表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/99

第八十六話 砕けた魔吸石

リノアとアデルは、黒い森の中を、ただひたすら前へと進んでいた。


 


「このモッカがくれた袋の効果ってすげーな!」


アデルが腰にぶら下げた小さな布袋を指で弾く。


 


「マジで魔物一匹も現れねえ、、」


 


袋からは、鼻をつくような苦い匂いがほんのり漂っている。

嗅ぎ慣れない草と木の樹液を混ぜたような、妙な匂いだ。


 


「すごいよね! 何が入ってるんだろ?」


 


リノアは自分の分の袋をつまみ上げ、くんくんと鼻を近づけかけて――


 


「……あ、ダメだ。変な匂いして、頭ぐるぐるする」 


慌てて遠ざける。


アデルは肩をすくめて笑い、前方を見据えた。

 

歩いているうちに、徐々にあたりが明るくなっていく。

さっきまで頭上を覆っていた黒い葉の天蓋が、少しずつ薄くなってきていた。


 


「崖から見た時はクソデケーっと思った森も、案外小せぇんだな!」


 


アデルの軽口が飛んだ、その時——


 


「あ、アデル! 何かおかしいよ!!」


 


リノアがぴたっと足を止めて、前方を指さした。


木々が、波打っていた。


風のせいじゃない。

枝ではなく、「幹」そのものが、ぐにゃり、と生き物のように揺れている。


 


「……」


 


次の瞬間。


 


ばさああああっ、と周囲の葉が一気に舞い上がった。


 


「うおっ――!」


 


視界が、緑と黒に支配される。


舞い散る葉は、ただの葉じゃなかった。

一枚一枚が刃物みたいに鋭く、アデルとリノアの皮膚を容赦なく切りつけてくる。


 


「いてっ!! ウゼェ葉っぱだなぁ!!」


 


頬が切れ、血が滲む。

リノアは目を細め、歯を食いしばった。


 


「アネマ・フルゴル!!(瞬風衝撃)」


 


足元の地面に向かって、風の塊を叩き込む。


どん、と空気が爆ぜ、足元から一気に衝撃の風が立ち上る。

渦を巻いた風圧が、刃のような葉をまとめて吹き飛ばした。


舞い上がった葉が、雨のように遠くへ流されていく。


 


「ふぅ……」


 


視界が晴れた、その先に――


一本の、異様なほど太い木が立っていた。


幹は黒に近いこげ茶色で、表面には無数の亀裂が走り、そこから暗い緑の光が滲んでいる。

その幹の上部から、ゆっくりと“それ”がせり出してきた。


 


木から、女の上半身が生えていた。


 


白くも黒くもない、死んだ人形のような肌。

長い髪は枯れ枝のように細く、先端が葉のようにひらひらと揺れている。

胸から下は木と一体化し、腰のあたりから無数の蔦や根が垂れ下がっていた。


瞳は、深い深い緑。

底まで覗けない沼みたいな色をしている。


 


「……アデル!! あれが、、、」


 


「ああ、モッカの言ってた、セラフィル・ドライア、、」


 


聖骸樹姫――この黒禁領域ヴェルミナ・フォレストを支配する存在。


ドライアは、ゆっくりと右手を持ち上げた。

細い指先が、空をなぞるようにぐるりと回る。


その動きに呼応するように、足元の土がぶわりと盛り上がった。


 


「――ッ!」


 


周囲の地面から、木の根が一斉に飛び出す。


太いもの、細いもの、ねじれたもの、棘のついたもの。

それぞれが蛇みたいにうねりながら、リノア達に殺到してきた。


 


「ラミーナ・マグナ!!(大風刃)」


 


リノアは一歩踏み込み、右腕を大きく薙ぐ。


空気が唸り、圧縮された風が刃へと変わる。

通常よりも分厚く、重さを持った巨大な風刃が次々と飛び出し、迫り来る根を片っ端から斬り裂いていく。


木の根が、ばきん、ばきん、と嫌な音を立てて空中で砕けた。


 


「ナイスだ!! リノアァア!!」


 


アデルは、その一瞬の隙を逃さなかった。


地面を蹴った瞬間、視界が線になる。

一直線にドライアへ向かって突っ込む。


 


「その中心にある核が弱点だろぉお! 壊れろやぁ!!

