?」


 ――シャーリニィ、愛しているわ。だから……お願い。

 ――頑張って、シャーリニィ!

 ――僕たちの分まで、頼む!


 彼女が、はっと息を呑む。


「お母様、お父様……それに、みんな……!」


 声の主は、ヴァルナの両目。

 そこに埋め込まれていた、紅く輝く神石たち。

 彼女の両親、そして故郷の仲間たちの魂だ。


『や、やめろぉ!』


 ヴァルナの瞳に埋め込まれた神石たちが、内側から抵抗している。


「ああ……私は、何という事を……」


 神石たちの反乱によって、ヴァルナが正気を取り戻したのか。


『戦うのだ、ヴァルナ!』


 魔王の声が、彼の内側で響く。


『人柱に使われた恨み、忘れたわけではあるまい!』


 ヴァルナは、ゆっくりと顔を上げた。


「……忘れたことなど、ない」


 だが、その声には、揺るがぬ決意が宿っていた。


「それでも、私は……勇者の一人、ヴァルナなのだ」


 彼は、シャーリニィを見つめる。

 その瞳にもはや狂気は宿っていない。そこにあるのは、ただ深い悔恨と、確かな優しさ。


『やめろぉ!』

「シャーリニィ……やりなさい」


 彼は、抵抗しなかった。

 自らの額、神石を、彼女へ差し出すように、顔を上げた。


 少女は震える手で、砕けかけた杖を、ぎゅっと握り直す。


「大おじい様……」


 シャーリニィは砕けた杖の欠片を、胸元で強く握り締めた。

 血のように紅い神石の破片が、彼女の掌の中で、かすかに脈打っている。

 唇を噛みしめ、涙を必死にこらえていた。


 そして――


「……さようなら」


 小さな声と共に、彼女はその手を振り下ろした。


 光が走る。

 眩い光が炸裂し、音も衝撃も飲み込むように、空間そのものが白に塗りつぶされていく。


 やがて、光が収まり、視界が戻った時、ヴァルナの身体は、崩れるように光の粒子へと変わりつつあった。

 だが、その顔には、先ほどまでの狂気も苦悶も無い。

 ただ、穏やかな微笑が浮かんでいた。


「シャーリニィ」


 その声は、風に溶けるように、かすかに響く。


「ありがとう……よく、やってくれた」


 彼は、確かに彼女を見つめていた。

 誇らしげに、そしてどこか安堵したように。


「新しい時代の……創霊主よ」


 次に、その視線が、俺へと向けられる。


「シャーリニィを、我が子孫を救ってくださったこと……同胞たちの魂を解放してくださったこと……心より、感謝申し上げます。もし、更なる願いが叶うなら――」


 そこまで言いかけて、ヴァルナの輪郭は、光の粒子に溶け始めた。


「彼女の幸せを……」


 言葉の続きを残したまま、彼は完全に光へと還り、静かに消え去った。

 その場に残ったのは、ただ、深い静寂。


 少女は立ち尽くし、やがて、祈るように両手を胸の前で組んだ。

 目を閉じ、静かに祈っていた。


 しばらくの間、二人とも言葉を発しなかった。


 顔を上げた彼女が小さく、かすれた声で呟く。


「ご主人様……」


 彼女は、足元に散らばった杖の残骸、紅い神石の破片を見つめ、静かに俯いた。


「申し訳、ございません。ご主人様から頂いた杖……神石を……失ってしまいました……」


 その声には、罪悪感と、喪失の痛みが滲んでいた。


「気にするな。あれは、人には過ぎた力だった」


 それに、と続ける。


「お前が無事だった。それだけで十分だ」


 俺はそのまま、彼女を引き寄せ、強く抱きしめた。

 彼女は一瞬、驚いたように身を強張らせる。やがて力を抜き、俺の胸に顔を埋めた。


「……えくっ……えくっ」


 堪えていた感情が、ついに決壊した。

 泣きじゃくる少女。

 俺は何も言わず、ただ彼女を抱きしめ、その銀髪を撫でる。


 やがて、周囲の森が、ゆっくりと息を取り戻していく。

 枝葉を揺らす風の音。

 遠くで鳴く鳥の声。

 葉擦れの静かな響きが、戦場の空気を塗り替えていった。


 これで終わった。

 彼女の因縁も、魔王と勇者の伝説も。


 すべてが。

 本当に、終わったのだ。




ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

感想や評価、ブックマークの全てが、執筆を続ける大きな励みになっています。改めてお礼申し上げます。


次話をもって、今章のエピローグとさせていただく予定です。

ですが、この先の展開についても、いくつかの案や構想は用意してあります。

主人公、そしてシャーリニィの物語は、もうちょっとだけ続くんじゃよ。


あと、本作で書いた出来事や設定には、元ネタや影響を受けた作品が多々あります。

気づいてもらえたら嬉しいな、なんて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
めちゃおもしろいぞ
魔王「私を倒してもいずれ第2第3の魔王が……」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