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王水の錬金術師 -追放された転生者は合成魔石で無双する-  作者: 迷田走助
第一章:錬金術師とハイエルフの少女
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第19話:神へと至る意志

 スタンピードの最中、俺たちの前に「それ」は現れた。


 宙に浮かぶ、コウモリの様な翼を持つ目玉。

 肉体はなく、眼球そのものが不気味な存在感を放っている。


 シャーリニィはその声を聞いた瞬間、それを呼んだ。

 大おじい様、と


 そいつは「目だけ飛ばした」と言った。

 この目玉のお化けは、使い魔のようなものか。


「あ、ああ……」


 シャーリニィは、声にならない声を漏らす。


『やあ、元気そうで何よりだよ』


 愉快そうな声音。

 眼球がわずかに細まり、彼女を愛でるように見下ろす。


『やはり石が再生しているね。どういうことだい?

 おまえの石は、確かに私が貰ったはずだが……それだけじゃない。

 宿命からも、解放されているようだ』


 その言葉を聞き、シャーリニィの身体が小さく震えた。


「ああ……そうだ、思い出しました……」


 掠れた声。


「大おじい様が、ハイエルフの里を、私の石を」


 言葉が途切れる。

 喉が詰まり、声が震える。


 やはり、そうか。

 可能性は考えていた。


 彼女の故郷を滅ぼした怪物。

 それは、血を分けた祖先その人だった。


 親しい者に奪われ、殺され、すべてを壊される。

 その絶望が、彼女自身に記憶を封じさせたのだ。

 信じたくない。間違い、嘘であってほしいと。


「どうして……」

『うん?』

「どうして皆を襲ったのですか!? お父様やお母様、それにみんなを!」


 しかし一連の出来事により、思い出したらしい。

 思い出してしまった。


『ああ……それか』


 感情の起伏はない。

 事実を述べるだけの、淡々とした声音。


『私本来の力を取り戻すためだよ。私一人の石では、足りなかった。それだけの話だ』


 シャーリニィの手のひらが、ぎゅっと握り締められる。


「そんなことのために……」

『そんな事とはひどいな。封じられて以来、私の数百年に及ぶ願望だよ』


 笑うように飛び回る目玉の魔物。


『しかしまさかシャーリニィの石が戻るとはね』


 目玉が笑う。


『里の全員を喰っても足りなかったが、お前のおかげで何とかなりそうだ』

「何を……」

『本当なら、今すぐ迎えに行きたいところだが……目覚めたばかりで、まだ本調子じゃないのだよ。待っていなさい。じきに迎えに行く。十日も経てば、動けるようになるだろう』


 そして、ふと思い出したように続けた。


『おまえの石が再生した理由も、聞きたいところだが……』


 目玉の視線が、シャーリニィの額へ向く。

 そこにあるのは、紅く輝く宝玉。神石。


『まあ、いい。いずれ分かることだ。その新しい石を喰えば――』

「――っ!」


 その瞬間、シャーリニィは反射的に額を押さえ、石を隠した。

 同時に、拒絶するように手を振り払う。

 彼女の魔力が、光の刃となって翔んだ。


 次の瞬間。

 宙に浮かんでいた目玉が、音もなく断ち割られた。


『はは、感情的……ところは、相……らず……』


 言葉は歪み、ノイズに変わる。

 目玉は砕け、塵となって空中に溶けていった。


 嫌な気配が、すっと消える。

 重く垂れ込めていた空気が、嘘のように晴れていった。


「……うっ……ううぅ……」


 堪えていたものが、溢れた。


 泣きじゃくるシャーリニィ。

 そんな彼女を、俺はそっと抱き寄せる。

 小さな身体は、胸の中でいつまでも震えていた。


 気づけば、魔物の氾濫、スタンピードは収束していたらしい。

 人々の歓声が、どこか遠くに聞こえた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 その後も、散発的な魔物の出現はあった。

