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第2話:錬金術師、追放される

「申し訳ないが、君にはこの研究所から出て行ってもらいたい」


 局長室に着き、顔を合わせて言われた最初の一言がコレだった。


「唐突ですね」


 とっさのことで、そんな言葉しか出てこない。

 研究所から出て行けと、つまりクビと言うことか。しかし何故。


「君は不正が疑われている」


 曰く、俺は研究資金を私的に横領していたらしい。

 当たり前だが、心当たりはない。


 確かに、趣味でやってる王水やら魔石水溶液やらの研究費用を多少経費で落としていた。

 しかし、それも問題ない範囲のはず。あったとしても、先に警告や内部調査が来るだろう。一発で解雇にされるほどの金額ではない。


 あるとするなら……上からの圧力か。


 俺はこの研究所における自分の働きに、それなりの自負があった。

 研究員としての実績も、ポーション製造における手腕も、周囲から評価されていたはずだ。


 下級貴族出身の局長は俺に対してもさほど差別的な言動はない。つまり今回の件は、所長より上の貴族からの圧力と予想できる。

 彼は俺という人材を失うデメリットを理解している。しかしそれでも権力には逆らえないのだろう。

 所長のハゲ頭を見ながら不毛なことを考える。


「君の今までの功績を考慮し、解任処分で済ませる。これは温情だ。素直に辞めることを勧める」


 申し訳なさそうな声音、どこか疲れを感じさせる。


「では私が今担当している研究はどうなります?」


 動揺を抑えながらも、冷静を装って尋ねる。

 現在、俺が取り組んでいるのは、ポーションの薬効を蒸留によって引き上げるという研究。

 一人で行っている研究だ。俺が居なくなれば続けられる者は居ない。研究所にとっても損失だろう。

 ちなみに魔王水の研究は趣味だ。研究所には言わず、俺個人で勝手にやってる。


「安心しろ。お前の研究は俺様がしっかり引き継いでやるからさ」


 背後から聞こえる耳障りな声。

 振り向けばそこに居たのは、ニヤニヤと下品な笑いを浮かべる男。


「プルンブ……様」


 俺の同期の研究員、プルンブだ。伯爵家の次男だったか三男だったか。学生時代、権力でもって俺の首席の位置を奪ったやつだ。

 まあ俺は安定した生活が欲しかったのであって名誉は二の次だし、貴族と喧嘩する理由はなかったから別にいいんだが。それでもやはり気分は良くなかった。


「そろそろ、形になったんだろう?」


 なるほど、俺の研究成果が狙いか。しかしどこからその情報が漏れた?

 平民(しかも最下層)出身の俺には助手なんてものは居ない。同僚にも敬遠され一人で研究していた。研究の進展なんて誰にも言っていない。魔王水の件も外には出していない。


 例外は娼館のお気に入りのニーハちゃんくらいのものだ。

 ニーハちゃんには酒に酔った勢いで「発表すれば大きな功績になる」「そろそろ完成しそう」とか自慢話をしてた覚えがある。言っちゃダメなラインは超えてないつもりだったが……

 つまり、そういうことなんだろう。

 ハニートラップとは、我ながら古典的な手に引っかかったな。いや、有効だからこそ使い古されるのか。

 それでも、ニーハちゃんには具体的な研究内容なんて話していない。


 つまりこいつは、具体的な研究状況は知らないはず。

 それでも成果を奪うために、こうして強引に手を回したわけだ。

 おそらく、内容を確認しているうちに他の貴族に嗅ぎつけられるとでも思ったのだろう。


「仮にそうだったとして……可能なのですか? 貴方に」


 それが疑問だ。

 学生時代から身分を理由にちやほやされ、下駄を履かされてきたこいつに。


「貴様……!」


 俺のそんな思考が表に出ていたのか、プルンブの顔がみるみる不機嫌に染まる。


「誰に口を利いていると思っている!」


 プルンブが机を叩く。局長が慌てて止めに入ろうとしたが、私は手で制した。


「ええ、もちろん。伯爵家のご子息ですね」

「それだけではない! 私は王立学園の主席でもあったのだ! 忘れたとは言わせん!」

「おや失礼、そうでしたね」


 俺は首をかしげて見せる。


 この男は貴族の身分故、実力以上の評価を与えられてきた。そして評価通りの結果を求められる。

 その果てに、このような策謀に走った。

 憐れなものだ。ある意味、コイツも身分社会の被害者なのかもしれない。


 そうだったとしても、迷惑を被るのは俺だ。もちろん同情も、配慮もするつもりは無い。


「恐れ多いことです。貴方ほどのご身分の方が、わざわざ私のような平民の研究など引き継がれるのです。実に……ありがたい話です」


 わざと感心したように、ゆっくりと言葉を選ぶ。

 プルンブの頬がぴくりと動いた。怒りを堪えているのか、それとも何かを言い返す言葉が見つからないのか。


「お前のような卑しい出自の者に、王立研究所は似合わんのだよ」

「はあ……なるほど。では、出ていくとしましょう」


 不愉快な話だがこれに逆らうことはできない。この身分社会で生きる上で、貴族に逆らうのは自殺行為でしかない。


 しかし、これはひょっとしてちょうどよいきっかけなのでは?

 魔石錬成術を手に入れた俺は、今の職にこだわる必要は無い。

 何もなければ踏ん切りがつかなかっただろう。しかしこのタイミングでの追放。乗っかるのも良いかもしれない。


「せめて、退職金は出るんですよね」


 わざとみっともなく言ってみせる。

 少々情けない平民を演じておいた方が、彼らの警戒を逸らせるからだ。

 本心を悟られては困る。本格的に成果を奪われかねない。何も残らない。


「不正が理由の解任なんだ、そんなものあるはずないだろう」


 馬鹿にしたように切り捨てるボンボン貴族。申し訳なさげな所長。

 まあ想定内だ。


「そうですか。失礼いたしました」


 わざと肩を落とし、静かに頭を下げた。

 その裏で、胸の中で湧き上がる笑いを押し殺す。


 ざまぁ!


 所長室を後に、歩きながら内心で叫ぶ。

 研究所を追放され、ボンボン貴族に研究成果を奪われた訳だが、俺は全く悲観していない。


 研究室の資料等は持ち出しは許されなかったが、必要な分は頭に入っている。

 金を稼ぐ当てはある。それも今まで以上に。


 そしてプルンブのやつは、俺の研究を利用できない。俺の研究成果を読めないからだ。

 何故なら、それら全てが日本語で書かれているから。


 俺は外向けの書類や論文以外は前世の言葉、つまり日本語で書いていた。この世界とは文字も文法も全く違う言語だ。あいつに解けるとは思えない。

 読めない研究資料を前に絶望する奴の顔を想像すると怒りも沸かない。むしろ笑いをこらえるのに必死だった。


 そして今の俺は、転生直後の無力な孤児ではない。

 知識も貯金も十分ある。なにより一級錬金術師の資格も持っている。


 新天地で魔石錬成でボロ儲けだ!

 魔王水と魔石を使って成り上がってやる。

 帝都から出れば、魔石の出所を誤魔化しやすい街はいくらでもある。


 一つ気がかりがあるとしたら、大量に残したクズ魔石とビーカーの中の魔王水か。

 プルンブがアレの正体に気づくだろうか?

 魔石を溶かす研究をしていたってことくらいは理解できるかもしれない。


 どちらにしても、あいつの実力で研究内容にたどり着けるとは考えにくい。

 考えても仕方のないこと。忘れることにした。

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― 新着の感想 ―
ニーハちゃん……裏切ったんだね……
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