表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/41

第十五話

艦砲射撃が暴威を振るった最前線を国防陸軍の戦車と歩兵が攻撃前進に移る。その最先頭にいるのが戦車第四中隊、通称ドクロ中隊の内の一個小隊小隊長、クルツ中尉だった。開戦依頼第一線で戦ってきた強者である。

 その中尉をして艦砲射撃の威力には心胆を寒からしめるものがあった。地形がまるで変わっている。横転して炎上する敵戦車があった。さらに砲塔が上下逆になっている敵戦車も認められた。何が起きたのかまるで想像がつかない。何があったにせよ、決して陸軍の砲兵ではどうやったってできない破壊の跡だった。

 「恐ろしいな」

 中尉は我知らず呟いた。

 それでも警戒は緩めない。どんなに強力な砲爆撃でも敵兵全てを殺すことはできない。

 突如、一発の砲声が前方から響いた。直後に近距離の地面に着弾、耳を聾する炸裂音と共に土砂が吹き上がった。

 『二時方向敵戦車!』

 僚車から敵戦車発見の無線が怒鳴る。同時に砲塔天板に備え付けられた機関銃の短連射が敵戦車に向けられる。曳光弾が敵戦車の表面装甲で跳弾し所在を暴露する。

 艦砲射撃で舞い上げられた大量の土砂が降り被ったことで、周囲の風景に溶け込んでいたから撃たれるまでまったく発見できなかった。僚車が反撃。長砲身七五ミリ砲の射撃を受けた敵戦車はキューポラとハッチが炸薬の力で吹き飛び、砲身の先と合わせてそこから炎が踊り出す。脱出者は無し。

 鋭い金属音と衝撃が中尉を襲った。被弾した!

 突然の被弾に驚きながらも中尉の目は発砲炎と、発砲の衝撃で巻き上げられた土煙を見逃さなかった。凝視すると、確かに敵戦車の輪郭が薄っすらと見えた。

 「十一時方向!距離二百!撃て!」

 中尉は車載の機関銃で敵戦車を撃つ。砲手のペリスコープの一つは車長のペリスコープと連動していて、砲手は車長の見ている方向、景色が分かるようになっている。砲手は照準器を覗き込み、三角形の頂点を曳光弾の跳ねる敵戦車に合わせた。撃発。

 撃ち出された被帽付徹甲榴弾(APCBC)であるPzgr .39が初速七五〇メートル毎秒は敵戦車の砲塔向かって左側に命中、貫通。二八.九グラムの炸薬が砲塔内で炸裂した。これが装填手の保持していた弾薬に誘爆、大爆発を起こした。砲塔が浮き上がり、地面に落下した。

 中尉の背中を冷や汗がどっと流れる。危なかった。中尉の乗る中戦車の車体正面装甲は八〇ミリメートル。二百メートルから敵中戦車の七五ミリ砲では貫通されていても何ら不思議ではなかった。貫通を許さなかったのは、ひとえに追加装甲のおかげだった。

 元々戦車には車体側面と砲塔即背面に厚さ五ミリの追加装甲が取り付けられていた。これは対戦車銃と成形炸薬弾(対戦車榴弾、HEAT)対策である。今次攻勢では森林内での戦闘を考慮、四方からの帝国兵の伏撃を考え、車体全周を追加装甲で覆っていた。先に被弾した車体正面は、この追加装甲が車体形状のために傾斜して取り付けられていたこともあり、結果敵弾を弾いた。

 戦闘中の戦車兵にとっては頼もしく良いことばかりだったが、野戦整備廠の整備員は悲鳴を上げていた。増加した重量のためにエンジンや機動関係の消耗が激しかったからだ。前線で足回りの点検の役を負う操縦手も同様だった。燃料も余計に消費するので補給を司る輜重科の兵もまた仕事量の増加に悪態を吐いていた。

 どうやら敵戦車は全車両撃破されたようで、敵歩兵が倒木や崩れた、あるいは幸運にも残存した個人用掩体から散発的な銃火が浴びせられるのみ。

 「十二時、距離百五十、弾種榴弾、撃て!」

 倒木の後ろから友軍歩兵に銃火を浴びせる機関銃を榴弾で吹っ飛ばした。組織だった抵抗は見受けられず、艦砲射撃を生き延びた敵兵が各個に射撃するのみ。また敵砲兵の攻撃前進阻止射撃も実施されない。

 戦車の援護下に歩兵が陣地に肉薄、突撃を発起すると一挙に陣地に残る残敵を撃滅、掃蕩すると陣地を瞬く間に占領した。



 崩れた退避壕の中に帝国軍の歩兵が一人、うなだれるように座っていた。絶大無比な威力を余すところなく振るった艦砲射撃。その内の一発が彼のいる壕の至近距離に着弾した。その衝撃で壕は崩壊、十人ほどいた戦友は彼一人を残して生き埋めになった。心悔しい限りだが、彼は誰一人助け出すことはできなかった。彼は円匙も、応急的に代用できるヘルメットも持っていなかった。戦闘、行軍の過程で失ったか捨ててしまった。

