第四十話
一日後、月明かりの僅かな深夜、帝国軍艦隊から戦艦一隻を主軸とする任務部隊が編成され、スリン島西方の沖に差遣された。任務はスリン島の前線一帯及び港に通じる街道への艦砲射撃。時間稼ぎに上陸した一個大隊が後退する間、砲撃を実施することで追撃を阻止する。
戦艦及び重巡が単縦陣でスリン島に近接し艦砲射撃の態勢をとり、外周では駆逐艦が国防海軍潜水艦に警戒している。艦砲射撃中は微速且つ一定の針路速力で航行する。そのためもし潜水艦に捕捉された場合、絶好の的なのだから容易に命中弾を喰らう。駆逐艦の聴音手は全神経を張り詰めて海中の一切の音を聞き逃すまいと耳をそばだてていた。
「対陸上戦闘、左砲戦用意!」
戦艦の指揮艦橋で艦長が号令掛け、カーンカーンカーンカーンと戦闘へ突入する鐘の音を模したアラームが艦内に響き渡る。
「艦内各部非常隔壁閉鎖良し!総員配置良し!対陸上戦闘用意良し!」
艦内各部から戦闘配置に就いたとの報告が副長に集約され、副長は艦長にその旨報告する。
射撃指揮所に所在する砲術長の指揮の下、射撃指揮所は射撃に必要な各種諸元を算出、調整する。今回は事前に砲撃箇所を選定していたから基本となる弾道計算は済ませてある。後は実地でしか得られない風速や湿度などの諸元を集計。
いよいよ帝国軍が保有する最大の砲である四五口径四〇.六センチ砲二門一基、合計八門が仰々しい威厳を振りまきながら旋回、砲身を定められた仰角まで持ち上げた。
その様を目にしたある兵は振り上げられた棍棒と表した。別の詩的な表現をした幹部曰く、持ち上げられた砲身はまるで研ぎ澄まされた狼の下顎の如く。まさに食いかからんとする牙。
「主砲、攻撃始め」
艦長の号令に従い砲術長は射撃号令を下令する。
「主砲、撃ちー方始め!」
号令一下、全八門の主砲が斉射。僅かな月明かりに部分的な輪郭が浮かぶだけだった艦影が転瞬、噴火に等しい猛火の眩きが艦全体を照らし出した。艦橋に所在した全員があまりの紅蓮の強さに目が焼かれるほどかと思った。
弾頭重量約一トンの榴弾が八百メートル毎秒の初速で撃ち出され、飛んでいく。
着弾観測が行えない都合上、着弾を元にした諸元の修正は行えない。着弾が散らばるがとにかく弾数を叩き込んでいく。精度の不利は数と戦艦の主砲弾の暴力で補う。
撃たれる側の国防軍は至極冷静にこの艦砲射撃を捉えていた。元々艦砲射撃の可能性を認識していたからだ。だから港に突入しなかった。さらに帝国軍の任務部隊を国防軍は察知していた。このため艦砲射撃に備える時間的猶予が存在した。
また砲弾を降らせてくる地点も予測できた。帝国軍の撤退援護、帝国軍が国防軍の所在を正確に把握できていないだろうこと、最後に夜間ゆえに観測機を飛べさせないこと。以上を考慮すれば砲撃の目標となる地点は帝国軍の地図に記載があって、かつ移動しない目標に絞られる。
撤退の援護という要素も加味すれば街道が主目標になるのは容易に想像がつく。
国防軍は艦砲射撃が開始された時には地形の陰に隠れ、街道から大きく距離を開け、各人共個人用掩体を構築していた。艦砲の前に個人掩体は無力だが、それでも飛散する破片や障害物から身体を防護できる。
砲弾が空気を引き裂く飛翔音、着弾の炸裂と衝撃は地面と将兵の心を揺らした。やがて艦砲射撃が終わった時、国防軍将兵及び機材の損害は本当に微々たるものだった。
戦艦始め、帝国軍任務具体は来て弾数の射撃を終えた。戦艦の砲術長は号令する。
「主砲、撃ち方控え。人員器材以上無し。主砲発射弾数榴弾一六八発、残弾数三二発」
続いて艦長に主砲射撃を終えたことを報告する。
『艦長了解。主砲全基攻撃止め。対陸上戦闘用具収め。諸君、良くやった』
戦闘部署を復旧する『用具収め』の号令も掛かり、次いで艦の戦闘態勢を解く号令が下る。
『戦闘用意用具収め』
「戦闘用意用具収め良し」
以上を以て任務部隊は所命の攻撃を終えた。任務部隊は対潜警戒を厳としながら海域を離脱、艦隊への針路をとった。




