第10話:錬金術師、大出世
エルフの少女シャーリニィの血液に見られた、決定的な特徴。
サイレクス因子。
本来、この成分は魔物の体内にしか存在しない。
人間はもちろん、通常のエルフから検出された例もない。
それが、彼女の血液には確かに含まれていた。
しかも、微量どころの話ではない。
その濃度が異常なのだ。
既知のどんな魔物と比較しても、その数値は突出している。
下級魔物は言うまでもなく、高位種……ドラゴンの血液と比較して、なお上回っている。
スライムとドラゴンの差が誤差に見えるレベルだ。
ともかく彼女は、ある意味で人間やエルフより、魔物に近い存在だということになる。
もっとも、この結果はある意味で想定内だった。俺にとっては。
俺の仮説を裏付けるものなのだ。
ハイエルフの正体に関して。
エルフたちの神話ではこう語り継がれている。
太古の昔、神は自らの力を石に込め、ハイエルフを創った。
長い年月を経て、ハイエルフからエルフが、エルフから人間が生まれたと。
だからエルフたちは、自分たちが人間より神に近い存在であると誇る。
同時にハイエルフを、最も神に近い存在として崇めるのだ。
一方の魔物は、邪神が神に対抗して生み出したものだと言われている。
もっとも進化論の信奉者である俺は、逆だと考えている。
人間を『品種改良』して誕生したのがエルフ。
魔物を参考に、エルフに魔石を組み込んで生まれたのがハイエルフではないかと。
もちろん邪教徒認定などされたくないので、そんな説を表に出したことはないが。
どちらにしても太古の話だ。真相は歴史の中に消えた。
読み解くことは出来るかもしれないが、そのためには研究を続ける必要がある。
ならば、次だ。
興奮を抑えながらも作業を続ける。次の実験へと移る。
少女から採取した血液を遠心分離し、血漿のみを抽出。
さらに蒸留、薬剤等も用いて、サイレクス因子以外の成分を排除していく。
それを王水へと加える。
スライムの体液で魔王水を作成した時と同じ様に。
俺の考えが正しければ……
混合溶液は透明に変化した。ここまでは同じ。
では、これは魔王水になったのか?
魔石粉を加える。
乳鉢ですり潰し、細かい粉末状にしたもの。それを少しずつ。
どうだ?
反応を待つ。
観察を続けると、泡が発生。そして……
溶けた!
間違いない。
やはり、この溶液は魔王水になったのだ。
やはり鍵となるのは、サイレクス因子だ。
王水にスライムの体液を加えることで魔王水が生成される。その際、決定的な役割を果たしているのがこの因子だと、俺は仮定していた。
であれば、同じ因子を、しかも高濃度で内包する彼女の体液でも、同様の結果が得られるはずだ、と。
その推論は、正しかった。
ハイエルフの額にあると伝えられる紅い石。
神石と呼ばれるそれは、魔石だったのだ。
魔物の体内に存在する魔石は白い。
一方、神石は紅く、体表に露出している。
色と位置。その違いによって別物と認識されてきただけで、本質は同一。
同じ種類の存在だったのだ。
俺はさらに魔石粉を投入する。
溶ける。
まだ溶ける。溶け続ける。
おかしい。
いくら加えても、一向に飽和する様子がない。
小さなビーカーの中で、魔王水は魔石粉を際限なく飲み込んでいく。
やがて投入量は、ドラゴン一体分に匹敵した。
それでも、止まらない。
一旦錬金術協会へ向かい、追加の魔石粉を購入する。
ドラゴン数体分の魔力を含む量だ。
溶かす作業を再開。
白い光を放っていた溶液が、徐々に変化していく。
赤みを帯び始める。溶かすにつれて赤は強くなる。
そして最終的に、血のように濃い赤へ。
そして、結晶が生まれた。
取り出す。
ビー玉ほどのサイズの石。
真っ赤な光を放つそれは、魔宝石などとは明らかに異なる。
これと比較してしまえば、あれらは魔力を少しばかり含んだ宝石に過ぎない。
しかし不思議だ。
あれほどの量の魔石粉。投入した体積も、質量も、この小さな結晶には到底収まりきらない。
どこへ消えた?
