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イベント・春 (2025)

なにがどうしてこうなった

掲載日:2025/04/10




 俺には夢がある。

(出世コースから外れてのんびり働きたい)

 そんな思いを秘かに抱き大学卒業後入社した。

 

(学校卒業すると時間の流れが速いな)

 3年目の春が迎えもうじき季節は夏になる。

 現場には新人教育を終えた新入社員がやってきた。

 

 新人たちが来てしばらくするとメールが1件届く。

(現場の改善案か……)

 粗削りな文章に思いのたけがほとばしっていた、


「先輩、新人から改善案が届いてます」

「んー任せるわ」

 俺が先輩に報告するとけだるげな返事が来る。

 

(ったく。まあ報告義務はこれでよしっと)

 出世コースから外れたい俺としては判断に困る。

(こういう時は体を動かそう)

 そう思って俺は席を立つ。

「現場回ってきまーす」

「ういー行ってら」

 生返事に見送られ俺は現場に足を延ばす。

 

(朝昼夕に安全と工程を守ってるかの巡回か)

 作業者を確認しながら施設内を見まわる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


(ああいたいた。メールの差出人)

 夕方俺はメールにあった名前の人物を見つけた。

 

(今日の作業は終わったみたいだな)

 思い思いに行動するチームリーダーと軽く話す。

 話し終えて目標の人物が一人になるのを待つ。

 俺は頃合いを見計らって声をかけた。

 

「メール見たんですか!ありがとうございます!」

「おう。その件で聞きたいことが」

「今からですか?もうすぐ定時――」

 時間を見るとその通りだった。

(これで残業つけると手続き面倒だし……)

 俺は少し考えてから、言葉を口にする。


「なら一緒に飯でも行くか?」

「あー今ちょっと金欠で……」

「わかる。初任給まできついよなー」

「はい。引っ越し代とか交通費とかいろいろ」

「わかるわかる。来いよ飯おごったるわ」

 俺も入社した時はこうだった。

 先輩がおごってくれたことを思い出す。

(これも伝統なのだろうな)

 そう思うと同時に終礼のチャイムが響く。

 

★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「食事の誘いありがとうございます!」

「いいさいいさ。俺も先輩に奢ってもらったから」

「ウス。自分も出世したら飯奢ります!」

 元気のいい返事が返ってきた。


「いい返事だ。野球部か?」

「ウス。3番ショートで高校生活を送ってました」

「俺も高校大学と野球部だったぜ。1番セカンド」

「マジすか!先頭打者重視の監督っすね」

「そうだな。お着いたぞ」

 行きつけの店に到着し料理を注文する。

「そいや自己紹介まだだったな。俺ノボソ」

「自分モリマサです。マサってよんでください」

 お互いに自己紹介を終えると料理が運ばれてきた。

 

「仕事は何回かに分けて憶えろ。あと夢を持て」

「夢すか。先輩は持ってるんすか?」

「あるぜデカいのが。だからマサも夢持って働けよ」

 食事を終え雑談を交えて共にひと時を過ごす。


★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ふう。手痛い出費だったぜ」

 俺はひとり家路につき、ぼやく。

「人となりも分かったしあとはメールの修正か」

 あのままメールを出すと監督責任を問われる。

「今日中に文章まとめて朝一に本社に送るか」

 メールを出した履歴を残すため人柄を見てきた。

(仕事の話は仕事中で十分よな)

 俺の仕事方針はやってます見てますよアピール。

 そう思う俺は脳内で文章のまとめに入っていく。

 

★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「ノボソさんとモリマサさんですね?」

 数日後スーツを着た人が現場にやってきた。

「改善案見ました。なかなかの出来です」

 スーツの人の笑みに俺は違和感を覚える。


「あれはモリマサさんが作ったものですよ」

 俺はまとめただけと正直に報告した。

「なるほどわかりました」

 スーツの人は改めて俺たちをみる。

「では二人とも秋から本社で営業勤務を命じます」


★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


(なにがどうしてこうなった……?)

 出世コースから外れる夢が崩れ去ろうとしていた。

(なんとかせねば……なんとか)

「先輩!大変です!俺やらかしました!」

「どうしたマサ!なにをどうやらかした?」

 マサが血相を変えて飛び込んできた。

「これなんに見えます?」

「手書きの発注書か。えーとM-66?」

「M-86っす」

「……これ8か?」

「8っす」

 つまりよくある発注ミス。

(誰もが読める字でってマニュアルにあったよな?)