 街の外れや森に近い街道で、小規模な群れが思い出したかのように溢れ出てくる。

 だが、一度目のような大規模なものはない。

 スタンピードと呼ぶには程遠い。


 街は守られた、と言ってよいだろう。

 少なくとも、魔物からは。


 宿への道すがら、俺は考える。

 これから、どうすべきか。


 あの目玉、『大おじい様』は、終始シャーリニィだけを見ていた。

 俺の存在など、最初から視界に入っていなかったかのようだ。

 人族が神石を再生させた、そんな発想は彼の中には存在しないのだろう。


 シャーリニィもまた、基本的に俺以外の人間には興味を示さない。


 エルフですら、人間を見下す。

 ハイエルフは良い意味でも悪い意味でも、エルフの上位互換らしい。


 そして、俺が再生させた神石のせいで、シャーリニィが再び狙われることになった。

 もし俺が、彼女の石を再生させなければ、『大おじい様』が目覚めることもなかった。

 彼女に、辛い記憶を思い出させることもなかったわけだ。


 後悔はしていない。

 出会った時のような、死んだ目のままのシャーリニィで良いとは思わない。

 しかし、良い気はしないな。


 宿に戻っても、シャーリニィはどこか沈んだままだった。

 食事にも手を付けず、ぼんやりと窓の外を見ている。


「もう大丈夫だからね」


 女将さんが、優しく声をかける。


「領主様や冒険者さんたちが、ちゃんと守ってくれたから」


 少女が、魔物に怯えている。

 そう見えたのだろう。


 彼女自身が、ドラゴンすら一瞬で屠る怪物だとは知る由もない。


 これからのことを考える。

 十日、か。


 戦うか、それとも逃げるか。

 もし迎え撃つのであれば、余裕を見て一週間、いや五日で対策を済ませたい。

 まさか、実は明日やってくる、なんてことはないだろうな。


「それは……大丈夫だと思います」


 そんな疑念を口にすると、シャーリニィは小さく首を振った。

 先ほどまでの動揺は影を潜め、声にもわずかながら落ち着きが戻っている。


「大おじい様は、自分の言ったことは守る人でした。予定や期日については、特に」

「そうか」


 彼女がそう言うなら、信じよう。

 割と律儀な性格らしい。

 少なくとも、気まぐれや衝動で動く存在ではない。


 では逃げるか? 十日あればだいぶ遠くまで逃げられるだろう。

 しかし、それは悪手に思える。

 本調子になったハイエルフから、逃げ切れるとは思えない。


 海も山も一瞬で踏破して、どこへ隠れても見つかりそうだ。

 神石の匂いを感じ取ったと言っていた。

 それこそ、彼女の額から神石を抜き取り、捨てるくらいのことをしなければ。


 だが、それは、シャーリニィにとって、死よりも残酷な仕打ちだ。存在そのものを否定する行為。

 決して、選べない。


「改めて聞くが、逃げるつもりは無いか」


 少女はゆっくりと頷いた。


「はい、逃げません。逃げたくありません」


 そのまま顔を上げ、言葉を続ける。


「両親や里のみんなの仇である大おじい様を、このまま放っておくわけにはいきません。身内としての責任もあります。それに……」


 そして、少しだけ声を強めた。


「それに、ご主人様から頂いた神石を奪うなど……決して、許せません」

「そうか」


 彼女はそう言うだろうな。


「ただ、私のわがままにご主人様を巻き込むのは……」


 申し訳なさそうに続ける。


「気後れするか? 気にするな。俺だってせっかく作った神石を手放すのは惜しい。それに……」