     プグヌス・ディレクトゥス!!(直進拳)」


 


勢いが乗った拳を叩き込む。

風を切る音が耳の横を鳴らした。


狙いは、幹の中心部――

淡く緑色に脈動している“核”のような部分。


だが、その拳が届く寸前。


 


「――ちっ!」


 


目の前に、ぶわっと巨大な根が立ち上がった。


まるで盾のように、幹の前を塞ぐように張り出す。

アデルの拳は、その分厚い根にめり込み、鈍い衝撃と共に止められた。


 


「なっ!」


 


拳に伝わった手応えは、岩を殴った時とほとんど変わらない。

その一瞬の硬直を狙いすましたかのように――


幹の内部から、何かが弾丸みたいに飛び出してきた。


 


ドンッ!!


 


「かっは……!」


 


木でできた塊が、アデルの腹部に直撃する。


空気が肺から一気に逆流し、視界が白く弾けた。

そのままアデルの身体は吹っ飛び、地面を何度も転がる。


 


「アデル!!」


 


リノアが叫ぶ。


けれど、その声に振り向いている余裕はなかった。


 


「っ……!」


 


リノアはすでに、右手にマナを溜め込んでいた。

指先から肘まで、淡い緑の光が脈動している。


空中には、風で形成された槍が一本、重々しく形を成していた。

ただ尖っているだけではなく、何重にも螺旋を刻んだ、分厚い“重量”を持つ風槍。


 


「貫けぇ!!

 アネマ・ランケア!!(風重槍)」


 


リノアが腕を振り下ろすと同時に、風の槍がうなりを上げて放たれた。


空気が裂ける。

槍はまっすぐにドライアへと向かっていく。


ドライアの前に、太い根が一本、盾のようにせり上がる。


 


だが――


 


「――っ!」


 


風槍は、その根をあっさりと貫通した。


木片が爆ぜ、風の槍は勢いを落としながらもなお前へと進む。

核まであと少し――そう思った瞬間。


 


ドドド、と音が重なる。


いくつもの根が、盾のように重なり合って次々と前にせり出してきた。

貫かれた根の背後から、さらに別の根が身を挺して重なり、風槍の勢いを徐々に殺していく。


 


「う、そ、、」


 


最後の一本の根を突き破る寸前で、風槍は力尽きて霧散した。


 


「――ッ!! まだぁ!! ラミーナ・マグナ!!」


 


リノアはすかさず次の魔法に移る。

だが、先ほどの風槍でかなりのマナを消費していた。


それでも、歯を食いしばり、再び風刃を連射する。

だが、ドライアの周囲を取り巻く根の盾は、分厚く、硬く、そして数が多すぎた。


斬っても斬っても、すぐに新しい根が生えてきて、同じ場所を塞ぐ。


 


「っ……!」


 


マナを多く使いすぎた反動が、一気にリノアの身体を襲う。


頭がぐらりと揺れた。

膝に力が入らず、その場にしゃがみ込んでしまう。


 


「つ、つよい、、、」


 


徐々に息が上がっていく。

肺が熱い。視界の端がじわじわと暗くなりかける。


 


「クッソがぁ!! はあ……はあ……」


 


アデルもまた、腹部を押さえながら、荒い息を吐いていた。


ドライアの周囲には、数えきれないほどの太い根が蠢いている。

そのどれもが、先端をアデルとリノアの方へぴたりと向けていた。


まるで、生きた砲台。


 


「……っ」


 


ドライアが、無表情のまま、すっと手を横に振った。


その動きに呼応して、根の先端が一斉に膨らむ。

次の瞬間――


 


ドンッ! ドドドッ!!


 


根の先から、先ほどアデルの腹を撃ち抜いたのと同じ木の塊が、怒涛の勢いで発射され始めた。


アデルがさっきまでいた場所は、一瞬にして木の弾丸にえぐられ、地面が深く抉れている。


 


「クソ!!」


 


アデルは素早く駆け寄り、しゃがみ込んでいるリノアの肩を乱暴に抱え上げた。


 


「アデル、、大丈夫、、?」


 


「オレは大丈夫!! リノアは早くマナを回復させて走れるようにしろ!!」


 


「……ありがとう、、」


 


アデルは返事を聞くより早く、リノアを肩に担ぎ上げて全力で走り出す。


 


ドドドドドッ!!


