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王水の錬金術師 -追放された転生者は合成魔石で無双する-  作者: 迷田走助
第一章:錬金術師とハイエルフの少女
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第12話:彼女の首輪

 薄いカーテン越しに差し込む朝の光で、目を覚ました。

 ゆっくりと目を開ける。


 すると視界の端、すぐ隣に――

 少女の顔があった。


 思わず、見惚れる。


 長い銀色の髪が枕に広がり、柔らかな光を反射している。

 整った横顔。長い睫毛。規則正しい寝息に合わせて、わずかに動く桜色の唇。


 眠っている今でさえ、これほどだ。

 シーツに隠れてはいるが、その下には一糸まとわぬ極上の曲線がある。

 昨夜の彼女の、あられもない姿や仕草を思い出し、喉が小さく鳴る。


 そうだ、思い出す。

 昨夜の出来事を。


 ・

 ・

 ・


 静かな部屋。

 物音一つなく、互いの息遣いだけが近くに感じられる。


 シャーリニィは無防備に俺にすり寄ってくる。


 別に彼女は媚びているわけでも、誘惑してくるわけでもない。

 ただ純粋に、全幅の信頼と無邪気な好意を寄せてくる。

 卵から孵ったばかりのヒナが、目の前の動物を親と認識するように。石を与えた俺に懐いているのだ。

 もし相手が小動物であれば、ただ愛でるだけでよかっただろう。


 しかし、シャーリニィは美少女だ。

 その身体のラインが、女性らしい香りが、俺を惑わせる。しばらく禁欲していた身には刺激的すぎた。


 悩む。


 立場を傘に着ていいのか。

 主であることを理由に、伽を命じるような真似をしていいのか。


 彼女は俺に従うだろう。

 きっと、何の疑問も抱かず、喜んで身体を差し出す。

 だが、それでいいのか。


 俺の良識が主張する。こういうことは、もっと対等な関係を築いてから……

 そう思う一方で、別の考えも浮かぶ。


 シャーリニィは、俺の力によって神石を取り戻した。

 俺を、神のごとく崇めている。

 この状況から、これ以上、関係を深めることなどできるのか?


