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第十一話

 スリン島に夕暮れが迫っていた。月は徐々にその高度を上げ、反比例して太陽は水平線に近付いていく。。

 帝国軍支配地域で国防陸軍特別工兵連隊の通信兵が無線連絡を受信した。

 「少佐、受信しました。作戦発動の命令文です」

 その通信兵は書き写した命令文を上官のシュタイナ少佐に手渡した。

 「間違い無いな?」

 「二回確認しました。間違いありません」

 「よろしい」

 シュタイナ少佐に率いられ、ランド少将の殺害を目的として投入された二十人はいよいよ行動に移る。シュタイナは監視の任に就いているためいない二人を除いた全員を集めた。

 帝国軍支配地域に潜入してから一週間、森林の道なき道を踏破したシュタイナらは偵察に励み、非常に詳細に帝国軍司令部の全容を解明していた。最初に司令部は森林内の屋敷に存在している。戦前は実業家の邸宅だったのだろう。敷地内には二階建ての本邸が一棟、一階建ての別宅が一棟、その他小屋が二つ存在していた。

 人の出入りから判断して本邸に司令部があり、別宅に警備の兵が詰めている。警備の兵は三個小隊、九十名と推測され、常に一個小隊約三十名が警備に就いている。さらに二両の中戦車が小屋の中に隠蔽されて警備に就いていることも判明した。また、緊急時には近隣に所在する帝国軍が中戦車を伴い救援に駆けつけることも推測された。劣悪な燃料事情も、さすがに司令部を守る部隊はあまり関係無いらしい。あまり、と修飾語を付けたのは活動が低調だからである。

 「よって部隊を二隊に分ける。第一分隊は私とともに司令部を襲撃する。第二分隊は救援に来るだろう敵部隊の拒止だ。襲撃後は既定の通り航空機により離脱する。時間に遅れるなよ。時計合わせ十秒前」

 部隊全員が時計の時刻にズレがないことを確認した。現時刻は夕方、黄昏時。人の視力が最も効かない時刻でもある。黄昏時は『誰そ彼』時とも表現される。彼我の輪郭が曖昧になり、判別が難しくなるからだとか。軍事行動には、特にシュタイナのような少数グループで活動する類の軍人にとっては絶好の奇襲の機に他ならない。

 

 司令部の中ではランド少将が参謀たちとともに安堵の溜息を吐いていた。なんとか国防軍の攻勢前に全部隊の配置転換が終わったからである。国防空軍機の執拗で激烈な対地攻撃の損害により事前の計画とは異なり、さらに追加で一個師団を前線に送り込む必要があったものの、それも終えた。それにしても移動するだけで一個師団、一万人を優に超える甚大な損害を受けたことは、司令部の面々にとって改めて衝撃的な事実だった。制空権の重大さを伝える出来事でもある。

 「あと八日か」

 少将が気を揉むのは国防軍の攻勢開始の日時だった。前線からの報告によれば一昨日あたりから不気味なほど沈黙しているという。

 嵐の前の静けさかな、と少将の直観が囁く。少将もかつては少尉として小隊の指揮を執る前線指揮官だった。その時に培った現場指揮官としての嗅覚である。もっとも佐官、将官へ昇進し、デスクワークが増えるに連れて徐々にその嗅覚も薄れたと思うが。それから気になるのは一週間ほど前から敵斥候の出現頻度が高いことである。やはり敵の攻勢は間近に迫っていて、斥候の出現増加はその徴候なのだろうか?少将自身、現場指揮官であった時は、やはり攻撃の前には頻繁に斥候を出して地形、敵情の把握に努めた。もっとも全て演習での出来事であって、実戦ではない。

 「待ち構えるのみです」

  参謀の一人は剛毅に応えた。既に人事をは尽くした。後は天命を待つのみと無言の内に語っていた。

 「そうだな。そういえば救援艦隊から何か連絡はあるか?」

 「現在に至るまで何も受信しておりません。つまり救援艦隊は無線封止中であり、作戦に支障はないということです」

 事実、救援艦隊は潜水艦の度重なる襲撃により少なくない損害を出しているものの、作戦に支障を来すほどではない。損害を覚悟しての出撃だから多少撃沈されることを見越して隻数を増やしていたから、現在に至るまでいささかの痛痒も覚えていない。

 「うん、それでは待とうか」

 少将が頷いた正にその瞬間、突如として爆発音と銃声が響いた。


 奇襲の要諦は持てる限りの火力の発揮にある。前夜までに空輸により武器弾薬の補給を受けた分隊はその潤沢な弾薬からなる鉛の驟雨を警備の帝国兵に降らせた。混乱と麻痺を与えるために敢えて大げさに撃つ。小銃、機関銃だけでなく対戦車擲弾『ファウスト』も寸分の躊躇無く撃ち込んだ。