 マサに声をかけようとしたら上司が姿を見せる。


「私の責任です。教育も指導も私が行いました」

 マサがなにか言う前に俺は機先を制す。

「ならノボソ主任にのみ話がある」

 俺は別室に連れていかれ、しこたま怒られた。

 

「先輩……」

 指導をうけたあとにマサが駆け寄ってくる。

「いいさいいさ。ミスは誰にだってある」

 しゅんとした態度に俺は努めて明るく話しかけた。

 

「ミスを恐れて縮こまるのは臆病者の証拠だ」

「ウス」

「だからどんどん挑戦しろ。責任は俺がとってやる」

 マサの顔が急激に明るくなった。


(これでよしっと)

 一方で俺は安堵していた。

(このままマサが何度かミスれば現場戻りだ)

 出世コースから外れたい俺としては一石二鳥。

 内心ほくそ笑む中、マサは元気を取り戻していた。

 

★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「大手の受注取ってきましたー!」

 しばらくしてマサが大手柄をやってのける。

「ノボソさんの指導の賜物(たまもの)かな?」

「ご冗談を。モリマサさんの努力です。私はなにも」

 俺はマサ個人の努力を強調した。

 

「その謙虚さ!実にいい!」

 営業課長がどうしてか感銘を受けている。


「ノボソさんの指導力!モリマサさんの行動力!」

 感極まった声で営業課長は話を続けていく。

「これこそが我々が次世代に求めているものだ!」

「はあ……」

「人事部に異動できるよう最善を尽くすからな」

「は?」

「次世代の教育頼んだぞ!」

 

★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

(人事部なんて会社の心臓部だろ?)

 人の人生を左右する重要な場所と思う。

 その人事部に俺とマサは今日から配属される。

(出世から外れたいのにどうしてこうなった?)

 自問自答を繰り返す。

 なんとか軌道修正しようと知恵をめぐらす。


「やあ。今日からだったね。話は聞いてるよ」

 人事部長が話しかけてきた。

「まずはこれを見てほしい」

 タブレットを人事部長は俺たちに渡す。

 

「これは……新人教育のレジュメですね」

「そう。これに問題があるか見てほしい」

「わかりました」

 俺は人事部長からタブレットを受け取る。

 人事部長は誰かに呼ばれ去っていった。

 

「先輩レジュメってなんすか」

「会議や説明会でやるテーマみたいなものだよ」

 マサは首をかしげている。


「遠足のしおりの目次や学校の時間割な感じかな」

「ウス!わかりました。ありがとうございます!」

 弟がいたらこんな感じかなとふと思う。

 

「文章自体はわかりやすいっすね」

「そうなんだよな」

「そもそもなにが問題なんすかね?」

「それを探し当てるのも仕事かな」

「おーいだれか手を貸してくれ」

 マサと話していると誰かの声がする。

「自分がいってくるっす」

 いの一番にマサは駆け出していた。

(俺ひとりで考えるか。軌道修正するためにも)

 のんびり働くために俺はレジュメの問題点を探る。


(これだけ渡されても問題点さっぱりだわ)

 しばらく考えて出た結論がこれだった。

 人事部長待ちかなと思う心にひらめきが走る。

 

(よし!余計なことをしよう!)

 どうしたら評価が下がるかを考えていく。

(そうだな……連絡先でも書いとくか)

 下の空いたスペースにQRコードを差し込む。

(勝手なことして体裁(ていさい)つぶせば俺の出世は終わるな)

 作業を終え俺はタブレットを部長の机の上に置く。

 

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 新人教育の後大量の質問が届いていた。

「連絡先を入れただけでこうも変わるとは……」

 人事部長も驚きをあらわにする。


「注目浴びると困るんすよ」

 マサがごく自然体で話す。

「ん?なにか問題があるのかい?」

 人事部長が即座に反応する。

 

「自分野球部ヒーローインタビュー受けたんす」

 マサが人事部長に自分の考えを話し始めた。

「みんなで勝ったのにどうして俺だけなんすか?」

 自慢とも取れる質問に人事部の皆が言葉に詰まる。

 

「みんな平等って言いたいのか」

 俺はマサの言葉をわかりやすくかみ砕く。

 出る杭は打たれる。

 だからみんなと同じを選ぶ。


「それっすよ!さすが先輩!」

「さすがは言い返ような」

 俺は天狗になっているマサに釘を刺す。

「どうしてっすか?」

「すごいやエモいと一緒で便利な言葉だからさ」

「便利ならこのままで――」

「なにがどうさすがなのか世代を超えて伝わるか?」

「あ」

 マサは俺の言いたいことに気づいてくれた。

語彙(ごい)力増やしてちゃんと伝えろ」

「ウス」

 

「なるほどね。理解したよ」

 マサへの指導が終わると人事課長が口を開く。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆


「確かに若い考えは必要だな」

 人事課長と部長はなにやら納得していた。

「営業部の言うとおりですね」

「私たちは詰込み型の教育だったからね」

「これからは余裕を持った教育の時代よな」

 人事部の先輩たちが口をはさむ。

 

「そんなに変わったんすか?」

「変わったよ。取りこぼしも新しいことも多いもの」

 マサの質問に女性の先輩が答えた。

「学校が教えそびれたものを私たちが伝えるの」

「伝える?教えるでは?」

「考えて答えを出せるよう気づきを促すの」

 女性の先輩とマサが会話は続く。


(聞いたことあるな。氷河期世代とゆとり世代の間)

 すぐキレる世代と呼ばれていると聞いた。

(学校で余裕を持った教育を受けて育って)

 俺は当時を推測する。

(社会に出て詰込み型の指導を受けたらキレるわな)

