第三話
次の日、目を覚ますと、ミンミンはいなくなっていた。出る前に声ぐらいかけてくれても良かったのに。
「あれー?今日はあの人連れてないの?」
とオーナーからからかわれる。
「たぶん仕事ですよ。普段は忙しいって言ってたから」
「あの人何やってる人なんだい?だいぶ稼いでそうだけど……」
殺しを教える仕事だなんて、口が裂けても言えない。
「お、俺も知りません!」
と堂々と嘘をついて、チャイナドレスに着替えた。夜が近づいてくると、ここの通りも賑わってくる。ヒールでずっと立ってるから脚が浮腫んで痛い。でも逆を言えば、立ってるだけでお金が貰える良いバイトだ。
「お姉さん!背高くて可愛いね!」
ここの世界では背が高いほどもてはやされる。男子の中ではそこそこの俺も、女子の中だったらモテるんだ。
「ありがとう〜♡うちで一杯飲んでかない?」
金髪ロングウルフヘアも男だったら受けが悪いけど、女だったらそんなことはない。
「じゃ、じゃあ、一杯だけ!」
「はーい、お客様ご来店でーす!」
性別を偽ることは俺が生きていく上で必要不可欠な手段だった。男では通用しないこの身体も、女でだったら通用する。武器になる。
にしても、この通りは治安が悪い。まあ、近くのマンションに半グレ組織の事務所があるからだろうけど。あ、あの半グレ三人衆……俺のこと見るなり深くお辞儀してきやがった。恥ずかしい。
「お疲れ様です!」
「君達も頑張ってー。腹減ったらここおいで」
なんて営業しつつ、声をかけた。会釈をしながら俺の前を通って行った。
「わっ!可愛い〜♡子猫ちゃんみたいだ!」
あからさまにまた半グレの奴が絡んできた。
「一杯どうですかぁ?」
「俺、お姉さんのことテイクアウトしたいなー!」
と言うと、わははっと仲間達と笑ってる。きっしょ、死んでくれ。
「あはは、仕事がありますので……」
「じゃあ、お姉さん。ちゅーしよ!ちゅー!」
まじで無理。最悪すぎる。
「うちで千元(二万円)使うなら良いよ」
「へぇ、商売人だね」
「こっちは生活かかってるんで。お金は先払いして貰います」
と臆せずに手のひらを向けると、
「生意気な小娘が!!」
と右頬を一発殴られた。
「痛ってぇ……」
まあ、殺されなかっただけマシか。ミンミン、俺のこと守るんじゃなかったのかよ。殴られたぞ、一発。後で文句言ってやろ!とその時は不満げに思っていたが、それから一週間、ミンミンと会うことはなかった。
あるバイトの日。その日は雨が降っていて、露出の多いチャイナドレスで外に立っていると、かなり冷えた。
「くしゅん!あぁ、さみぃ……」
二の腕を擦りながら、ガタガタと震えてると、ふわっとスーツのジャケットを肩にかけられた。
「お姉さん、お久しぶり♡」
目の前にはシャツ姿のミンミンが傘をさしていた。遅い!今までどこ行ってたんだよ。俺ばっかりお前を待ってるみたいで、不快だった。など、色々と言いたい不満はあったけれど、最初に出た不満は、
「やだ、ちゃんとユーハオって呼んで」
という可愛らしいものだった。
「ユーハオ、中入ろっか」
と俺の腰を抱いて、ミンミンは高級レストランで女性をエスコートする紳士のように、俺が座るところの椅子を引いてくれた。俺がミンミンと共にお店の中に入ると、オーナーは何かを察してくれたみたいで、またグッドと親指を立てられた。
「俺さぁ、ここの炒飯が美味しいことに最近気づいちゃった!」
メニューを眺めているミンミンに横からそう口を挟んだ。賄いでよく貰う炒飯、それが何回食べても美味しくてミンミンにも食べて欲しかったんだ。
「じゃあ、今日はそれ貰おうかな」
定番の安いメニューだから、オーナーごめん!と罪悪感を抱いて、
「せっかく久しぶりに会えたんだし、一緒に飲もうよ〜♡」
と甘えた声でこの店で一番高いお酒を勧めた。そしたら、それも。と頼んでくれて俺のメンツが保たれた。テーブルの上には炒飯とつまみ三品、高級酒が並んだ。
「ん〜、本当だ!ここの炒飯は美味しいね!」
「でしょ!だから、毎日のように食べてる!」
と今日も変わらず美味しい炒飯をガツガツと食べていると、ミンミンが自分の頬を指さして、
「ユーハオ、ここに付いてるよ」
と教えてくれた。俺は手探りで自分の頬を触って、
「え、どこ?」
とご飯粒を探していた。
「違うそこじゃないよ」
ミンミンはにこにこしながらそう言って、俺の頬に付いていたご飯粒を取ってくれた。そして、何ともないようにそれを食べた。そんなちょっとした仕草に俺はドキッとしてしまう。ドキドキする胸を落ち着かせようと、初めてのお酒を口にした。