 


背後から、地面を砕きながら木弾が追いすがってくる。


 


「んだよぉ!!! どこまでついてくんだ!!」


 


彼らが走るたびに、後方から蛇のようにうねる根が追跡してくる。

逃げ道を塞ぐように地面から飛び出し、先端が膨らんだかと思うと、また木弾を発射する。


 


ドンッ! ドンッ!


 


アデルはギリギリのところで横跳びし、時には地面を転がりながら、木弾の軌道を紙一重でずらしていく。


足元の土が爆ぜ、破片が脚に刺さる。

それでも止まりますか、と言わんばかりにドライアの根は追撃をやめない。


 


「クソッ、、どうすれば、、」


 


焦燥だけが胸を灼く。

殴れば硬い。近づけば撃ち抜かれる。

リノアはまだ十分に動けない。


その時――


 


「アデルさん!! こっちでっす!!」


 


横合いから、聞き慣れた――いや、さっき出会ったばかりの声が飛び込んできた。


「ケイラ!!」


アデルがそちらを見ると、木々の影からケイラがオッドアイを大きく見開いて手招きしている。


「早くワタシの後ろに、、!」


ケイラはそう叫ぶと、ポケットの中をごそごそと探り、

白い小さな玉を指先でつまんで取り出した。


そのまま、足元の地面に向かって思いっきり叩きつける。


 


ぱんっ!!


 


硬い音と同時に、白い煙が一気に吹き出した。


瞬く間に周囲を白煙が包み込み、視界が真っ白に塗りつぶされる。


 


「こっちでっす!!」


 


ケイラの声だけが頼りだった。


アデルはリノアを担いだまま、その声の方へと全力で駆ける。

背後で、木弾が闇雲に地面を撃ち抜く音が響き続ける。


 



 


どれくらい走っただろう。


やがて木弾の音も、軋む根の気配も遠のいていった。


白煙が徐々に薄まり、黒い森の輪郭が戻ってくる。


 


「こ、ここまでくれば大丈夫でっす、、」


 


ケイラが大きく息を吐きながら振り返る。


リノアの呼吸は、さっきよりは落ち着いていた。

マナも、ほんの少しだけ回復してきたのか、自力で立ち上がれるようになっている。


 


「み、皆さん無事でよかったでっす」


 


「……あれが、元聖女か、、」


 


アデルは少し肩で息をしながら、先程の木の女を思い返す。

あの硬さ。あの火力。あの根の数。


 


「わたしの攻撃はほとんど通じなかった、、」


 


リノアが呟くように言う。

さっきのアネマ・ランケアが、防がれた感触がまだ腕に残っていた。


「み、みなさん、、こっちゃへ向かうと家なので行きましょう」

 

ケイラが不安げに眉を寄せながら、しかししっかりとした足取りで先導を買って出る。


再び丸い木の家へと戻るため、三人は黒い森の中を引き返していった。


 


ーーー


 


「ただいまー、モッカ!」


 


丸木の内部――魔女の家へ入ると、ケイラの元気な声が響く。


 


「おかえりなさいませ、ケイラ。それで聖女様達は無事でしたか?」


 


奥からあの木のメイド、モッカが姿を現す。


 


「はい! 無事でっす」


 


ケイラが胸を張るのとほぼ同時に、少し遅れてリノアとアデルも渦から出てきた。


 


「お二人共、どうでしたか? ドライア倒せそうでしたか?」


 


モッカの問いに、二人は揃って黙り込んだ。


答えるまでもない。

さっきの戦いが、全てを物語っている。


 


「ですが、ドライアを倒せないと、この黒禁領域から出ることはできませんので、、」


 


その事実だけは揺らがない。


沈黙が重くのしかかる中――

リノアが、唇を噛みしめながら口を開いた。


「モッカ! あのドライア、どうやって倒せばいいの?

