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王水の錬金術師 -追放された転生者は合成魔石で無双する-  作者: 迷田走助
第一章:錬金術師とハイエルフの少女
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第17話:宿命遺伝子

 少し歩き、俺たちは近くの広場まで移動した。

 石造りのベンチが点在し、中央には小さな噴水がある。休憩所として使えそうな場所だが、今のところ人影はまばらだ。


 遠くでは子供たちが追いかけっこをし、甲高い笑い声を響かせている。

 日向では一匹の猫が丸くなって眠っていた。

 事件や陰謀とは無縁の、あまりにのどかな光景。


「少し話したい。声を周囲に聞こえなくできるか」

「はい」


 シャーリニィが小さく頷く。

 次の瞬間、空気がわずかに歪んだ。


 周囲の音が一段、遠ざかる。

 子供の声も、水音も、急に膜一枚隔てた向こう側へ押しやられたようだ。


「遮音の魔法です。外には、私たちの声は漏れません」


 良し。


「逃げたくないというのであれば、色々と話してもらうぞ」

「はい……私の知っていることは、すべてお話しします」


 ベンチに腰を下ろし、シャーリニィは一度目を閉じた。

 遠い記憶を整理するような、そんな仕草だった。

 そして、ぽつぽつと語り始めた。


「ハイエルフは、数の少ない種族です」


 静かな声で、語りが始まる。


「生まれも、死も、ゆっくりです。最年長の方は……神話時代から生きていると伝えられています」


 以前の俺なら、誇張だと切り捨てていたかもしれない。

 しかし本物のハイエルフを目の前にすると、現実味が帯びてくる。


「人口が少ないため、里全体が……一つの血族のようなものになります」


 なるほど。

 人口が少なければ、必然的に血は濃くなる。


「そして――神石についてです」


 彼女は額の神石に、そっと指先を触れさせる。


「ハイエルフは、生まれたときから神石を宿しています。ですが、その時の神石は……白いのです」

「白?」

「はい。何の力も持たない、ただの器です」


 白い神石。

 連想するのは当然、魔物から捕れる魔石。

 やはり、ハイエルフは本質的に魔物と同じ存在、その考えが強まる。


「産まれた後、同胞、主に両親が日々、神石に魔力を注ぎます。それで、石は紅く染まり、成長します。同時に……」


 シャーリニィは、わずかに言葉を詰まらせた。


「注いだ者に対して、特別な感情を抱くようになります」

「特別、とは?」

「親愛の情……それ以上、と言われています」


 それ以上。

 曖昧だが、重い言葉だ。


「その色と、血縁者の魔力によって育てられることから、私たちはそれを『血の宿命』と呼んでいます」


 胸の奥に、小さな引っかかりが残る。

 感情的な好意だけで済む話なのか。

 もし、それが精神や意思決定にまで影響するものだとしたら?


「人族に置き換えると、親に逆らえなくなる、みたいな話か」

「……はい」


 シャーリニィは小さくうなずいた。


「ですが、通常は問題になりません。魔力を注ぐのは父と母だけですし、ハイエルフは皆、身内のような関係ですから」


 閉じた社会。

 疑問を挟む余地がない環境。


「産まれた時からそれが当たり前で、疑問は持っていませんでした」


 一拍おいて、彼女は続ける。


「あの日までは」


 あの日、それは恐らく……


「石を……えぐられてからは、変わりました」


 淡々とした口調だが、その奥に感情が滲む。


「もちろん、両親のことは愛しています。感謝もしています。ですが今、思い返すと……違和感があるのです。言われる言葉すべてを、無条件で信じ、従っていたのは……おかしかった、と」


 石を失って、『血の宿命』から解き放たれた?

 そう考える事ができる。


 そして、今の石は俺が与えたもの。

 正確には、魔物由来の魔石粉を溶かし、結晶化させた神石だ。


 俺に対して、同じような感情を抱いているのか?

 あるいは、元となった魔物に?


「いえ、それは無いと思います」


 はっきりと否定する。


「ご主人様のことはお慕いしています。感謝もしています。けれど、以前の両親に対する物とは明らかに違います。魔物に対しては何の感情もありません」


 なら問題ないな。


 魔物の魔石は融かして、魔力以外の要素を取り除いた。俺はその作業を行っただけ。血の宿命に関わる要素は無いか。


 良かった、彼女が突然魔物側に寝返る心配も無さそうだ。

 そして、彼女を洗脳的な手段で惚れさせても面白くない。


 考える。

 ハイエルフの特性『血の宿命』


 ふと思い出す。彼女が、寝言で口にした言葉。


『大おじい様』


 もし、血の宿命が両親だけでなく、

 そのまた親、さらに祖先にまで遡って作用するものだとしたら?


