三欠片目
風で鳴る鈴の音に耳澄ませ、冷えた瓶に二人して口をつけた。
水の滴るラムネ瓶を逆さまに、弾ける炭酸を喉の奥まで流し込む。広がる刺激は少しだけ蒸し暑さを中和してくれた気がする。
「「ぷっはぁ……」」
同じ声と表情で、俺たちはその冷たさに唸った。半分まで一気に飲み干した瓶の中はシュワシュワと泡が立つ。
汗を垂らし、駄菓子屋の店先に置かれた椅子で溶けていると、腰の曲がったおばちゃん店主が奥から出て来た。
「はいよ。夜千くん、実里ちゃん」
「中沢のおばちゃんありがと!」
田舎っ気の強い地元で店を構えるお年寄りはだいたい知り合いみたいなもの。放課後立ち寄る以外にも、祭りや町内会、学校行事なんかで会う機会が多い。
顔馴染のおばちゃんはニコニコ笑ったまま、アイスキャンディの乗った皿を置く。
「実里ちゃん、ブドウ味好きだったでしょ? 余っちゃってたから、好きなだけ食べちゃって」
「うん、いただきます!」
言われるまま、実里は紫色のアイスを口に突っ込む。シャリシャリ音を立ててちょっとづつ細い棒は短く折られていく。
「相変わらず美味そうに食べるな」と感心してた。けど妙な違和感に襲われる。
なぜだか実里ではない誰かが一瞬重なったような、と思いきやシルエットのズレがあるような。
「実里、おまえブドウだったけ? いつもはオレンジ味じゃ……」
「……さあね? 記憶違いかもよ」
今の状況でそう言われてはこちらも返せる言葉はない。記憶がつっかえてるようなムズ痒さはあったが、今はそれより溶けかけた棒アイスが問題だった。
無難にブドウとオレンジ以外のキャンディを適当に頬張っていると、見知った顔が二つ店の前を通りかかる。
「あれ、楠木じゃね?」
「おおーマジじゃあん!」
白いスポーティーなジャージ姿のクラスメイトが物珍しそうな顔をしていた。
「川田に竹内、どうし……って、部活帰りか。お疲れさん」
バドミントンのラケットを背中で揺らす彼らは挨拶だけして過ぎ去ろうとしていた。
だが横に座る実里を目にした途端、血相を変えて俺に指を向けてくる。
「お、おまえっ……まさか麦野さんと、デ――」
「幼馴染だっての。前にも言ったろ? 普通に今は遊んでんの」
「許せん! 女友達も居ない俺への当てつけか!?」
「そのつもりはなかったけど、お前の顔が歪んで俺は嬉しいよ」
「くっそうらやましッッッッ!!」
「ばーかばーか! どすけべ!」
「ガキか」
雑な棒泣きの茶番を一仕切り繰り広げると川田と竹内は去っていった。
男子ノリはアホらしいが、ストレートに妬みを口にしてくるのは潔いというか、そんなに嫌味を感じない。
「麦野さんまたね~」と振り返りつつ歩く二人に、実里は微笑んで手をヒラヒラさせる。
実里がこの態度をとる時は決まってテキトーにあしらいたい時だということは、流石に可哀そうだから彼らには言ってやらないことにしよう。
「いやーカズ煽り散らかしてたねぇ」
「男子はすぐああいうノリになるからな。毒混ぜてツッコまないと収集つかなくなる」
「でもあたしといる時より辛辣で笑っちゃったな~」
「多少は自重するけどさ……ていうか、お前にも俺当たり強かった? だとしたらごめん」
「何気にしてんのよ今更~。こっちまで調子狂うからいつも通りで良いよ」
「なら良し、平常運行で」
「……けど、ホッとしたかな。ちゃーんと友達と上手くやれてそうで」
「なんで保護者目線なんだよ。母親枠はもう定員オーバーだから。それに多少の社会性は持ってる」
「どうかな~?」
「アイス追加で口突っ込んで黙らせるか」
冗談半分でアイスを一本掴んだ。そのまま実里の顔に近づけようとした時、その呆けた面持ちに気が付く。
「どうした実里?」
「……ううん、なんでも」
実里は数メートル先の地面を見つめながら、ぼんやりとした顔をしていた。川田達を見ているのかとも思ったが、視線の先はどこを向いているというわけでもない。その表情はどこか少し嬉しそうだった。
どうしたんだと尋ねようとしたが、ずっと話してたせいでまた喉が渇いてきた。手に取ったアイスをすかさず口に入れ、溶けた甘い汁で喉を潤す。
店の軒に飾られた風鈴の音に耳を傾け、果物味のアイスを無心で咀嚼した。
――味わいながら、思い返す。
さっき川田と竹内に揶揄われた時、嫌な気がしなかった。いや、それ自体には多少イラっとはした。けれど実里との事について言われた時はなぜか、俺は自分でも自慢げな態度をしていた気もする。
なんであんなに誇らしさに似た気持ちで胸が満たされたのか、俺は見当がつかなかった。グルグル考えてもまだ頭の中は蕩けたままで回りやしない。
ぼんやりした実里と、無言でアイスを頬張る俺。今この瞬間だけはしばらくぶりの静寂が風と一緒に流れて来ていた。