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第四十一話

 国防軍が港へ突入しなかった理由の一つが今実行された。

 帝国軍艦隊外周に位置していた駆逐艦が近接する艦影を確認した。当該駆逐艦艦長はこれを任務部隊が戻ってきたものと思った。予定されていた時間より早かったが、戦場で予定通りに物事が運ぶことは滅多にない。何らかの事情があったのだろうと深く考えなかった。

 艦隊は国防軍に捕捉されるのを避けるために無線封止中だった。そのため当該駆逐艦は発光信号にて通信を行おうと試みたが相手艦から一切の反応が認められない。

 それも当然、なぜなら近接中の艦影は国防海軍の艦艇だからだ。新鋭戦艦一、その他戦艦二、重巡四、駆逐五で単縦陣を組み最大船速で突入しつつあった。狙うは補給船、その中にいる帝国陸軍兵。帝国軍駆逐艦は何度通信を送っても返信しない艦隊に不信を覚えた。近距離に至り夜目であっても艦艇の細部を視認可能になり、驚愕し、対応しようと戦闘部署を発動している間に国防海軍艦隊は帝国軍艦隊への突入を果たした。

 この時帝国軍艦隊は、状況は予断を許さないことを承知しつつも、ひとまず陸軍の収容を完了し、帰還の過程にあったから弛緩した空気の流れているのを否定できなかった。それを照明するように、中には当直の数を半数にしている艦もあった。

 当直とは艦の職務に就くこと。これに就く人員の数は状況によって変わる。戦闘時なら総員が配置に就くが、通常時であれば半数の人数が配置に就くことが多い。勿論半数の人数では全力の発揮はできない。戦時下であるため、常時総員を配置に就けることができれば理想だが、それでは乗組員の休まる暇が無い。そのため状況に応じ四分の一、二分の一、四分の三、総員というように配置に就く人員数を調整している。

 空母マーズの艦長であるマリーンマンも当直の人員を半数にしていた。ただしマリーンマンの場合、油断からではなく空母という艦の性質からである。夜間に航空機は戦闘行動を行えないため、夜間に戦闘配置になることはまずないからだ。

 マリーンマンは艦橋でコーヒーを嗜んでいると、突如として闇夜に紅蓮の、猛烈な閃光が迸った。続いて砲声と爆発音が響く。驚きのあまりコーヒーカップを床に落とすところだった。

 強力な音と光を発する方を見れば我の重巡が轟々と炎上している。砲撃と思われる閃光は連続し、その度に敵戦艦、重巡、駆逐の艦影を照らし出す。

 「見張りは何をしていた!?」

 心からの絶叫だった。艦隊は輪形陣を組んでおり、空母マーズはその中心部に位置している。だというのに敵艦隊は近距離に迫っている。とにかく事態に対処するための命令を出さなければならない。叫ぶだけの艦長など艦長ではない。

 「最大戦速!面舵二〇度!」

 突入してきている敵艦隊から遠ざかる針路を命令。

 完全なる奇襲に艦隊は極度の混乱、麻痺に陥った。その帝国軍艦艇は次々と砲雷撃を見舞われた。単縦陣をとる国防軍艦隊にしてみれば左右に存在するのは敵艦。下手に攻撃すれば友軍誤射を誘発しかねない帝国軍とは違い何ら躊躇する必要なく存分に火力を振るうことができた。

 指呼の距離からの四六センチ砲九門の斉射が空母サターンに全弾命中した。防御力の脆弱な空母艦内で砲弾は破滅的な威力を開放、航空機用、艦船用燃料も巻き込み空母はさながら巨大な松明と化し、周辺海域を照らす。機関が停止し、傾斜もし、絶好の射撃の的となっている同艦を駆逐艦が止めの魚雷を突き刺した。砲戦に於いては切り札となる戦艦も一発も射撃しないまま砲雷撃で大破し戦闘不能になった。

 帝国軍艦隊は命令のないままに(正確には命令は艦隊司令より下令されていたが、決定的な気付かれなかったりあるいは状況に適していないと無視された。)全艦が個別に回避もしくは反撃のためにまるで統一されず行動していたから周囲の艦が敵かどうかの把握が追い付かない。

中には衝突した艦もあった。

 国防軍艦隊は釣瓶撃ちとばかり撃って撃って撃ちまくった。そこかしこで被弾による爆発、被雷による水柱が起きた。

 そして国防軍艦隊はレーダーで新たな獲物の群れを探知した。補給船団だ。そこで、この目標を撃滅するため重巡と駆逐艦全てをこの探知した目標攻撃に割り当てた。

 補給船団は戦々恐々とした空気に包まれていた。何せ補給船は対艦装備を持たない。対空用に少しばかり機銃を装備していれば良い方だ。そもそもの補給という目的に立脚して、余計な重量となる機銃も装備しない船も大勢存在した。護衛に駆逐艦が随伴しているが数が多いわけでもない。にも関わらず水平線の無効からは殷々と砲声と爆発音が遠雷のように響き、空は不気味な茜色に染め上げらている。

