なにがどうしてこうなった
俺には夢がある。
(出世コースから外れてのんびり働きたい)
そんな思いを秘かに抱き大学卒業後入社した。
(学校卒業すると時間の流れが速いな)
3年目の春が迎えもうじき季節は夏になる。
現場には新人教育を終えた新入社員がやってきた。
新人たちが来てしばらくするとメールが1件届く。
(現場の改善案か……)
粗削りな文章に思いのたけがほとばしっていた、
「先輩、新人から改善案が届いてます」
「んー任せるわ」
俺が先輩に報告するとけだるげな返事が来る。
(ったく。まあ報告義務はこれでよしっと)
出世コースから外れたい俺としては判断に困る。
(こういう時は体を動かそう)
そう思って俺は席を立つ。
「現場回ってきまーす」
「ういー行ってら」
生返事に見送られ俺は現場に足を延ばす。
(朝昼夕に安全と工程を守ってるかの巡回か)
作業者を確認しながら施設内を見まわる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(ああいたいた。メールの差出人)
夕方俺はメールにあった名前の人物を見つけた。
(今日の作業は終わったみたいだな)
思い思いに行動するチームリーダーと軽く話す。
話し終えて目標の人物が一人になるのを待つ。
俺は頃合いを見計らって声をかけた。
「メール見たんですか!ありがとうございます!」
「おう。その件で聞きたいことが」
「今からですか?もうすぐ定時――」
時間を見るとその通りだった。
(これで残業つけると手続き面倒だし……)
俺は少し考えてから、言葉を口にする。
「なら一緒に飯でも行くか?」
「あー今ちょっと金欠で……」
「わかる。初任給まできついよなー」
「はい。引っ越し代とか交通費とかいろいろ」
「わかるわかる。来いよ飯おごったるわ」
俺も入社した時はこうだった。
先輩がおごってくれたことを思い出す。
(これも伝統なのだろうな)
そう思うと同時に終礼のチャイムが響く。
★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「食事の誘いありがとうございます!」
「いいさいいさ。俺も先輩に奢ってもらったから」
「ウス。自分も出世したら飯奢ります!」
元気のいい返事が返ってきた。
「いい返事だ。野球部か?」
「ウス。3番ショートで高校生活を送ってました」
「俺も高校大学と野球部だったぜ。1番セカンド」
「マジすか!先頭打者重視の監督っすね」
「そうだな。お着いたぞ」
行きつけの店に到着し料理を注文する。
「そいや自己紹介まだだったな。俺ノボソ」
「自分モリマサです。マサってよんでください」
お互いに自己紹介を終えると料理が運ばれてきた。
「仕事は何回かに分けて憶えろ。あと夢を持て」
「夢すか。先輩は持ってるんすか?」
「あるぜデカいのが。だからマサも夢持って働けよ」
食事を終え雑談を交えて共にひと時を過ごす。
★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ふう。手痛い出費だったぜ」
俺はひとり家路につき、ぼやく。
「人となりも分かったしあとはメールの修正か」
あのままメールを出すと監督責任を問われる。
「今日中に文章まとめて朝一に本社に送るか」
メールを出した履歴を残すため人柄を見てきた。
(仕事の話は仕事中で十分よな)
俺の仕事方針はやってます見てますよアピール。
そう思う俺は脳内で文章のまとめに入っていく。
★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ノボソさんとモリマサさんですね?」
数日後スーツを着た人が現場にやってきた。
「改善案見ました。なかなかの出来です」
スーツの人の笑みに俺は違和感を覚える。
「あれはモリマサさんが作ったものですよ」
俺はまとめただけと正直に報告した。
「なるほどわかりました」
スーツの人は改めて俺たちをみる。
「では二人とも秋から本社で営業勤務を命じます」
★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(なにがどうしてこうなった……?)
出世コースから外れる夢が崩れ去ろうとしていた。
(なんとかせねば……なんとか)
「先輩!大変です!俺やらかしました!」
「どうしたマサ!なにをどうやらかした?」
マサが血相を変えて飛び込んできた。
「これなんに見えます?」
「手書きの発注書か。えーとM-66?」
「M-86っす」
「……これ8か?」
「8っす」
つまりよくある発注ミス。
(誰もが読める字でってマニュアルにあったよな?)
