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第二十話

 スピネルの小隊が陣地に突入したことで国防軍陣地は混沌とした。これを見て取った、スピネルが残置せざるをえなかった小隊も戦機を見出し突撃を発起した。

 このあたりで国防軍の戦線は崩壊の兆しを見せ始めた。後の調査では、後退命令の勘違い、信号弾を誤って解釈したことが原因とされた。

 主陣地及び主陣地前縁の小隊陣地に頑張る国防軍部隊に対し、生起の後退命令が出された。ところが混乱の最中、命令の対象外である防衛線に就く国防軍兵士まで後退の命令が出されたと勘違いしてしまった。誰が言い出したのかなど解明のしようがないが、それでも誰かが撤退だと叫び、それがさざ波のように広がっていったことだけは確かである。

 国防軍は信号弾を使用している。赤、緑、白など種々の色を組み合わせることで無線が使えない状況下でも友軍と連絡をとるためだ。戦闘の最中にも何発か何度か打ち上げられたが、恐慌に駆られた、そうでなくとも浮足立った兵がこれを後退の合図と誤認した。実のところ、誰も後退を意味する色の組み合わせの信号弾を打ち上げてはいなかった。けれど砲撃の要請や射撃注視要請などの信号弾を恐怖に駆られていたあまりに後退と誤認してしまった。森林内ゆえに空への視界は遮られており、戦闘中に空を見ても信号弾の一部しか視認できなかったことも誤認する原因の一部になった。

 この二つを理由として、国防軍の防衛線が一部で崩れ、帝国兵はさらに後方へ突進した。

 このため、防衛線にあって奮戦していた国防軍部隊の中には気付いたら側面の友軍がいない、最悪の場合には急襲されるといった部隊があった。

 この混乱を収めるため、国防軍は大隊長、連隊長クラスの大佐、准将クラスが出向いて混乱の収拾に努めた。彼らは部下をある時は怒鳴り、ある時は冷静に話し、また宥めすかして取り纏めていった。

 その混乱の最前線に位置するスピネルはさらなる後方への突進の機会を見出していた。恐るべきことに敵国防軍陣地に所在する国防軍兵士は混乱から立ち直りつつあるように見受けられる。スピネルの観察するところ、最大の要因は帝国軍がその衝力を失いつつあることだ。小部隊での襲撃は、烈度やタイミングがバラバラだったために国防軍に混乱を引き起こしたろうが、所詮は小部隊であるために早期に戦闘力を喪失しただろう。そのため一度混乱から立ち直るきっかけさえあれば兵力差の前に帝国軍は一方的に敗れた。

 スピネルが爾後の行動を思慮していると、横で敵の携行糧食を頬張っている二等兵がいた。そいつは雑穀パンを一度に食いすぎて喉を詰まらせた。大急ぎで敵兵の水筒を分捕って飲もうとするが全く入っていなかった。もう赤ん坊かと思うほどの慌てぶりで胸のあたりをドンドン叩きながら別の敵兵の水筒から水を飲んだ詰まっていたものを飲み下した。突撃の最中に喉に食べ物を詰まらせて死亡など笑い者である。もっとも気持ちは分からないでもない。

 驚きと呆れでその二等兵を見ていると、何を勘違いしたかパンを差し出してきた。そういうことじゃない、と一喝しようと思ったが、腹にさからうことができずに渋々といった態で受け取ってしまった。

 携行糧食というのは、補給が途絶えたなどの緊急時に一日二日保つための食事であって、味というのは第一義ではなかった。通常は調理されたものが提供される。

 そのためスピネルが食べたパンはやたらぼそぼそしていて、通常なら顔を顰めるようなものである。それが美味しく感じた。美味しく感じるほどに食に飢えていた。悲境を嫌でも感じた。

 他の兵も釣られて敵兵の死体を漁り、多寡あれど食料を手に入れた。意図せず発生した小休止のおかげで、陽動の任を負わせた小隊と合流できた。

 スピネルが掌握した人員は二十七名と少し。逆襲が発動される前は五十五名だったからかなり減ってしまった。欠員の兵は戦死したか重傷のため動かすことができず、放置せざるかったという。特に陽動の任にあたった小隊は敵の強大な火力の前に大きな損害を出していた。

 一方で敵の小銃を鹵獲したことで火力の面ではいくらかの改善が見られた。

 スピネルの観察するところ、国防軍は統制を取り戻しつつあった。しかし今ならまだつけ入る隙は残っている。未だ混乱から完全に今なら寡兵であっても速度で敵を衝くことができる。

 軍歴と実戦経験に富むスピネルは野獣のような嗅覚で突撃路を見出した。

 「続け!」

スピネルは短く令すると塹壕を辿って敵陣後方へと突進する。すぐに主陣地を抜け、予備陣地を窺う地点にまで進出した。街道から一歩立ち入った林の中を前進していたところ、街道に所在した国防軍戦車と歩兵一個小隊が前進するスピネルの小隊を発見した。

