第1話 光と闇と痛みと涙
夜だった。
真っ暗で、静かで、冷たい空気が肌に触れていた。
目が覚めたとき、私はすでに父の腕の中にいた。
眠っていたはずなのに、気づけばもう外にいた。
抱っこされている。
でも、その抱き方は優しくなかった。
体が傾いて、ふらふらしていた。
お腹に何かゴツゴツしたものが押し当てられて、
ズキズキと痛かった。
声を出したいと思ったけど、出せなかった。
ただ、息をひそめていた。
父の服の中には、小さな段ボールが隠されていた。
その角が私のお腹に食い込んでいた。
ギュッと押されるたびに、内臓まで痛くなった。
だけど私は、泣かなかった。声を上げなかった。
辺りは暗く、店の電気もついていなかった。
ただ一つ、非常口の緑の看板だけが光っていた。
その光が、並んでいる何かを照らしていた。
パソコンか、カメラか、電化製品か。
当時の私にはわからなかった。
でも、その光の反射は、どこか怖かった。
父は無言で歩いていた。母も近くにいた。
私たち3人だけだった。
そして、店を出た、その瞬間だった。
まるで待ち伏せしていたかのように、
警察が現れた。
赤い光が突然、私たちを包み込んだ。
チカチカ、チカチカ──
夜の静けさが一気に壊れた。
光ったと同時にサイレンが鳴った。
耳の奥に響くような、
胸に響くような大きな音だった。
幼い身体には刺激が強かったんだろう。
よく覚えている。
これは夢じゃなかった。
「動くな!」
「止まれ!」
怒鳴り声が飛んできた。
父の腕がぎゅっと強くなった。
私は段ボールごと、さらにきつく抱きしめられた。
痛くて苦しくて、でも私は黙っていた。
その時、息ができなかった気がする。
そして次の瞬間、父の体が揺れた。
誰かに引き離されて、私は母の腕の中に渡された。
そのとき、私は2人の顔を見た。
父は、汗でびっしょりになっていた。
驚いた顔をして、何かを言おうとしていた。
でも言葉は出てこなかった。
母の顔は、真っ白だった。
目がどこにも向いていなくて、
魂がどこかへ行ってしまったようだった。
私はそのまま、
母に抱かれてパトカーに乗せられた。
車の中では何も喋らなかった。
赤色の光が窓に反射しているのを見ていた。
警察署に着いたのは、
いつだったのか思い出せない。
最後にわかったのは、母が泣いていた事。
あの顔をしていた母はどんな気持ちだったのか。
その夜のことは今でも覚えている。
あの時の「光」と「闇」と「痛み」と「涙」を。
父の不安、母の涙、サイレンの音、警察の声。
それら全部が、私の体にずっしりと
のしかかっていた。
あれが、私にとっての「はじまり」だった。
世界が、音を立てて壊れていく夜。