ふと、一つの仮説が頭をよぎる。
そもそも魔石とは、質量を持つ鉱物なのか。
体積も重量も、すべては魔力が「石」という形を取った結果に過ぎないのではないか。
本来は質量も体積も持たない魔力が凝縮し、安定した状態として存在している。それが魔石。
魔石の体積も質量も、全ては魔力を元に生み出されたものに過ぎない。
そう考えれば、説明はつく。
まあ、仮説に過ぎないが。
「……それは、神石?」
背後からの、小さなつぶやき。
ハイエルフの少女、シャーリニィが覗き込んでいた。
彼女は俺の手の中にある石を、食い入るように見つめていた。
蒼い瞳を大きく見開き、息を飲むように。
呼吸が浅い。
肩が、かすかに震えている。
理解したのだ。
それが、かつて自身の額に存在していたものと、同種の存在であることに。
伝説のハイエルフ。その力の源とされる額の石。神石。
目を丸くし、息を呑んでいる。
ハイエルフ当人の目にも、これは神石に見えるらしい。
その蒼い瞳に浮かぶのは、驚愕か、それとも畏怖か。
「これは……貴方は、いったい……?」
「ただの錬金術師さ」
そう、俺はただの錬金術師。
少しばかり、前世の知識はあるがね。
さて、次だ。
実験は、まだ終わっていない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
実験をさらに次の段階へと進める。
今度は理論の検証、実証実験だ。
シャーリニィを宿の寝室のベッドへと寝かせる。
白いシーツの上で、少女は静かな寝息を立てていた。
睡眠薬は問題なく効いている。
今回の作業は、彼女に意識があっては困る。
身動きされては失敗の恐れがある。だから眠ってもらった。
眠る彼女を見下ろし、息を整える。
まずは消毒。
額の傷跡、縦長の孔の周囲をアルコールで丁寧に拭き取る。
しみるのだろうか? 彼女の眉がわずかに動く。が、目は覚まさない。
問題ない。
次に治療。
蒸留して作った最高純度のポーション、エリクサー。
粘性のある液体を、孔の周囲に塗布していく。
細かな傷、荒れた皮膚、血管の断裂。それらは瞬く間に、全て治癒されていく。
だが、肝心の孔だけは、消えない。
これでいい。次だ。
魔王水を準備する。
彼女自身の体液を用いて生成したもの。
限界まで魔力を飽和させた、赤く輝く溶液。
ほんのわずかな刺激で、結晶化を始めかねない代物だ。
スポイトで吸い上げる。
赤い光が、脈打つように揺れる。
そして、少女の額、その孔へと、静かに注ぎ込む。
少女の穴を満たしていく。
とろり、とろりと。
ドラゴンを凌駕する魔力が、少女の中へと流れ込んでいく。
孔を満たし、溢れぬよう表面張力で盛り上がるところまで注ぎ、手を止める。
しばらく、様子を見る。
赤い液体は、ゆっくりと、だが確実に、固まり始めた。
結晶化。
少女の額に、紅い石が形成されていく。
第三の目のように、妖しく輝く宝石。
「……」
息を潜めて、観察を続ける。
実のところ、この段階に至るまでの実験はすでに終えている。
対象に用いたのはスライム。
捕獲した小型のスライムから魔核を抜き取る。
通常であれば、それだけで魔物は急激に衰弱する。
特にスライムのような魔法生命体は、存在そのものが魔力に依存している。
核を失えば、そのまま死に至るのが常だ。
魔物から生きたまま魔石を摘出する実験自体は、珍しいものではない。
錬金術学園の実技課程でも行われる、ごく基本的な知識だ。
そしてスライムのような原始的な魔物であれば、抜き取った魔石を死ぬ前に元の位置へ戻せば、蘇生する。
ただし条件がある。
戻す魔石は、必ずその個体自身のものでなければならない。
別の個体から抜き取った魔石では、拒絶反応を起こし、確実に死ぬ。