 いきなり銃撃と爆発に晒された帝国兵は大混乱に陥った。陥ったものの、彼らとて兵士であるし、総司令部の警備を任ぜられるほどには精鋭なのだから即座に敵襲だということは理解した。各個に現在地にて反撃の銃火を敵に浴びせようとしたものの、極僅かであっても混乱に陥った時間は、彼らが撃ち斃されるのに十分だった。襲撃に大慌てで詰所である別宅から飛び出してきた兵士達は、十人単位で突入掩護の機関銃に薙ぎ倒された。

 シュタイナ少佐を戦闘に本邸への道は切り開かれた。あとには東部か胸部を精確に撃ち抜かれた帝国兵がその骸を横たえていた。

 ほとんど同時に分隊から一時離れた二人が戦車一両を撃破した。この二人は襲撃開始と同時に戦車が潜んでいる小屋に接近した。

 戦車は元々の視界の悪さに加え、小屋内に潜んでいたために、そもそもどの方向から襲撃されているのかも把握できていなかった。これは、本来は敷地正面から来襲する敵に対応するための配備だったからだ。二人は素早く小屋に接近すると中を窺い、戦車が車体も砲塔も側面を向いているのを認めた。内部は単一の空間で、戦車の他に敵は認められない。一人の援護下にもう一人が素早く二キログラムの梱包爆薬を車体下に投げ込み、急いで小屋から距離を取った。

 かっちり十秒後に爆発した爆薬により戦車は撃破された。車体にいた操縦手と副操縦手は爆発とともに即死し、砲塔にいた車長、砲手、装填手は下から突き上げられる強烈な衝撃に前後不覚に陥った。小屋も倒壊し、屋根が砲塔に覆い被さった。

 車長が最初に混乱から回復した。戦車が炎上しているのを認め、残り二人を伴って脱出しようとするものハッチが開かない。上から重量物がのしかかっていてビクともしない。

 小屋が盛大に燃えるのと同じように彼ら三人は脱出叶わず焼死した。

 シュタイナを先頭に六名が本邸に取り付いた。横の壁にはファウストで開けた穴がある。そこから手榴弾投げ込み、炸裂の一瞬後に突撃銃(後の世に言うアサルトライフル)を乱射しながら突入した。

 シュタイナが突入したのは通路の真ん中だった。この建物に標的であるランド少将がいるのは、この建物へ入る姿が確認されているから間違いない。問題はどこにいるかである。仔細な位置、建物内部の構造までは把握していない。やるべきことはただ一つ。建物内部の徹底的な掃蕩である。

 特別工兵連隊の特に誇る戦技に閉所での戦闘が挙げられる。その創立当初から敵司令部襲撃の斬首作戦が目的の一つだったからこそ至近距離での戦闘技術の習得に注力していた。時代を下りClose-quarters combat、CQBと称される戦技の原型を既に特別工兵連隊は習得していた。後の世のそれと比べればまだまだ粗削りな出来だったが、それでも先駆的なこの戦技は帝国兵を圧倒した。

 シュタイナの部下が手近の扉の内部に手榴弾を放る。シュタイナは爆発に膚接して部屋に突入した。

シュタイナのみならず、国防陸軍では炸裂直後の突入が重視されている。国防陸軍の歩兵経典では、突撃を発起する歩兵は砲兵の最終弾に膚接して敵陣地に突入するように記されている。これは、十秒もあれば敵歩兵は衝撃から立ち直り、突撃する我部隊に対し、突撃を破砕すべく小銃、機関銃火力を指向してくるからだ。これは塹壕や屋内での近接戦闘でも変わらない。

 突入した部屋はどうやらキッチンであるらしく、爆発の衝撃で調理器具、食材、そして帝国兵が一人吹き飛ばされていた。その帝国兵は見た目には重傷を負い戦闘能力を完全に失っていたが、それでもシュタイナは頭部に一発撃った。

 シュタイナとしてもこのような行為は忍び無い限りだがこれは戦争であり、シュタイナは任務と部下の生命に責任を負っている。部屋に突入した時点で彼は死んでいたように見えたが、もし瀕死の重傷でも生きていたならば背中から撃たれたかもしれない。だからこそ特別工兵連隊に限らず、国防軍各員は敵が確実に死ぬまで射撃するよう教育されている。

 キッチンを抜けると食堂だった。微かな残光照らす暗い室内に人の陰が二つ。シュタイナの姿を認めた二人の帝国兵の顔が驚嘆に染まる。二人はシュタイナらが既に本邸に侵入しているとは露ほどにも思っていなかったらしい。

