表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/41

第三十七話

 艦隊戦が行われた日の夜、帝国軍救援艦隊はとうとうスリン島に到達した。日はとうに落ちていたが、帝国軍支配地域唯一の港であるトロン港に揚陸艇を始めとして救命艇まで使用して直ちに食料や医薬品の陸揚げを始めた。効率は悪いがそんなことより寸刻を惜しんで物資を揚陸し、負傷兵を助けなければならない。

 上陸第一陣は軍医、衛生兵が中心だった。上陸した将兵はあまりの惨状に愕然とし絶句した。無くなった将兵の遺体は体力的に埋葬が不可能であったため森林の濃い緑を衝いて詩集が漂っている。将兵は人間とは思えないほど痩せ細り、皮と骨だけの、さながら骨格標本にしか見えない。劣悪な衛生環境ゆえに傷口は化膿し、あるいは腐敗、壊死によって悪臭が漂う。死者と生者の見分けなどつきやしない。

 大半の兵は救援が来たことの嬉し涙すら流す余力は無く、立つことが可能な者はほんの一握り。上陸した将兵の元に這って行き助けを求めることが可能な者さえ半数に届かなかった。ある衛生兵は後にこう回想している。

 『鼻を衝くすさまじい悪臭。腐敗のためか妙に甘ったるいような臭いもあった。森林のそこかしこから痩せ細った戦友が這って出てきた。その様子はまるでホラームービーだった。あの時以上の戦慄は未だ経験したことがない』




 スリン島の戦いは最終局面を迎えた。帝国軍艦隊は到着後、直ちに負傷兵の治療および収容を並行して行い、また収容までの時間を稼ぎ出すために歩兵一個大隊が上陸した。

 この局面に於いて、制空権は確立されていなかった。国防軍は航空基地の復旧を強力に推進しているが帝国軍が傍観しているはずもなく、しばしば艦載機を差し向けて作業を妨害していた。実際には基地に突入はせずとも、近接するだけで作業は中断を強要させるから少数機での襲撃、あるいは近接だけに留めるというのも多かった。

 国防軍に於いて、空母が航空戦力の大きな比重を占めていた。この理由により、両軍共に敵空母の撃滅を画策したが、実際には非常に難しかった。まず両軍共に地上の友軍の支援を行わねばならなかった。この任務のために敵艦隊へ差し向ける戦力の確保に困難が伴った。

 次に国防軍は、爆弾及び魚雷の在庫が十分な数無かった。度重なる攻撃により、補給が追い付いていなかった。補給艦が全力で稼働していたが、開戦前に想定された補給頻度を大きく超えていたため間に合っていなかった。

 帝国軍はそもそも艦爆、艦攻、爆弾、魚雷、ロケット弾を装備していなかった。元が救援作戦であって、専ら防禦に徹することになるだろうという予測からだった。また現在までに半数以上の艦爆、艦攻を消耗していた。これにより敵艦戦の迎撃と対空砲火を突破するだろうだけの数が存在するかは相当に怪しいと艦隊司令、参謀は考えていた。

 以上の理由により近距離に空母が存在しながら(しかも国防海軍は帝国軍空母の大まかな位置まで判明しているにも関わらず)空母同士の戦闘が生起しないという奇妙な状況にあった。

 スリン島の地上戦の様相は大きく変わった。帝国軍は健康な兵士が弾薬の心配をすることなく撃ちまくり、戦車にも抵抗できるようになった。

 戦車は存在しないから手段はバズーカもしくは近接航空支援になる。狭い森林内での戦闘であり、バズーカの射手は射撃時の後方爆風バックブラストに十分留意する必要があるが、まともな対抗手段が必要十分な数手に入った意義は大きい。今までは弾数が不十分であったため、射撃の機会に恵まれても撃破できるだけの弾数を撃ち込むことが不可能だった。

 国防軍中戦車は全身に増加装甲を装着しており一度だけの射撃ではまず撃破できなかった。それが残弾を気にせず射撃可能になったことで、一度目の射撃で増加装甲を吹き飛ばし、二撃目で本体に命中させることも可能になった。複数方向から滅多打ちにすることだってできる。

 戦闘自体は機甲戦力の無い帝国軍がジリジリと押されているが、時間稼ぎという目的からすれば十分な働きだった。

 国防軍にとって、戦闘は敗残兵狩りじみたものから激烈な正規軍同士の激突へと変わった。




 トロン港に所在する、臨時に応急救護所になっている倉庫。ここは野戦病院から沖の補給船への中継地として機能している。その内部でサマリー軍医少尉は全精力を傾けて負傷者の治療にあたっていた。

