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王水の錬金術師 -追放された転生者は合成魔石で無双する-  作者: 迷田走助
第一章:錬金術師とハイエルフの少女
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第13話:ヒトの価値観

「顔を上げて」


 澄んだ声が、静かに響いた。

 エルフの男は跪いたまま、びくりと肩を震わせる。


「し、しかし御石のお方を前にして……っ!」


 掠れた声。

 その態度はまさに、信徒が神を前にしたときのそれだ。


 反射的に、額をさらに深く地面へ近づけようとする。

 それを、彼女は制した。


「往来の邪魔」


 命令でも叱責でもない、淡々とした一言。

 それだけで男の動きは止まる。


 かつて俺と初めて会った頃のシャーリニィを思い出す。

 無感情で、そっけない態度だ。


 そして一つ、新しい知識を得る。

「御石のお方」これがエルフからのハイエルフへの尊称なのか。


「……っ」


 ようやく男は周囲の気配を意識したらしい。

 人通りの多い大通り。

 立ち止まる人々。抑えきれない好奇の視線と、ひそひそとした囁き。


 ただでさえ珍しいエルフが二人。

 しかも男が少女に、迷いなく跪いている。

 注目を集めない方が無理というものだ。


 男は慌てて立ち上がった。

 しかし視線は常にシャーリニィの足元へ落とされたまま。シャーリニィを畏れ敬う態度は変わらない。


「も、申し訳ありません……」


 声が震えている。

 畏怖と混乱が入り混じったまま、感情の整理が追いついていない様子。


 顔を上げ、そこでようやく、俺の存在を思い出したらしい。


「……しかし」


 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、その表情が歪む。


「なぜ……なぜ御石のお方が……」


 震える声。

 だが次の瞬間、その感情は怒りへと転じる。


「そのようなモノを、身に付けさせられているのですか……!」


 怒気が混じった。

 信仰を踏みにじられた者の苛烈な怒り。


 当然の反応だろう。

 エルフにとって、ハイエルフは神に連なる存在。

 自分たちの精神的支柱が、所有物のように扱われているのだから。首輪を付けるなど、冒涜以外の何ものでもない。


 しかも、それを行っているのが人族である俺。

 エルフにとって、人族は神から遠い存在だ。

 寿命は短く、魔力は薄く、神意を理解する器も持たない。その程度の種が、神に連なる存在に触れている。


 首輪を付けるなど、冒涜以前の問題。

 理解不能であり、許容不能。


「人族風情が……!」


 言葉に、露骨な侮蔑が混じる。


「御石のお方に手をかけるなど……身の程を知れ!」


 もはや俺を人として扱っていない。

 信仰を汚す異物を見る目だ。


 しかしその瞬間――


「だまれ」


 空気が凍った。

 シャーリニィの静かで、しかし良く通る声。


「あなたは、誰にその言葉を向けているの」


 男の身体が、びくりと跳ねる。


「御石のお方……! しかし、その人族は……!」

「口を慎みなさい」


 叱責は短く、容赦がない。


「彼は、私の主人」


 言い放った。


 男は息を呑み、呆然とする。

 信仰と現実の乖離に、思考が追いついていない。


「理解、できません。神に最も近きお方が……神から最も遠き種に……」

「あなたが知る必要は無い」


 少女は冷たく切り捨てる。


「あなたに用は無い。放っておいて」


 それ以上の説明も、配慮もない。


「行きましょう、ご主人様」


 振り返り、俺に笑顔を向ける。無邪気な、親愛の情。


「……ああ」


 そのまま俺たちは、エルフの男に背を向け歩き出す。


 残された彼は、立ち尽くしたままだ。

 理解できない現実を前に、ただ立ちすくむしかなかった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 少し歩けば、さすがに周囲の視線は追ってこなくなった。

 喧騒も薄れ、通りを行き交う人々も、こちらを気に留める様子はない。


 歩きながら、俺は考える。

 やはり、シャーリニィの神石が目立つ。


 ハイエルフは伝説の存在だ。

 街中を歩いていたところで、まさか本物だと認識されることはない。と、楽観視していた。

 だが、エルフにはバレてしまった。

 そして先ほどの俺に対する態度。予想して然るべきだった。


「……石は隠すべきか」


 独り言のように呟く。

 鉢巻きか何かで額を覆う。

 銀髪も、ローブか何かで誤魔化す必要があるかもしれない。


「そんな……!」


 即座に、シャーリニィが反応する。


「ご主人様から頂いた神石を、隠すなど……!」


 胸元で手を握りしめ、強く首を振る。

 よっぽど嫌らしい。


「それに……」


 視線を落として続けた。


「見えなくしたとて、エルフたちには気づかれてしまうかと」

「なぜ?」

「魔力です」


 魔力?