――ここまでは、この世界の錬金術師なら誰でも知っている常識だ。
俺が踏み込んだのは、その先だった。
スライムから体液を採取し、それを用いて魔王水を生成する。
そして、その魔王水から新たな魔石を錬成する。
その魔石を、核を失ったスライムに戻した。
結果、スライムは生き延びた。
適応したのだ。
元の魔石ではなく、自分自身の体液を基に作られた魔石に。
重要なのは、その個体に由来するサイレクス因子と思われる。
それが一致していれば、魔石は「自分の一部」として受け入れられる。
理屈は通る。
だが、確認できたのはスライムだけだ。
これより高位の魔物では、実験のしようがない。
可能性があるとしたら角のあるウサギ、アルミラージが存在する。しかし、これですら実的ではない。
生け捕りにし、宿へ連れ帰り、魔石を抜き取るなど。
だから実験は最低限しか行えなかった。
ましてや、ハイエルフ。
魔物ですらなく、最高位に近い複雑な生命体だ。
同じ挙動を示す保証など、どこにもない。
それでも、出来る限りの条件は揃えた。
体液、因子、魔力密度、結晶化工程。すべてだ。
今はただ、結果を見守るしかない。
これが少女本来の石のように働くのか、ただの外部の石として、アクセサリーにしかならないのか。
そんな事を考えていた、その時。
変化が現れた。
少女の髪に異変が。
灰色だったそれが、徐々に色を変えていく。
艶を帯び、光を反射する白銀へ。
さらに血色が戻り、肌は瑞々しさを取り戻していく。
生命力そのものが、内側から溢れ出すように。
もともと整った容姿だったがもはや「美しい」という言葉では足りなかった。
これが彼女本来の美しさなのか。
――成功だ!
彼女の神石は、彼女の身体に適応した!
まぶたが、震える。
エルフの……いや、ハイエルフの少女が目を覚ました。
「あ……」
かすれた声。
焦点の合わない視線が、天井を彷徨う。
「え? な……に? どう……なったの?」
ゆっくりと上体を起こし、自分の手、腕、髪へと視線を落とす。
震える指先が、銀色の髪をすくう。
「……え?」
困惑。
理解が追いついていない。
「まさか……うそ……」
次に、恐る恐る――
自分の額へと手を伸ばす。
指が触れた瞬間。
「あ……あ……」
そこに、確かに在る。
赤く、温かく、脈打つ感触。
神石。
彼女の神石が。
ぺたぺたと何度も触れ、消えていないことを、現実であることを、必死に確かめる。
「あ、ああ……石が……ある! 石が! あああぁっ……!」
堪えきれず、涙が溢れ落ちた。
嗚咽を漏らし、肩を震わせる。
その様子を、俺は黙って見ていた。
「おはよう。気分はどうだ?」
声をかけると、彼女は初めて俺の存在に気づいたようだった。
蒼い瞳が見開かれる。
歓喜が、一瞬で戸惑いへと変わる。
「あ……っ、あなたは……いったい……」
俺を見つめる視線には、戸惑いと驚愕、恐怖が入り混じっていた。
いや、畏怖かもしれない。
「い、いえ……っ!」
直後、何かに思い至ったかのように、彼女は息を呑み、慌てて身を起こす。
そして転がるようにベッドから降りた。
そして床に膝をつき、両手を揃え、深く、深く頭を垂れる。
銀糸のような髪を持つハイエルフの少女は、
額に紅く輝く神石を宿したまま、微動だにせず、祈りの姿勢を取っていた。
震える声で、彼女は言葉を紡ぐ。
「主よ……創霊主よ……」
創霊主とな。
「失われし賢晶を、再び我が身に満たし給いし御方。
無知なる我が非礼、我が不敬をお赦しください。
その御手により救われし身、ここに伏して感謝と畏敬を捧げます……」
創霊主。
エルフたちが崇める、ハイエルフを生み出したと言われる神だ。
どうやら俺は、錬金術師から一気に神様にまで出世してしまったらしい。