 サマリー軍医にとって有難いことに、野戦病院に配置されなかったため、鼻を衝き奥深くにこびりつく腐敗臭などの悪臭はなかった。野戦病院に行った軍医仲間はあまりの惨状に飯が喉を通らなくなってしまったらしい。普通、軍人はどんな状況でもとにかく飯を食べるよう訓練されている。給養のためだ。それができなくなってしまった。

 そうなってしまうのも当然の惨状を野戦病院は呈していた。一番の問題はやはり悪臭だ。人体の腐敗臭、糞尿の臭い。それらが衣服や寝具など、考えられる限りあらゆるところに最悪のにおいが染み付いてしまっている。

 その主な発生源である万単位の戦死体の焼却処理のために急遽すべての火炎放射器が集められた。しかし元々防禦のための兵力であって、よって火炎放射器はさして無い。そのためガソリンを直接死体の山に掛けて燃やした。

 戦死者とその遺族には申し訳なかったが、遺体を収容し持ち帰るための時間も資器材も無かった。

 サマリーが負傷者に抗生剤を注射していると、突如爆発音がして倉庫の天井の一部が突き崩れ、内部で爆発が起きた。瞬間、砲撃と悟った時にはサマリーは空気の膜の押されて吹き飛ばされるように転倒した。

 砲撃が止まない中、慌てて体中をまさぐって幸いなことに負傷していないことを確認した。

 しばらく伏せた状態でいると、始まった時同様、突然ピタッと砲撃が止んだ。スコールみたいな砲撃だった。

 砲撃が止むと爆発音の代わりにあちこちから悲鳴が響く。どうやら自分のいた倉庫には一発しか落ちてこなかったが、外には結構な数が落ちたらしい。

 「衛生兵ー!」

 「助けてくれー!」

 負傷し戦えない者にさらに鞭打つとは何事かと憤りを覚える。が、救助と治療が先だ。

 倉庫に命中した砲弾は天井を突き抜けて地面で炸裂したようだ。幸い、と言うには酷な状況だったが、倉庫内の死傷者は少なかった。砲弾の破片は、着弾地点の周囲に寝かされていた者の体が吸収したためだ。また全員が寝かされていたから上方向に飛散した破片で死傷する者もなかった。それでも十人程が死傷しただろうか。

 サマリーは倉庫内の負傷者の処置を終えると外の負傷者の処置に取り掛かった。当たり前だが遮蔽物の無い分被害は外の方が酷かった。

 特に揚陸艇その他小型舟艇が接岸している岸は悲惨だった。舟艇への乗船を待つ重傷者は寝かせられ、軽症者や病人は座って順番を待っていた。そこへ何の予兆も無く砲弾が一切の容赦無く襲い掛かった。

 サマリーの知るところではなかったが、国防陸軍砲兵隊は着発信管と近接(VT)信管を混ぜて使っていた。近接信管を砲撃に用いると砲弾は地面から一定の高度で炸裂し、大量の破片を地面に降り注がせる。例え塹壕に隠れていても破片は雨のように降ってくるため避けようがない。屋外にいた者は頭上から降り注ぐ破片の豪雨に退避できる場所もなく体を切り裂かれた。

 乗船の待機列がそのまま死体の列に変わってしまった。百人単位で死んだだろう。

 海では舟艇が三隻沈んでいた。二隻は破片が船底を貫いたのだろう、海に浮かんでいる状態からそのまま横転せずに沈んだようだった。一隻は横転した状態で沈んでいる。

 他にも接舷していた数隻が損傷を受けたようで、乗員が応急修理に奔走している。一隻は船底に穴が開いたらしく、浸水に対処すべく必死の形相で塞ぎ、排水している。

 海面に漂う死者の死因は何だろう?砲撃の破片でない場合、彼らは沈む艇から逃げ出せず、あるいは泳ぐだけの体力が無くて溺死したことになる。

 もうすぐだった。彼らはもうすぐ沖の艦船に収容されてこのスリン島から帰還できた。それが最後の最後に溺死した。あと一歩。さぞ無念だっただろう。彼らの悔恨の念を思い量ることはできない。せめてサマリーは生存者の救助に全力を投じた。

 国防軍砲兵の射撃は散発的だった。しかし一回一回の砲撃の烈度は激しかった。

 砲撃は恒常的でなはない。第一の理由としてに擾乱を目的としているから。そのため観測しておらず、港の敷地のどこかに着弾すれば良しという感じで射撃していた。第二に制空権が確立されていないから。長時間射撃を継続すれば敵機に発見され攻撃されてしまう。最後に前線への砲撃支援も実施する必要があるから。以上三点の理由から砲撃は散発的だった。

 砲撃の混乱が収拾されると舟艇による傷病兵の補給線への収容が再開された。

 将校の試算に依れば全員を収容するのに要する時日は長くて二日。その時間を稼ぐべく、上陸した一個大隊と国防軍の間の、スリン島最後の陸戦は熾烈の極所に至ることになる。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