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第八十九話 極限の修行

「しゃああ!! モッカ!! オレの修業はなんだぁ!!」


アデルが椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、両拳をぐっと握りしめる。

さっきまでの暗さは、今だけは、戦いへの飢えに塗り潰されていた。 


「アデルさんには、星一から星四までの魔物を討伐してもらいます」


モッカは、いつも通り感情の読めない木の顔で、さらっととんでもないことを言う。


「討伐だぁ??」


アデルの眉が跳ね上がる。



「リノアみたいに、マナだのなんだの、そういう修行はやらねぇのかよぉ!」



「アデルさんの場合は、自分で“感じる”事が難しいと思います」



「はあ?」 


「ですので、魔物と実戦を重ねて、徐々にマナの流れを身体に叩き込んでいく必要があります。

 だから――魔物討伐です」 


「……そうかよ!!」


アデルは歯を見せて笑った。

納得したというより、「殴れる相手がいるならそれでいい」という顔だ。 


「で! オレは最初、何を潰しに行けばいい?」


「そうですね。まずは星一のナイトバットを討伐してきてもらいます」 


「なんでぇ星一からなんだよぉ!! 星四からでもいいだろ!!」 


「この森の魔物は、外の森とは比べものになりません。

 星一でも十分に強い。まずは、アデルさんの“現在の実力”を確認したいのです」


 


「……そうかよ!!」


 


納得したかどうかギリギリの顔で鼻を鳴らす。


「それとアデルさん」


モッカが、隣に立つ狐耳に視線を送る。


 


「ケイラと一緒に行動してください」


 


「はあ? なんでぇ?」


 


「道に迷いやすいのと、セラフィル・ドライアと鉢合わせしないように、ですね。

 今のアデルさんが一人で遭遇したら――まず確実に死にます」


 


「チッ……」


 


言い返したいが、さっきの戦闘を思い出せば、何も言えない。 


「それでは、行ってらっしゃいませ。討伐、期待しています」


アデルは何も返さず、くるりと背を向けて歩き出した。 


「ア、アデルさん、待ってでっす!!」 


ケイラが小さな鞄を揺らしながら慌てて後を追う。



〜洞窟前〜


 


森の奥、黒い木々の隙間を縫うようにして、ぽっかりと口をあけた洞窟があった。

中からは、ひんやりとした空気が漏れ出し、土と水と苔の匂いが濃く漂ってくる。 


「なあケイラ。ここの洞窟にナイトバットが住んでんだよなぁ?」


アデルが洞窟の入り口を覗き込みながら訊ねる。 


「はい! 以前、森の散策中に、大きなコウモリが出入りしてるのを見ましたでっす!」


ケイラはぴんと狐耳を立て、自信ありげに頷いた。


アデルはモッカから受け取った発光石を拳でこん、と叩く。

淡い光がじわりと広がり、暗い洞窟の中に、心許ないが道を照らす光が生まれた。


「よし、行くか」


洞窟の中へ一歩踏み出すと、足音が岩肌に反響して、何倍にも膨れ上がって戻ってくる。


「なあケイラ。おまえはずっとこの森で暮らしてたのか?」


「いえ、五歳の時にグラヴェル様に連れてきてもらいましたでっす」 


「五歳って……結構ちっちぇー時からじゃねーか」 


「はいでっす。でも、その前の記憶があんまりないんでっすよね……」

 


ケイラは首から下げている、小さな銀のネックレスを指でくるくるいじる。


「へー、親は? いんの?」


「それも、よく覚えてないでっす……。

 気づいたら、このネックレスをつけてて、森の外の事も、あまり……」


「そうなんだな」


アデルはそれ以上は踏み込まなかった。

自分も“家族”については、話したくないことが多すぎるからだ。



「そのネックレスはグラヴェルからもらったのか?」 


「違うでっす。小さい頃からずっとつけてたので……誰からもらったかは、知らないでっす」


 


「ふーん……」


 


発光石の光が、ケイラのネックレスをかすかに照らし、銀色の輝きが一瞬だけ闇の中で浮かぶ。

その意匠に、どこか見覚えがあるような、ないような――アデルは、そんな違和感を飲み込んで足を進めた。


しばらく進むと、狭かった通路が急に開け、広い空間へ出る。


天井は高く、発光石の光では奥の方まで照らしきれない。



「おい! ナイトバットいねえぞ!!」


アデルは声を張り上げ、洞窟の奥へ反響させる。

 


「アデルさん、音が聞こえるでっす」



「音? んなもん聞こえねえよ!!」 


「アデルさん、目を瞑ってほしいでっす!!」


「はあ?」



不思議そうにしながらも、アデルは言われるまま目を閉じる。


 