 その方向から全速力で離脱しつつあるものの、所詮は補給船団。船足は遅々としている。

 甲板では陸軍の将兵が、艦橋では艦長以下乗組員が強い焦燥感を顔に浮かべていた。特に艦橋にいた乗組員は無線を通じて刻々と入る帝国軍艦隊の頽勢、混乱ぶりに接していたからなお一層のことだった。この時交戦状態にあったため、艦隊は無線封止を解除していた。

 補給船団外郭の駆逐艦グラスがレーダーで単縦陣を成し疾駆する艦影を捉えた。この混乱の中で綺麗な陣形を組みかつ自分達に近接してくる友軍など存在するはずがない。

 グラス艦長は自分達が発見されたものと考えて補給船団も無線封止を解除、無線通信と発光信号を併用して補給船に退避するよう伝達した。補給船は蜘蛛の子を散らすようにバラバラに遁走していく。一見無秩序だし、たしかに統制のとれた行動ではないが、一網打尽にされるのを避けるという意図も含んでいた。

 この動きをレーダー上で探知した国防軍艦隊は、艦隊をさらに二分割して大きく両翼から包囲するように機動する。グラス艦長は一隻たりとも逃がさんという強烈な殺意を感得して、背中の冷や汗が止まらなかった。

 補給船襲撃を阻止すべく護衛の駆逐艦が集結する。レーダーの反応から重巡クラスが存在するのは確実と思われた砲戦で勝てる見込みは薄いが魚雷はある。

 しかし魚雷は使用できないことに気づいた。敵艦は友軍艦隊の方向から来ている。つまり魚雷を使えば敵の背後の友軍に当たる可能性がある。

 艦長は歯軋りした。勝てる見込みが無くても護衛である以上戦わねばならない。負けるとしても補給船を逃がすという任務を達成することは可能だろう。

 とは言え、いくら軍人とは言え、いくら死を覚悟しているとは言え、これから死地に立つのだ。握りこんだ拳は固く、汗ばんでいた。

 しかし砲戦の不利は重巡に対してだけの話。駆逐艦に対してなら十分勝負になる。但し装備や練度の差を考えれば圧倒的劣勢というのは変わらないだろう。

 即席の駆逐艦隊は敵の針路を抑えるように舵を切った。

 初弾は重巡から放たれた。パッと光ると水柱が立った。夾叉はしていないものの近い。

 「撃ち返せ畜生!主砲攻撃始め!」

 主砲の射程外であることは承知していたが、一方的に撃たれるより精神的な負荷は少ないと判断してのことだ。

 双方命中弾のないまま駆逐艦の主砲射程に入った。執念が身を結んだか、最初に命中弾をだしたのは駆逐艦だった。艦橋に詰めていた全員が快哉を上げる。敵重巡の損害のほどは暗闇のために明らかではないが軽微だろう。艦長は後続の敵駆逐艦が射程内に収まったため、そちらを攻撃するよう下令した。

 駆逐艦グラスも被弾した。タイミングから判断して敵重巡からと思われる。報告に依れば『戦闘航行共に支障無し』。今更ながら、なぜ魚雷を投棄しておかなかったのかと後悔した。もし敵弾が直撃するか、火災が延焼したならば駆逐艦の如き小型艦など簡単に沈む。轟沈だ。

敵も友軍も存在しない海域はあったからそこへ向け投棄しておけば良かったものを焦りからかまるで思考が及ばなかった。今となっては何も起きないことを祈るばかりだ。

 国防海軍の駆逐艦も砲撃を始め、周囲に水柱が林立する。

 帝国軍駆逐艦は全艦奮戦敢闘、しかしグラスにもにも被弾が連続する。前部甲板の主砲は沈黙し、艦は傾き始めた。いよいよ火は艦内各所を舐め、ダメージコントロールは追い付かない。もはやこれまで。駆逐艦グラス艦長は総員退艦を命じた。

 補給船団を護衛していた駆逐艦が撃滅された後、補給船への攻撃は一方的なものになった通常艦砲による射撃は全砲塔を統一して射撃するが、各砲塔が独立して射撃した。

 補給を第一義とする補給船には装甲は皆無で、また艦船ほど頑丈な構造をしていない。駆逐艦の砲弾一発でも容易に致命傷になった。またダメージコントロールの暮れんを受けた人員は極少数か皆無で、火災が発生したならばそのまま炎は船を燃やし尽くした。

 彼我の距離が近接すると、四〇ミリ、二〇ミリ対空機関砲も射撃を開始した。艦砲に比肩する威力は無いが、内部の人員を引き裂き血の海にし構造物を破壊し火災も発生させた。

 地獄の口が開いた。補給船では退艦命令が発出されてもスリン島から引き揚げてきた陸軍兵には素早く対応できるだけの体力が無かった。場合によっては傾斜の発生している船内から脱出できず、炎に巻かれたり溺死する兵も多かった。離船できたとしても救命艇に乗れなかった兵は、救助が来るまで浮いていることは難しく、たとえ何か漂流物にしがみつたとしても体力が保たずに波間に没した兵もいた。