 スピネルは皇国語での誰何の大声で自らが発見されたことを悟った。

 「撃て!」

 逃げられないと覚ったスピネルは射撃を命令。比較的に静けさを保っていた森は一転、修羅の巷と化した。一番の難敵はやはり戦車である。近くに工具の散乱しているのを見るに、どうやら履帯か転輪、誘導輪、ともかく駆動系統に損傷があるようだ。

 常ならば歩兵の近接を容易に許してしまう森林に四方を囲まれ、駆動系統に問題を抱え行動不能の憐れな敵戦車である。しかしこの時のスピネル達はバズーカも梱包爆薬も持たない。敵戦車を破壊するための武器が無い。するとどうだろう。前方の戦車が街道に堂々と居座る大胆不敵な戦車に思えてくるのだ。

 この敵戦車は、しかし万全にその火力を発揮できているわけではなかった。というのも夜闇のために光量不足で、砲手は照準器を覗いてもまったく見えなかった。これを補ったのが車長と車体に位置する無線手の機銃だった。夜目に鮮烈な緑の曳光弾が目標を示し、砲手は曳光弾の着弾地点に榴弾を撃つ。

 対戦車火器を持たないスピネルの小隊は一方的な攻撃に晒される。敵一個小隊からの小火器による猛射、戦車砲による破壊。銃弾が木の幹にめり込み枝葉を切断し、凶悪な擦過音を発生させ、人体に食い込む。弾頭重量五,七四キログラム、炸薬量六八六グラムの榴弾、Sprgr.34は一度炸裂すると千を優に超える大小様々な大きさの破片が音速を超える速度で周囲に四散させる。

 スピネルは敵戦車をどうにか排除できないか苦慮していた。今や敵戦車は無敵の怪物である。元より絶望的な戦闘だが、どうにかして無力化しないと万に一つの勝機も無くなる。何とか近接すれば戦車内に手榴弾を投げ込み内部の搭乗員を殺傷できる。スピネルは戦車の周囲を見渡した。戦車は街道の端に位置していて、スピネルから見て敵戦車の右側面は至近に木々が存在する。部下複数名と共に右手から接近すればあるいは。

 既に交戦状態にある以上隠密裏に接近しての奇襲は望めない。スピネルは至近距離での交戦を予期し、短機関銃を装備している部下四名、セミオートマチック小銃と手榴弾を装備した部下二名を引き連れ敢為に前進。

 結果として敵歩兵の横合いから急襲する形になった。短機関銃を乱射しながら敵戦車に肉迫する。弾薬は鹵獲したために必要十分な量を所持していた。一人が腹から喊声をあげ銃剣突撃を敢行、敵一名を刺突により殺害した。

 短機関銃の猛射による火制と手榴弾の大量使用は敵兵を圧倒した。帝国兵が瞬間的とは言え豊富な火力を発揮したことは敵兵の虚を衝いたようだ。それでも一名が殺された。

 敵戦車の側背には敵戦車を盾に使う敵歩兵が存在した。敵戦車に取り付くにはそれらの敵兵を排除する必要がある。手榴弾を敵戦車の周囲に投擲、炸裂後に急迫。こちらに気付いていなかった車長を射殺するとホルスターに拳銃を収めてから登攀にかかる。部下の一人が後ろから押し上げてくれた。

 間に部下が短機関銃で制圧射撃、手榴弾を投擲し敵歩兵に邪魔をさせない。

 部下二人と共に車体に登ると部下の一人が空いたままのハッチから短機関銃を内部に乱射。敵戦車兵の悲鳴が聞こえた。スピネルは部下が射撃している間にもう一人の部下と共に手榴弾のピンを抜き、射撃が終わるのと同時に投げ込んだ。

 「がっ」

 炸裂と同時、一発の銃弾がスピネルの腹部を貫いた。膝をついたのと同時、二発目の銃弾が胸部を貫通。間を置かずさらにもう一発の銃弾が胸部に命中。スピネルの体がうずくまるように倒れると車体から転がり落ち、地面に落下した時にはスピネルは死亡していた。鬼神も哭く壮烈な戦死だった。

 スピネルが戦死して間も無く、第二防衛線を預かる帝国軍連隊の逆襲は潰えた。

 この逆襲は帝国軍の、救援が来援するまで時間を稼ぎ出すという作戦に多大な貢献を果たした。国防軍は戦線の整理、夜明けを迎えなお戦っている少数の帝国兵の掃蕩を行わねばならなかった。その上で部隊を整理し必要に応じて再編し、また相当数の武器弾薬を前線諸部隊に補給する必要が生じた。結果として、再度国防軍が前進を再開するまでに三日の時日を要した。


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