ケイラはポーチから、さっきよりひと回り大きな発光石を取り出した。

両手でそれを高く掲げ――


 


「アネマ!」


 


放たれた風が、発光石にぶつかる。


瞬間、石が炸裂するようにまばゆい光を放ち、暗闇だった空間が一気に白く塗り潰された。


 


「クソ眩しいぃいい!!」


 


アデルが思わず目元を押さえる。


  


「アデルさん、上を見て欲しいでっす」


 


「ん? 上?」


 


涙目になりながら顔を上げると――


そこには、天井一面に、巨大な黒い影がぶら下がっていた。


 


「……うおっ!? デッカ!!」


 


一体一体が二メートルはあろうかという巨体のコウモリ。

黒い羽根を閉じ、逆さまにぶらさがったまま、金色の目だけがぎらぎらと光ってこちらを見ている。


 


「コイツがナイトバットか!!」


 


「はいでっす! アデルさん、頑張るでっす!!

 ワ、ワタシは、陰から支援するので、こっちに隠れてるでっす!」


 


ケイラは岩陰にすばやく身を隠し、顔だけひょこっと出す。


 


「オレだけで余裕だぜぇ!!!」


 


アデルは満面の笑みを浮かべ、拳を鳴らした。


 


「行くぞぉ!! クソコウモリ!!」


 


叫びと同時に、床を蹴って駆け出した。


 「先手必勝だぜ!!落ちろやぁ!!

     プグヌス・ディレクトゥス(直進拳)」


「ア、アデルさんすごいジャンプでっす」


アデルの攻撃がナイトバットに当たる寸前に翼を広げ羽ばたかせ、羽ばたいた時に発生した風圧をアデルはモロに受け、地面に激突する


「いってぇえ!!クソ!!」


ナイトバットは空中で羽ばたいている。



〜魔女の家〜


 


「リノアさん、どうですか?」


 


モッカの問いに、リノアは床にぺたりと座り込んだまま、眉を寄せる。

 


「モッカ……大まかには感じ取れるんだけどさ。

 お腹のあたりをぐるぐる回ってる“流れ”とかは分かるんだよ?

 でも、手足の先まで行き届く感じまでは、全然、全っ然分からない……」


 


マナロードのイメージは、ぼんやりとある。

けれど、線が途中で霞んでしまうような感覚だった。


 


「まあ、そんなものですよ。

 マナロードを“感じ取れない”人の方が、世の中では圧倒的に多いですから。

 リノアさんは十分すごいですよ」


 


「そうなのかなぁ……」


 


アデルとケイラがナイトバット討伐に出かけてから、三時間ほどが経過していた。


 


「くううううう〜」


 


リノアは、床に手をついて、ぐーっと背伸びをする。


 


「立ったまま集中するの疲れる……。

 それにしても、アデル達遅いね」


 


「ナイトバットは星一と言っても、三ツ星プレートの冒険者でも苦戦する魔物ですからね」


 


「え!? そうなの!!」


 


「この森の魔物は、他の地域の魔物より、少し――いえ、かなり強いです」


モッカが言い終えるより早く。


ガチャリ、と扉の開く音がした。


「モッカ、ただ今でっす!」


ケイラの声が弾む。

モッカはすっと立ち上がり、出迎えに向かう。


「ケイラ、おかえりなさい。

 やはり、アデルさんはナイトバットに苦戦していましたよね……?」


 


「モッカ……それがでっすね……」


 


ケイラは、ちらりと外を振り返った。


 


「……?」


 


モッカが首を傾げると――


 


「クソボケェがぁああああ!! モッカァアアアアアアア!!

 見てみろやぁああああ!!」


 


外から、耳をつんざくような怒鳴り声が飛び込んできた。


 


モッカが玄関の外へ一歩出た瞬間、その光景を目にして、木で出来た顔にも関わらず、言葉を失う“気配”を漂わせた。


 


「アデルさん……」


 


家の前の空き地には――

巨大なコウモリ、ナイトバットの死骸がドスンと横たわっている。

それだけではない。


その横には、星ニのシャドウウルフ、ブラッドボア。

さらに、星三のナイトパンサーまでもが、山のように積まれていた。


 


「クッソ重いぞコイツらぁあ!!」


 


アデルは肩と背中にロープを巻きつけ、四体の魔物の死骸を背負ったまま、ぐいっと胸を張る。 


「まあ、筋トレ兼ねて、背中に背負って来たんだけどなぁ!!」


ケイラが、少し申し訳なさそうにモッカの横へ行く。


「モッカがワタシに教えてくれた、魔物のレベルをアデルさんに教えたんでっす……」


 


