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第八十七話 ゲートのない少年

「アデルさん、貴方は本当に魔法を撃てないんですか?」


 


モッカの無機質な声が、静かな部屋に落ちた。


さっき砕け散った魔吸石の破片は、まだテーブルの上で乾いた音を立てている。

空気はぴんと張りつめ、木でできたゴーレムと、二人の人間と、狐耳の少女が向かい合っていた。


 


「あん?」


アデルは椅子の背にもたれたまま、面倒くさそうに鼻を鳴らす。


 


「オレは生まれてきてからずっと、魔法を撃った事はねえ。

 ただ、自分の中にあるマナの流れは、少し分かるくらいだ」


「アデルはマナはあるんだよ。わたしは分かるの」


リノアが、ぽつりと挟んだ。


その一言に、モッカのガラス玉のような瞳がぎょろりと動く。


「リノアさんは、マナロードを感じれるんですか!?」 


木の顔に表情はないのに、声色だけが露骨に驚いていた。


モッカは慌てた様子で、棚の奥をごそごそと探る。

しばらくして、灰色の石を両手で大事そうに抱えて戻ってきた。


「おい、それなんだ?」 


アデルが顎をしゃくる。 


「これは鑑定石です。これでアデルさんのマナの属性を調べます」


「は? オレ、昔パニ爺の鑑定石で調べてもらったけどよ、なんも反応なかったぞぉ!!」

 


「それは、どこにでも売っている純度が薄い石です。

 これは、グラヴェル様が作った純度の濃い鑑定石。

 もっと詳しく分かると思います」


モッカは鑑定石をテーブルの上にそっと置き、アデルを見上げる。


「とりあえずアデルさん。この石に触れてください」


「……本当に分かんのかよ」


ぶつぶつ言いながらも、アデルは立ち上がり、鑑定石のそばに手を伸ばした。

リノアとケイラも、息を呑んでその様子を見守る。


指先が触れた瞬間――


 


「うお……」


 


鑑定石の内部が、もやりと揺れた。


最初に、淡い緑がぽうっと灯る。

その色が、ゆっくりと赤に変わる。

やがて赤は青へ、青は土のような茶色へ、茶色は澄んだ水色へ――

まるで万華鏡みたいに、色が順番に切り替わっていく。 


「おお! クソ色出てんじゃん、、」


「ええ……アデル、、、」 


「アデルさん、、、すごいでっす……」


 


リノアとケイラは、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。


アデル自身も、石の中でぐるぐる変わる色を見つめながら、さすがに目を丸くする。


 


「アデルさん……貴方は、風、炎、水、土、氷……五属性持ちです」


 


モッカが、淡々と、けれどどこか震えを含んだ声で告げた。


 


「グラヴェル様以上に――

 それよりも、“龍極者”でさえ、そんな属性持ちはいません。

 もしアデル様が魔法を使えるのでしたら……とんでもない魔導士になっていたかもしれません。

 そして、アデルさんの保持しているマナの量も、桁違いです……」


 


部屋の空気が、さらに一段重くなる。


ケイラは椅子の上で小さくなりながら、尻尾だけがぶわっと膨らんでいた。


 


「オレ……そんなにすごいのか??」


 


アデルは、どこか実感の伴わない声で自分の手のひらを見る。


だがリノアは、真剣な顔で頷いた。


 


「アデル……聖女を除いて、二つの属性持つのは滅多にないの。

 それが、五つも……」


 


「でも魔法使えねえからなぁ。今いち実感ねえわ、、」


 


アデルは頭をかきむしり、椅子にどさっと座り込む。


その鑑定石を、モッカがじっと覗き込んだ。


 


「……おかしいですね」


 


「はあ? なんだよまだあんのかよ」 


「アデルさん。他に、何かありませんか?」 


「はあ? なんの? なんもねえよ」 


「この鑑定石は、数時間の間は色が途切れることなく続くんですけど……

 なぜか、一瞬だけ、色が“途切れる”んです」


 


「途切れる?」


 


アデルは眉をひそめ、鑑定石を覗き込む。


確かに、水色が淡く光った後――

一瞬、何の色もつかない“黒”の時間が挟まって、それから再び緑へと変わっていた。


 


「そういうもんじゃね? あ――」


 


アデルが何かを思い出したように顔を上げる。


 


「なあ、モッカ。闇人って知ってるか、、?」


 


部屋の空気が、また違う意味で冷たくなる。


 


「闇人ですか……」


 


モッカの声が、先ほどとは別種の重さを帯びた。


 


光闇戦争(こうあんせんそう)時代にいた、我々の“敵”でしたよね……」


 


「オレとリノアは、そいつに会った。それで――オレは、そいつに触られたんだ、、」


 


アデルは右腕の袖を乱暴にたくし上げる。


そこには、既に治りかけているはずなのに、どこか不自然な火傷の跡がうっすらと残っていた。

普通の火傷よりも黒く、皮膚の下に何かが染み込んだような痕。


 


「にわかには信じられません。ですが……」


 


モッカは、その跡をしばし無言で見つめる。


リノアの喉が、ごくりと鳴った。


闇人。

アデルの腹を撃ち抜き、グリムの腕を奪い、ルイン達を傷だらけにして消えた、そして、グリムが命を賭けて戦った異形の“人間”。


あいつの笑い声が、ふと耳の奥に蘇る。


 


