第4話:日焼け止めクリームと騎士団の美白化
エリゼが辺境伯ジークハルトの呪い(色素毒)を解いて以来、彼女は辺境伯領で確固たる地位を築いた。
ジークハルトの命により、商業区の一角に真新しい店が建設された。店の名は、エリゼが命名した『魔女の薬箱』。
店は連日大盛況だった。看板商品は、メイドのハンナの手を完治させた『スライム由来・超保湿ジェル』。過酷な辺境の冬で荒れた肌を一晩で治すその効能は、もはや奇跡としか言いようがなく、品切れが続出していた。
エリゼは満足だった。化粧品の売り上げが、高価な実験器具の購入費を賄ってくれる。
しかし、ある日、彼女は店番をしていたルーカスから一つのクレームを受けた。
「エリゼ様、申し訳ありません。この商品だけは、騎士団の皆様から『効果が薄い』と不評でして……」
ルーカスが差し出したのは、王都の貴族向けに開発された『若返り美容液』の試作品だった。
「なぜでしょう? 希少な『月光草』のエキスが入っているのに」
「それが、騎士団の皆様曰く、『美しくなっても、肌がボロボロでは意味がない』と」
エリゼは首を傾げた。そして、辺境伯ジークハルトの騎士団員たちを観察した。彼らは皆、鋼のような肉体を持っているが、顔は例外なく、赤黒く、ゴワゴワに焼けていた。
「……なるほど。彼らにとっての皮膚の悩みは『シワ』ではなく、『日焼けによる炎症と乾燥』なのね」
辺境は雪原が多い。雪面が太陽光を反射し、王都の何倍もの紫外線が肌を直撃する。この世界では「太陽の魔力が強い」と認識されているが、エリゼにはそれが『UV-A/B波』であることは明らかだった。
「日焼けは光老化の原因。これではせっかく治したジークハルト様の肌も、また炎症を起こしてしまうわ」
エリゼはすぐさま、辺境の新たな素材を求めた。
「ルーカス、この辺りで、太陽光を強く反射する鉱物はありませんか? 粉砕しやすく、かつ安定しているもの」
ルーカスは即答した。
「それなら、北の山脈で採れる『白銀石』です。非常に硬いですが、魔力に反応して光を弾きます。ほとんど使い道はありませんが」
「それよ!」
エリゼは『白銀石』を大量に手に入れると、地下の実験室で作業を開始した。
通常の粉砕では粒子が粗すぎて肌に残り、白浮きしてしまう。彼女は特殊な音波魔法と水魔法を使い、鉱物をナノレベルの微細粉末へと加工した。これは、前世で言うところの「酸化チタンや酸化亜鉛の微粒子化」に等しい工程だった。
そして、この微細粉末を、美白効果と抗炎症作用のある『雪解け草』のエキスに混ぜ込み、乳液状に仕上げた。
完成した製品は、『魔力UVカット・プロテクションクリーム』。
塗っても白浮きせず、肌に薄い膜を張ったように光を反射する、画期的なクリームだった。
「これを、騎士団の皆様に配ってください」
エリゼは完成したクリームを、ジークハルトを通じて騎士団長に届けた。
騎士団の反応は、最悪だった。
「なんだ、これは? ベタベタした女の使うものか」
「我々は戦士だ! 肌を白くしてどうする!」
「辺境伯様、毒婦の戯言にお耳を貸さないでください」
屈強な騎士たちは、クリームを化粧品とみなし、拒絶した。
その様子を見ていたジークハルトは、静かに言った。
「このクリームは、エリゼが私のために作ったものだ。塗れ。これは呪いの再発を防ぐための予防薬であり、肌の炎症を抑える軍用品だ」
ジークハルトは自分の顔にクリームを薄く塗り、騎士たちに見せた。もともと彼の肌は白く戻ったばかりだったので、その効果は歴然だった。
団長がしぶしぶ塗り始めると、他の騎士たちも後に続いた。
彼らは戦闘前、剣を抜くのと同じ感覚で、顔にクリームを塗り始めた。
――そして、数週間後。
ノースエンド辺境伯騎士団に、異変が起こった。
「おい、お前、最近顔が白いぞ」
「なんだ? お前こそ、まるで女のようなきめ細かさじゃないか」
「いや、肌の炎症が治まって、痛みが消えただけだ!」
彼らの肌から、長年の日焼けによる赤みやゴワつきが消え、まるで雪原のように透き通るような美肌へと変化していたのだ。
特に、年配の騎士たちは感激した。炎症が抑えられたことで肌の再生が進み、実年齢より遥かに若く見えるようになっていたのだ。
「なんだこれは! 我々の肌が、まるで王都の貴族のようだぞ!」
「いや、王都の貴族より白くて美しい! あんな連中は太陽を浴びていないだけだ!」
騎士たちは狂喜した。『魔女の薬箱』の前には、剣と盾ではなく、財布を持った騎士たちが列をなすようになった。彼らの間で、このクリームは『不老騎士の霊薬』と呼ばれ、飛ぶように売れた。
また、この噂はすぐに国境を越え、隣国の裕福な商人の耳にも入った。
「辺境伯領の騎士は、なぜあんなに肌が白いのか!?」
彼らは高額を積んで、このクリームを買い占めようと辺境に押し寄せ始めた。
エリゼは、研究費の桁が一つ増えるのを見て、満足そうに頷いた。
「これで、希少な『竜の鱗』も買えるわ。ありがとう、紫外線」
こうして、エリゼの「美容チート」は辺境の基幹産業となり、ノースエンド辺境伯領は、軍事力だけでなく、経済力でも王都を凌駕する基盤を築き始めたのだった。