 救命艇、漂流物の奪い合いが始まった。なまじ全滅必死のスリン島から逃れてきただけに生への執着には尋常ならざるものがあった。

 「馬鹿野郎!もうこの艇は一杯だよ!」

 サマリー軍医少尉の乗る救命艇で大尉が声を張り上げる。実際、定員を遥かに超えて乗せ、バランスは悪く喫水も相当深くなっている。これ以上はどう頑張っても乗せられない。それでも周囲の海面を漂う兵は必死で、なんとか艇に乗ろうと手を伸ばす。縁を掴む。

 「乗れないんだ!乗れないんだよ!」

 大尉の声は悲痛に満ちていた。どうやら今海面を漂う兵の大半は部下であるらしかった。

 大尉だけでなく他の兵も伸ばされた手を、縁を掴む手を振り払う。罪悪感があった。自らが助かるためには助けを求める戦友の、今まで肩を並べ、同じ釜の飯を食い、そして共に戦死すはずだった堅い紐帯で結ばれた戦友の手を払う。叩く。皆鬼の形相で泣いていた。必死だった。誰だって死にたくない。それでも何度振り払っても手は伸びてくる。

 「許せ。許してくれ」

 サマリーは大尉の微かな謝罪の声を聞いた。直後、大尉は海面に浮かぶ兵に向け拳銃を射撃した。一発、また一発と響き弾倉が空になったら再装填してまた射撃する。

 まったく拳銃の射撃音だけが耳に届く全てだった。誰も止めない。止められない。

 「すまない、すまない」

 二つ目の弾倉を撃ち尽くしたとき、救命艇の鯖に存在する兵は皆無だった。大尉は最後に胸ポケットから一発取り出して装填した。

 「よせ!」

 サマリーの制止を効かず、大尉は最後の一発を自分に撃った。大尉の体はグらりと揺れると落水し、波間へ今自分の撃った部下と共に沈んでいった。

 自分が助かるために戦友を殺したのはこの大尉だけではなかった。ある兵はナイフで刺した。また漂流物を奪い合い、結果双方共に体力が尽きて没してしまった事例もあった。

 補給船は散り散りに逃げていたが、国防海軍艦艇はレーダーを活用して徹底的に追撃した。補給船より重巡洋艦、駆逐艦の方が優速だから一度捕捉されたら逃げ切ることはまず不可能。

 国防海軍も全ての補給船を追撃できたわけではなかったが、各艦は残弾が一割を切るまで射撃した。この補給船団攻撃によって帝国軍は二個師団を優に超える夥しい数の人員を失った。

 輪形陣を組んでいた戦闘艦についても戦艦一隻、空母一隻を筆頭に二十隻近い艦艇が撃沈され、艦隊司令まで戦死した。撃沈を免れながらも深手を負った艦も多く、二隻が曳航不可能と判断され雷撃処分された。

 対して国防海軍は被弾した艦こそあれ撃沈された艦はない。スリン島戦役において幾度も生起した海戦の最後は国防海軍の絶対的な勝利で終わった。


×××


 補給船の甲板で誰かが叫んだ。

 「陸地だ!」

 叫びに反応してざわめきが広がる。やがてそこかしこから歓喜の声が嗚咽混じりに上がった。ある者は甲板から身を乗り出して、また船内にいた者は窓にべったり張り付いて陸地を見ようとした。

 全員が死を覚悟、或いは死は避けられぬものと諦めていた身。飢餓と病と虫に冒されながら惨めったら死ぬはずだった兵士、死兵となり戦友のために絶望的な遅滞戦闘の中で死ぬはずだった兵士。今は愛国心も軍人としての責務も忘れ、ただ一人の人間としてまた家族や友人、恋人、大切な人と会えることを、つまりは生還を心の底から喜び、涙した。

 帝国軍救援艦隊は言葉を絶するほどの大損害を受けながらもスリン島の帝国兵を救出するという任務を果たし、這う這うの体で帰港した。損傷の酷い艦はタグボートに付き添われ即刻ドックに入渠した。 

 艦隊の帰港時、軍楽隊が慰労のために音楽を、指揮官が気を効かせて軍隊とは無縁な市井で人気を博している明るい曲を奏でていたが、それも歓喜の渦の中にあってあまり遠くまでは響かなかった。

 岸壁では大量の医療従事者が待機していた。港の倉庫からは物資が運び出され臨時の医療施設へその役割を変えていた。負傷の度合いにかかわらず一度そこへ収容され、負傷や伝染病の治療を受け、負傷の度合いによっては近隣の軍病院へ搬送されていった。

 負傷の無い兵も飢餓や伝染病のために衰弱し、再び戦線に立つには長期の療養と再訓練が必要だった。長い者で八カ月に及んだ。

 だがとにかく、兵士にとってスリン島の戦いは幕を下ろした。

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