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第四十二話

スリン島の森林。国防陸軍の兵が「降伏しろ!」と帝国兵に帝国語で叫ぶ。現在国防陸軍は掃蕩戦を実施している。

 主として死兵として前線に配された帝国兵はスリン島に置き去りにされていた。攻勢前日にランド少将の司令部が奇襲を受け殲滅されたことで指揮通信系統が壊滅、部隊同士の有機的な連携が不可能になった。これにより末端の部隊は戦況が分からず、結果として国防軍戦線の奥に孤立したり、また救援艦隊が来援し収容作業が進んでいることも知らなかった。

 この時抵抗していた帝国兵の中尉の部隊も同様で、周辺部隊と連携がとれず、また国防軍装甲師団と機械化歩兵師団の前進速度に追随できず孤立した。この中尉はもちろん既に帝国軍がスリン島からの撤退を完了したことなど知らない。ただあれだけ頻繫に聞こえていた砲声が止み、飛び交っていた航空機がいなくなったことから何となく察することはできた。ただ各省が無い。艦隊が一時的に離脱を強要されただけかもしれない。

 そこで残存する部隊、個人は徹底抗戦するか降伏するか議論になった。問題はランド少将からの命令だった。『死兵になれ』、『現在地を死守せよ』。だが友軍が撤退を完了し、任務を完遂した後のことについては一切の記述が無かった。

 順当に考えれば所命の任を果たし、かつ戦闘力を失っているから降伏、となる。しかし、繰り返すが一切の情報から遮断されているため確証がもてなかった。

 国防軍は軍用機から伝単を散布し、あるいはスピーカーから大音量で降伏を促すなど各種降伏勧告を発している。その中で既に帝国軍はこの島に君たちを残して去ったのだと記載した。

 だが敵の言うことを信じる馬鹿は帝国軍には、というか世界中の軍隊に存在はずがない。

 軍事国家にしてファシスト独裁の国、帝国。そんな帝国では降伏を恥とする価値観は根強く、だからこそ戦死は無上の名誉だった。

 少なくとも今し方降伏しろと叫ばれた中尉に降伏する気は毛頭無かった。連邦という別の国との戦争に従軍した経験のある中尉にとって捕虜になることは虐殺されることと同義だった。実際彼自身捕虜を処刑したし、パルチザン掃蕩のためにパルチザンに便宜を図っているとされた村落の住民老若男女を殺した。

 対連合皇国との戦争に於いては捕虜や非戦闘員が不法に処刑されたとの話は聞かない。しかし捕虜の処刑は程度の差こそあれあるものだろう。

 だから中尉は国防陸軍兵の訛りの強い「降伏しろ!」の怒鳴り声に短機関銃の掃射で返した。

 すぐに応射が始まった。短機関銃、セミオートマチックライフル、に加えて機関銃のの猛射。近くの木の幹に次々と銃弾がめり込み、空中を飛翔する擦過音が恐ろしく響く。

 中尉は木の陰から銃口だけを出す盲撃ちをしつつフラフラとした足取りで森林の奥へと逃げる。栄養失調でほとんど意志の力だけで動いている状態だ。それほどまでに捕虜になりたくなかった。正直に言えば己もまた虐殺の憂き目の遭うのではと怖かった。

 帝国軍参謀本部は、このような事情の兵が存在することは想像できた。しかし具体的に行動可能なことはなかった。本土から遠く離れたスリン島へ命令を伝達するには送受信双方に強力で大規模な無線設備を必要とする。スリン島にはそれが無い。また降伏しない方が国防軍の戦力をより長期に亘り拘束できるからと伝達の努力は払わなかった。

 長い者は一カ月間ゲリラ戦を展開した。最終的に掃蕩戦により殲滅されたが最後まで忠実あるいは狂信的だった。捕虜になった者は一桁で、それも大半が昏倒中に捕縛された者だった。


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