「? ……あっ」


 不意に、シャーリニィが息を呑んだ。

 そして頬が、みるみる赤く染まる。


 しまった。

 俺の情欲に、気づかれてしまったか。


 彼女も男女のそう言った関係は知っている。

 奴隷商に教えられたはずだ。


「ご主人様が、お望みでしたら……」


 小さくそう呟き、彼女はためらいがちに、服に手をかける。


「待て」


 思わずそれを止める。


 ここで誤魔化すのは、違う。

 彼女に察させ、自発的に委ねさせるのも、違う。


 言い訳はやめよう。

 俺は、この娘が欲しいのだ。

 彼女に言わせる必要は無い。俺の言葉で伝えるべきだ。


「シャーリニィ」

「はい」


 真っ直ぐな返事。

 迷いのない瞳が、こちらを見上げている。


「俺の、ものになれ」


 一瞬の間。

 そして彼女は、花が綻ぶように微笑んだ。


「……はい♡」


 そういうことになり、夜はふけていくのだった。


 ・

 ・

 ・


 宿の食堂に降りると、すでに焼き立てのパンの匂いが漂っていた。

 俺とシャーリニィが並んで席に着いた瞬間、女将がにやりと笑う。


「おやおや、今日はずいぶん仲がよろしいことで」


 皿を置きながら、わざとらしく肩をすくめた。


「……何のことでしょう」

「何って。昨夜は壁が薄くてねぇ?」


 ぐいっと身を乗り出し、声を潜める。


「若いっていいねぇ。久しぶりに甘酸っぱい気分になったよ」


 完全に気づいている。

 横を見ると、シャーリニィは一瞬きょとんとしたあと、意味を察したらしく、耳まで真っ赤になって俯いた。


「ご、ご主人様……」

「気にするな。食べよう」


 言葉とは裏腹に、俺の方が落ち着かない。

 女将はくすくす笑いながら、今度はシャーリニィの方をまじまじと眺めた。


「それにしても……あんた、昨日よりずっと綺麗になったねぇ」

「え……?」


 シャーリニィは思わず自分の髪に触れる。


「髪は艶々だし、肌もつるっとしてる。血色もいい」

「そ、そうでしょうか……」


 自覚はないらしい。


「女は恋をしたら綺麗になる、とは言うけどね、そんな程度じゃないね」


 女将はちらりと俺を見る。


「ねぇ、旦那。あんたが作った薬かい?」

「……違います」


 即答した。


「えー? でも昨日まで、そんな感じじゃなかったよ?」

「体調が良くなっただけです」


 事実ではある。

 色々と。


「ふぅん……」


 女将は納得していない顔で腕を組む。


「ま、いいさ。秘密は誰にでもある」


 そう言って、パン籠を押し出してくる。


「その代わり、彼女を大事にしなよ」

「……もちろんです」

「なら、よし」


 満足そうに頷き、厨房へ戻っていった。

 ようやく一息つける。


「ご主人様」

「気にするな。あの人なりの挨拶だ」

「……はい」


 そう答えて、シャーリニィはほっとしたように微笑んだ。

 シャーリニィは少し安心したように微笑み、パンを小さくちぎった。

 朝の光の中で、銀色の髪がきらりと輝く。


 確かに、女将の言う通りだ。

 昨日より、明らかに綺麗になっている。


 彼女の魔力が、本来あるべき状態へと完全に戻ったからだ。活性化した魔力は肉体の隅々まで巡り、歪みや停滞を正す。

 肌の艶も、髪の張りも、生命力そのものが違う。


 シャーリニィ自身は、まだそれを自覚していないらしい。

 ただ、調子が良い、としか思っていない。

 まあ、問題は無い。


「食事が終わったら、外出の準備だ」

「はい!」


 ぱっと咲いた笑顔は、朝日に負けないほど眩しい。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺たちは二人、森へと向かった。