 二人が驚きに体を跳ねさせた時にはもうシュタイナはあと僅か引き金を引くのみ。単発の射撃音が数回響き、張り詰めた糸が切れた操り人形の様に無機質にその場に斃れた。

 食堂内を検索し終えると再び廊下に出た。廊下の突き当り、二階へ続く階段のところで何かが動いた。

 「誰だ!?」

 その人影が帝国語で誰何してきた。当然シュタイナの返答は銃弾である。壁からはみ出して見えていた腕に銃弾を叩き込む。部下が間髪入れずに手榴弾を壁の裏に投げた。炸裂後に残るのは二つの死体のみ。

 下手を打って挟撃されるのを避けるためシュタイナは分隊を二分割し、自らは二階の掃蕩に向かうに決めた。待ち伏せを警戒して二階へ手榴弾を投げてから一挙に階段を駆け上がった。

 どうしたって帝国兵はシュタイナらに後手を取った。練度と戦技の問題も多分にあるが、一番の理由は混乱により彼我の位置を把握できないことだった。だから誰かが近付いてきたり、人影を見たり、何かしら人の気配を感じた時にどうしても確認する必要があった。誰何したり、相手を判別するためにじっと窺ったり。

 シュタイナ達はそういう事があれば手榴弾を使い、銃撃を浴びせた。場合によっては壁ごと撃ち抜いた。所詮は民家だから基本銃弾は壁を貫いた。

 対照的に帝国兵は手榴弾を使えなかった。各個に分断され、敵と味方が混在する状況下では、下手に使用すれば味方を殺す、友軍相撃を引き起こしかねない。一方でシュタイナ達は固まり連携しながら掃蕩して回っているため、そのような事態は起こり得ない。

 角から先を覗くと二階の奥の部屋へ、正に帝国兵が入室するところだった。すかさず照準し壁越しに未来予想位置へと射撃した。

 短いくぐもった悲鳴の後、ドサリと倒れる音がして血液とみられる液体が扉のところまで流れてきた。光は窓から差す僅かな曙光のみのため、十分な判別がつかないが状況を鑑みれば血液に相違は無いだろう。

 ほとんど間髪を置かず部屋の中から壁越しに短機関銃の応射があった。弾丸によって開けられた穴の位置はかなり散らばっていて、当てずっぽうで撃ったのだと分かる。

 シュタイナは単発射撃を連続して壁に、開口部に撃ち室内の敵を制圧する。その行動だけで部下はシュタイナの意図を理解し、その通りに手榴弾を室内へ投げ入れた。一々次の行動を確認し合わなくてもお互い何を意図しているのを把握できる。日々の厳しい訓練と厚い戦友の紐帯によってである。

 手榴弾の炸裂により扉の開口部だけでなく、壁に無数に開けられた銃弾の穴からも爆風や粉塵が飛び出した。

 すかさずシュタイナらは突入する。扉のそばに一人の帝国兵の死体。ガシャリ、と部屋の奥から何やら瓦礫を踏むような音がして、おもむろに帝国兵が倒れた家具の奥から飛び出してきた。飛び出すと同時に構えていた短機関銃を撃ってきた。

 シュタイナは本能的に反応し部屋の隅に飛び退きつつ反撃。小銃のセレクターを連射に入れ、飛び退きつつ射撃。射撃場でのようにキッチリ照準を定めての射撃は不可能だったが、それでもおおよそ銃口が指向している方向だけは分かる。

 横薙ぎの射撃の一弾が帝国兵を捉えた。頭部、右眼窩の上に命中した弾は頭蓋骨を破砕し、脳みそを破壊、速やかに生命活動を停止させた。骨を砕いたにしては柔らかい音がして、壁一面に血と脳漿、頭蓋骨の破片が飛び散った。そのまま帝国兵は家具の裏に倒れた。

 シュタイナは部屋の中にまだ敵兵がいないか隅々まで検索。誰もいないのを確認すると隅にうずくまるように座る部下に目を向けた。先ほどの敵兵の射撃はこの部下に指向されていた。もしかしたら被弾したのかもしれない。

 シュタイナの視線に気付いた部下は何でもないという風に首を横に振り立ち上がった。

 「ただの打撲です。支障ありません」

 どうやら、シュタイナ同様に飛び退いた時に散らばっていた家具に足を取られ転倒、瓦礫に肋骨のあたりを手酷くぶつけてしまったようだった。

 シュタイナは軽く頷きを返すと、また部隊を先導して本邸の掃蕩に戻った。

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