 わたし達の攻撃が全く効かなかったの、、」 


モッカは少しだけ首を傾げ、そしてあっさりと言った。


「一番簡単な方法はありますよ!」


「教えてっ!」


 


リノアの瞳がぱっと開く。

アデルも身を乗り出した。


 


「二人共、強くなるしかないですね!」



「おい」



アデルが即座に詰め寄る。


 


「ざっけんな!! 他になんかねえのかよぉ!!」


 


「ありますよ、強くなる方法が!」


 


モッカは一歩も引かない。

声色も、相変わらず平板だ。


 


「教えて! モッカ!!」


 


リノアが割って入り、両手を握りしめて懇願するように見つめる。


モッカはこくんと頷いた。


 


「いいですよ。教えますが、その前に今からお二人に、魔吸石(まきゅうせき)に触れてもらいます」


 


「魔吸石??」


 


リノアとアデルの声が、ぴたりと揃った。


モッカはカウンターの下から、小さな透明な石を取り出した。

拳ほどの大きさの、それはガラス玉みたいに透き通っているが、内部にうっすら霧がかかっている。


 


「とりあえずこれが魔吸石です」


 


「……ただの石にしか見えねぇけどな」


 


「最初はリノアさん、どうぞ手をかざしてください」


 


促されるまま、リノアはそっと石に手をかざした。


指先が石の表面に触れた瞬間――

石の内側で、霧がじわりと赤く染まり始める。


最初は淡い桃色。

やがて、それがじわじわと濃くなり、真紅より少し手前の、鮮やかな赤へと変わっていった。


 


「リノアさんは合格です!」


 


「え、あの!! これってなんなんですか?」


 


慌てて手を離しながら、リノアが尋ねる。


 


「これは、相手のマナがどれくらいか分かる石です。

 リノアさんの場合は赤く染まりましたので、マナ量は中ぐらいあります」


 


「そ、そうなんだ、、中ぐらい、、」


 


自分のマナが“中”と言われるのは、なんだか少し複雑だ。

でも、足りなさすぎるわけでもない。


リノアが胸を撫でおろしている横で、モッカは視線をアデルに移した。


 


「続いてはアデルくん。魔吸石に手をかざしてください」


 


「んなもんやんなくていいわぁ!! オレは魔法撃てねえから」


 


アデルがそっぽを向いて腕を組む。


 


「魔法が撃てない、、?」


 


モッカの声に、僅かな興味の色が混じったような気がした。


 


「関係ねえだろ。オレにはマナなんか――」


 


ぶつぶつ文句を言いつつも、渋々、魔吸石の前に立つ。


リノアがごくりと唾を飲んだ。


ケイラも、オッドアイをきらきらさせながら見守っている。


「クソ、、怠い、、、」

 


アデルは面倒くさそうに片手を伸ばし、魔吸石の上に手のひらをかざした。


その瞬間――


 


ぱきん。


 


静かな破裂音が、部屋の中に響いた。


 


「……は?」


 


一瞬、誰も何が起きたか理解できなかった。


透明だった石に、蜘蛛の巣みたいに細かい亀裂が走る。

次の瞬間――


 


パリーン!!


 


魔吸石が、派手な音を立てて粉々に砕け散った。


破片が床に降り注ぎ、銀のトレイの上でカランカランと跳ねる。


 


「お、おい……」


 


アデルは、宙ぶらりんの状態の自分の手を見下ろした。


何もしていない。ただ触っただけだ。

マナを込めてもいない。そもそも込め方すら知らない。


 


「えっ……えええええええええ!!?」


 


最初に悲鳴を上げたのはリノアだった。


 


「ま、魔吸石、割れた!? ねえアデル!? 今何したの!?」


 


「な、何もしてねえよ!! ただ触れただけだっての!!」


 


アデルも目を丸くするしかない。


ケイラは、口をぱくぱくさせて、尻尾の毛を総立ちにしていた。


 


「マ、マキュウセキが……砕けたでっす……魔吸石って、そう簡単に壊れないはずでっす……」


「ふむ……」

 


モッカは、砕けた破片をじっと見つめていた。


木で出来た顔には表情はない。

けれど、その沈黙には、はっきりとした“何か”が宿っている気配があった。


 


「アデルくん」


 


「……なんだよ」

 

「強くなる方法――

 少し、“予定を変えて”お話しする必要がありそうですね」


モッカの声が、今までになく低く、静かに響いた。

魔吸石(まきゅうせき)

マナを吸収する石、色も度合いでその人のマナ量が判明する、緑が低く、赤が中、青が上と色が変わる

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