マサに声をかけようとしたら上司が姿を見せる。
「私の責任です。教育も指導も私が行いました」
マサがなにか言う前に俺は機先を制す。
「ならノボソ主任にのみ話がある」
俺は別室に連れていかれ、しこたま怒られた。
「先輩……」
指導をうけたあとにマサが駆け寄ってくる。
「いいさいいさ。ミスは誰にだってある」
しゅんとした態度に俺は努めて明るく話しかけた。
「ミスを恐れて縮こまるのは臆病者の証拠だ」
「ウス」
「だからどんどん挑戦しろ。責任は俺がとってやる」
マサの顔が急激に明るくなった。
(これでよしっと)
一方で俺は安堵していた。
(このままマサが何度かミスれば現場戻りだ)
出世コースから外れたい俺としては一石二鳥。
内心ほくそ笑む中、マサは元気を取り戻していた。
★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「大手の受注取ってきましたー!」
しばらくしてマサが大手柄をやってのける。
「ノボソさんの指導の賜物かな?」
「ご冗談を。モリマサさんの努力です。私はなにも」
俺はマサ個人の努力を強調した。
「その謙虚さ!実にいい!」
営業課長がどうしてか感銘を受けている。
「ノボソさんの指導力!モリマサさんの行動力!」
感極まった声で営業課長は話を続けていく。
「これこそが我々が次世代に求めているものだ!」
「はあ……」
「人事部に異動できるよう最善を尽くすからな」
「は?」
「次世代の教育頼んだぞ!」
★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(人事部なんて会社の心臓部だろ?)
人の人生を左右する重要な場所と思う。
その人事部に俺とマサは今日から配属される。
(出世から外れたいのにどうしてこうなった?)
自問自答を繰り返す。
なんとか軌道修正しようと知恵をめぐらす。
「やあ。今日からだったね。話は聞いてるよ」
人事部長が話しかけてきた。
「まずはこれを見てほしい」
タブレットを人事部長は俺たちに渡す。
「これは……新人教育のレジュメですね」
「そう。これに問題があるか見てほしい」
「わかりました」
俺は人事部長からタブレットを受け取る。
人事部長は誰かに呼ばれ去っていった。
「先輩レジュメってなんすか」
「会議や説明会でやるテーマみたいなものだよ」
マサは首をかしげている。
「遠足のしおりの目次や学校の時間割な感じかな」
「ウス!わかりました。ありがとうございます!」
弟がいたらこんな感じかなとふと思う。
「文章自体はわかりやすいっすね」
「そうなんだよな」
「そもそもなにが問題なんすかね?」
「それを探し当てるのも仕事かな」
「おーいだれか手を貸してくれ」
マサと話していると誰かの声がする。
「自分がいってくるっす」
いの一番にマサは駆け出していた。
(俺ひとりで考えるか。軌道修正するためにも)
のんびり働くために俺はレジュメの問題点を探る。
(これだけ渡されても問題点さっぱりだわ)
しばらく考えて出た結論がこれだった。
人事部長待ちかなと思う心にひらめきが走る。
(よし!余計なことをしよう!)
どうしたら評価が下がるかを考えていく。
(そうだな……連絡先でも書いとくか)
下の空いたスペースにQRコードを差し込む。
(勝手なことして体裁つぶせば俺の出世は終わるな)
作業を終え俺はタブレットを部長の机の上に置く。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
新人教育の後大量の質問が届いていた。
「連絡先を入れただけでこうも変わるとは……」
人事部長も驚きをあらわにする。
「注目浴びると困るんすよ」
マサがごく自然体で話す。
「ん?なにか問題があるのかい?」
人事部長が即座に反応する。
「自分野球部ヒーローインタビュー受けたんす」
マサが人事部長に自分の考えを話し始めた。
「みんなで勝ったのにどうして俺だけなんすか?」
自慢とも取れる質問に人事部の皆が言葉に詰まる。
「みんな平等って言いたいのか」
俺はマサの言葉をわかりやすくかみ砕く。
出る杭は打たれる。
だからみんなと同じを選ぶ。
「それっすよ!さすが先輩!」
「さすがは言い返ような」
俺は天狗になっているマサに釘を刺す。
「どうしてっすか?」
「すごいやエモいと一緒で便利な言葉だからさ」
「便利ならこのままで――」
「なにがどうさすがなのか世代を超えて伝わるか?」
「あ」
マサは俺の言いたいことに気づいてくれた。
「語彙力増やしてちゃんと伝えろ」
「ウス」
「なるほどね。理解したよ」
マサへの指導が終わると人事課長が口を開く。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆
「確かに若い考えは必要だな」
人事課長と部長はなにやら納得していた。
「営業部の言うとおりですね」
「私たちは詰込み型の教育だったからね」
「これからは余裕を持った教育の時代よな」
人事部の先輩たちが口をはさむ。
「そんなに変わったんすか?」
「変わったよ。取りこぼしも新しいことも多いもの」
マサの質問に女性の先輩が答えた。
「学校が教えそびれたものを私たちが伝えるの」
「伝える?教えるでは?」
「考えて答えを出せるよう気づきを促すの」
女性の先輩とマサが会話は続く。