 っとここまでにしておこう。

(世代や年齢で人を見るのはパワハラになる)

 

「会社は会社。学校は学校。それはわかるよね?」

「ウス」

「今は社会人だからね」

 学校は卒業したと女性の先輩は言いたいのだろう。

「これからはモリマサさんが選んで決めていいのよ」

「自分がっすか」


 マサは悩み始める。

「決めることを怖がっていては学生だぞ」

 男性の先輩がマサの心を読んで話す。

「自分で決めて責任を取るのが社会人だからな」

「好きなことをやれるのはごく一部の人間だからね」

「ウス……」

 マサは悩んでいる様子で言葉を返した。

 

「よし。ならばこうしよう」

 人事部長の言葉に注目が集まる。

「近々我々に取材が来る」

 TVで報道するためにと人事部長は続けた

「ノボソさんとモリマサさんに対応を頼みたい」

 どうしてそうなる。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆


『これも経験よ』

『財産になるから行っておいで』

 そう人事部の先輩たちに見送られた。

 今、俺たちはTVのインタビューを受けている。

 

「そうですね。考えて努力することでしょうか」

「努力するのに頭を使うんですね?」

「はい。努力の裏切りを頭使って阻止します」

 アナウンサーの質問にマサが答えていく。

 

(成長したなあ)

 出会ったのは現場で今は人事部。

(荒い文章だったのが今は理路整然に会話できてる)

 その成長をうれしく見守っていた。


「ではその上司さんにも話を伺ってみましょう」

 アナウンサーが俺に話を振ってきた。

「ずばり聞いていいでしょうか?」

「はいどうぞ」

「ノボソさんが思い描くリーダーとはなんですか?」

 ここで俺に電流が走る。

(人を動かすや責任を取ると答えが通例だろうな)

 ならばあえてそこから外れよう。

(すべては出世コースから外れるために!)

 俺は腹をくくって答える。

 

「そうですね……環境を整備することでしょうか」

「環境を整備、ですか?」

 アナウンサーが俺に聞き返す。


「はい。誰もが働きやすい環境を整えることです」

 俺は言葉を続けた。

「役職が上がっても人が増えるだけになりますから」

 俺は胸を張り自信をもって答える。

(死ねば諸共だ。入社志願者が減ってもそれはそれ)

 全部上司に責任が行く。

 そして俺は飛ばされる。

(うむ。我ながら完璧な作戦だ)

 

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆

 

「エントリーシート去年の倍以上ですよ」

「放送のおかげだな!ありがとうノボソさん!」

 俺の回答は逆効果だったと気づく。

(どう答えればよかったんだあれは……)

 なにが心に刺さったのか俺は頭を悩ませる。

 

「ああそうだノボソさん」

 業務後に人事部長から声をかけられた。

「今回の件で社長から食事の誘いがあった」

「え?」

「娘さんと合わせたいそうだ。よろしく頼むよ」

 それだけ伝えて人事部長は去っていく。

 

(あああああ。なにがどうしてこうなった!)

 なぜか俺の評価がうなぎのぼりと知った。

(どうすれば下がるどうすれば下がる。考えろ)

 のんびりと働くために俺は策を練る。

(そうだ!子どもっぽく演じれば!)

 悩んだ挙句俺は答えを出した。

(これでうまくいく!そう!のんびり働くぞ俺は!)


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆


「明日は結婚記念日ね」

「ああそうだね」

 俺の策は破れ俺は社長の娘と結婚した。

 結婚した以上は家に仕事に幸せを模索している。

「ひとつ聞いてもいいかな?」

「なあに?」

「俺のどこがよかったのかな」

 今更なことを妻に聞いてみた。

「子どもっぽいところかな」

 妻の気前のいい答えを俺は耳をそばだてて聞く。

 

「母性本能くすぐられちゃった」

「そ、そうか……」

 肩を落とした俺に妻の言葉は続く。


「それと今日ね、お医者さんからおめでとうって」

 妻は愛おしそうにお腹に手を当てて俺に告げた。

「それは社長もきっと喜ぶよ」

 俺はそう答えて父親になる決意を固めた。

 

(やってやる、やってやるぞ!)

 俺は自分の部屋に戻ると心の中で叫ぶ。

(今の人事部で新人教育はやっている!)

 それを応用する。

(相手が我が子になっただけで同じなはずだ!)

 俺はそう闘志を燃やしていた。

 

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 3児の親になった俺は今社長のいすに座っている。

 マサは副社長として存在感を示していた。


(なにがどうしてこうなった……)

 社長の重責に耐え兼ね定時に仕事を終えている。

 それが全社員に伝わり我が社では残業が消えた。

 

「のんびり働きたかったなあ」

 俺は社長室でひとり呟く。

「そろそろ定年だしゆっくりしよう――ん?」

 パソコンのランプが点滅している。

「秘書からの通信かな?」

 俺はオンラインで秘書と会う。

『経団連から連絡が届きました』

『ありがとう。目を通しておくよ』

 次回の会合で新しい会長を決めるとあった。

「誰がやるのかねえ」

 他人ごとと感じ俺は空を見に窓際に行く。

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