第11話:仔犬の尻尾
俺は魔王水の力を使い、ハイエルフの少女、シャーリニィの額の魔石、神石を復活させた。
それを理解した彼女は、目を潤ませながら跪く。
そして俺を創霊主、つまりは、神と呼んだのだった。
「そこまでかしこまる必要はない」
床に額を擦り付けたまま動かない彼女に、そう告げた。
シャーリニィは、びくりと肩を震わせる。
「ですが……」
「俺は神じゃない。人間だ」
少なくとも、神を自称するつもりはない。
彼女はゆっくりと顔を上げた。
蒼い瞳が、恐る恐るこちらを見つめる。
「で、ですが……神石を……」
「俺が使ったのは、あくまで錬金術だ。普通にしてくれていい」
それに俺の考えが正しければ……かつて神石を作った、現代において神と呼ばれる存在も、恐らく人間だ。
錬金術、魔導、そして科学技術を持っていただけの人類。
言いながら、立ち上がる。
このままでは話にならない。
「まずは落ち着こう。茶でも淹れる」
錬金炉に湯をかけ、茶葉を落とす。
香りが部屋に広がる頃には、彼女の緊張もわずかに解けていた。
ソファーに並んで腰を下ろす。
彼女は背筋を正し、膝の上に手を揃えていた。
「……体調はどうだ?」
「問題ありません」
即答。
「違和感や痛みは?」
「ありません。むしろ……」
一瞬、言葉を探すように視線を落とす。
「身体が、とても軽いです。心臓も、呼吸も……全部が、正しい場所にある感じがして……」
そう言って、額の神石にそっと触れた。
赤い輝きは安定している。
「石もしっかりと定着している様に見えるが……」
「はい、以前と全く同じ感触です」
断言。
迷いも不安も無さそうだ。
であれば成功と判断して良さそうだ。
治療は完璧だったか。
「それと……呼び方の件だが」
切り出すと、彼女はぴしりと姿勢を正した。
「はい、創霊主さ――」
「その呼び方はやめてくれ」
それを遮る。
「外でそんな呼び方をされたら、変な目で見られる」
正教会関係者に睨まれるのはゴメンだ。
奴隷に神様呼びさせてる変態、という評価も遠慮したい。
「……」
彼女はきょとんとした顔をした後、はっとして俯いた。
「名前で呼んでくれ」
「え? し、しかしこのような偉大なお方を……」
「じゃあご主人様とかでいい」
言ってから、少しだけ間を置く。
「嫌なら、別のでも。人前で呼んで問題にならないなら何でも構わない」
「い、いえ……!」
彼女は慌てて首を振った。
「ご主人様で……イヤじゃありません。いえ、むしろ……」
どこか照れたような、うれしそうな表情。
モジモジと脚をすり合わせながら答える。はにかむ様子は年相応の少女のように可愛らしい。
「では、そう呼ばせていただきます。ご主人様」
……まあ、それが無難だろう。
「じゃあ、少し調べさせてもらう」
「は、はい……ご主人様」
呼び方を口にした瞬間、彼女は自分の頬を押さえた。
自分で言って照れたらしい。
検査道具を持ち出し、全身を走査する。
神石から伸びる魔力回路、精神との接続、肉体への負荷。どれも異常なし。
さらに触診。
脈拍、体温、魔力の放出量。
「……っ」
触れるたび、彼女が小さく身をすくめる。
「緊張するか?」
「い、いえ……その……ご主人様に触れられていると思うと……」
治療前と同じ検査なのだが、彼女の反応はまるで違う。
声も、かすかに甘い。
――駄目だ。
検査に集中しろ。
検査結果は、問題なし。錬金術的にも、魔力的にも。
治療前と比べ、遥かに良好。
「至って健康的だな」
「……ありがとうございます」
心底ほっとしたように微笑む。
その笑顔は、信仰というより、救われた少女のそれだった。
「改めて聞くが、シャーリニィ。君は、ハイエルフだな?」
「……はい」
小さく、しかしはっきりと頷く。
やはりか。
外見、神石への適応、魔力の質、どれを取っても疑いようがない。
だが、その力を失った理由は?