(聞いたことあるな。氷河期世代とゆとり世代の間)
すぐキレる世代と呼ばれていると聞いた。
(学校で余裕を持った教育を受けて育って)
俺は当時を推測する。
(社会に出て詰込み型の指導を受けたらキレるわな)
っとここまでにしておこう。
(世代や年齢で人を見るのはパワハラになる)
「会社は会社。学校は学校。それはわかるよね?」
「ウス」
「今は社会人だからね」
学校は卒業したと女性の先輩は言いたいのだろう。
「これからはモリマサさんが選んで決めていいのよ」
「自分がっすか」
マサは悩み始める。
「決めることを怖がっていては学生だぞ」
男性の先輩がマサの心を読んで話す。
「自分で決めて責任を取るのが社会人だからな」
「好きなことをやれるのはごく一部の人間だからね」
「ウス……」
マサは悩んでいる様子で言葉を返した。
「よし。ならばこうしよう」
人事部長の言葉に注目が集まる。
「近々我々に取材が来る」
TVで報道するためにと人事部長は続けた
「ノボソさんとモリマサさんに対応を頼みたい」
どうしてそうなる。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆
『これも経験よ』
『財産になるから行っておいで』
そう人事部の先輩たちに見送られた。
今、俺たちはTVのインタビューを受けている。
「そうですね。考えて努力することでしょうか」
「努力するのに頭を使うんですね?」
「はい。努力の裏切りを頭使って阻止します」
アナウンサーの質問にマサが答えていく。
(成長したなあ)
出会ったのは現場で今は人事部。
(荒い文章だったのが今は理路整然に会話できてる)
その成長をうれしく見守っていた。
「ではその上司さんにも話を伺ってみましょう」
アナウンサーが俺に話を振ってきた。
「ずばり聞いていいでしょうか?」
「はいどうぞ」
「ノボソさんが思い描くリーダーとはなんですか?」
ここで俺に電流が走る。
(人を動かすや責任を取ると答えが通例だろうな)
ならばあえてそこから外れよう。
(すべては出世コースから外れるために!)
俺は腹をくくって答える。
「そうですね……環境を整備することでしょうか」
「環境を整備、ですか?」
アナウンサーが俺に聞き返す。
「はい。誰もが働きやすい環境を整えることです」
俺は言葉を続けた。
「役職が上がっても人が増えるだけになりますから」
俺は胸を張り自信をもって答える。
(死ねば諸共だ。入社志願者が減ってもそれはそれ)
全部上司に責任が行く。
そして俺は飛ばされる。
(うむ。我ながら完璧な作戦だ)
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆
「エントリーシート去年の倍以上ですよ」
「放送のおかげだな!ありがとうノボソさん!」
俺の回答は逆効果だったと気づく。
(どう答えればよかったんだあれは……)
なにが心に刺さったのか俺は頭を悩ませる。
「ああそうだノボソさん」
業務後に人事部長から声をかけられた。
「今回の件で社長から食事の誘いがあった」
「え?」
「娘さんと合わせたいそうだ。よろしく頼むよ」
それだけ伝えて人事部長は去っていく。
(あああああ。なにがどうしてこうなった!)
なぜか俺の評価がうなぎのぼりと知った。
(どうすれば下がるどうすれば下がる。考えろ)
のんびりと働くために俺は策を練る。
(そうだ!子どもっぽく演じれば!)
悩んだ挙句俺は答えを出した。
(これでうまくいく!そう!のんびり働くぞ俺は!)
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆
「明日は結婚記念日ね」
「ああそうだね」
俺の策は破れ俺は社長の娘と結婚した。
結婚した以上は家に仕事に幸せを模索している。
「ひとつ聞いてもいいかな?」
「なあに?」
「俺のどこがよかったのかな」
今更なことを妻に聞いてみた。
「子どもっぽいところかな」
妻の気前のいい答えを俺は耳をそばだてて聞く。
「母性本能くすぐられちゃった」
「そ、そうか……」
肩を落とした俺に妻の言葉は続く。
「それと今日ね、お医者さんからおめでとうって」
妻は愛おしそうにお腹に手を当てて俺に告げた。
「それは社長もきっと喜ぶよ」
俺はそう答えて父親になる決意を固めた。
(やってやる、やってやるぞ!)
俺は自分の部屋に戻ると心の中で叫ぶ。
(今の人事部で新人教育はやっている!)
それを応用する。
(相手が我が子になっただけで同じなはずだ!)
俺はそう闘志を燃やしていた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
3児の親になった俺は今社長のいすに座っている。
マサは副社長として存在感を示していた。
(なにがどうしてこうなった……)
社長の重責に耐え兼ね定時に仕事を終えている。
それが全社員に伝わり我が社では残業が消えた。
「のんびり働きたかったなあ」
俺は社長室でひとり呟く。
「そろそろ定年だしゆっくりしよう――ん?」
パソコンのランプが点滅している。
「秘書からの通信かな?」
俺はオンラインで秘書と会う。
『経団連から連絡が届きました』
『ありがとう。目を通しておくよ』
次回の会合で新しい会長を決めるとあった。
「誰がやるのかねえ」
他人ごとと感じ俺は空を見に窓際に行く。