「?」

「お前は、俺のものだ。そうだろう?」

「……はい♡」


 結論は出た。

 逃げない。隠れない。迎え撃つ。


 そのためには、情報が必要だ。

 相手を知らずして、対策など立てられない。


「大おじい様について、教えてくれ」

「はい……」


 シャーリニィは一度、視線を落とし、それから静かに口を開いた。


「名前は、ヴァルナと言います。神代から生きるとされる、最古のハイエルフの一人です」


 神代、一体どれほどの年月を生きたのだろうか。


「かつて、魔王を討った一人と伝えられています。ただ……」

「ただ?」

「その話を本人に聞いても、決して答えませんでした。肯定も、否定も」


 神や邪神についても同様だという。

 話題を避け、意見を示さず、沈黙する。


 英雄譚を誇らない。同時に、否定もしない。

 それは謙遜か、それとも語れない理由があるからか。

 言い伝えとは違う真実があったとか? 分からない。


「封じられて、とか言っていたのは?」

「申し訳ありません、それはちょっと解りません」


 何らかの理由、伝えられている魔王との戦いで本来の力を封じられたとかか?

 神に至る、その意味は不明。そんな力を得て、何をする気かも。

 動機は何であれ、シャーリニィを傷つけるつもりなら容赦はできない。

 分かることだけでも把握しておきたい。


「他には?」


 俺が促すと、シャーリニィは小さく頷いた。


「そうですね、性格や、行動の傾向ですが……」


 そうして彼女は、語り始めた。

 神に至ろうとした最古のハイエルフ、ヴァルナという存在について。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 翌日、領主からの呼び出しがあった。


「よくやってくれた」


 応接室に入るなり、領主はそう切り出した。

 やはり、気づいている。


 アースドラゴンを討ったのが、俺たちだということに。

 冒険者にポーションを配った件もあるかもしれない。


「街は救われた。民も感謝している」

「恐縮です」


 アースドラゴンを討ったのが、俺たちだと気づいている。

 まあ、隠せるとも、隠そうともしていないが。


 街の危機を乗り越えたということで、祝いの席が用意されているという。

 街を救った英雄として、当然のように式典への出席要請が口にされる。


 だが、それらはすべて断った。


「名誉も報酬も不要です。その代わり、資材を融通していただきたい」


 領主は、そこで初めて眉を動かした。


「……資材?」

「はい。急ぎで。可能な限り多く」


「理由を聞いても?」

「今回の件では、手持ちの物で足りました。しかし、次はそうはいかない」


 領主は、じっとこちらを見据えてくる。

 試すような沈黙。


「もう一度、同じ事が起きると?」

「可能性はあるでしょう」


 彼らにとって、例の光の正体は不明だ。

 そして、次にまた同じ現象が起きれば、スタンピードが再発する可能性もある。

 そのための備えだと言ってしまえば、彼は断れない。


 領主は短く息を吐き、椅子の背に身を預けた。


「……詳しいことは聞かん。聞いても、答えられんだろうからな」


 察しがいい。

 そして、決断も早い。


「必要な物を書け。出来る限り用意しよう」

「感謝します」


 こうして、交渉は成立した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ここは街のはずれ。人通りのない倉庫街。