 彼の傍らに、生き埋められた戦友が大事に取っておいた牛肉の缶詰があった。最後の最後に晩餐として食うのだと大切にしていたのが仇となって、結局食べる前に死んでしまった。

 「悪く思うなよ」

 その缶詰を手繰り寄せ、缶切りを使って開ける。どうせもう戦友には必要ないのだから俺に食べさせてほしい。腹が減ってしょうがないんだ。

 途中で缶切りが壊れて用をなさなくなってしまった。こういう時、銃剣があれば代用できるのだがやはり彼は所持していなかった。彼の使用する火器が短機関銃で着剣装置がないから、行軍の過程で真っ先に捨ててしまった。

 火器や装備品を捨てたのは彼だけでない。おおよそ全員、最低限の銃撃戦に対応できる以外の装備品は重すぎて放棄していた。羸兵には過重だった。銃剣、銃のクリーニングキット、機関銃の替えの銃身、手榴弾、ヘルメットを始めとした装具等々。

 仕方なしに、僅かに開けられた隙間に指を突っ込んで無理やり開けることにした。間違いなく指は切れるが、どうせもうすぐ死ぬ身にそんなことは些事だ。

 鋭い痛みを感じ、そんな感性がまだ残っていたことに驚きつつ缶詰を開けて牛肉を摘まみ出した。鼻孔をくすぐる匂いに食欲が増進される。急に湧き出てきた食欲に突き動かされるままに口に含んだ。美味い。手に付着していた土も一緒に口内に運ばれてジャリッとした感触がするが、そんなの関係なしに美味い。

 ふと思い出すのは一人前の兵士の条件なるもの。軍隊には、戦友に一人前の兵士と認められる条件がいくつかある。主な条件は実際に敵と銃火を交え戦争処女を卒業すること、そして土混じりの食事に慣れること。

 戦場ではどうしても食事に土やその他が混じることがある。食事中に飛んできた砲弾が起こした揺れで、だとか。ほかには調理中あるいは運搬中に混じることもある。最初は誰だってこんなの食えたもんじゃないと土混じりの食事に顔を顰める。それでも次第にそのひどい味に慣れていくのだ。

 ふと、牛肉を食べたことで湧き上がりそうになる衝動を必死に抑え付けた。お気に入りのチーズケーキや、母親の手料理が食べたいとか、そんな衝動だ。

 せっかく死に臨む心の準備を整えたというのに、そんなことを考え出したら死ねなくなる。一度大きく深呼吸をして衝動を追い払った。自分は名誉と光輝ある帝国軍の一員である。

 彼は自覚している。自分は死兵であり、任務は死ぬまで戦い友軍のための時間を作り出すこと。戦況によっては現在地を離脱し、単独で敵への攻撃を継続すべしとの上官命令があった。しかし現在、敵は我陣地へ近接中。ここが己の死に場所であった。

 いよいよ最後の時。退避壕の入口で短機関銃を構えた。重量約三キログラム、四十五口径の拳銃弾を箱型のマガジンに三十発装填できるものだ。もっとも、弾薬不足で実際に装填されているのは二十発である。

 照準に国防陸軍の兵士を捉えた。灰緑色の戦闘服に身を包んだ敵兵もまた短機関銃を装備していた。国防陸軍の歩兵で短機関銃を装備するのは士官か下士官。つまり小隊長や分隊長など、指揮官。

 身長に狙いを定め、敵兵が止まった、ここだという瞬間に一気に引き金を引いた。どうせ次のマガジンに交換することなどないだろうと考えて、弾の消費など考えずに引き金を引き続けた。

 入口部分とは言え壕内に位置していたから、耳をつんざく鋭い銃声がこだましうるさく響く。真鍮製の金色の薬莢が次々と排莢され、壁に当たり地面に落ちる。跳ね回る照準の先で敵兵が倒れるのが見えた。

 即座に、一切顔を出せなくなるほどの応射が始まった。銃弾が彼を掠め飛び、擦過音が聞こえ、バスバスと壕の土壁に当たる。

 彼が身を縮め、多分来ないだろう次の射撃機会に備えマガジンを交換していると、突如ゴトリという音に続き爆発が起きた。爆風と衝撃波に彼の体は吹き飛ばされ壕の階段部分を転がり落ち、彼の意識は彼方に飛んだ。

 肉薄してきた国防陸軍兵士の投擲した手榴弾だったが、彼がそれを知ることはもう永遠に無い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