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第十八話

第二防衛線を預かるのはブル中佐麾下の一個連隊。昼間の戦闘で二個大隊にその戦力をすり減らした連隊は、ブル中佐の発案で今晩を期して逆襲を発動する腹積もりだった。

 ブル中佐は勇猛果敢に過ぎる、攻撃精神の発露のような将校として知られていた。陸軍大学校時代の教育簿には『勇猛というより蛮勇』、『反射的な攻撃命令を下す』、『自制を要す』などの言葉が並ぶ。攻勢主義をその根幹に据え、積極果敢な将校をこそ良しとする帝国軍がこう表現するほどにはブル中佐は攻撃的な人物だった。

 このブル中佐はスリン島帝国軍が飢餓に喘ぐ中にあって、なおその双眸をギラギラと怪しいほどに輝かせている将校だった。そして死ぬなら向こう傷が良い、徒花を咲かせたいとの強烈な欲望を持っていた。

 日中の戦闘で彼の連隊は大いに打ちのめされた。二個大隊が残存しているものの、部隊として統合された戦闘力の発揮にはそうとう厳しいものがあった。加えて陣地は主陣地より貧弱な予備陣地を残すのみ。その予備陣地も、陣地というよりただ穴を掘っただけというようなお粗末なものだった。要約すれば、数だけはまだいくらかあるものの、戦力としては頼りにならなかった。そも、戦力の三分の一を失った部隊は『被撃破』として戦闘力を失ったものと帝国軍では考えられる。

 以上の状況を踏まえ、ブル中佐は翌日に予期される国防軍の攻撃によって蹂躙されるのではなく、出撃して華々しく戦死することを望んだ。陣地に籠って死ぬより突撃の最中に散華するほうが武人らしいという思いだった。

 そしてランド少将からの命令にはこの軍人らしい自殺のための突撃を可能にする余地が残されていた。ランド少将が戦死する前に発出した命令は二つ。一つは時間稼ぎのための死兵を募集すること、もう一つは各部隊は指定の地点で防禦に就くことだった。この二つの命令は違う時期に発出された。ランド少将としては諸部隊の再配置が済んだ後に、前線将兵は死兵として現在地を死守すべしとの命令を下令する予定であった。ところがその前にシュタイナ少佐率いる特別工兵連隊の襲撃によって戦死した。

  つまり現在に至るまで、帝国軍将兵は死守を命じられてはいない。命じられたのは防禦である。もっとも大部分の帝国軍将校は二つの命令をつなぎ合わせてランド少将の意図通りに行動していた。

  このような状況であったから、命令には解釈の余地があった。

  ブル中佐は考えた。一般に、まず防禦というものは、一定の空間を一定の期間守る軍事行動である。守るのが目的であって、手段は問われない。一般的な手段としては陣地に拠って戦う陣地防禦あるいは機動戦力を臨機に機動させる機動防禦がある。しかし極端な話、自ら打って出て、進撃してくる敵軍を陣前遥かに撃滅しても良いのだ。

 命令が防禦であるからといって、何もずっと陣地に亀のように閉じ籠ってばかりである必要は微塵も無い。

 次に現在ブル中佐が指揮を執っている陣地防禦について。陣地の一部が占領されたなら逆襲を発動して再度掌中に収める必要がある。これは守ってばかりでは結局ジリジリと後退するばかりであるからだ。よって逆襲を発動し主陣地を奪回することは通常の戦闘行動の範疇である。

 以上を鑑み、ブル中佐主陣地奪回を目的とする逆襲を発動するのみならず、陣地前方に所在する敵を求めこれを撃滅するとの作戦を立案した。

 連隊司令部の幕僚はブル中佐の作戦の目的が徒花を咲かせることにあることは直ぐに理解した。けれどそれを制止することはなかった。彼らも現在の状況だと翌日に予想される国防軍の攻撃で壊滅することは容易に予期できた。であれば、彼らとしても積極果敢を旨とする帝国軍人らしく突撃して戦死したかった。

 十八時にブル中佐は命令を下達した。

 『連隊は本夜半を利用し逆襲を発動、主陣地に蟠踞せる敵を撃滅しこれを奪回せんとす』

 さらに命令文は、『爾後主陣地前縁に所在の敵を求め之を撃滅す』とした。

 これにより体裁上、命令に矛盾することなくブル中佐は自身の企図を達成することができた。

 またブル中佐は、夜間攻撃のため相当の混乱が生じることを見越し『機に臨み変に応じては各々の信じる所を果断決行、臨機に目標を定め突入すべし』と命令文に書き足した。夜戦における混乱は移動、展開、攻撃前進の際に地形に起因する。その混乱を最小限に留めるために前線将校である小隊長、また分隊長を努める下士官に大幅な権限の下方委譲を認めた形になる。

 ブル中佐は、自殺的な突撃ではあったけれども、最大限の威力を発揮するように努めていた。もっとも臨機応変な前線将校、下士官は著しく不足していたが。

 命令文は『悠久の大義に生きるべし。天祐を確信し総員突撃せよ』と結ばれた。

 そしてこの突撃は国防軍に大混乱を引き起こし、あわや戦線崩壊の危殆に陥れることになる。

 この命令が下達された時、兵は歓喜の内にこれを受領した。やはり勇猛果敢を是とする帝国軍の文化にあって、多くの兵は陣地で蹂躙されて死ぬより突撃して華々しく死にたかった。

 二三:○○、連隊は攻撃前進に移った。奇襲効果を見込み、また十分に効果を見込めるほどの弾数が無いため迫撃砲による射撃は行われなかった。

 先鋒を務めるスピネルは二個小隊を指揮することになった。小隊指揮官が戦死し他に適当な者がいないからということだった。

 スピネルは奇襲を成功させるために部下にいくつかの指導を施していた。音を発しないため水筒には靴下を被させた。他に銃剣には草を巻き、光を反射しないように指導した。帝国軍の銃剣は黒染めされておらず、月の光やその他を反射し敵に我の所在を暴露する危険性があった。

 そして匍匐でゆっくりと主陣地に近づく。暗闇であっても、元々自分達の陣地であったのだから地形は知っている。第一線に指定された部隊は全部隊指定の線に到達した。

 規定の時刻、主陣地ににじり寄った最前線の部隊は突撃を発起した。

 これはまったく国防軍の不意を衝くものだった。国防軍は、帝国軍が死守に徹するものと考えていたからだ。


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