「ハイエルフ特有の魔力は、エルフとも人族とも質が違います。エルフであれば、みな判別できるでしょう」


 ふむ。


「ご主人様に出会う前の私は、神石を失い、魔力も枯渇していました。それでエルフたちは私の存在に気づかなかったのです」


 なるほど。

 自分たちが信奉するハイエルフが、奴隷として売られていたにも関わらず、エルフたちが興味を持たなかった理由が分かった。

 彼らは魔力によって自分たちの主人を識別している。

 魔力を失っていた彼女は、ただの劣化エルフとしか認識されなかったのだ。


「じゃあ変装とかは無意味か」

「はい。今後は私を意識するでしょうから、なおさら……」


 隠しても無駄。

 ならば、話して理解してもらうしかないか。


 我ながら呆れる。

 ハイエルフを研究する、シャーリニィの力を確かめる。そんな研究だの検証だのに気を取られ、周囲の反応を軽く見過ぎていた。

 いや、多少は考えていた。しかし、楽観視が過ぎたようだ。


 そして、エルフに知られた以上、人族にも興味を持たれる可能性も高い。

 今回のあのエルフの男の行動は注目を集めた。話題になることは覚悟しておこう。


 そしてエルフ以外はどう動くか?


 人族、とりわけ帝国の反応は想像しやすい。

 彼らにとっては、あくまで「強力なエルフ」でしかないだろう。

 彼らが考えるのは、敵になったときの脅威度、味方になった時の利用価値。

 エルフとの関係性を多少は考慮するだろうが、それも政治的な配慮に過ぎない。


 一方で、教会の動きは読みづらい。

 この大陸において最大の宗教組織、聖教会。

 彼らの教義において、ハイエルフは神の遣いとして認めてはいる。だがそれは敬意の対象でしかなく、人族の上位に立つ存在ではない。

 その曖昧な立ち位置が、かえって厄介になる。


 俺は宗教関係には興味がなく、あまり調べていなかった。一般教養レベルの知識しかない。

 イレギュラーな存在に対し、彼らがどう動くか読めない。


 エルフ、帝国、教会。

 それぞれが、シャーリニィをどう扱うか。

 そして、彼女の隣に立つ俺をどう扱うか。


「何があっても、私がご主人様をお守りします」


 そんな事を考えていると、少女の言葉。

 頼もしい。


 確かに、彼女の力と、俺の知識があれば、大抵の問題は解決するか。

 どうにかなる。面倒なことは、また後で考えよう。


 その時は、そう考えていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 翌朝。


 目を覚ますと、シャーリニィの様子がどこかおかしい。

 いつもなら俺の隣で静かに微睡んでいる時間だ。だが今朝は違う。視線が定まらず、落ち着きなく窓の方をちらちらと気にしている。


「どうした?」


 声をかけると、彼女はびくりと肩を揺らした。


「ええと、その……」


 言い淀む。珍しい。


「何かあったのか?」

「はい……その……」


 一瞬、意を決したように背筋を伸ばす。


「宿の前に、エルフが居ます」

「昨日の男か?」

「はい……」


 小さく頷く。


「それに加えて、全部で十三人ほど……宿に向かって、祈っています」


 増えた。


 俺は思わず天井を見上げる。

 宿の前に集まり、跪き、祈りを捧げるエルフの集団。平穏な商業都市では、どう考えても異常な光景だ。

 想像するだけで胃が痛い。


「宿がバレたか」

「申し訳ありません……」


 シャーリニィはしゅんと肩を落とす。

 心なしか、耳も垂れている。可愛い。


「謝らなくてもいい」


 彼女の責任ではない。

 エルフがハイエルフを、神の遣い、あるいは神意を体現する存在として信奉していることは知識として把握していた。文献でも、噂話でも。


 だが、実際に目の当たりにすると話は別だ。

 宿の前に集まり、祈りを捧げる十三人のエルフ。その光景は、信仰という言葉の重さを嫌というほど突きつけてくる。

 やはり彼女はただのエルフではない。それを実感する。


 このままでは落ち着いて生活できない。

 研究にも支障が出るだろうし、宿の他の客にとっても迷惑だ。出入りのたびに、エルフの集団に視線を向けられることになる。


 宿の主人や女将は、どう反応するだろう。

 追い出される可能性も否定できない。居心地が悪くなるのは確実だ。


 そう考えていると、シャーリニィが何気ない調子で口を開いた。


「消しますか?」


 ……恐ろしいことを言い出した。

 特に何のことはない、気軽な調子で。


 彼女の言う「消す」は、比喩ではない。

 物理的に、存在そのものを消滅させるという意味だ。塵も残さず消滅させる。

 彼女の魔法なら、それが可能なのだ。


「そこまではしなくていい」

「そうですか……」


 俺がやれと言えば、彼女はためらいなくやってしまう。


 しかし相手はエルフだ。

 彼女を信奉し、跪き、祈りを捧げる者たち。

 それを容赦なく。そんな扱いをして良いのか。


「エルフはハイエルフに仕える物です。気にする必要はありません」


 当たり前のように語る。

 価値観が違う。


「者」ではなく「物」

 ハイエルフにとって、エルフとはその程度の存在らしい。


「それに、ご主人様の安寧を脅かすものは、何者であれ、生かしておく必要はありません」


 そこまで言い切る。

 それほどまでに、俺の存在が大きいのか。

 そこは当然か? 神石を復活させたのは俺だ。他の誰にもできなかったことなのだから。


 しかしこのままではいけない。

 それだけは、ハッキリしていた。


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厄介な強火ファンの団体ぇ……
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