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第三話

少し時間を遡り、ランド少将以下、在スリン島帝国軍が撤退命令を受領する一週間前。

 単翼機が全盛のこの時代に、四機の複葉機が飛行していた。主翼と胴体には国防軍の所属を示す記章が描かれている。記章の示す通り、国防軍所属のこの複葉機は、連れ立って帝国軍支配地域上空を、木々をかすめるような極低空で飛んでいた。

 この複葉機は特殊作戦に用するために特別に開発されたものだった。短距離離発着性能に特化し、完全武装の兵員十人を乗せられる。

 遠くでは、この二機が帝国軍に発見されるのを避けるため、砲兵の擾乱射撃が行われていた。

 やがて複葉機は直線にして約300メートルほどの未舗装の道路に、その路面状況を考えれば驚くほどに静かに着陸した。機体が完全に静止しない内から、機内から兵員が路面に飛び降り、最終的に二個分隊、二十名が降り立ち、そして深い森林に溶け込んでいった。

 彼らは一般の兵と違い、迷彩服を着用していた。この時代、帝国軍も国防軍も野戦服は上下ともに単色だった。 

 ひさし部分が切り落とされたデザインのヘルメット、三色で構成された細かい破片模様の、膝丈ほどになる迷彩スモック、灰緑色のズボンは一見通常の歩兵と同一だが、よく見れば右膝の側面部分にポケットがついている。ブーツについても、一般的なブーツではなく、フロントレースの編み込み靴である。

 異色を放ち、俊敏に行動する彼らは国防軍の特殊部隊、特別工兵連隊である。彼らの目的はただ一つ。攻勢開始に合わせた帝国軍スリン島総司令官ランド少将の殺害である。

 そんな精鋭の彼らを率いるのは国防軍の空挺部隊、降下猟兵から移籍してきた生え抜きの精兵、シュタイナ少佐。短髪のブロンドに黒目の精悍な顔つきの将校であり、父の代から軍人として皇国に奉じている。


 ×××


 時を戻す。ランド少将以下、参謀連の会議の翌日からスリン島の帝国軍は配置転換を行っていた。また志願も同時に募られていた。

 前線の帝国軍陣地の一角。その陣地を預かる小隊の、最先任の軍曹が居並ぶ兵卒に令した。

 「小隊総員、気を付け!」

 小隊長の眼前に整列した面々は瘦せ細っている。また欠員が目立つ。帝国軍の編制では小隊の規定人員は四十人。それが小隊長の前に並ぶのは十五人。小隊長と軍曹を合わせて十七人。櫛の歯が大きく欠けた状態、悲惨さだった。兵員簿には戦死(KIA)の文字が目立つ。戦死戦死戦死。幾名かには重傷、そして病気。

 後方の野戦病院に搬送となった兵もあるが、果たしてしっかり辿り着いたか小隊長も誰も把握できていない。搬送とは記載されているが、実のところ負傷兵、傷病兵は徒歩での移動を強いられていた。野戦病院を管轄する衛生隊の野戦救急車もトラックも、燃料、整備部品、人員の欠乏によりその一切が稼働していなかったからである。特に傷病兵は歩き切るだけの体力があるか怪しい。途中で空襲、機銃掃射に巻き込まれた可能性も捨てきれない。

 小隊長の眼前に整列する兵は、軍隊において基本中の基本の姿勢である『気を付け』の姿勢すら保つのに苦労している。野戦服は所々が破け擦り切れている。シャワーなどの衛生関連の後方支援が無いために身は不潔。髭はそもそも生えなくなった兵もある。衣服の洗濯も交換もできないでいる。虫歯に悩まされている兵もまた多い。戦闘の渦中にあって、口腔歯科の衛生状況にまで気を配る余裕は無い。

 そのような、這う這うの体の兵を前にして、小隊長は不敵に微笑んだ。そしてどこか嬉しそうに、誇らしげに口を開いた。

 「諸君、死に場所を得たぞ」

 小隊長はまず帝国軍がこの島からの撤退を決断したことを伝えた。

 「それに伴い、現在我が軍は友軍の撤退を支援するための人員を募集中である。戦友の撤退が完了するまで陣地を堅持する。生きて祖国の土を踏むことはできないものと覚悟してもらいたい」

 小隊長は一拍置いて前に立つ部下一人一人の顔を、目を見た。全員の目が闘志に燃えていた。

 「任務の危険性を考慮し志願制とする。志願する者は一歩前へ!」

戦友のために二つとない命を投げ打つ。それは兵士として最大限の戦友愛の発露であり名誉に他ならない。例えば、戦場で戦友を助けるために手榴弾に覆いかぶさった兵士は例外無く帝国軍の最高勲章を授与されている。

 さらに、このスリン島という特殊な環境が死守という言葉に特別甘美な響きを持たせていた 

 現状、兵士は飢餓と伝染病に苛まれ戦うことすらできずに死んでいく。もはや戦争どうこうの次元ではなかった。もう決して家族に会うことはできないという悲観も、決して虚構の上に成り立つものではなかった。

 そのような絶望的な状況下にあって、戦友のために死ぬという、これ以上なく『かっこいい』死に場所を得た。空腹や病魔に冒されながら惨めに死ぬより、どうせ死ぬなら晴れ晴れしく戦場で名誉ある戦死を遂げたいというのは当然の心理だった。そして今、その栄誉に浴する好機に恵まれた。ならば、ならば。

 十五人全員が教本の規定通り左足から前に踏み出した。ざっ、と全員のブーツが一糸乱れぬ音で土を踏みしめた。全員が誇らしげに胸を張っている。

 軍曹が小隊長に敬礼して報告する。

 「総員十六名、志願します!」

 

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