 シャーリニィの力を、実地で確認するためだ。


 彼女の装備も整えた。

 動きやすさを優先し、簡素な服を選ばせた。革のブーツに短剣一本。防具と呼べるものはほとんどない。駆け出し冒険者の標準装備。


 だが、隠しきれないものもある。

 銀色の髪はまとめてもなお目を引き、整った顔立ちは粗末な装備と釣り合わない。冒険者というより、お忍びで冒険者ごっこをしているお嬢様だ。

 冒険者ギルドなんかに近づけば、速攻でガラの悪い連中に絡まれそうだ。


 彼女の足取りは軽い。

 森へ向かう道すがら、彼女は終始上機嫌だった。

 ときおり首元に手をやり、にやけたような笑みを浮かべている。


 そこには黒革のチョーカー。


「えへへ……」


 服と一緒に買ってやったものだ。


 市内で活動する以上、身分を示す印は必要になる。

 奴隷という立場を明示するためのもの。市民階級である俺と同行するには、避けて通れない条件。


 支配の魔道具などではない。

 魔術的拘束力も、自分で外すのも自由な、ただのアクセサリーだ。


 もっとも、彼女にそんなものは通用しないだろうとは考えられる。

 ハイエルフとしての力を取り戻した彼女には、どんな物理的な錠も、魔術的な支配も通用しない。


 ――それこそ、石を失った原因にでも遭遇しない限り。


 しかし、つけてやったときの反応は予想以上だった。

 プレゼントを貰った子供のように、喜んでいた。


 ともかく、そんな装備で俺達は街道を進む。

 左右は森。人の手がほとんど入っていない区域。


「シャーリニィ。何か感じるか?」

「はい」


 彼女は足を止め、右手側の森を指差した。


「こちらの方向です。少し進んだ辺りに、ゴブリンが六体」


 やはり呪文も、特殊な動作もない。

 耳を澄ますくらいの仕草で、全て把握している。


 俺たちは街道を外れ、森へ踏み込む。

 以前の俺なら、決して足を踏み入れない領域。一人なら、間違いなく回避していた。


 しばらく進む。

 彼女の足取りは相変わらず軽く、緊張感の欠片もない。まるで安全な草原を散策しているかのよう。


「念のため確認するが、問題はないんだな?」

「何がですか?」


 きょとんとした表情。

 彼女にとって、ゴブリンが脅威になるという発想すらないのだ。

 俺なら一匹に襲われただけで、嬲り殺しにされかねない相手だというのに。


 シャーリニィが歩みを止め、進行方向の茂みを指した。


「そこにいます」


 俺の目には、何の変哲もない森の一部にしか見えない。

 隠れているらしい。全然分からない。


「処理しても、よろしいでしょうか」


 ゴミが落ちてるので掃除しましょうか。その程度の、日常的な雰囲気の質問。


「ああ。任せる」


 俺達に存在を察知されたことに気づいたのだろう。飛び出してくる子鬼。

 次の瞬間。

 ゴブリンの一体が、音もなく崩れる。

 肉片すら残らず、塵となって散る。


 悲鳴なし。

 断末魔なし。


 魔力による完全分解。


 理解が追いつく前に、残りも消える。

 剣も、魔法陣も、詠唱も不要。


 視線を向けただけで。


 森に残るのは、深い静寂。

 風が枝葉を揺らす音すら、どこか遠い。

 さきほどまでそこにあったはずの気配――敵意も、殺気も、綺麗さっぱり消えている。


「終わりました。隠れていた残りも、すべて消しています」


 何事もなかったかのように、彼女は振り返る。

 鎧袖一触なんてレベルじゃない。


 視線を向けただけで、ゴブリンは塵となり、痕跡すら残さず消失した。

 戦闘と呼ぶこと自体が、おこがましい。


「……どうしました?」


 俺が言葉を失っているのに気づいたのだろう。

 彼女は少し不安そうに、下から覗き込んでくる。


「ああ、いや。シャーリニィは頼りになるなって思ったんだ」

「ほんとですか!?」


 ぱっと、花が咲くように表情が明るくなった。

 ただ認められたことが嬉しい、そんな笑顔。


 俺は彼女の頭を撫でてやる。銀髪のサラサラとした感触が心地よい。

 そして考える。


 伝説級。

 そんな言葉ですら、生温い。


 これほどの力を、彼女は俺の一存で行使する。

 何の気負いもなく、何の躊躇もなく。

 恐らく、俺の命令であれば、相手がゴブリンでなく、人間であったとしても。


 俺が、彼女を制御する必要がある。

 その事実を、改めて噛みしめる。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 その後は森を抜け、街道へ戻る。

 午後の陽光を浴びた城門が見えた瞬間、俺は息を吐く。思っていた以上に緊張していたらしい。

 魔物に、そしてそれ以上に、彼女の力に。


 通りに入ると、視線が集まる。

 露骨ではない。だが、誰もが一度は振り返る。

 理由は当然、シャーリニィの存在。


 銀糸の髪は歩くたびに淡く揺れ、肌は朝の光を弾くように澄んでいる。簡素な服装にもかかわらず、街並みの色彩から浮き上がるほどの美しさ。

 冒険者、商人、衛兵。立場を問わず、無意識に足を止めてしまう。


 当の本人は、気づいていない。

 俺の半歩後ろを歩き、時折こちらを見上げて、俺と視線が合えば安心したように微笑む。


 問題は、見てくるだけでは済まない相手と出会ったことだ。


 通りの角。

 向かいから歩いてきた一人の男が、ぴたりと動きを止めた。


 尖った耳。淡い翠の瞳。輝く金色の髪。

 間違いなく、エルフ。


 その男の視線は、一直線にシャーリニィへ吸い寄せられている。

 驚愕。否定。理解不能。

 感情がめまぐるしく浮かんでは消え、最後に残ったのは、純粋な畏怖。


「……まさか」


 掠れた声が漏れる。

 彼の身体は、石像のように固まったまま。


 次の瞬間。


 男はその場に膝をつき、頭を深く垂れた。

 街の喧騒が、遠くに聞こえる。


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― 新着の感想 ―
美味しい食事を食べさせて上げよう。それに彼女をもっと美しく。
石はどうやって隠したのか?
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