「……なるほど」


 


モッカは小さく頷いた。


 


「アデルさん……いえ、リノアさんといい――

 やはり、聖女パーティーですね……強い....」


 


モッカは室内のリノアの方を振り返る。


 


「リノアさんは、そのまま“マナロード”を感じ取れるまで続けてください」


 


「う、うん……!」


 


少し悔しそうにしつつも、リノアは拳を握り、再び目を閉じて集中に戻る。


 


モッカは改めてアデルの方へ歩み寄る。


 


「アデルさん。予想以上です」


 


「はあ? こんな雑魚共、余裕だぜぇ!」


 


アデルは鼻で笑いながら、足元の死骸を軽く蹴る。


 


「それで――マナについて、何か感じ取れましたか?」


 


「全然感じ取れねえよ!! どうなってんだよ!!」


 


即答だった。


 


モッカはしばらく考え込み、そして問いかける。


 


「今までに、“マナ”を感じた事はありますか?

 体から、何か熱いものが沸き上がる感覚とか。

 全身に別の力が流れているような感覚とか……」


 


「そんな事あるわけ……」


 


アデルの言葉が途中で止まる。


 


「ん? 待てよ……あるぞ……」


 


クイーンベアーの時。

闇獣と殴り合った時。

そして――闇人と対峙した時。


あの時だけは、確かに、身体の奥で何かが燃え上がっていた。


 


「それを感じた時は、どういう状況でしたか?」


 


「ギリギリの戦いをした時だけだな……」


 


「なるほど。――アデルさんには、常に“ギリギリ”の戦いをしてもらうしかないですね!」


 


「どういう事だ!?」


 


アデルが眉をひそめる。


 


「アデルさんには、時間がかかっても構いませんので――

 この森にいる星四の魔物、ヴェルミナドレイクを討伐してもらいましょう!」


「モッカ!!」


ケイラが、今までで一番大きな声をあげた。


「そ、そっ、それはさすがに大丈夫でっすか!!」


モッカがちらりとケイラを見やる。


「耳がいいですね、ケイラ。そうですよ、竜種です」


「りゅ、竜種を相手にするんでっすか!!」


「竜と言っても、正確には“ワイバーン”です。

 ですがまあ、十分に危険ですね」


「でも危険でっす!! ほんとに、ほんとに危ないでっす!!」


ケイラの尻尾がぶわっと膨らむ。


「おい!」


アデルが口角を吊り上げた。


 


「そのよく知らん竜をぶっ潰せばいいんだな!!」


 


「はい。その通りです」


 


モッカは一切ためらわない。


 


「だったらやってやらぁああ!!」 


拳をぶつけ合い、骨が鳴る音が室内に響く。


「アデルさん!! 危険でっす!! 本当に危ないでっす!!」


 


ケイラが必死に止めるが――アデルは一歩も引かない。


 


「うるせぇぞ、ケイラ!!」


 


アデルの声が、いつになく荒い。


 


「魔法が撃てねえオレはよ、人一倍やんなきゃ強くなれねえんだよぉ!!」


 


グリムの顔。

ゼーラの笑顔。

ルインの、最後の願い。


全部が、ごちゃまぜになって込み上げてくる。 


「オレは仲間に託された願いがある。

 それを叶える為に、もっともっと高みを目指す!!」 


拳を胸に当てる。 


「モッカ!! どのあたりにいるんだ、その竜は!!」 


「ケイラが知っています。

 ケイラ、アデルさんをヴェルミナドレイクのいる場所まで案内してあげてください」


「うっ、ううう……わかりましたでっす……」


ケイラは唇を噛みながら頷く。

尻尾が、不安げに左右へ揺れた。


アデルが再び家を出ようとした、その時。


 


「アデル!!」


 


リノアの声が、背中を追いかける。


 


「なんだ? リノア。ここまで走ってきて」


 


振り向くと、息を切らしながらも、リノアが真っ直ぐにアデルを見ていた。


 


「無理だけはしないでね……」


 


絞り出すような声だった。


 


「あん? それだけか?」


 


「後は……その……」


 


言い淀むリノアの言葉を、アデルはニッと笑って遮る。


 


「一撃で倒す!!」


 


いつもの、乱暴でまっすぐな言い方で。


 


「それだけだぜぇ!」


 


ぐっと拳を掲げる。


 


「ケイラ!! 行くぞ!!」


 


「は、はいでっす!!」


 


二人の背中が、黒い森の奥へと消えていく。


残されたリノアは、ぎゅっと右手を握り、胸の前で小さく祈るように呟いた。


 


「……絶対、帰ってきてよ。バカアデル」

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