「苦っ!!」
俺は思わず渋い顔をしてしまった……。
「あれ?飲めないの??」
とミンミンがからかうように笑ってくる。
「いや、飲めるけど!??」
俺は強がってそう言ってもう一口飲んだけど、やっぱり苦かった。大人ってこんな苦いのを好んで飲んでるの!??馬鹿みたい……。
「ユーハオ、無理しなくていいよ」
とお酒のグラスを俺から遠ざけるけど、この一杯ぐらい飲めないと、高級酒頼ませておいて筋が通ってないと思って、腹括って一杯グイッと飲み干した。
「ははっ!こんなんヨユーだもん!」
とその時は強がれたが、しばらくして、身体が熱くなってきてクラクラし始めた。
「ユーハオ、大丈夫?お水飲む??」
「ミンミン、今までどこ行ってたの?」
「え?」
「俺を守らずにどこ行ってたんだよぉ」
言うのを躊躇っていた言葉が次々に口から零れていく。
「ごめんね、仕事でロシアの方まで行ってたんだ」
ミンミンはそう優しく教えてくれた。
「俺は一発殴られたんだ。半グレの奴に。守ってくれるってのは、嘘だったんだ」
なのに、俺は拗ねたようにそう言ってしまう。ミンミンも仕事があるから仕方ないのに。
「ごめん。傍にいてあげられなくて。ユーハオが傷付いてんのに、守ってあげられなくてごめん」
「いーよ、もう、期待しないから」
「じゃあ、そいつのこと殺したら許してくれる?」
背筋がゾクッとした。簡単に殺せるんだろう。彼にとって、人間は。
「そーゆーのも、いらない……」
「ユーハオ、お願い。君のこと守らせて?」
「守る守るって、言葉ばっかじゃん!!行動では全然俺のこと守ってない!寧ろ期待させる分、余計に傷ついてるんだよ。もう、俺に期待させないで……」
俺はもう何処かに行ってしまいたくて、席から立ち上がったが、いきなり膝がガクッと落ちて、その場に倒れ込んでしまった。
「ユーハオ……!!」
ミンミンに抱き抱えられて、身体を起こされた。
「もう、嫌だ。ミンミン、嫌いだ」
俺の口は酔いのせいか思ったことをすぐ口にしてしまう。本当はこんな傷付けること言いたくないのに。
「でも、ユーハオ。危ないから今日は家まで送らせて?」
俺はこくんを頷いた。すると、ミンミンは俺の荷物を受け取ると、俺をお姫様抱っこして俺を家まで連れて行ってくれた。
「ここ、どこ?」
「ユーハオの部屋だよ」
「もう、着いたのー?」
「うん。ほら、ピョンも心配してるよ」
ピョンは俺が寝ているベッドに乗りたくて、ぴょんぴょんしてる。
「ピョン!あははっ、ピョーン!可愛いね♡」
頭を撫でてやると、その手をぺろぺろと舐める。
「ユーハオ、たくさんお水飲んでね」
ミンミンはいつの間にか、ペットボトルの水を五本くらい買っていて、それをテーブルの上に並べている。
「ピョンのご飯とお散歩……」
俺はやらなきゃいけないことを思い出して、ベッドから起き上がろうとした。
「それは僕がやっとくから、ユーハオはここで安静にしてて?」
「……ピョンに何かあったら、タダじゃ済ませないから」
俺はピョンに何かあると思うと気が気じゃないので、手伝ってくれようとしてくれてるのに、強い言葉で脅すように言ってしまった。ピョンがご飯を食べて、無事散歩から帰ってきた。ピョンの元気な顔を見るとひとまず安心した。
「ミンミーン、おいで」
俺はベッドで寝ながら両腕を広げていた。
「ん?」
「ぎゅーしてやる」
とぶっきらぼうに言うと、ミンミンは嬉しそうに俺の腕の中に入った。
「ユーハオ、可愛い♡」
「あ、ありがとう。ピョンが嬉しそうだから……」
ぎこちなくでしかお礼を言えなかった。
「どういたしまして!」
「それで、お礼は身体で示さなきゃでしょ?」
そう、俺は布団の隙間から脚をチラッと見せた。まだチャイナドレスは着たままで。
「あぁ、ユーハオ……」
肉を前にした飢餓状態の狼みたい。今にも貪るようなキスをしたいって顔してる。
「どうぞ、入ってきて」
と布団を持ち上げる。ミンミンは生唾を飲み込んで、俺に背を向けてしゃがみ込んだ。
「ユーハオはずるいよ。僕の気持ちを弄んでるの、わからないでしょ?」
と苦しそうに頭を抱えながら言い捨てて、俺の部屋からバタンッと扉を音を立てて閉めて出て行った。は?何あれ。俺がせっかく抱かせてやるって言ってんのに、何でキレてんの??意味わかんないんだけど。まあ、良いや。もう寝よー。