「んな事はどうでもいい!!」


 


アデルが、机をどん、と叩いて立ち上がった。


 


「オレは、なんで魔法が撃てねえんだよぉ!! クソォ!!」


 


声が、木の壁に反響する。


それは、ただの苛立ちじゃなかった。

グリムを守れなかった自分。

ゼーラとルインに頼りきりだった自分。

闇人の前で、何も出来なかった自分。

ルインとゼーラを死なせてしまった自分....。

その全部を、どうにも出来なかった“無力さ”への怒りだった。


モッカは少しの間黙ってから、ぽつりと口を開く。


 


「グラヴェル様は、魔法の研究をしていました。

 まずは、“マナとは何か”を考えていました」


 


「何言ってんだ? その話が、オレが魔法撃てねえのと関係あんのか?」


 


「アデル、とりあえず聞いてみようよ」


 


リノアが袖をそっと引っ張る。

アデルは舌打ちしつつも、渋々椅子に座り直した。


モッカは、二人の顔を順番に見回し、言葉を続ける。


 


「リノアさん。なんで魔法が撃てると思いますか?

 それと、マナの属性は、なぜ私達で選ぶ事ができないんでしょう?

 考えた事、ありますか?」


 


「え……それは、、」


 


今まで当たり前すぎて、疑問にすら思わなかった。


魔法は、使えるから使っていた。

風が出るのは当たり前。光が出るのも当たり前。


 


「全く、考えた事ないよ……。だって、生まれた時から当たり前に使えるから」


 


「グラヴェル様は、マナを“小さな微精霊”だと考えました」


 


「微精霊……? え、マナって精霊なの??」


 


リノアの頭の中に、“精霊”のイメージが浮かぶ。

昔絵本で見た、小さな妖精のような存在。

でも、マナは透明で、目に見えないものだと思っていた。


 


「リノアさんは魔法を撃つ時、放たれた魔法をイメージして撃ちますよね?」


 


「え、あ……うん。

 風刃なら、斬りたい形とか、進む軌道とか……なんとなく、頭の中で描いてる」


 


「不思議と思いません? なんで、魔法が自分の思う様な形になるのか」


 


モッカは、胸元あたりを指で軽く叩きながら言う。


 


「それは、“微精霊”が術者に対して共鳴しているからです」


 


「でも精霊って、契約しないといけないよね?」


 


契約精霊の話は、教会でも何度か聞いたことがある。

選ばれた聖女だけが、大きな精霊と契約を結ぶことができる、と。


 


「契約は……リノアさんがお腹に宿ってから、もうされていると思います、微精霊が勝手に」


 


「え……」


 


「今、空気中には沢山の微精霊が漂っています。

 グラヴェル様は、『微精霊が宿しやすい体に集まる』と仮定しました」


 


「なら、わたしの体は……」


 


リノアは自分の胸に手を当てる。


 


「風の微精霊が住みやすい体なので、風のマナが使える。

 あとは、光の微精霊もそうですね」


 


「おい!」


 


アデルが割って入る。


 


「ならオレは?」


 


「アデルさんは、“雷”と“光”以外の微精霊が好む体、というわけです」


 


「マジかよ……」


 


アデルは思わず自分の両腕を見下ろした。


その中に、見えない何かがぎゅうぎゅうに詰まっている気がして、ぞわっとする。


 


「じゃオレが魔法使えねぇのは?」


 


「魔法を撃つ時、微精霊は、“ゲート”を通じて放出されるらしいです」


 


「ゲート?」


 


「はい。術者の中から外へ、マナが流れ出る“門”のようなものです。

 ですが、アデルさんの場合は――そもそも“ゲート”が出現しないんだと思います」


 


「はあぁあ!!! なんじゃそりゃ!!」


 


アデルはがたんと椅子を蹴り、天井に向かって怒鳴る。


 


「おい、オレの中にいる微精霊どもぉ!!

 とっととゲート作れやぁあ!!」


 


叫んでみたところで、当然何も起きない。


ケイラがびくっと肩を震わせ、尻尾をばたばたさせる。


 


「アデルは……そうなんですか、、?」


 


リノアが不安そうに、アデルとモッカを見比べる。


 


「グラヴェル様が“そう仮定した”だけです」


 


モッカは淡々と言いながらも、ほんの少しだけ言葉を濁した。


 


「ですが――」


 


木製のメイドは、ゆっくりと二人の顔を見回す。


 


「マナロードが見える聖女。

 そして、異常な量のマナを持つ少年」


 


リノアは息を呑み、アデルは眉を寄せたままモッカを睨む。


 


「もしかしたら、貴方達なら――“扱える”かもしれません」


 


「使える? なんのだぁ??」


 


アデルが目を細める。


リノアも、身を乗り出しながら訊ねた。


 


「何かアクセサリーでもあるの?」


 


期待と不安とが入り混じった視線を、二人同時に向けられ、

モッカは小さく頷いた。


 


「お互いのマナを共有して使う状態――」


 


木でできた顔が、はっきりとその名を紡ぐ。


 


「“マナフィール”を」

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