 その一角にある、空き倉庫を一つ借りた。


 昼を少し回った頃、石畳の向こうから車輪の音が響いてくる。

 荷馬車が一台、二台、三台と列をなして現れた。


「ここで合ってるかい? えらく人気のない場所だな」


 御者が手綱を引きながら、こちらに声をかけてくる。


「ああ、間違いない。荷は全部ここに運んでくれ」


 樽や木箱に麻袋。次々に物資が積み込まれていく。


「重っ、これ何が入ってんだ?」

「魔石だとよ」

「貴重品じゃねぇか!」

「いや、小さいやつばかりらしい。二束三文だ」

「何だってそんなもんを……」


 そんな会話をしながらも、荷運び人たちは手際よく作業を続ける。


 そう、荷物の中身は主に魔石。

 正確には、用途の限られる小型魔石、大きな魔石を加工したあとに残される切れ端、加工の際の削りカスである魔石粉。

 魔術道具、魔道具作成の副産物だ。


 この街に存在する在庫の、ほぼすべてを掻き集めたのではないかと思える量。それが俺の手元へと集まった。


「これで全部だ。サインを頼む」

「ああ、ありがとう」


 受取書にサインを入れる俺を見て不思議そうな男。


「……あんた、どこかの大商会か何かか?」

「いや、錬金術師だ」


 荷運び人は一瞬沈黙し、それから乾いた笑いを浮かべた。


「なるほどな。こりゃ、聞かない方がいい仕事だ」

「そうしてくれると助かる」


 古今、錬金術師の技術を盗もうとして破滅した人間は多い。

 もちろん、盗まれて破滅した錬金術師も。


 すべての荷が運び込まれ、最後の荷馬車が遠ざかるのを確認して、扉を閉じた。


 中に残ったのは、俺とシャーリニィの二人だけ。

 さあ、作業の始まりだ。


「防諜を頼む」

「はい」


 彼女が目を閉じると、光が広がる。淡い光の膜が倉庫を包んでいく。

 光も音も、魔力も通さない結界が、建物全体を包み込んだ。


「これで、外から覗かれることはありません」

「よし、始めよう」


 古のハイエルフ、ヴァルナは、十数人分の神石を喰ったという。

 ドラゴンの群れを一人で刈り取るハイエルフ。それが十数人分だ。

 どれほどの脅威だろうか。


 だが、問題ではない。

 俺たちは、それ以上を用意すればいい。


 俺なら、それを創り出せる。


 ハイエルフ相手に、小細工は通用しない。

 錬金術の薬も、魔道具も、戦術も、意味を持たない。


 使えるのは、ただ一つ。

 神石。


 ハイエルフの力の源、額に赤く輝く宝玉。

 同じものを、同等以上の規模で用意すればいい。


 作業に入る。


 シャーリニィの血液は、すでに必要量を確保してある。

 それを王水と混合し、魔王水を生成する。


 バケツが必要になるほどの量だ。

 すべてを収められる巨大な容器など、当然ない。


「シャーリニィ、宙に浮かせて溶かしたい。できるか?」

「……こうですか?」


 彼女がそっと手を掲げると、透明な液体が重力を忘れたように浮かび上がった。

 一抱えもある水玉が、倉庫の中央で静止する。


 続いて、床に積まれていた魔石の山が、宙へと引き上げられていく。

 音もなく浮かび上がり、ゆっくりと回転を始めた。

 それらは互いに引き合うように渦を描き、ぶつかり合い、削れ、砕けていく。

 全ての魔石が、細かな粉末となった。


 それらが、空中に浮かぶ魔王水へと次々に注ぎ込まれる。

 白い魔石粉が透明な液体に触れた瞬間、シュワシュワと小さな泡を立てながら溶けていく。


 やがて、水玉は赤く染まり始めた。

 まるで血のように、深く、濃く。


 魔力が飽和していくのが、肌で分かる。

 空気が重くなり、倉庫の床が微かに震えた。


 再結晶化が始まる。


 溶かされた魔石が、形を取り戻していく。

 いや、単なる復元ではない。

 似て非なる存在。桁外れな魔力を含有する、神石へと変質していく。


 そして、水玉の中心から、赤い結晶がゆっくりと引き抜かれる。


 それは、今までのような球状ではない。

 巨大な、長い棒状の結晶だった。


 色と輝きは、シャーリニィの額にある神石と同じ。

 だがその形状も、何よりその大きさが、まるで別物だ。


 真紅に輝く棒状の神石。

 これが彼女の、俺たちの武器となるのだ。


 ――ピシッ。


 軋む音が聞こえた。

 傍聴用の結界が振動している。巨大神石のあまりの魔力に圧迫されているのだ。


 それに構わず、シャーリニィは無言で神石を見つめていた。

 その赤い輝きが、彼女の瞳に映り込んでいる。


 やがて、彼女は小さく息を吸い、静かに呟いた。


「……綺麗ですね」

「ああ」


 だがこれは、美しいだけのものではない。

 神に至ろうとするハイエルフを、狩るための武器。神話に語られるほどの得物。


 決戦の準備は、整った。


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ロンギヌスの槍!?
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