十六欠片目
「パパ、ママ、戻ったよー!」
「お待たせしました」
水族館から出た俺達はミノリの両親と駐車場で合流した。二人の前に出て、自分が思う一番綺麗なお辞儀で俺は謝罪と感謝を伝える。
「無理なお願いを聞いてくれて、ありがとうございました」
おじさんとおばさんは俺の気持ちを察してくれたのか、ミノリと話したことについては何も聞いてこなかった。菩薩のような笑みで静かにうなずいている。
夏の暑さに当てられた若造の愚行を、大人たちは広い心で受け止めてくれたようだ。
「カズくんのママに連絡入れておいたから、もうすぐお迎えの車が来ると思うよ」
「何からなにまで、本当に感謝します」
ただし、大人の寛容さは俺の親を除いての話だ。
「大丈夫そ?」
「ま、ゲンコツで済めば御の字かな」
「ヨルカズのママ、起こる時ちょー怖いもんね……」
人生最大の雷を落とされることと、鉄拳制裁以上のなにかが来るのは確定だろう。考えるだけで胃がキュッと縮まる。
ただそれでも、気分はこれまで以上に晴れやかだった。ちょうど空もそんな気分を反射している。それは隣に立つミノリも、それは同じようだった。
散々泣いて涙を枯らして来た俺達だ。お互いクシャッとした目元を向けながら、静かに別れの挨拶を交わす。
「それじゃ、またね。ヨルカズ」
「うん……次会えるの、いつになるかな」
「多分、次の夏かな。冬と春は、きっと部活で忙しくなっちゃうと思うから」
「部活続けられるんだ。良かった」
「頑張るね」
過去に取り残していた心を今度は未来に預けて、俺たちは最後の言葉を告げ合った。
「また、帰って来るよ」
「ああ、待ってる」
その続きは一年後の八月に話すことにした。
手を軽く振って、ミノリは車の助手席に乗り込んだ。俺はその姿が見えなくなるまで、長い髪も、濡れた瞳も、不器用に笑おうとする顔も、色褪せないように記憶の海へ浮かばせた。
荷物を詰め込んだ軽は緩やかに発進して、蜃気楼の立ち昇る先へ向かっていった。
車のシルエットが入道雲に飲まれる。どんどん小さくなる軽自動車は雲に紛れ、やがて空の蒼さに溶けていく。
遠くて高い空へ向かって、また一匹のツバメが雲の向こうまで飛んで行った。