 まだ状況証拠でしかない。

 それでも、敵の正体が見えてきたかもしれない。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 おそらく、戦う必要がある。

 俺の武器は科学と錬金術の知識、そしてシャーリニィ。


 準備は粛々と進めた。

 まず、一番重要な材料を調達する。ハイエルフの血液だ。


 シャーリニィから血を抜く。一度に抜くのは貧血にならない程度。

 しかし何度も繰り返す。

 量が必要となる。これも彼女の力を増やすためだ。


 注射の度、彼女はぎゅっと目をつぶり、ぷるぷる震えながらも痛みに耐える。可愛い。

 傷跡は残らない。蒸留して作ったエリクサーは優秀だ。彼女の玉の肌に傷を残すわけにはいかない。

 代償として、栄養が必要になる。


「いっぱい食え」

「は、はい……」


 宿の食堂に並んだ料理を前に、シャーリニィは少し気圧された様子だった。


 だが、遠慮はさせない。

 抜いた分は、確実に補充させる。


「ほら、手が止まってる」

「……こんなに食べたこと、ありません」

「喰わないと貧血になるぞ」


 彼女の血はいくらでも必要になる。

 彼女ばかりに食べさせるのも酷だ。俺も一緒に喰う。

 結果として、いつもの倍以上を平らげた。


「食べ盛りなのねぇ」


 事情を知らない女将さんは、朗らかに笑ってそう言った。

 こちらとしては、曖昧に笑って流すしかない。


 夜。

 一緒に寝ていると、寝ぼけたシャーリニィが俺の首筋に噛みつくというハプニングも。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 二度目の異変は、予兆もなく訪れた。


 昼間のこと。

 街はいつも通りの喧騒に包まれ、俺は錬金術の準備に没頭していた。空を見上げる理由もなかった。


 だがシャーリニィは、はっきりと反応した。


 突然、彼女が顔を上げる。

 次の瞬間、顔色が変わった。


「どうした」

「……来ました」


 問い返すより早く、彼女は胸元を押さえ、わずかに身を強張らせる。


「光です。二回目……間違いありません」


 嫌な確信が、即座に現実になる。


 錬金術師協会へ向かうと、既に館内は慌ただしかった。

 受付も、掲示板の前も、人だかりができている。


「もしかして、またですか?」


 俺は確信しているが、それを教える必要は無い。


「はい。数刻前に確認されました」


 職員は疲れた顔で即答した。


「発生地点は……前回と同じフラルゴ共和国です。ただし」

「ただし?」


「前回の予想地点は首都でしたが、今回は共和国南部です」


 移動している。

 しかも、南という事は、こちら側だ。


 偶然を期待するのは止めよう。

 こちらへ向かっている。そう考えるべきだ。


「近隣の国から冒険者がフラルゴへの調査に派遣されていましたが……」


 事務員の顔色は悪い。


「消息不明とのことです」


 冒険者が消えること自体は珍しくない。

 だが、発生地点に近づいた直後に連絡が途絶えたとなれば、話は別だ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そして、異常は国外にとどまらなかった。


 街路を、鎧姿の兵士たちが駆け抜けていく。

 ただ事ではない。


 何事かと見ていれば、鐘がなる。甲高い音が、連続で響く。

 この街で非常事態を知らせるために設置された警鐘だ。


 人々が立ち止まり、顔を上げる。

 ざわめきが、じわじわと広がっていく。

 何かが起きた。

 遠く異国での異常ではない。この街に直接害を及ぼす何かが。


「このリズムは……魔物だ! スタンピードだ!」


 誰かが叫んだ。


 スタンピード。

 魔物が生息域から溢れ、人里へと押し寄せる現象を指す。

 それも今回は、飢餓や繁殖過多によるものではない。


 逃走だ。

 まるで、あそこに『いてはならない何か』が現れたかのように。


 宿に戻れば、既に領主館からの使者が来ていた。

 息を切らし、額には汗。


「ローゲン殿。領主様より、協力要請です」


 内容は聞かずとも分かる。

 街の防衛への協力だ。


 交易都市アンプラと、二度目の光が観測された地点の間には、魔物の棲む大森林がある。

 その森の魔物が、光から逃げるように街の方向へ押し出されている。


 通常であれば人里を避ける魔物も、そんな余裕すらないらしい。

 後ろにある『何か』から逃げることが最優先。

 人里かどうかなど、考慮する余地はない。


 本来、街を守るのは軍と冒険者だ。俺が前線に立つ義務はない。

 だが、使える戦力はすべて使いたい。

 それが領主の本音だろう。


 それに俺に従うエルフたちも戦力として数えられる。

 これは大きな要素だ。


 同時に、『お前たちがこの街にとって、益のある存在であることを示せ』という、暗黙の要求でもある。


「引き受ける、と伝えてください」


 使者の眉が跳ねる。


「……よろしいのですか」

「ええ。ただし、私と彼女は、こちらの判断で動きます。軍の指揮下には入りません。それで構いませんね」

「もちろんです。領主様も、その条件を了承されるでしょう」


 俺としても、この街は気に入っている。

 生活基盤も、物流も悪くない。


 今後も住み続けるつもりなら、領主との関係を良好に保つのは得策だ。

 協力する理由は、十分にある。


 シャーリニィが、静かに俺の隣に立つ。


「まだ、遠いです」


 ぽつりと、彼女が言う。

 彼女の視線は、遠く北の空を見ていた。


「でも……近づいています」


 光の主はまだ遠い。

 しかし、魔物の氾濫はすぐそこだ。


 逃げ場は、もう無い。


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毛皮とお肉が消し炭に(泣)
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