「どうして、石を失っていた?」
伝説の存在であるハイエルフ。神に最も近いと言われる生物。
その力はドラゴンを遥かに超えるという。
彼女の神石を復活させるのに必要だった魔石の量を考えれば、そんな伝説も大げさでは無いと理解できる。
どんな事情があれば、そんな力を持つ生物の、その核である神石が失われるようなことになるのか。
想像もつかない。
俺の疑問は当然のものだろう。
「! それは……!」
だが俺が尋ねた瞬間、シャーリニィの声が止まる。
次の瞬間、彼女の顔色がみるみる青ざめた。
指先が震え、膝の上で強く握り締められる。
視線は落ち、唇が小さく噛みしめられていた。
……これは、深い。
トラウマなのかもしれない。無理に聞くべきではないか。
「――いや、いい」
話題を変えることにする。
「じゃあ……魔法は使えるか」
「え?」
一瞬、彼女はきょとんとした表情になる。
魔法。
魔術ではなく、魔法だ。
人間が魔石を用い、その魔力を引き出して発動するのが魔術。
それに対し、己の内なる魔力のみで現象を起こす奇跡。魔法。
それを使えるのは、神と、その眷属たるハイエルフ。
あるいは、邪神と、その眷属である魔族や魔物のみ。
「は、はい……」
彼女は少し考え込み、
「えっと、何をすればよろしいのでしょうか」
「簡単なものでいい。風でも光でも」
派手さは要らない。
確認できれば十分だ。
「わかりました」
詠唱はない。
触媒も、道具もない。
ただ、指先をすっと伸ばした。
次の瞬間。
彼女の指の先、俺たちの目の前、宙空に――
柔らかな光の球が生まれた。
眩しすぎず、揺らぎもない。
何の予兆もなく、まるで、最初からそこに在ったかのように。
「……」
彼女にとっては息をするのと同程度の感覚なのかもしれない。
これが、魔法。
「あの……これだけで、よろしいのでしょうか?」
彼女は不安そうに尋ねる。
「もっと、大きなことでも……」
「いや、待て」
嫌な予感がして、慌てて制止した。
この部屋を吹き飛ばされては困る。
代わりに、俺は作業台から一本の棒を取り出した。
魔鉄鋼製。
硬度と耐魔性で知られる、錬金素材の中でも上位に位置する金属だ。
「こいつを切断できるか」
「? はい」
光の球が、ゆっくりと形を変える。
球体から、極細の線へ。
そして、その光線が――
俺の持つ魔鉄鋼の棒を、静かに横切った。
それだけ。
……?
音も、衝撃もない。手に伝わる感触も全くなかった。
だが次の瞬間。
すとん、と。
棒の先端半分が、音もなく床に落ちた。
カランと、短くなった金属棒が転がる。
俺は手に持った棒を観る。切断面は、滑らかすぎるほど滑らか。
溶断の痕跡も、衝撃による歪みもない。
光を反射し、俺の顔を映している。まるで職人が磨いた鏡のように、綺麗な断面だ。
とにかく硬いことで有名な魔鉄鋼がこうだ。
どんな名剣でも、魔剣でも不可能ではなかろうか。
「……これは」
言葉を失う俺を前に、シャーリニィは少し不安そうにこちらを見る。
「ご主人様……何か、問題がありましたでしょうか?」
「いや……」
俺の手の、ほんの数センチ先を通った光の刃が、魔鉄鋼をいとも簡単に切断したのだ。あらためて思うと冷や汗ものだが。
まあそれはいい。
彼女の魔法がこれほどまでとは。
「すごいな。本当に……頼りになりそうだ」
「ほ、本当ですか……!?」
率直な感想を口にすると、彼女はぱっと表情を明るくした。花が咲いたかのように。
その顔に浮かんでいるのは、誇りでも、優越感でもない。
ましてや、自分の力を誇示するような高慢さでもない。
ただ認めてもらえたことが、嬉しくて仕方がない、という顔だった。
なるほど。
完全復活したハイエルフ。
魔法の技量は、一級品どころではない。伝説級と言って差し支えない。
それだけの力を持ちながら、俺に向ける感情は、畏敬と感謝。
いや、それだけではない。
彼女の笑顔を見て、ふと思う。
これは、神を見上げる信徒のそれか?
少し違う気がする。
もっと素直で、もっと無防備で。
例えるなら、拾われた子犬が、飼い主に全幅の信頼を寄せるような。
いや、まさか。
「……」
「?」
少女を見下ろせば、蒼い瞳が俺を見つめ返す。
コテンと首をかしげて、俺を見上げる銀髪の美少女。可愛い。
いや違う。そうじゃない。
相手は、伝説に語られるハイエルフだ。
強大なドラゴンの群れを、森ごと消し飛ばしたとまで言われるハイエルフだぞ。
そんな可愛らしい存在のはずがない。
そう自分に言い聞かせながらも、幻視してしまう。彼女の小ぶりで可愛らしいお尻に、パタパタと振られる尻尾を。
ふと見下ろせば、彼女の服の胸元から、柔らかな膨らみが覗けそうだ。
「……ご主人様♡」
気持ち、距離を詰めてくるシャーリニィ。
どうやら俺は、想像以上に厄介で、とんでもない存在を復活させてしまったのかもしれない。




